闘破蒼穹(とうはそうきゅう)

きりしま つかさ

文字の大きさ
1,153 / 1,458
1100

第1188話 易塵

しおりを挟む
光の絡み合う花崗岩が敷き詰められた広場は普段から人通りで賑わい、その中でも聖丹城屈指の人気エリアだった。

しかし今やそこは大勢の人々が集結した巨大な群れとなり、その間には百体の影が直立している。

彼らからは殺伐とした気配が漂い、周囲の一部が身を縮ませるほどだ。

この人々は明らかに尋常ではない存在であり、ここへ来てやることも好意的とは思えなかった。

「あれは玄冥宗の人々だろうか?」

「灰服の老人が辰天南というのか。

まさかその老悪魔まで現れるとは……。

少主の死を報復に来たんだろうな」

「噂では少主・辰閑が炎王に殺されたと聞いた。

この老悪魔は息子の仇を討つために来ているんだろ」

人々の囁き声が聞こえる中、群れの先頭に立つ灰服の老人は冷ややかな目線で周囲を見回す。

その視界に入った者は皆身震いし、口を閉じた。

玄冥宗は一言不合で刃向あう者も珍しくなく、睚眦必報の性格ゆえに誰かが彼らと因縁を作れば最悪な結末を招く。

「丘陵大長老!ここは丹塔だぞ。

こんな殺伐とした態度で来ているのか?」

人々が老人の鋭い眼光に怯える中、突然丹塔から厳粛な声が響き渡り、次いで多数の強者が現れた。

その先頭には丘陵という名の老いた人物が立っていた。

「丘長老よ、丹塔で圧迫するつもりか?他の者は恐れるかもしれないが、私は怯まない」老人は冷たい目線を丘陵に向けた。

「我が息子が炎王に殺された。

今日は彼と息子の死を償わせるために来たのだ」

丘陵は一言も返さず、重々しく言った。

「何度も言っているだろう。

この件は魂殿の慕骨老怪に任せておけ」

「慕骨老怪には責任があるが炎王も加害者だ。

彼を私に渡せばすぐにでも……」

老人の冷酷な発言に丘陵は怒りを露わにする。

「辰天南!丹塔でそんな威張りは許さないぞ。

貴様のような連中が来たら、この場で始末するだけだ」

丘陵の喝破が響くと、老人の背後から新たな人物が現れた。

その男は二十代半ばに見えたが、非常に整った顔立ちで女性のように美しかった。

しかし眉間には殺伐とした色があり、その美しさをさらに不気味なものにしていた。

「天冥宗・易塵です」

丘陵は細めた目で男を見やる。

「貴方とは何の関係か?」

「父上の死を報復するためだ。

炎王がこの場にいれば、今すぐでも……」

俊美男子が微かに笑みを浮かべた。

その気度は確かに群を抜いていたが、その簡潔な名前が口から出た瞬間、周囲の者たちには鋭利な刃のような殺伐の気配が迫り寄せてきた。

「天冥宗(てんめいしゅう)、易塵(やすじん)?」

丘陵(きゅうりょう)はその名を聞いた途端に眉根を寄せ、何かを思い出したように目を見開いた。

「易塵?まさか天冥宗の『易修羅(えきしゅら)』のことか?」

周囲の人々がざわめき出す。

その視線は彼に向かって恐れを込めて注がれる。

まるで原始の猛獣のように危険な存在であるかのような表情だった。

「易修羅」という名前は中州(ちゅうしゅう)でも決して弱いものではない。

それは無数の殺伐と血塗られた戦いで積み重ねられた凶名だ。

天冥宗が支配する地域では、その名を聞いた者は肝を冷やすほどだった。

もし蕭炱(しょうたい)が丹会(たんかい)の優勝者でなかったなら、この中州での名声は易塵の方が遥かに上回っていたかもしれない。

易塵は天冥宗百年来最優秀の弟子と称される存在だ。

現在の地位ではさえも、その実力と冷酷な手段を重ね合わせれば、次代の宗主候補として誰もが認める立場にある。

他の有力者たちがいくら競い合おうとも、天冥宗の宗主でさえも彼に寒気を感じるほどだ。

その凶名に比べて、易塵の実力はさらに凄まじい。

天冥宗の門下を育てる方法は極めて残酷なものだった。

各代の真伝弟子たちはある段階で宗門の禁地へと送られる。

そこで日常的に師兄弟同士が殺し合い、最後に生き残った者だけが宗門の核心となるのだ。

そして天冥宗の功法は強奪的なものだ。

相手の斗気を吸収する際には血肉も必要とする。

禁地から生還した者はみな血塗れの体で現れる。

未だにその闇の中に埋もれている師兄弟たちの斗気と血肉が、勝利者の養分となるのである。

易塵はこの代では唯一無二の生存者だった。

そして各地を征伐し戦い続けた結果、彼の手に負った強者が数え切れないほどいる。

その実力は殺戮の中で急速に成長し、今や三十歳前後で斗宗(とうそう)の頂点に近づきつつあり、さらに半歩足りないところで斗尊(とうそん)への階段を踏みかけている。

魂殿(こんてん)が不気味な存在であるならば、天冥宗は真っ赤な血塗られた組織だ。

この世では弱肉強食の法則が絶対だが、それを極限まで拡大したのが天冥宗だった。

そしてその勢いを見れば、この残酷な選抜方法もまた有効なのかもしれない。



当然、天冥宗の血肉を食らうことで己が力を増すという暴虐な功法は確かに凄まじいものだが、その代償として全ての頂点に達した者は例外なく反逆の苦しみで死んでいく。

つまりこの術は生命力を搾取し一時的な強大さを得るための触媒であり、輝かしい瞬間だけが残る。

おそらく天冥宗の歴代宗主もそのような思いだったのだろう。

「丘長老、これは辰伯の家事です。

子を殺された復讐は報われなければなりません。

丹塔が関与するのは不適切でしょう」

周囲のささやき声に動じることなく易塵は丘陵を見据えながら笑みを浮かべた。

「老臣は以前から申しておった通り、辰閑を殺したのは蕭炎ではなく慕骨老人です。

貴方達が間違えた標的を選んだのです」

「もし我が子が重傷を負わせられていなければ、彼らも慕骨の手に逃れられたでしょう。

無論、この件に関与しないわけにはいかない。

天冥宗はこれ以上黙認できません」

辰天南の鋭い目つきと冷たい声調は毒蛇のように迫っていた。

「貴方は丹塔を脅かすつもりですか?」

「嘆かわしいことですね丘長老、近年では魂殿と対立する丹塔に対して当宗は中立を保ち続けています。

もし問題が解決されない場合、暗黙の仲間たちを相手に引きずり込む可能性もあります。

そのような出来事は丹塔にとって決して良いものではありません」

この言葉には丘陵も一瞬色を変えた。

易塵が次代の天冥宗宗主であることはほぼ確実であり、彼の発言には重みがあったからだ。

魂殿と並ぶ大勢力である天冥宗との対立は決して軽視できない。

「そのような危険な発言は慎むべきです。

辰宗主が若輩者に手を下すというのは、外聞の上でも問題でしょう」

「老臣は若輩か否かなど関係ありません」

辰天南の冷笑が途切れる前に易塵が彼を制した。

穏やかな笑みと共に言葉が響き渡った。

「では丘長老のご希望通り、今日は強硬手段に出ません」

その瞬間丘陵の顔色が変わった。

この人物の名前は誰もが恐れおののむものだ。

もし蕭炎が応戦すれば生死を分けられるのは明らかだった。

「この男は手の込んだ罠を仕掛けたな」

内心で舌打ちしながら丘陵が声を上げようとしたその時、目の前の空間が歪んだ。

痩せた影が驚愕の視線の中でゆっくりと現れた。

軽やかな笑い声と共に言葉が広場に広がった。

「貴方がどうしてもならば、この場で丹会チャンピオンの蕭炎と試合を組むことにします。

その名高いチャンピオンは受け入れるか?」

その瞬間丘陵の顔色が再び変わった。

易塵の声は雄大な気功と共に空に響き渡り、場の雰囲気が一変したのである。

「私が受けます」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

【完結】平凡な容姿の召喚聖女はそろそろ貴方達を捨てさせてもらいます

ユユ
ファンタジー
“美少女だね” “可愛いね” “天使みたい” 知ってる。そう言われ続けてきたから。 だけど… “なんだコレは。 こんなモノを私は妻にしなければならないのか” 召喚(誘拐)された世界では平凡だった。 私は言われた言葉を忘れたりはしない。 * さらっとファンタジー系程度 * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

私が……王太子……のはずだったのに??

#Daki-Makura
ファンタジー
最愛と朝を迎えたら……城下が騒がしい……?? 一体……何が起きているのか……??

追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】 世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。 「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。 ・神話級ドラゴン  ⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺) ・深淵の邪神  ⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決) ・次元の裂け目  ⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い) 「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」 本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……? 「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー! 【免責事項】 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 ※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。

処理中です...