闘破蒼穹(とうはそうきゅう)

きりしま つかさ

文字の大きさ
1,308 / 1,458
1300

第1354話 小蕭瀟

しおりを挟む
一望無辺の蒼空に突然破風の音が響き、遠方から数十の影が迫ってくる。

瞬間、彼らは青峰の上に立っていた。

「若様」前方には炎盟の勢力範囲が近づいています。

我々の速度なら夕方に玄黄天涧に到着できるでしょう」と山頂で白袍の老者が周囲を見回しながら、隣に並ぶ蕭炎に報告する。

蕭炎は微かに頷き、この強大な陣容を眺めながら笑みを浮かべた。

中州ではそれほどでもないが、西北大陸なら大地震を起こすほどの圧力だ。

「最新の情報によると、獅冥宗と魂殿から脅迫や利誘で集めた強者達は約30人以上の斗尊級がいます。

一方炎盟はたった10名ほどです。

この差は尋常ではありません」と老者が続けた。

「30人以上……」蕭炎は指を組み、眉根を寄せた。

西北大陸の強者は中州に劣るとはいえ、広大な土地ゆえに一定数は集まる。

魂殿が手段を使えばそれなりの実力者も連れてくるはずだ。

「彩鱗なら四五星斗宗から始まりましたが、七彩吞天蟒の血脈を持つ彼女は才能も優れているため、今や斗尊級まで上昇しているはずです。

しかし一人では限界があります」

炎盟が十名もの斗尊を擁するとは驚きだ。

中州でも一流勢力に匹敵する実力で、その成長速度は想像を超えている。

「獅冥宗の六星斗尊以上は八人います。

そのうち四人が八星斗尊です。

魂殿の裏での動きまでは分かりません」

蕭炎が一呼吸置いて尋ねた。

「若様、貴方の実力は一星斗尊なら十名相手でも苦戦するでしょう。

六星以上の強者が八人もいれば……」

老者は黙り、深く考え込んだ。

「お言葉ですが、若様にお礼を申します」

「大儀です」

「早めに移動しましょう。

玄黄天涧へは夕方までに到着させましょう」

蕭炎が息を吐き、手のひらで空間を震わせた。

その瞬間、彼の姿は消えた。

後続の者達も驚かず、それぞれが前進した。

轟音と共に厚い雲が玄黄天涧上空に広がり、雷鳴が連鎖的に響き渡った。

百里四方を揺るがす低空圏の暴風が続く。



黒い霧が次第に後退し始めると、その中に潜む無数の影が人間の群れとなって視界の端まで連なる。

驚くべき殺伐の声が大軍から響き渡り、その振動で山々自体が震え始めた。

数百メートルにも及ぶ要塞の上では炎盟の兵士たちが遠方に広がる人海を凝視していた。

これまで幾度となく敵に遭遇したが、こんなまで圧倒されないことは初めてだった。

全員がため息を吐きかけたその時、視線は城壁中央へと移った。

そこに立つのは纏いの良い赤い甲冑を身にまとった女性の姿だ。

堅固な甲冑も隠しきれない蛇のような腰の曲線、冷厳で妖艶な表情が今も変わらず。

この異様に美しい女性は炎盟を加マ帝国から西北大陸へと導き、その強大さは指折れんほどの勢力となった。

弱小だった加マ帝国が西北大陸に一席之地を得たのも彼女の功績だ。

炎盟の強者たちの中では、創始者の蕭炎ですら及ばない地位を確立していた。

「やっと始まるのか……」

彩鱗は狭い目を開き遠方を見据えながら、細腰に帯びた長剣を握りしめた。

唇が引き締まり、頬には殺伐の冷気すら感じさせる表情だ。

「彩鱗、もし耐えられなくなったら蕭潇を連れて逃げろ」輪椅に座る蕭鼎は遠方を見つめながら優しい声で言った。

「ああ。

これは三弟の子だ。

絶対に失敗は許されない」

一歩離れたところで冷厳な顔つきの蕭烈が重々しく返す。

その言葉を聞いた彩鱗は首を横に向けて、白い幼児を見やった。

四歳前後の可愛らしい女の子は眉間に七色の小さな蛇紋があり、黒目がちな大きな瞳で周囲を引きつける。

その異様な魅力に触れると人はつい見入ってしまうが、我に返れば驚愕するほどだ。

彩鱗はその子を抱き上げて膝に乗せた。

幼女は母親の長い首筋に手を回し、脆い声で言った。

「お母さん、大丈夫よ。

大舅様が言ってたわ、パパは帰ってくるんだって」

それを聞いた彩鱗の唇端がわずかに緩む。

子供を抱えたまま小医仙を見上げて尋ねる。

「本当に帰ってくるのか?」



「彼が天墓に入ったのは半年前のことだ。

計算すると、今頃は古界を出たはずで、もし星陨閣に着いたら薬老がこの件を伝えるだろう。

彼の性格なら全速で駆けつけるはず……」小医仙がうなずきながら答えた。

彩鳞は双眸を瞬かせつつも口を開かなかった。

玉手で胸元の小さな少女の頭を優しく撫で、小医仙を見据えて言った。

「もし要塞が陥落したら…あなたが蕭潇と逃げろ。

彼女に何が起こったとしても、萧炎がどんなことをしても、私は決して許さない! たとえ私が死んだとしてもね」

小医仙は驚きの表情を浮かべ、彩鳞の唇が固く結ばれているのを見て黙々と頷いた。

彼女の性格を知っているからだ。

後者は常に己の誇りを貫く者で、口にした言葉は必ず履行する。

「あーっ、彩鳞よ。

炎盟と蕭家のためにここまで尽くしてきたのに…今回の危機が去れば、必ず萧炎に正式な迎えをさせよう」一歩外れたところでため息をつく蕭鼎が重々しく言った。

「彩鳞が炎盟をここまで支えたのは、彼女自身も父の救済に協力したからだ。

当時、蕭炎は父親を救うために全てを投げ出したが、彩鳞は妊娠しながらそれを引き受けた。

そしてその上、炎盟をここまで成長させた。

その功績は計り知れない」

「うむ、兄貴の言う通りだ。

あの男が帰ってきたら必ずやるべきさ」蕭厉も頷きながら言った。

「我々兄弟はいつも蕭炎を最重要視しているが、今回はこの弟婦さんを庇わねばならない」

「まずは目の前の危機を解決した上で考えるべきだろう」

彩鳞が胸に抱いていた小萧潇を下ろすと、黒衣の若々しい影が脳裏に浮かんだ。

彼女は唇を嚙み締めながら複雑な表情を見せた。

「蛇人族の女王となるならまだしも…もし本当に他人に心を許したなら、それは生涯変わらぬ忠誠を誓う。

愛する者が死ねばその心さえも消える。

これは美杜莎王家の血脈に刻まれた伝統だ。

だから彩鳞は分かる。

この一生、あの男の姿は決して忘れられない。

何年経っても薄れるどころか逆に深く記憶の中に刻み込まれていく」

「ドン! ドン! ドン!」

彩鳞が再び立ち上がった時、遠方の黒霧の中から震撼する鼓動が響き渡り、次々と影が現れ天高く浮かび上がる。

その強大な気配は周囲を包み込んだ。

空を見やると、巨漢の中年男が金色の大刀を担ぎ、要塞の城壁に妖艶な影を映す彩鳞を目で追っていた。

彼は哄笑しながら天地に響き渡る声を上げた。

「ハハ! 美杜莎よ、決意は固めたか? 我々獅冥宗に降伏するか、それとも私が炎盟を灰燼に帰すか!」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】 世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。 「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。 ・神話級ドラゴン  ⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺) ・深淵の邪神  ⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決) ・次元の裂け目  ⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い) 「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」 本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……? 「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー! 【免責事項】 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 ※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

ともボン
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

処理中です...