国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0113話「弱虫」

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夕暮れ時。

汚れたトヨタ・ブラッドがウロンサン方面から現れ、県道に乗り入れた後は普段通り景野町へと向かう。

狩猟五人組は金銭的余裕がある。

近年はウロンサン下で複数の敷地を賃借し車両や最低限の物資を保管する兼ねての倉庫も設けていた。

下山時にはどの敷地でも問題なく狩獲物を処理し市街へと向かうことが可能だ。

周辺の警察署は関連情報を把握していたが車両情報の照会結果からもリストに載っているトヨタ・ブラッドが新紅大ホテル近辺で布陣した刑事の目に留まり黄強民への通報となった。

待機中の黄強民は足首を痩せさせた状態でリクライニングチェアから一気に起き上がり片手に無線機を持ちながら叫んだ「各部署待機!今度は本番だ!野人が到着したぞ!」

その様子は未だ監督業界で認められぬ男がようやくカメラを握り女三と一夜を共にし撮影現場へと戻った時の表情のようだった。

疲れと興奮が混ざり合った。

各部署の人員が配置場所へ向かう中黄強民はスマホを取り柳景輝に報告した。

部下たちから通常通りとの連絡を受けた瞬間足首の衝突による痛みを無視して「指揮所」へと一歩ずつ進む。

ホテル本館6階最上階の視界抜群の部屋が新たな罠場所となる。

チェックイン手続き中の2名の登山客はそのまま部屋に閉じ込められ通行路も全てロックされ便衣警官が監視する。

ボスが選んだ数名のスタッフは二階とフロント前のバーで通常業務を続けさせるよう指示されていた。

嗅覚鋭い老人狩人を驚かさないためだ。

残りのスタッフ全員が警察に交代していた。

特に重要なフロントには強化訓練を受けた2名の警官が配置されチェックインや退室手続きもこなせた。

汚れたトヨタがホテル内に入った瞬間黄強民の脳裏を駆け抜けたのは強襲命令だった。

しかしそれは巨大なプレッシャー下での反射行動に過ぎなかった。

ここで強襲すれば本当に始末するしかない。

彼らは殺人経験から銃撃される可能性はほぼゼロだ。

「大堂の関門さえ突破できれば後は簡単だ」と指導官が慰めるように言った。

黄強民は頷き最も危険なのは大堂での対応だと同意した。

無光のベランダから数秒間観察し背を向けてモニター画面を見やる。

技術員たちの操作で少なくとも3台のカメラが狩猟五人組の動きを監視していた。



広いホールには数人がいて、短時間のうちに動きが固まったのが見えた。

**(被老板指名的)** あの店員は確かに素直だったが、今は自分が警察に使われていると悟り、足も手も震えているのである。

警察官自身が二階で監視している人物も、首を不自然に動かしていた。

黄強民の手は無線機を握りしめ、いつでも突撃命令を出す準備ができていた。

このタイミングでは「演技力不足」「精神面の弱さ」などと非難する余裕はない。

五人組は普段通りにチェックイン手続きを行い、リラックスした表情でいた。

どれくらい経ったのか、五人組が部屋カードを受け取り、荷物を持って慣れたように方向を確認して歩き始めた。

無線機から軽い報告の声が響く。

「侵入しました」。

黄強民も小さく息を吐いた。

五人組の周囲は再配置されたため、誤射するリスクは減っていた。

そのため黄強民は少し安心した。

しかしまだ待機が必要だった。

理想はゼロ被害で五人を確保することだ。

遠くに数人の特攻隊員が屋根に這い上がり、狙撃銃と双眼鏡を構えていた。

江遠と数名の刑事が下から見守りながら、突然江遠が言った。

「西側の屋根で若い方のやつは、前に見たことがある気がする」。

「覚えがある?」

魏振国が江遠を見た。

彼らはホテル最西端の玄関前を警備していた。

背後には景業町があり、ここは五人組が最も逃げない方向だったはずだ。

黄強民は自分の刑事部隊の大半を連れてきていたが、江遠を気遣いながらも、この大型の若手を無視するわけにはいかず、彼と魏振国を西門に配置した。

西側全体は東側より楽だったため、牧志洋と温明も落ち着いていた。

江遠は暗い玄関を見つめながら低い声で言った。

「前回陳帆を逮捕したとき、その男の姿をちらりと見た気がする。

当時は彼が失望しているように見えた」。

魏振国は不意に口を歪めた。

「撃たなかったから失望したのか?」

「可能性はあるだろう」。

牧志洋は笑いながら言った。

「手に入れた二等功章が逃げたんだぜ。

狙撃手は最も簡単に二等功章をもらう職業だよ」。

「当てるのが難しいんじゃないの?」

江遠が訊いた。

「それが試される時さ。

当たらなければ、帰って来て耳まで叱られるんじゃないか?まるで物語みたいにね」と牧志洋は冗談めかして話した。

彼らはまだ距離があり、行動開始前なので会話に支障はなかった。

影響を受けるのは緊張の度合いだけだ。

極悪犯相手とはいえ、警察も見たことは聞いたことがあるだけで、それほど怯えるわけではないと言っていたが、例外は銃を持つ場合だった。

俗語で言う「銃弾は目が利かない」からこそ、高位截瘫になって帰宅するならプライドも保てないだろう。

魏振国の手はポケットに置いてありながら、「我々が犯人を発見したときは同じだ。

撃てば二等功章だが、撃たなければ三年間ひどい奴になる」。



温明は我慢できずに自分が持っている拳銃を手に取り、去年の実績を口に出した。

「去年10発撃ちましたよ。

まだ銃の扱いも慣れていないのに返却させられちゃったんだから」

「大丈夫だよ」牧志洋が慰めながら言った。

「たとえ7発全て命中しても、相手は全然気付かないで走り去るかもしれないし。

あんな小銃は冗談みたいなものさ」

「お前のことか?」

温明は鼻をつまんで牧志洋を見やった。

「05式持ってるんだろう?」

牧志洋の顔が一瞬で暗くなった。

確かに、05年式の小型拳銃はその前任機種よりもさらに酷いものだった。

犬に撃たれても死なないという都市伝説も生まれていた。

ある朝、凍えるような寒さの中、特捜隊員が05式左ハンドル拳銃を構え、走り寄ってくる狂犬に6発連射した。

全て命中したにもかかわらず、その犬はまるで撃たれていないように駆け抜けていったという。

データ的にはこの話も現実味があった。

05式警用回転式拳銃の muzzle energy(銃口エネルギー)は111.8j。

人体を殺傷するには通常80jが必要だが、弾道学的に見れば射程距離が近すぎるとのことだ。

また牛仔服を着ている相手に撃つのは避けるべきで、衣服を破損させる危険がある。

一方、防弾用のゴム弾(ラバー・ボルト)も発射可能。

muzzle energy 16jとあり、距離に関係なく牛仔服を貫通する確率は低い。

公式データによると50m離れた場合でも0.1mm厚の革紙を貫通する確率が80%だった。

「あー」

温明と牧志洋が同時にため息をついた。

魏振国も同じ銃を持っていたが、慣れているせいか特に動揺は見せず、「合計で計算しようぜ。

牧志洋の『犬嫌い』は6発だろ? 温明は7発、俺も7発、江遠も7発。

全部合わせて27発撃ち込めば、大型犬を倒せる」

「冬じゃなくてよかったわ」江遠が頷いた。

「熊皮のコート着てくる奴らはいないだろうからね」

「防弾チョッキ着てたら面白くないよな。

『狙撃手呼んで』って時間稼ぎするだけだぜ」魏振国は笑いながら自言自語した。

「東北の仲間がどうやって銃を使うのか気になるけど、05式にゴム弾を装填すると muzzle energy 16jになるんだから、20jの擬似銃より現実的だろ?」

無論、両方とも人間に当たれば危険だった。

約1kgと2kgの重量があり、革紐でしっかり固定して振り回すと驚異的な破壊力があった。

「あー」

温明と牧志洋がまた息をついた。

魏振国はふと思い出したように言った。

「そうだな、皆さんの弾倉は7発入ってるんだろう?」

05年式の小型拳銃のスプリング(ばね)は弱い。

理論上7発まで装填可能だが日常は5発程度が限度だった。

江遠は拳銃を手に取り確認し、頷いた。

「7発だよ」

「そうだな」魏振国がうなずく。

「本当に危険事態になったら警告射撃は省略しようぜ。

直接撃てばいいんだから」

牧志洋も同調した。

「実際問題として『犬嫌い』の弾数なんて関係ないし、無線機で連絡する時間もないんだからね」

ある凍えるような朝、彼らが待機していた時だった。

「05年式小型拳銃、発射可能か?」

「はい」

「7発装填済みか?」

「はい」

「全員準備完了!」

「了解です」

その瞬間、無線から突然叫びが響いた。

「犬の群れが接近中! 30秒後に到着!」

皆の手が拳銃に伸びた。

冷たい金属の感触を指先で感じながら、彼らは互いに目を見合わせた。

「大丈夫だよ」牧志洋が小さく笑った。

「たとえ7発全て命中しても、相手は全然気付かないで走り去るかもしれないし。

あんな小銃は冗談みたいなものさ」

温明は我慢できずに拳銃を構えた。

去年の実績を口に出した。

「去年10発撃ちましたよ。

まだ銃の扱いも慣れていないのに返却させられちゃったんだから」

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