国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0164話「遠方」

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暗くなりかけた時間帯に、県庁の観葉植物が静かに勤務を続けている。

夕食時刻を迎え、激しい雨は小雨へと変わった。

水量の変化は成功者たちの排泄行動を連想させるもので、時折少量の水滴が降り注ぎ、完全な終息も約束されない状態が続いている。

寧台県庁の党務委員会メンバー全員が、市庁・省庁・中央機関からの来訪者を食堂で歓待していた。

調理長は腕を振るい、冷菜として数種類の料理を並べていた。

マスタード味の鴨足や合味茄子、雪見牛舌といった素材選びにこだわり、シェフの誇りとなる一品が並んでいた。

普段ならば調理長も定食提供で済ませるような場面だが、今日は特別な機会だった。

彼にとって完璧な料理は成功者同士の対話であり、小さな寧台県と大きな省庁都市、さらに遠く離れた首都との相互連携を表現していた。

地方都市が大都市への歓迎と誇りを示すものであった。

柳景輝と江遠が食堂二階に到着した時、張志宏は長陽市から同乗して来た様子で、親しげに手を振って言った。

「柳さん、さっきから参加すると言っていたのに。

片付けは済んだのか?」

彼は柳景輝が最近未解決の事件に関わっていることを知っていた。

柳景輝と江遠が席につくと、柳景輝は笑顔で「全然大丈夫です。

江遠のおかげですよ」と言いながら、関席に敬意を表してグラスを掲げた。

「寧台県の皆さん、素晴らしい人材を育ててくれましたね。

関局長様、まずはお祝いを申し上げます」

柳景輝は部委員よりも県庁幹部からより重んじられる存在だった。

関席が立ち上がり、柳景輝とグラスを合わせながら「柳さん、どうしてそんなことを言うんですか?何か理由があるのでしょう?」

柳景輝は一気にグラスの酒を飲み干し、「実は云昌市で疑わしい事件が発生したんですよ。

県警に来てもらうよう依頼があったんですが…」と話し始めた。

「あ、どうやって解決したんですか?」

張志宏は柳景輝が案件を軽視していると思っていた。

柳景輝は笑いながら答えなかった。

まずはグラスを手に取り、「云昌市の事件についてですが」と前置きし、江遠の名前を挙げた。

「県警から現場調査を依頼されたんです」

「えっ?柳さんもその案件を受け入れたのか?」

関席は驚いて尋ねた。

「いや、強制的に引き受けさせられたんですよ。

技術的な証拠が一切見つからないからです」柳景輝は舌打ちしながら説明を続けた。

「足跡や血痕は確認済みですし、人間関係も調べました。

周辺の監視カメラ映像も全てチェックしたんですが…」

柳景輝は可能な範囲で情報を漏らさず、ようやく全体像を語り始めた。



「結果、みんなが予想していたことだった。

柳景輝が江遠に事件を任せてから、彼は数時間で解決したんだ」

本当に柳景輝が途中で話を切り出すと、その結末は皆がなんとなく察知できた。

しかし柳景輝が最終的な結果を口に出すと、場の空気が一変した。

これは単なる物語ではなく、現実に起こった出来事だったからだ。

しかもそれが直近のことだったからこそ、人々は驚きを隠せなかった。

例えばサッカーの試合で意図的な負けがあったように、この事件の方が直接的に心に響くのである。

「どうやって解決したんだ?」

関席が尋ねた。

「江遠が何らかの証拠に疑問を持ち、それが殺人犯を突き止めたんだ。

その証拠は省公安の専門家が確認済みで、江遠が見る時間は相手より短かった」

柳景輝は詳細には触れないまま話を続けた。

被害者の夫は金盾社に勤め、捜査と反捜査の経験があり、現場を知っていた人物だった。

証拠偽造が発覚した時点で柳景輝が最初に思い浮かんだのは死体の夫だった。

しかし結論が出る前には言えないような内容だ。

柳景輝は曖昧に述べただけだった。

関席らは事件そのものより、江遠の存在に視線を向けた。

家で大事な牛を貸してやったのに、相手が耕した土地まで回収できない状況なのだ。

しかも返す場所もないという矛盾さえ感じさせた。

「でもまあ県ならあるかもしれない」

そう考えて関席は笑みを浮かべながら江遠を見つめた。

酒の勢いも手伝って、柳景輝は再び杯を掲げて言った。

「実はもう一つ任務がある。

江遠に二等功章を授与するためだ。

これは吴瓏野人事件での貢献によるもの」

「我々は協力します……」関席が即座に返した。

「上層部も重視したいと思っている。

短時間で二度の二等功というのは稀だからね。

私の考えでは、近々開催される大きな会議があれば会前に行うのが良いだろう」

これは標準的な手続きだ。

規模の大きい大会があればそれでいいし、なければ全県の表彰式でも可。

それでもない場合は中秋歌会やイベントなどでも構わない。

関席は頷いた。

些細なことではあるが。

柳景輝は関席が理解していないと感じて続けた。

「関局長、今週中に時間があるか?私は江遠を雲昌市に連れて行きたいんだ。

帰ってきたらその……」

関席もすぐに気付いて笑いながら周囲を見回した。

「皆さん最近何か予定は?」

政治教育課の課長が答えた。

「今は主に研修班……」

「規模が大きい方がいいね」関席はさらに尋ねた。

「何についての研修だ?」



「最近のスケジュールが多忙で、指紋・DNA・緊急救助訓練・法教育研修……」

「江遠に指紋講習を担当させるのは好機だ。

彼は省内有数の指紋専門家だから、貴重な資源を活用するべきだろう」

関席が少々アルコールの勢いで冗談めかして言うと、一同は慣れたように黙り込んだ

「本来江遠に講師をお願いする計画だったが、時間調整がつかないか確認したところです」

「今すぐ問い合わせてみよう」関席も儀式的に返す

「ええ……」四十代の成功者風の男が江遠を振り向いて言う「江遠さん……」

「どうぞお任せください」江遠は相手の言葉さえ待たずに笑顔で答えた

二等功章一つ増えると、新たなスキルを選べる。

理論上彼はLV4のスキルを得られる。

ランダムに与えられるスキルより効果が高く、組み合わせれば射程距離を大幅に拡張できる

柳景輝が江遠の表情を見つめながらほっとしたように微笑む

授賞式の流れが決まった後、柳景輝は軽く江遠の肩を叩いた。

贈答品や人間観察のプロとして、自分も腕があると確信している

---

二日後の午前中、警車二台が江村マンション前に到着した

門番が身分証を見ると道端を開けた

警車はゆっくりと小区内へ入る。

人車分離ではないため歩行者の方が速く、人々の視線を浴びながら進む

「どなたですか?」

小スーパー前で年配の住民たちが車を止め「前に来たのはこの方ですね」

市局政治部勤務の齢善衛が降りる。

擁警優属の業務に長けた人物だが、江村のような特殊地域は忘れられない

するとある住民が頷いた「前回来られた功臣の勲章を届けに来た方です」

「そうそう、あのちょっと太めの警察さん……おっかない感じだった」

「髪も少なかった。

今は帽子被ってるけど、脱いだ時に見たよ」

住民たちの議論は声高々で

「江遠さんが犠牲になったのか?」

「また犠牲になったのか?」

「二等功は寝てもらう、一等功は掲示してもらうと聞いた。

大変なことだ。

二等功臣がこんな形で逝ったなんて……」

「警察は軍隊より楽じゃないか」

「江遠はいい子だったのに、こんな形で……」

齢善衛は周囲を見回す。

黙っている人々の手にはスマホが握られ文字を打つ音が聞こえる

いや、正確には彼らが何をしているのかは想像できる。

だが齢善衛にはなぜ彼らがいつも未来を先読みするのか理解できなかった

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