国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0244話 やる気満々 無料閲覧

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二百四十四章 跳ねる欲望

分身事件、焼身事件、白骨化事件のいずれも法医学人類学を用いる場合、死体の身元特定が解決の鍵となる。

つまり「彼は誰か」という核心的な問題が、この種の事件を解明する基盤となるのだ。

一般的な現場法医と同様に、地方病院の医師も主に検査機器や装置に頼って鑑定を行う。

もちろん高度な専門家でも最初から即座に行動を起こすわけではない。

通常はDNA鑑定を行い、指紋採取を試みる。

これらが見つからない場合、特殊な痕跡(指紋)や医療用の痕跡(鋼板・鋼釘など)を探る。

普通の人間が正規病院で鋼釘を入れたことが最も確実な身元証明とされるのは、傷害が少なく、隠蔽性が高いからだ。

殺人犯は装置を持たず、骨肉の間に隔てられているため容易に見逃すことが多い。

一方、鋼板や義肢の場合、隠蔽性が少し劣り、大きな手術が必要となる。

タトゥーや傷痕の隠蔽性はさらに低く、殺人犯が真剣であれば切り取られる可能性が高い。

これらは逆方向からの捜査には使えない。

アメリカでは歯の記録が有効だが日本では効果が薄いのは、統一されたデータベースがないため逆方向検索できないからだ。

国内では身元確認に使えるが、歯で人物を特定するのは難しい。

頭蓋骨の鋼板は通常番号付きで発見されにくい。

運が良ければ鈍器攻撃にも耐えることもある。

リスクは頭部全体が奪われる点にある。

最初に発見された散在死体のように、顔面骨がどこを探しても見つからない場合、殺人犯が個別に処理した可能性が高い。

分身犯は頭蓋を単独で扱う傾向があり、自宅などに埋めるケースも東西共通の異常心理とされる。

総じて現場法医が身元特定を行う主な手段は三つある。

追加の一手があれば、死体周辺の物証となる。

生前着用していた衣服や使用品、現在一緒に廃棄されたゴミ類だ。

現行犯の場合これらのゴミは価値が低いが、長期未解決事件(積案)では些細な情報も貴重である。

最初に江遠が引っ張り出したのは包装袋と飲料瓶だった。

「時間の記録を私が担当します」と王藍が言った。

「よし」江遠は時刻が明示されたゴミを王藍に渡した。

同時に有機物を分離し、判別可能な魚骨や豚骨などを一か所に集めた。

理論上未調理の骨があればDNA採取が可能だ。

その価値は状況次第だが少なくともDNAは個人識別証明として高い正確性を持つため有用である。

不可分解ゴミ以外にも、布製品と紙類も江遠が分離した。

これらも死体の出所を証明する物証となる。

必ずしも時間ではなく場所に関するものかもしれない。



もし衣服や紙類がどのゴミ箱から来ているか特定できれば、周辺の失踪者や死者を探すのも容易になるだろう。

当然その前提は、ゴミと遺体が同時期に発生することにある。

もしそうでないなら……法医人類学(フィルメ・アントロポロジー)は最強だ!

江遠を囲む鑑識官たち日常的に彼のような作業をしているものの、江遠の速度と明晰な分類には自然と協力する。

誰もがその仕事に手を出す気にならないからだ。

具体的なゴミ解析方法は各自に個性がある。

実際多くの法医は死体以外にも専門領域を持つ。

例えばファッションセンスも持つ。

報告書で詳細に衣服の描写が必要だからだ。

居住地の死者にはシンプルな労働者もいれば、流行を意識した労働者もいる。

ダークグレーラウンドネックショルダードレスや無袖コンパクトボディラインコートなど。

ファッション界で亡くなった人が多いとすれば直線的な鑑識官でさえファッション・エキスパートになる。

パリやミラノの法医たちはその分野での見識は相当だろう。

長く続けば「死体ファッション考」のような著作も書けるかもしれない。

牛法医は紙類の分析に特に優れている。

専門というよりは精通していると言える。

生活用紙、ティッシュペーパーやトイレットペーパーなど日常消耗品に特化している。

以前は治安が悪く娯楽産業が発展した地域で働いていたため、廃棄されたメモ用紙からティッシュを採取し精液検査を行っていた経験があるからだ。

GB/T20808-2011のティッシュペーパーやGB/T20810-2018のトイレットペーパーなど規格も一目で判別できる。

原料は原生木 pulpや混合 pulp、竹 pulpなども区別可能だ。

ブランド名を触り嗅いで識別することもできる。

米精液検査液の臭いから得られる情報は専門知識が必要だが、市井に流れる石楠花や栗の実の香りなどは鑑識官の見解では浅薄だ。

そもそもこれらの花は希少で意味がないし、個人の状態によっても臭いが変わる。

無臭は前立腺機能障害、強い臭いは長期間不活動の場合、炎症による腥臭や食事由来の腐敗臭など。

フランス香水と比較した場合、高級品ほど濃厚な香りになる。

その時牛法医は積極的に紙の山に近づいた。



皆が地元の法医として長年働いており、互いに一定の親密度を持っていた。

それぞれ専門分野があり、必要に応じて相談することもあった。

牛法医と争う権限を持つ者は誰一人いない。

江遠が最も注目したのは、いくつかの小アクセサリーだった。

決して高価なものではなく、素材から見れば銅やガラス、あるいはガラス製品と思われるもので、耳飾り1組、ネックレス1本、指輪1個があった。

江遠がゴミを掘り返したばかりの経験から、このゴミの所有者は控えめな消費傾向を持っていたと推測できた。

例えば食べた魚の骨はブリ科 fishes(※原文「带鱼」)の骨、着ている服の素材は主に合成繊維や綿で、スナック菓子や飲料のパッケージからは価格が高くなく、多くの場合は無名小メーカー製品と見えた。

そのような状況下では、一式として捨てられたアクセサリーは目立つ存在だった。

もちろん関連ない可能性もあるが、江遠はより多く注目を向けた。

簡単な確認の後、証拠袋に収めた。

数名の法医が現場で約2トンのゴミを分類し、何時間もかかった。

反対側での掘削作業は迅速に進み、坑道をさらに約10メートル延長した。

この時点での照明条件は悪く、感じられるものは急いで坑口に運び、その日の掘削作業は終了した。

坑道は既に相当深く、夜間の掘削は危険性が高すぎた。

現場状況を徐泰寧が掌握していたため、江遠は報告して「私は清河市へ向かう予定です。

遺体の状態を見てみます」と述べた。

徐泰寧は満足げに頷いた。

彼は坑口で作業を見守りながら、周辺捜索が複雑であろうとも最終的には手掛かりを得るためと理解していた。

現在最も多くの手掛かりを提供する「証拠」として遺体がある。

江遠の仕事ぶりと能力も徐泰寧の目に留まっていた。

他の法医との比較では、より多くの長所と体力があり、非常に優れた存在だと感じていた。

ただし、そのような評価は口にせず、穏やかに頷き「体調を崩さないように気をつけなさい」と言った。

「はい」江遠が聞き取ったかどうか分からないが、許可を得て車で山を下り始めた。

紫峰町から清河市までは約2時間の距離だった。

途中で寝て、清河市の葬儀場に到着すると、鼻先には山野の煙けむりと松の香り、そして黄紙の焦げた匂いが漂っていた。

遠くに死者の家族が黙々と進み、それぞれ異なる風習で供養をし、唯一共通していたのは静寂と沈黙だった。

江遠は急に体調が良くなったように感じた。

温泉に入っているような気分で、身体の疲れが消えていくようだった。

「早く遺体を見終わって帰りたい」と牛法医が車から降りた。



鼻孔を刺すような臭いが充満していた解剖室で、江遠は白大褂のポケットからメモ用紙を取り出した。

屍蠟化した遺体の脂肪組織に変質が始まった部位を赤鉛筆で記録しながら、彼女の視線は次々と断骨の接合点へと移動する。

「翟法医」牛法医が省庁から来た法医学の専門家に声をかけた。

枯れたような顔つきの小男は王瀾の省庁版とも言える存在だが、彼女とは異なる職務意識を持っていた。

翟法医は江遠と牛法医を見もせず、ただ黙って解剖台の上に並べられた遺体を指差した。

「これでいいか?」

江遠がメモ用紙をポケットに戻す動作をしながら尋ねた。

翟法医は頷くこともなく、ただ黒い鉛筆で脂肪組織の変質部位を塗りつぶし始めた。

牛法医は数分間観察しただけで退場し、代わりに江遠が解剖台の上から下へと遺体を丹念にチェックしていく。

屍蠟化した遺体の皮膚からは白い脂肪組織が滲み出ていた。

通常なら水没環境か湿った土壌でしか見られない現象だが、翟法医はその変質パターンから「この地域の湿度が高い」と推測していた。

一方で完全に骨格化した遺体の方が、検証作業を容易にするという矛盾する認識が江遠の頭を占めていた。

(翻訳中略)

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