国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0273話 獅子頭

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江遠は現在、法医学人類学LV3と法医学臨床学LV3の両方を掌握している。

同レベルの法医検視官と比べて彼が持つ能力に一点の優位性があるのは、知識体系が極めて完璧である点だ。

法医学人類学LV3の範囲内で知っていることなら何でも、法医学臨床学LV3の領域にある知識も欠けるところがない。

この状況は明らかに矛盾している。

つまり現在法医学人類学LV3レベルの試験を作成した場合、江遠はほぼ満点を取れる。

しかし現実には多くの人々、専門家級の法医検視官であっても多少なりとも偏科がある。

山南省ナンバーワンの法医検視官張逢天でさえ、彼の法医学人類学がLV3レベルであろうと、LV2の試験なら満点だがLV3レベルの試験では80点や90点程度になるかもしれない。

なぜなら特別な詳細やマイナーな知識など、研究していなかった分野があるからだ。

日常業務では影響しない。

刑事事件は一つの道を通るわけではない。

多くの案件は一人には一条の手がかりしかなく、あるいは全くないが別の誰かにとっては複数の手がかりがある。

例えば普通の警部補が犯罪現場に到着するとDNAや指紋や監視カメラ映像や携帯電話を捜すが、極少数の人々は足跡や血液の形態(血そのものではなく)に注目する。

しかし現代では後者は非常に稀である。

江遠にとってはこれら全てが射程内だ。

どの弱点を選んでも突破できる。

つまり犯人がこれらの要素すべてに注意し、相当な隠蔽を施す必要があるのだ。

同じく山南省ナンバーワンの法医検視官張逢天も技術手段は豊富だが、全ての関連知識を掌握するわけではない。

特に焼骨収縮率のようなまだ明確な結論が得られていないマイナーな知識については、論文を調べたり専門家に電話で相談したりしても数日かかる。

最終的にどの収縮率が適切か判断する際もあくまで概算の域を出ない。

つまり張逢天が焼骨収縮率から知識不足を補うためにはまず何日間も時間を浪費し、得られる結論は確率的で誤りの可能性がある。

江遠と同様にこの場合責任者を決めるのは余温書だ。

それでも彼は被害者の年齢や性別や身長などしか提示できない。

有名な法医検視官である張逢天がその道を選ばない理由は明らかだ。

江遠にとっては問題ない。

現在は少しだけ有名になったがアイドル的プレッシャーはないし、あってもならない。

会議室の隅で江遠はまず各骨片を計測した。

収縮率は1-2%程度の範囲で揺れ動いている。

過去に測定したデータを使うと誤差が出るのは嫌だった。



江遠は骨片を何度も測り、記録した。

次に各骨片の炭化や磁器化の程度を分析した。

炭化800度、磁器化1000度という数値は、既存文献や一般家庭用炉のレベルを超えている。

江遠は直面する骨片に17%の割合を推定し、炭化された骨片には15%を算出した。

逆算すれば、新鮮な骨片の長さと幅が導き出せる。

さらに回帰式を適用すれば死者の身長が特定できる。

性別はいくつかの特徴点から判断する必要がある。

この一連の計算では3つの推定値が含まれており、わずかにずれただけで結果が大きく変わる可能性があった。

江遠は張逢天の慎重さを理解し始めつつも、刑事事件では間違いを恐れて進められないことを悟っていた。

捜査の大半は試行錯誤であり、監視カメラや指紋鑑定なども同様に誤りを繰り返しながら進むものだ。

法医学人類学も同じである。

推定が外れればやり直しの繰り返しだった。

それでも江遠は細心に作業を進め、可能な限り誤差を減らすよう努めていた。

会議室では他の人々も江遠の作業状況を見ていた。

513事件はほぼ終結しており、余程の用事がない限り誰もがこの現行案件に没頭していた。

PPT作成上手な者は苦労せず、証拠物が少々あっても問題なかった。

特に暇を持て余す警官たちはそのままジムへと向かった。

長陽市公安局は施設面で優れており、オフィスビル内にジムを完備し、トレーニングやパーソナルトレーナーの利用が無料だった。

江遠は焼け焦げた骨片を何度も手に取りながら考えていた。

ノートには次第に数値が並んでいった。

性別:女性

身長:165-172cm

年齢:22-25歳

最後の項目を書き終えた頃、会議室はほぼ空いていた。

江遠は支隊長余温書にメッセージを送り、「招待所で休むか」と加えて魏振国も呼び出した。

「夕食時間過ぎてるのか?寝坊した?」

魏振国が時計を見ながら冗談めかして尋ねた。

「鼾は立ててないよ」江遠は慰めた。

「骨の状態は分かった?」

魏振国が証拠箱を閉じる江遠に確認した。

江遠は頷き、「効果があったかどうかは分からない。

現場からの報告待ちだ」

「現行犯事件でも15日経過しているからね」江遠の反応から読んだ魏振国が推測した。

「そうだな」江遠は同意し、この情報だけでは不十分だと感じていた。

警局を出た後、余温書からの返信が来た。

「了解」という短い一文字のみだった。



江遠が魏振国に目配りをしたあと、「帰って休んでいい。

明日の調査結果を見よう」と言った。

翌日、江遠と魏振国らは腹いっぱいになってから事務所に戻ると、支隊の前で音楽を奏でながら飛び跳ねる人々がいて、その中で何か物が動き回っていた。

近づいてみると、その動きは獅子舞だった。

獅子の向かいには余温書が立っていた。

「江遠、こっちへ来い」と余温書が手を振ったので、江遠は近寄った。

「どうしたんだ?」

「これは阮思静の家の人々が演じた獅子舞だ。

毎年節目になると、特に正月には獅子団を連れて各地で披露する習わしがある。

阮思静の事件が解決したので、彼らはそのまま獅頭を持って来たんだ」

江遠はためらったあと、「まだ判決が下っていないのに」と言った。

「多くの人々にとって、犯人が誰か分かればそれで十分だ」

その瞬間、獅子が駆け寄ってきて江遠の前に首を振り始めた。

江遠は反射的に獅頭に手を伸ばした。

すると獅子は動きを止め、そのまま江遠の指先を受け入れるように静止した。

(本章完)

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