国民の監察医（こくみんのかんさつい）

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第0296話 現行事件

湖畔春日緑地プロジェクト工事現場。

ブルーのプレハブ内に、アクリル板橋が入口からプレハブ内部まで一直線に架けられていた。

江遠はその板橋を見て長陽市公安局刑事警察支隊の本気度を直感した。

通常なら板橋は遺体付近まで設置するだけで一時的な措置で、捜査終了後撤去されるのが普通だ。

アクリル板橋を使用している時点で相当な配慮が見られる。

寧台県警の板橋は鋼板製で数量も少なく、現地調査時には持ち運びに苦労するため現場にはほとんど使用されない。

小規模事件なら歩きで現場に入るが、血跡が多くなるとこのような措置を取る。

10年前なら金属板橋すら存在しなかった時代もあり、現場の踏み荒らしは避けられなかった。

長陽市公安局刑事警察支隊の場合も同様で、数百個の板橋を一直線に並べるのは指導官からの指示によるものだ。

単なるプロポーズでもここまで時間を浪費するはずがない。

余温書が板橋起点で作業していた。

現場責任者である彼は忙しく働いていた。

未解決事件では捜査責任者の階級は問われないが、未解決事件ではある。

江遠が近づくと余湿書の顔色が和らいだ。

「道中は大丈夫ですか？ 超速違反はなかったですか。

」

「撮影されていないはずです」と江遠が答えた。

余温書「撮影されていたとしても構いません、後で私が消します。

ここが現場です。

地面に足跡がありますし二階の部屋には血痕があります。

すぐあなたを連想しましたが、遺体は搬送されました」

江遠は頷きながら余温書が指摘した足跡を見た。

彼の目の前に約千個の足跡があった。

この工事現場では地面が舗装されておらず浮土が多く、静電式機器を使えばさらに多くの足跡を特定できるだろう。

しかし江遠は全く動揺せず、これらの足跡から事件を解決する気にはならなかった。

これら足跡を収集するのは30頭の牛でも疲れるほどだ。

「まずは遺体を見に行きましょう」江遠は部屋内から殺人犯の足跡を探すことに決めた。

そしてその足跡の動き方を見てみるつもりだった。

しかし部屋内で足跡を見つけた場合、外側の足跡は逃走方向を示す程度でそれ以上の意味はないだろう。

他の点では室内と室外の情報はほぼ同じになるはずだ。

当然江遠は詳細な説明は省略した。

板橋を踏んで現場に向かった。

余温書も彼に続いてきた。

黄強民が戦闘力ランキングのプレッシャーを感じているように、余温書も同様だった。

都道府県庁所在地警察の戦闘力ランキングで後方陣営に位置するのは許容できない。

むしろ首位を争うべきだ。

山南省は省庁所在地吸血模式である。

経済文化教育政策だけでなく治安衛生面でも優位性があるため、当然要求されるのだ。



関係者にできなければ簡単な話だ、他県の兄弟機関のトップが誰か、連続してトップを維持できる人物なら省庁への異動で貴方の職務を引き継ぐ可能性がある。

長陽市の状況は良好だが、刑事部隊が現行犯殺人全解決という好成績を維持している。

しかし今回の事件が解決しないと余温書のプレッシャーは増すだろう。

遺体は彩鋼板造りの二階にあった。

主体構造の彩鋼板建物は工場入口から三四十メートル離れている。

一階には六部屋、二階にも同様の広いオフィス形式の部屋が並んでいた。

現場の部屋も同様で中央にデスクがあり壁際に大型金庫があった。

遺体の写真ではデスク上に頭を打たれた状態で倒れており、血痕はデスク上の小さな水溜りだった。

おそらくゆっくりと形成されたもので、犯人が去った際には足跡が付いていなかった。

江遠は余温書を見つめた。

彼女が言う血痕と足跡の説明は少々信憑性に欠けるように思えた。

「証拠は弱いが現行犯より積年の事件の方が解決しやすいはずだ」余温書の理屈は成り立つ。

江遠が尋ねた。

「監視カメラや目撃者はいないのか」

彼女の表情には強制的に感情を抑えたような硬さがあった。

そのため、大多数の不在証明は直接面談で確認する必要がある。

電話での照会では偽装された安堵感が生まれるからこそ、その方法は避けるべきなのだ。

特に農民労働者のグループの場合、娘が犬小屋に住んでいない限りは刑事の質問を逃れられないはずだ。

現場のこの人々は重点的な容疑者であり、二言三言で放っておくことはないだろう。

江遠が周囲を見回した後尋ねた。

「凶器も見つけていないのか」

「見つかっていない。

凶器は工場から持ち出された鉄筋のような棍状物と推測している」余温書はため息をつくように言った。

「現在リストを作成中だが、過去の従業員が多すぎて不完全だ。

外側からの犯行ならこの事件は解決しやすいが」

直接的な関係があれば簡単な殺人強盗事件になるだろう。

それは人脈を通じて解決するタイプの案件だ。

逆にそうでなければ捜査量は増大する。

人脈を辿る場合は、そのたびに十倍の労力が必要となる。

内鬼が関わっているようなケースでは長期間かかることもある。

難易度が高いというよりは内鬼の関係網を解明するのに時間がかかるのだ。

江遠が現場外の状況を確認した後、余温書の考え方は理解できた。

現在最も有力な証拠は現場と遺体だ。

指紋や足跡は存在するものの多すぎて有用なものを見つけるのは困難だった。

「では私は現場を見てみる」江遠が言った。

「既に捜査済みか」



「最も基本的な部分だけです」余温書が答えた。

江遠は核心を突くように尋ねた。

「何も見つけてない？」

「いいえ」余温書は首を横に振った。

本格的な犯罪現場では、捜査官が全範囲を網羅的に調べることは滅多にならない。

階層別に分けて調査するのが一般的だ。

まず目立つ痕跡から取り掛かるのが通常で、例えば血手形や血足跡の採取、遺体の搬送などを行う。

次に、その現場に残された証拠を調べる段階となる。

ドアノブや首の傷口、窓枠、固まったトイレットペーパーなどが該当する。

これらの調査で犯人の情報を得られれば、現場検証はほぼ終了し、さらに詳細な調査を続けることは少ない。

例えば被害者のセーターに指紋があっても、血手形がある場合は採取しなくても良い場合もある。

逆に現場の情報が多すぎるときは、ベッドシーツなど汗で汚れた物を全部持ち帰るような現場検証は非難されることが多い。

現在の状況では現場には指紋やDNAが散在しているものの、明らかに犯人のものとは断定できない。

「我々二人だけで済ませました」余温書が適当なところで退出し、外で仲間を呼んだ。

自分は現場から出て行った。

しばらくすると、若い刑事ふたりが機材ケースを持って現れた。

「江さん、ようやくお目にかかりました。

水東区の指紋鑑定科・何国華です」最初に部屋に入ったのは、群チャットで『江神』『江爺』と呼ばれる何国華だった。

彼は三十代半ばといった風貌で、顎に短いひげを生やし、眼鏡をかけ、少し太めの体つき。

肌が白く、頬まで赤らんでいた。

江遠も一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに群チャットの何国華と一致させた。

「どうぞ江遠とお呼びください」江遠は丁寧に挨拶した。

タバコを手に取ろうとしたが、現場では吸うまいと我慢した。

「これが小波です。

王波。

私の弟子です」何国华は若い男の名前を紹介した。

王波もスマートな外見で、長陽市刑事警察部に入隊するには相当の意欲が必要だが、実際には組織に入った途端にその能力が相対化されてしまうのが常だった。

江遠が尋ねた。

「貴方たちは検証灯を使ったか？」

「使いました。

指紋も採取しましたが、特に価値のあるものは見つかりませんでした」何国華は率直に答えた。

王波は興味津々に見ていた。

江遠はうなずきながら部屋の中央で深く考え込んだ。

彼は犯罪現場を再構築しようとしていた。

現場検証には必ずしも血跡分析のように直接的ではないが、そのような作業が必要になる場合がある。

特に江遠にとってはLV4の現場検証能力とLV5の血跡分析技術が組み合わさることで、わずかな血跡から有用な情報を引き出すことが可能だった。