国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0300話 時代は変わった

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犯罪現場周辺に集まっているのは十人程度の群衆だ。

その数は動的に変化するもので、ほとんどが通り過ぎて立ち止まってしばらく見物したり写真を撮ったりスマホを見ながら去っていく。

中には立ち位置を変えたりスマホを操作しながら観察している人もいれば、恋人同士が肩を並べて近づいてきて珍しい光景に気づいたら話しかけ合いながら通り過ぎていく様子もあった。

短髪の傷痕のある男は一人で建設現場の方角と警察たちの動きを見つめていた。

その注意深さは江遠が彼を特定した後になって初めて認識されたものだった。

それ以前は群衆全体に目を向けたことがなかったのだ。

現代では殺人が起きる場所は室内、特に個人住宅が多いから一般犯人は犯罪現場に戻りづらい。

目の前の男については江遠が社会的立場から彼の動向に関心があるのではないかと推測していた。

警察の動きを見ながら次の一歩を計画している可能性もあった。

江遠はスマホを取り出して微信を開いた。

今日は作業グループに加わっていなかったので「長陽市積案対策本部」の群チャットで投稿した。

「余温書支隊長、柳景輝警部補、私は犯人を見つけました。

現在建設現場向かいの道路を観察しています。

短髪、緑色のズボン、ブラウンのシャツ、右目尻に傷痕があります」

柳景輝からの返信は「???」

だった。

唐佳が「殺人犯ですか?『私の向かい』とはどういう意味ですか?江遠君、あなたには同僚がいますか?」

江遠は続けて「短髪の男です。

緑色のズボン、ブラウンのシャツ、右目尻に傷痕があります」と追加した。

柳景輝から「相手に気づかれましたか?危険ですか?」

と質問があったので江遠は余裕を見て「いいえ。

大丈夫だと思います」と返信した。

柳景輝が「無理しないでください。

この殺人犯を逃がしても数時間後に捕まえるのは簡単です。

私は余支に連絡します」と書き込んだのを見た江遠はスマホを置き、再び男の方を見やった。

先ほどまで群衆の中にいた傷痕のある男は姿を消していた。

江遠の心臓が急に早鐘を打った。

左右を見回すと、嫌疑犯の齊鵬虎が道路を渡ってきて自分から七八メートル離れたところまで近づいてきた。

江遠は強舅から教わった柔術の訓練で多少の武力を備えているので完全な恐怖ではないが、一中隊の格闘力とは比べ物にならないかもしれない。

しかし少なくとも短時間なら拳で殺される可能性はないと思っている。

「何をしているんですか?警戒線を越えてはいけません」江遠は不機嫌そうに叫んだ。

同時に彼はノートパソコンを閉じ、左手で棍状の物体を掴んでいた。

長陽市刑捜の豊かな予算ゆえに江遠は自分が握っているのは警棒ではなく携帯式金属探知器だと気づいた。



この物は伸縮式で約1メートルの長さがある。

収納時は40センチ程度になるが警棒より太くバッテリーを内蔵しているため堅牢性に疑問を感じた。

齊鵬虎の手には武器はなかったが、出納係を二撃で殺し二階から無傷で飛び降りた顔に傷跡があることから凶悪な男だと察せられた。

齊鵬虎は江遠まで15メートル離れた位置で足を止め「通りがけだよ」と言った。

その間の会話時間で江遠は落ち着きを取り戻し「どこから来た?どこへ行く?」

と尋ねた。

齊鵬虎の視線が固まった。

「ただ散歩に出てきたんだ」

電話に出かけていた王波が近づいてきて敵意を込めて彼を見つめた。

その頃、工場から警察が出てきた。

しかし齊鵬虎は動きもせずに「何かあったのか?」

と追及した。

江遠は質問に答えず「お前は誰だ?名前は?」

と迫った。

双方が質問を交互に投げ合い返答がないため会話は途絶えた。

齊鵬虎が笑い頬の傷跡を引っ張ると少しクールな印象になった。

江遠への返事もなく周囲を見回しそのまま背を向けて歩き出した。

江遠が咳払いして「お前にお尋ねだよ名前は?」

と声を荒げた。

工場から出てきた警察数人がこちらに集まり始めた。

余温書が配属した警官たちも反対側から包囲しようとしていた。

王波は江遠の隣まで来て支援するように歩み寄った。

齊鵬虎も同様に神経を張っていたようだ。

警察が近づいてくると迷いなく方向転換して走り出した。

後続の警察が小走りで追いかける。

齊鵬虎は振り返って笑顔を見せた江遠はその口許の笑みを目撃した。

すると彼も突然加速し道路端の塀へ向かって駆け出した。

高さ3-4メートルの塀を片手で引っ掛けて軽々と越えた音が「ドン」と響いた。

江遠はその足音から着地時の姿勢を想像した犯罪現場の足跡と同じ形だと直感した。

彼が飛び降りた先は小規模な施設で門は数十メートル離れていた。

警察が中に入った頃には齊鵬虎はもう別の塀に移動していた。

王波は追いかけることもなく江遠を見上げて尋ねた「どうしたんだ?」

「犯人が我々の進捗を確認してから行動するんだろうな」と江遠は経験に基づいて推測した。

奪われた現金は10数万円。

現代ではどこへ行くにも検査が必要なため個人で持ち歩くのは困難だ。

最適な犯人の手口は自動車運転可能な人物が車を所有していることだろう。

また経験豊富な逃亡者は車に食料と水を持参する必要がある。

都市部に出られない場合の備えとしてである。



意外の意外、チーペンフは新たな地元での人間関係構築も必要かもしれない。

例えば新恋人との調整など、最低限の配慮が必要だ。

彼が警察側の進捗を確認して逃亡を決断する可能性もあるだろう。

長期にわたり逃亡生活を送った者だけが知る「安住」の困難さは計り知れない。

当然、腕力があれば近所の警察署も問題ない。

しかしジャンヨウはこの男が自分自身を埋葬した存在であることを理解していた。

過去には確かに警察から脱出に成功した経歴はあるものの、当時は単なる窃盗強盗犯人だったのが、今は殺人強盗犯人という立場だ。

ジャンヨウが工事現場を見やると、ユウテンブクは慌てて出てきた。

『ジャンヨウ大丈夫?』と尋ねる。

『接触しただけだよ』と金属探知機を置き、ノートパソコンを開いてチーペンフの写真を表示する。

『共有しよう』とユウテンブクが頷くと指示を出した。

警車のサイレンが響き始めた。

ジャンヨウは視線を戻し、乱暴に鼓動した心臓も落ち着いた。

追跡への不安はなかった。

現在の状況や警察官の能力を考えれば逃亡は難しい。

時代は変わった。

犯人にも同じことが言える。



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