国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0350話 賛同

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武夏は安平省の指紋専門家であり、痕跡鑑定員でもあるが、痕跡鑑定のレベルではLV2.8からLV3の間を行き来し、指紋鑑定の水準には届いていない。

したがって、武夏は指紋鑑定に特化した痕跡鑑定員であり、江遠が提示した痕跡写真を読み取ることはできない。

これは明らかに異常な状況である。

武夏がこれまで経験したことのない現象だ。

自分のレベルを超える痕跡ならともかく、見落とす理由はどこにもないはずなのに。

隣席で写真を見ていた真正のLV4.8・部委所属の痕跡鑑定専門家張献が近づいてきた。

刑事として培った鋭い観察力から、武夏の表情に気付いたのだ。

親戚の家で30年間過ごしたような目利きさで、すぐに机上の写真を覗き込んだ。

「同じ痕跡はありますか?」

武夏が直ちに尋ねた。

全国レベルの講師として各地を回る張献は、勝負心を刺激された。

写真を見つめ続けた後、馬蹄鏡(※)で拡大し、運転席右側のメーター盤を指した。

「君が言う通り、このあたりの擦り傷だ」

プラスチック製のメーター盤には汚れによる痕跡と物理的な擦り傷が入り乱れていた。

縦横に折れ曲がった複雑な模様はまるで無秩序そのものだった。

張献は真剣に研究を始めた。

このような場面では、名前を連ねる者だけが有名無実の存在になることはない。

自分の名声を賭けて冗談はできないのだ。

三人が集まった時点で専門家会議の雰囲気があった。

彼らが発する言葉はいずれも酒席でのネタとなるだろう。

若い江遠の顔には理解不能な表情が浮かんでいた。

「メーター盤に、そしてシート下のトレイとステアリングホイールにも、これらの擦り傷は一定の規則性があります」

写真を見ながら江遠が説明するように細かい痕跡は肉眼では判別不可能だった。

馬蹄鏡で拡大しても、それらを同一人物によるものと断定するのはやぶさかだ。

年齢の近い張献は目を閉じて先ほど見た痕跡を回想し、暗黙裡に判断を下していた。

痕跡鑑定は個々の痕跡の類似度を測るが、一片の痕跡の形成過程そのものを基準にする場合もある。

例えば二人が同じ鞭で第三者を打つ場合、単一の痕跡なら類似性はあるものの、深浅や長さの差異から個人を特定するのは難しい。

しかし十数回以上の打撃によって一片の鞭痕となった場合は、その全体像に違いと特徴が現れる。

ただし、このような鑑定方法は正確度が低く、難易度は格段に高いのだ。



「この傷跡はどのように形成されたとお考えですか?」

江遠の指摘を受けて張献が六割程度に賛成した。

両台の車両が盗まれたこと、新規に生じた痕跡があることから同一グループによる犯行である可能性が高いと判断した。

「私はこの運転手は車を叩く習慣があると考えています。

さらに右手には文玩串(ぶんかんず)のような装飾品を着けていたと思われます。

そのため右側にこのような擦り傷が残っているのです」

江遠の手が空中で数回振り上げられた。

他のメンバーは理解できなかったが、張献と武夏だけは江遠が運転手の右手動作を模倣していることに気づいていた。

江遠が再現した動きは両台の車に共通する擦り傷の形成パターンと一致していた。

鞭打たれた臀部の例を挙げると、怒りによる鞭撃でも興奮による鞭撃でも同じ人物が異なる人間に施す場合、見た目は無秩序にも見えるが詳細な分析では必ず共通点が見つかる。

身長や体重、動作パターンといった身体的特性は筋肉記憶として一定の規範を形成するためだ。

この程度の指紋鑑定証拠を法廷で使用するには手続きが必要だが、捜査段階では十分な根拠となる。

「賛成です」

張献が江遠の判断に同意した。

若い技術員である江遠の経歴が浅いことを考慮して意図的に支持したのだ。

省庁直轄の専門家として働く張献は、谷旗市局の高長江局長が江遠を部分的に信頼していることに気づいていた。

高長江が江遠の意見に従うのは「臥龍鳳雏(わりょうほうちゅう)」のような完全な信頼ではない。

張献が「賛成」と発言した直後、隣に座る高長江の表情が変わった。

すぐに武夏を見た。

最も信頼しているのは本省の専門家である武夏だ。

三者の中では武夏が他の二人に劣る面はあるものの、高長江は武夏が度々驚異的な活躍を示すことを知っている。

張献と江遠の会話、特に江遠の説明とジェスチャーを見てきた武夏も「江遠の指摘は妥当です」と述べた。

高長江は躊躇なく指示を連発した:

「両台の車両のナンバーを調べ、車両情報を入手せよ。

盗難事件の記録を引っ張り出し監視カメラ映像を探れ。

老周、君と数名で現場に行って未収集の画像データや周辺店舗への聞き取りを行え」

「レンタカー会社はその車がレンタカーではないか?朱宏博、君らもレンタカー会社へ行き監視カメラ映像を入手しGPSデータを取得せよ。

当時の捜索者に詳細な聴取を実施せよ」

「車体には触れないように板金で運び込み、自局のガレージに搬送させ指紋鑑定チームが検査するように」

「あの…王主任、画像追跡はお任せします。

車両が通った場所や停まった場所からその連中を探す手がかりを探ってください」

高長江は人員を調整しながら余裕の表情で指示を出していた。

一線からの局長として解決した事件も多かったが、今回の難易度は異常に高く犯罪組織が計画的に犯行に及んでいるため短期間での解決は困難だった。

しかし省庁から専門家を即時派遣させるという点ではその手腕の片鱗を見せていた。

「車は届けた。

僕が現場検証する」

江遠は頷いた。

犯罪現場検証LV4という資格を持つ彼は谷旗市内で最上位の腕前だ。

張献のようなベテランでも年齢を考慮すれば江遠の方が優れている。

高長江は即座に返事した「問題ない。

車が到着したらすぐ連絡する」

江遠は車両が洗浄されていない限り、皮膚の屑や髪の毛、汗毛、唾液、鼻毛、陰毛、睫毛といった人体由来の痕跡が残る可能性が高いと指摘した。

しかし彼はその必要性を感じていなかった。

車両から得られる情報量は非常に大きく、加害者が車を盗んだとしても発見される確率は低くなるものの、特定された車両であれば逃亡のリスクは大幅に低下する。

この事件では彼らが次回犯行で残した手がかりも乏しい。

レンタカー会社が返却した車両に関しても問題ない。

粗末なレンタカー会社は頻繁に車を紛失させるため、特に理由がない限り警察は調べない傾向にある。

しかし彼らが農村の市場で犯行を試みた際に捨てられた赤いサントリーミニバンこそが突破口となった。

もし車両を捨てずにいたとしても、警察が道路上の監視カメラを通じて追跡する可能性があるため、自宅に戻るか停車場所を探すのは困難だった。

つまり未遂誘拐事件の捜査が不完全な状態で終わっていたのだ。

案件に進展があったことで谷旗市警の専門捜査班は沸き立ったが、江遠だけが静かにしていた。

するとすぐに初動情報が入ってきた。

「彼らがレンタカー会社に残した身分証は偽造品だが、同じ身分証で市東区で宿泊登録を済ませた際の記録と照合したところ、その身分証で他のレンタカー会社から車両を借りていたことが判明。

GPSが高速道路を走行中と表示しているため我々は人質救出に向かう」

高長江が外出し戻ってきた時、彼の周囲からは殺気立った雰囲気が漂っていた。



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