国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

文字の大きさ
341 / 776
0300

第0369話 最終処理

しおりを挟む
レフハンは夜の通りを歩いていた。

周囲の店がシャッターを下ろし、彼も自宅へ向かう準備をしていた。

突然、角から二人の影が現れた。

それぞれの手首に腕を掴まれ、彼は二人の腋の下でぐしゃりと潰された。

腋の臭いと首の歪みが相まって、レフハンは一瞬意識を失いそうになった。

「お前は誰だ?」

一人の影が低い声で尋ねた。

その瞬間、さらに多くの影がシャッターの中に忍び込んだ。

しかしレフハンは奇妙にも緊張がほぐれた。

普通なら深夜に拉致された相手が名前を尋ねるのに怒りや滑稽さを感じるはずだが、彼は刑務所で学んだ男だ。

警察だと直感し、少なくとも殺されないことに安堵した。

「レフハンです……みんなからは老雷と呼ばれてます」

「なぜ捕まえたのか知ってるか?」

腋の下を締め付けながら手錠をかけた鄭兵警官が尋ねる。

彼は同事と息を合わせていた。

重大な殺人事件の唯一の証拠が眼前にあり、取り逃がすわけにはいかない。

だが力を入れすぎると窒息させてしまう。

レフハンは太った体で頬を膨らませた。

「買っちゃいけないものを買ったのか?」

「自分で考えてみろ」鄭兵が鼻を鳴らした。

「本当に知りません……本物の市場では銀行のようにあれこれ選べないんです。

困っている人には手助けするだけです……」

すると劉政委が現れた。

「馬忠礼家の品物も回収したのか?」

その質問にレフハンは一瞬言葉を詰まえた。

その隙に劉政委は完全に確信を得た。

DNA鑑定で江遠の指紋と一致し、彼らは二時間早く雷夫漢を探すために動き出したのだ。

今や基本的な証拠は確保済みだが、目的は三人組の新身分を突き出すことだった。

徐陽らが偽造パスポートを作成するには少なくとも一週間かかる。

彼らは金銭と人脈があるかどうかさえ分からないが、この機会に三人組の新たな名前を手に入れるのは画期的だった。



この時、店に捜査に来た警部が出てきて、劉政委の耳元で囁いた。

「この男は金を溶かしたばかりだ。

引き出しにはダイヤモンド5個と宝石・水晶が見つかり、形が馬忠礼家と同じ写真と似ている」

「中に入りなさい」劉政委がレフハンを連れて店内に入った。

数個のダイヤモンドと宝石はカウンター下の引き出しにあり、他の刑事が撮影していた。

レフハンは後悔した。

集めた金を溶かし、外したダイヤモンドや宝石は金銭的価値があるわけではない。

自分で売れば数千円にもなるだろう。

しかし商いなら数千円も利益になる。

レフハンが破棄したり捨てたりするわけにはいかない。

「話せよ、どこから来たのか」劉政委が写真をダイヤモンドと宝石のそばに置き比較した。

「俺…」

「レフハン、今回は貴方じゃない。

よく考えておけ。

最後まで捕まえられなければ、我々も手を抜くわけにはいかないんだよ」劉政委は凶悪な表情で云った。

これは映画のシーンではない。

劉政委の脅しは本物だ。

この店の品物は軽微でも3年以下の刑期でも、重い犯罪でも10年以上の刑期になる可能性がある。

「あー、私が収集に来た時、彼らが何をしているのか知らなかった…」レフハンがため息をつき、素直に話し始めた。

すると技術員はレフハンのパソコンから三人組の新顔写真を出力した。

「王偉…この名前だ…お前たちも粗末な仕事だな」劉政委は云いながら躊躇なく局へ連絡し、通缉令を発行。

さらにサイバーパトロールと技術捜査に動き出した。

現代人は山奥でない限りスマホから離れられない。

一般人なら尚更、常に電源を入れた状態や長期のファラデーケージ(法拉第笼)も維持できない。

つまりスマホがあれば、その人物を発見する可能性が高い。

ただし携帯番号は簡単に変えるが、身分証明書はそう簡単には変えられない。

短期間で両方を紐付ける場所があれば、逃亡は不可能だ。

劉政委らが帰路につくと最新の情報が入った。

「人たちは平洲に移動した。

位置も特定された」

この短い一文だけで赤雍市刑事部隊全員が安堵した。

近年最悪の事件の一つがようやく明るみに出たのだ。

犯人と被害者にとっても一種の救済となった。

支隊長は即座に人員を組織し逮捕に向かった。

劉政委は当然ながら大規模捜査官として出動する。

彼は何も冗談めかすことはなかった。

「江遠たちが既に出発したから、少なくとも家族と会わせた方がいいんじゃないか。

家族も感謝の気持ちを伝えたいと思っている」

「今回は我々が重要視しなかったんだよ」支隊長はため息をつき云った。

「貴方が出動して捕まえたら、後で関係を修復するようにしよう。

今後のこともあるからね」

警察官として未解決案件は日常茶飯事だが、難破の事件はより多い。

もし可能なら支隊長も苦労しない捜査過程を望むものだ。



軽々しく事件を解決するか、それとも少しだけ苦労してもいいが、完全に絶望的な状況までは避けたい。

絶望したところで犯人を捕まえるならそれでも構わない。

警察官として最も恐れるのは、家族まで諦めさせられながら未解決のままという状況だ。

劉政委は一気に30人以上の人員を連れて平洲へ向かった。

今回は本物の悪党が三人で結成され、四人を滅門した後、逮捕時には拒否権を行使する可能性が高い相手だった。

この場合、誰かが単騎で戦うなど非現実的だ。

人員不足では到底不可能。

犯人の足取りを追いつつあるのに、逃亡のチャンスを与えるわけにはいかない。

劉政委は一排(約50人)規模の人員で出動したが、これでも少なすぎると思っていた。

地形が複雑な地域では散開する必要があるし、地元に詳しくないため不安だった。

そこで知り合いを通じて現地の熟練者を頼み、さらに警察ではなく軍홧(長銃)を持つ自衛隊中隊を動員した。

自衛隊の銃は実際的な破壊力があるが、警察の小銃はただ音だけ。

劉政委は同行せず、むしろ30人程度で冷兵器だけで臨んだ。

寧台県。

江遠は帰宅から三日目、ようやく休息を取った頃に赤雍市からの連絡があった。

「江隊、徐陽ら三人を逮捕しました!」

と劉政委の声には喜びが滲んでいた。

時計を見ると午後9時だった。

こちらも満足そうだった。

江遠は「捕まったなら良い」と応じた。

案件が完結したことに安堵し、さらに質問した。

「売春現場から追跡したのか?」

「彼らは平洲で油断していたので小旅館に突入しました」劉政委は大勢の人員を動員しなかったが、むしろそれが嬉しかった。

江遠は少し興味を持ち、「供述内容や犯行動機は?」

と尋ねた。

劉政委は嘆かわしく語り始めた。

「范鹏(二号でナイフを持つ男)の仕業だ。

彼は馬忠礼と同じ村の人々に家を建てたことがある。

壁を作るような仕事だった。

その後都市部へ働きに出る際、馬忠礼と縁が薄れ、仕事見つけるために頼んだが失敗し、恨みを持った。

年末で賭博で給料を没収した三人は、金持ちは馬忠礼だと決めて襲撃した。

劉政委も嘆息するように続けた。

「彼らは殺人を計画していなかったが、馬忠礼の抵抗が激しく、仲間から名前を呼ばれたことで范鹏が手を下した」

江遠「しかし致命傷はハンマーによるものだ」

「范鵬は殺せない男だった。

徐陽は馬忠礼が逃げ出すとハンマーで動かした」劉政委も首を横に振った。

事件解決の裏側にある醜い真相に胸騒ぎする。

江遠も小さく首を振り、部屋のモニターを開き自身の監視カメラを見た後安心して眠りに入った。

室内侵入強盗殺人で一家全滅という凶悪犯は国内法廷では死刑が確定する。

手続きが早ければ数ヶ月後に執行されるだろう。

江遠は夜もぐっすりと眠った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...