国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

文字の大きさ
541 / 776
0500

第0592話 馬道を行く

しおりを挟む
五百九十二章 走馬道

カメラチームが撮影に訪れた間、江遠は理塘郷の桉子を片っ端から整理していた。

所謂「清掃」だが実質的には人間の排除作業だった。

刑務所や留置所で経験し、指紋や足跡を残した理塘郷民の大半が江遠の網に引っかかった。

その中には必ず誰かが捕まり、任務リストに名前が刻まれる。

幼年突撃隊がリストを持って出て行き、人質として連れてくる様子を見た牧志洋は不意と同情の念を抱いた。

「正直、酷いもんだよ」彼は髪型乱れ、破れた服に鮮やかなタトゥーを持つ若い娘を見つめながらため息をつく。

「江隊長が動いてなければ、こうした小細工で金品を盗む少女など捕まえられないだろう」

「三万以上の被害額だぜ」王伝星は並んで立ったまま中華煙を手に握り、「服屋の給料は月三千円未満。

全勤ボーナスも差し引かれるんだ。

半年働いた娘が三万以上盗むなら、月五〇〇〇円以上の昇給ってことになる。

そんなに大げさな話じゃないだろ」

「そろそろ彼女と付き合い始めたら?」

王伝星は肩を叩いてから続けた。

「帰りに親戚の紹介でいいよ」

「前途有望だからね」牧志洋が鼻を膨らませる。

「そんな言葉はやめなよ。

昇給云々なんて口に出すのはどうかと思う」

「半年中ずっと働いていた子ならまだしも、最初月一回しか来ず、その後も頻繁に休んでたんだ。

退職してから賃金を要求し、ボスと揉み合いながら指紋を残した可能性もあるかもしれない」

王伝星は指折り数えながら言った。

牧志洋がゆっくり頷く。

「理塘郷民のやることだな」

「前理塘郷民だけど、これからはそうじゃない風潮になるはずさ」王伝星は江遠からもらった中華煙を吸い、灰皿に押し潰した。

牧志洋は厚顔で笑った。

「でも君も確信できないだろう?」

「ずっと見張り続けるよ」王伝星は表情を変えずに言った。

「伍隊が引退してもね。

これが最初の町だからな」

江遠は理塘郷民の様々な顔を頭の中に詰め込んでいる。

足跡や指紋、工具痕や車両痕…。

もう少しで溢れそうだった。

主に日平均解決件数が激減しているからだ。

ここではほとんど新たな事件が発生しない。

金家のような村長や張家のような地元の悪ガキは逮捕され、流動犯や偶発的な暴力犯罪も生き延びられない。

小規模な窃盗すら根絶された。

生態系というのは重要な要素だ。

それが崩壊すれば犯罪活動自体が成り立たなくなる。



現在の理塘郷は、路上で金を拾うこともなく、むしろ多い状態です。

夜も閉じた家がほとんどない理論的な治安維持が可能です。

未逮捕の犯罪者や潜在犯も、家にいるのは怠惰な人々だけです。

積極的・勤勉・努力といった性格はほぼ全員が収容所に送られ、消息不明になるケースもあります。

不服従者は鉄拳をくらわせ、理屈に合わない扱いを受け続けると、やがて正義の道へと向かうようになります。

江遠は穏やかな午後に寧台県に戻りました。

彼の任務は「積羽沉舟 群輕折軸」で、理塘郷での伍軍豪支援を目的としています。

進行度535/535、報酬は犯罪現場検証+1と臨時+1の犯罪現場再現です。

理論上犯罪現場再現は検証の一部ですが、実際には独立した専門分野です。

例えば刃物で陶器店に突入し三名・犬二匹・猫一頭・半隻のアングロサルヴァトール貂を斬殺するような詳細な犯罪現場なら、検証と血痕分析から再現可能です。

しかし午後の駅構内で監視カメラなしで首を切るようなケースでは困難です。

江遠は現在犯罪現場検証Lv5(血痕分析と同じ)に達しており、いずれかのスキルがLv6に短時間到達します。

このレベルは全国的にも希少なものです。

検証の汎用性と広範な適用範囲を考慮し、理塘郷への好意が湧き、半年間の埋没作業で住民に恩返ししたいと考えます。

同行者は崔小虎、黄強民が階下で迎えますが柴局の姿はありません。

江遠は黄強民に尋ねました。

「柴局は?」

通常柴局は表面的な対応を怠りませんが、今回は支援要請に出かけたのでしょう。

黄強民は「関係者を探しているんでしょう」と答えます。

「あっさり諦めたのか?」

と江遠は驚きます。

「あなたが明確に拒否した以上、彼も続けるわけにはいかない」黄強民は嘆息します。

柴局の最大願望は江遠の独占販売権ですが、最も狂気な時期でも実現不可能です。



江遠が完全に協力姿勢を拒否した後、柴通は自分が動けないどころかその地位自体が虚しくなったことに気付いた。

寧台県の事件数はそもそも少なかったし、江遠を動かせない限り残りの警官を外地に出すのは明らかに自身への災いだった。

外地の部署は嫌がるし、地元の警官も不満を抱く...

閉ざされた門の中でのんびり過ごしても意味がない。

業務がないなら警察としての価値も失われる。

江遠を掌握するチャンスは既に失われていた。

最近柴局が処理した事件に関し、江遠は一切動いていないらしい。

彼は恐らく尻拭いすら間に合わない状態だ。

「やはりどこかで待機したいのでしょうね。

それもまた立派な選択です」黄強民はそこで黙り、江遠に尋ねた。

「何か計画があるんですか?」

「もう少し家で休養してから理塘郷の収穫を整理し、記事にする手はずです」と江遠は考えていた。

「それは良いことです。

それは良いことです...」黄強民は頷いた。

江遠の階級なら休みなど問題ない。

彼が承認すれば十分だ。

江遠が不在のため柴通は緩和策すら立てられない。

所轄区域にある江村小区に住む江遠は、手元にある事件を抱えながらも、江遠の態度と意思を確認した部署からは柴通への圧力が後を絶たない。

簡単な引き継ぎと師匠である吴軍との儀式を済ませてから、江遠は江村小区に戻った。

帰宅してスープを飲み、肉を食べ、犬と遊ぶ...

翌朝、伸びながら階段を下り始めた江遠が、周囲の住宅街を散策していると、江永新と共に中年警官2人が道路に立っていた。

よく見れば一人は走馬道派出所の元同僚である中年補佐警員周塔で、もう一人はその派出所長谭靖だった。

江村小区は走馬道派出所の管轄区域であり、江遠は立ち止まって挨拶した。

「谭所長、何かご用ですか?」

「お頼みです」と谭所長は笑顔で声をかけた。

態度も直接的だ。

「何かあればどうぞ仰ってください」江遠もにっこりと応じた。

「理塘郷派出所の件は私も聞いています。

今年の夏の治安強化キャンペーンでは大活躍だったようです」と谭所長が深呼吸しながら江遠を見つめ、「厳密には夏はまだ終わっていないのですよ」と付け加えた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...