国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

文字の大きさ
555 / 776
0600

第0615話 空砲

しおりを挟む
黄強民が情報を得て走馬道派出所へ急行した。

旧事件とはいえ新発命案であることを重視してのことだった。

柴局長も同席し、犯罪嫌疑人安強志の取り調べを傍聴していた。

柴局長は話を聞きながら江遠に尋ねた。

「貴方たちはどうするおつもりですか?」

彼は間もなく異動する身で寧台県に関わる気にはならなかった。

江遠を取り巻く注目度が高いことに柴通が警戒しながらも、回避策を講じようとした。

黄強民が話題を変えた。

「被害者の身元調査から始めましょう。

その時期に失踪したケースがないか調べ、両名の関係性にも触れてみるといいでしょう」全員が頷いた。

江遠も付け加えた。

「安強志が言及したトイレを検証するのも手です。

死体を分割したトイレなら痕跡が残っている可能性が高い」

分尸現場とされるトイレの状況は重要な鍵となる。

清掃された場合でも痕跡が残る可能性があるが、法廷での使用には不適切だ。

しかし捜査中の証拠としては有効である。

六年前の出来事ゆえに痕跡が極めて微量かもしれないが、何も発見できなかったとしても可能性を閉じることはできないと黄強民は判断した。

「密偵でいいです。

二人を監視し、必要なら人員を動かす」

「承知しました」江遠は即座に了承した。

捜査の重点はトイレの検証結果にあるため、秘密裏の調査も問題ない。

黄強民が直ちにチームを編成し犯罪現場へ向かった。

安強志と母親張怡は寧台市中心部の老朽マンションに居住していた。

20年歴の6階建て無床層建物で、張怡の住まいは5階だった。

その光景を見た江遠が直感した。

「殺人の第一現場もここにあるはずです」周囲の警官たちも同意した。

階段を登る必要があるため犯人が筋肉トレーニングを兼ねていると冗談めかす者もいた。

老朽マンションでの分尸は搬出不可能な場合が多いという事情から、悪質度ランキングで10段階中5段階(ミシュラン2つ星レベル)に相当するとの意見が交わされた。

「張怡さんですか?在宅ですか?荷物です」劉文凱がスマホで連絡した。

数言のやり取り後彼は報告した。

「在宅です」

「虎を離す手筈だ」江遠が指示を出した。

劉文凱は派出所に電話し、息子が逮捕されたと伝えた。

通話終了後劉文凱が付け加えた。

「張怡さんの家には何人かいるのか分かりません。

殺人の共犯者李敢は出勤中です。

二人は同棲していますが結婚届を提出していません」彼は事前に調査済みだった。



江遠が頷くと、数人が車の中に身を潜めた。

しばらくすると、張怡が運動服に着替えて家から駆け出し、電動自転車で走馬道派出所へ向かう姿が見えた。

言うまでもなく、虎を引き出す作戦は成功した。

江遠と王鐘、牧志洋が上階に向かった。

主な捜査場所は老式のトイレで、面積六七坪にも満たない狭い空間だ。

人間が多すぎると回れないほどだった。

しかし、部屋に誰か他人が潜んでいる可能性も考慮し、牧志洋を同行させることにした。

彼には撮影を担当してもらう。

痕検の二人が低頭で作業している間に、背後から暗算される危険があるためだ。

張怡の鍵を使って部屋に入ると、狭いリビングルームがあった。

ソファ・テーブル・テレビという三件セットが並んでいた。

隣には閉鎖されたベランダがあった。

江遠はリビングを観察した。

この構造なら、リビングで殺人を行うのは最も簡単だった。

牧志洋が電気棍を持って、二部一室の部屋を再確認し始めた。

クローゼットを開けても男性や女性の姿はなく、カメラを取り出して撮影を開始する。

江遠と王鐘はトイレに入った。

六年前に分霊された場所だが、今では船の跡に剣を探すようなものだ。

つまり、江遠が極めて自信を持っていたし、あるいは「試してみよう」という軽い気持ちがあったからこそ、この行動を起こしたのだ。

もし王鐘が一人だったら、絶対にその考えは浮かばなかっただろう。

黄強民が要求するなら、まずは反発するだろう。

「灯を点けろ」江遠は王鐘の手を止めて、自分で整髪し、3Mマスクを着用した後、床を一寸ずつ捜索し始めた。

牧志洋は撮影に疲れていた。

カメラを固定するとソファで目を閉じて休んだ。

「起きろ!」

江遠が足で蹴った。

牧志洋が起き上がり、手で腰をさすりながら江遠を見た。

「見つかった?」

とぼんやり尋ねる。

「ない」江遠は唇を尖らせて言った。

「時間が過ぎすぎてる」彼はスキルを臨時+1にしたが、見つからないものは見つからない。

六年前から張怡は清掃を繰り返していたのだから。

正直に言って、張怡がこの家に住み続けること自体が江遠には驚きだった。

普通の人なら「凶器房」で暮らすのは耐えられないはずだ。

牧志洋が唇を拭った。

「じゃあどうする?」

と眠たげに尋ねる。

「家具を全部動かして、リビングを調べよう。

江遠は言いながら自分で捜査を始めた。

牧志洋と王鐘が家具を持ち上げて移動させ、忙しく動き回る。

二時間後……

江遠はその状況に一時的に思考を停止させられ、そのまま走馬道派出所に戻ったが、それでも何も手掛ける気がしなかった。

「どうしたんだ?この張怡って女はまだ騒いでいるのか。

息子と会いたいと言っているらしいぞ」谭靖も最新の情報を得て近づいてきて状況を尋ねた。

江遠は肩をすくめた。

劉文凱が訊ねる。

「逮捕して取り調べるべきか?」

一時誰も答えない沈黙が訪れた。

「その息子が嘘をついている可能性はないのか?老警官の谭靖は人間が嘘をつくことに関して深い洞察力を持っていたため、孟成標が再審を回想する際に微かに首を横に振った。

「そうとは思えない」

「被害者は誰だ?特定できたのか?」

黄強民が核心問題に話を向けた。

今や死体の存在さえ確認できれば、捜査は一気呵成で進むだろう。

しかし死体がない場合、あるいは行方不明の場合、殺人事件そのものが成立しない。

その後の厄介な局面は山積みになる。

「もしかしたら、この告発した息子自身が精神面に問題があるのではないのか?」

誰かが新たな質問を投げかけた。

黄強民は再び首を横に振り、「いずれにせよ検査してみるが、そのようには見えない」

「それでは……どうしても解決策が見つからない場合、この張怡と彼女の浮気相手李敢を同時に逮捕し、囚人のジレンマ状況を作り出すのはどうか?」

劉文凱が新たな計画を提案した。

「リスクも大きいぞ」江遠が指摘する。

警察側に何らかの証拠がない限り、囚人のジレンマを機能させるのは容易ではないからだ。

「それでは安志强を再び取り調べるしかないか?」

黄強民は一旦手を緩め、江遠を見ながら尋ねた。

「貴方には何か案があるのか?」

「柳課長に来てもらうのはどうかな?」

江遠の返答は決断的だった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...