国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0639話 科创ビル

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「うわ、この牛肉は本当に美味いね。

切り方も上手だよ。

どこで買ったの?」

余温書もグルメな方で、家に帰る理由をつけて外食するのが常だった。

江遠が笑って答えた。

「父が飼っている牛なんだよ。



「お父さんは……」余温書が『被災民』と言いかけて止まった。

代わりに優しく訊ねた。

「不動産経営をしているの?」

「違いますよ。

父親は何かを育てるのが上手なんです。

昔から家で豚を飼っていたんですよ。

その後、豚舎が撤去されたのでやめました。

」江遠が簡単に説明した。

「牛と豚ではどちらの方が難しいですか?」

「以前は豚の方が難しかった気がします。

父親は最初に肥育用の牛場を開いていたんです。

その難しさは相当なもので、コストも高く失敗リスクも大きかったんですよ。

その後牛場が撤去されたのでやめました。

今は牧場の牛を飼っているから簡単になったんじゃないかな?」

江遠が少し詳しく語った。

皆の耳には「撤去」の一言しか聞こえていなかった。

余温書は警界の大物だが、ため息をついて頬張り続けた。

江遠は器用に二皿の牛肉を鍋に入れ、実際は焦っていた。

みんなが知っている通り、次に連絡があったら食べられなくなるからだ。

牛肉はすぐに無くなり、次に鴨腸と黒毛和牛のハチノス、そして千枚肚と一命つながった豚の脳髄が続く。

ドン!

余温書のスマホが鳴った。

彼は厳粛に周囲を見回し、箸を置き、スマホを取り出した。

免許をかけて「余温書です。

通話中です」と告げた。

その後紙ナプキンで脂ぎった口を拭く。

「余支(ち)さん、見つかりました。

江華科创大厦の住民の家です。

」報告する警察官が暗示的に言った。

屋主は近くにいる可能性があると示唆した。

江遠が箸を置き、「住所を教えてください。

20分後に到着します」と頼んだ。

「分かりました。

」向こうの警察官が即座に応じた。

「私は先に行きます。

」江遠が黄強民に会釈して席を立った。

専用の法医鑑定車は階下に待機していた。

内部には必要な装備と防護服が全て揃っていたため、県庁では各アイテムを個別に準備する必要があった。

牧志洋も「ワン」と鳴きながら江遠についていった。

……

江華科创大厦。

これは長陽市で比較的古い住宅建築物だ。

20年前完成時は高級住宅街と謳われていたが、時代の流れと共に四部屋一戸の板状マンションは人々の審美眼から外れ、堅牢なイメージこそが職人らしさを象徴していた。

今回の現場は21階で、良いフロアだった。

面積は148平方メートルと広く、共用部分も少なく三部屋二トイレの間取り。

中央にテレビボードが立っているのが特徴だ。

江遠らが入った際、住民三人はソファに座り不信任の目で続々到着する警察を見ていた。

しかし白いコートを着た江遠が乳膠手袋を装着し始めた瞬間、夫婦二人は崩壊した。



「我々が買った家は価格低下で損失が出たし、リフォームにも数千万円かかったのに、貴方達が『壁の中に遺体がある』と告げてきたのか!?私は自殺したいくらいだわ!」

妻は立ち上がり、江遠に向かって叫んだ。

「壊すな!私たちの手に入れた家、私たちの家の壁を、なぜあなたたちが破壊する権利があるんですか!」

江遠は彼女を見つめ、ため息をつくと、「そうしないと、遺体がずっとその中に残るのですか?」

女主人は一瞬硬直し、すぐに怒りを顕わにした。

「そんなものはない!貴方達は虚偽の情報を流布しているんです!」

すると男主人が妻を抱きしめ、二人で黙って俯せた。

小学生くらいの娘が両親の膝間に身を潜めた。

同毅警部補は口元を動かしてテレビボード前の警察官に合図を出した。

「ぶるんぶるん……」

骨碌碌と壁から一本の棒状の骨が落ちた。

転がって一メートル以上離れたところで止まった。

頭を抱えていた夫婦はその骨を目で追った後、高鳴くような声を上げた。

同毅警部補はため息をついて、「早から言っていたでしょう」

一家は最速の速度で家を出て行き、そのまま階段を下りていってしまった。

江遠が周囲を見回しながら指導する間、牧志洋巡査部長が手伝いに加わり、研究熱心な口調で言った。

「このテレビボードもそれほど厚くないのに、こんな大きな遺体を入れられるんですか?」

「頭さえ入れば身体の他の部分は入れられますよ」江遠はLv.4の壁職人として即座に説明した。

「まずテレビボードの基盤を外し、頭部より少し広い幅にする。

次に半身ほどの高さの壁を作り、速乾コンクリートで固めればすぐに遺体を入れられます。

この辺の壁が狭い場合は横向きにして足元から入れるだけです」

「猫なら頭を通せば身体も通せるのに人間は違うのか?」

「生きている人間ではない」

「そうか……死んだ人間なら硬いものだからもっと簡単にできるんじゃないですか」

江遠は胸の手形を見せて言った。

「ご覧ください、この胸の圧痕。

これは胸腔を潰した証拠です」

肋骨で覆われた部分に肺と心臓が収まっているため、全てを取り出すことで大きなスペース節約ができる。

テレビボード前で作業中の警察官たちの胃がざわめいた。

完全な遺体よりはむしろ物質化したような死体の方が不快感を覚えるのだ。

取り出した遺体は腐敗して汚らしい。

江遠は骨盤部に残った腐肉を取り除き、他の骨を見て言った。

「32歳の男性、身長175センチ前後。

右足首に旧傷あり……失踪したプロジェクトマネージャー三号と近いです。

帰ってDNA鑑定を」



「失踪事件が命取りの連続殺人事件に発展したのは、やはり江隊長と一緒だからだ」同毅は笑いながら続けた。

「商格庸の事件なら未解決で終わっていたかもしれない。

この職人はいつまで経っても見つからなかった」

警察にとって羊一匹でも十匹でも同じだが、同毅のような警官にとっては大規模な事件を解決する意義の方が百件の小事件より重大だった。

「お前は運が悪いのかと思ってたんだよ」遠は笑った。

「そんなことないさ。

貴方の腕前だからこそこの事件に気付いたんだ。

商格庸の事件なら未解決で終わっていたかもしれない。

この職人はいつまで経っても見つからなかった」

国内では連続殺人など珍しくないが、報道されることは少ない。

欧米のようにドラマ化されるわけでもない。

しかし80年代は特に多発傾向にあり、20人以上死亡する事件さえあった。

1983年の呼盟大虐殺(27人死亡)、龍治民連続殺人(48人)や黄泥河列車爆破(33人死傷)、李尚昆事件(26人)など。

悪魔一旦殺戮を始めると自制心を失う。

逮捕されるまでやり続けるのだ。

「一撃で終わるんだな」遠は頭部の創を見つめながら眉をひそめた。

ハンマーを使った殺人は効果的だ。

短刀より確実に死を与える。

後ろから打たれれば頭蓋骨が砕ける。

逆に短刀なら力強い抵抗も可能で危険な場合もある。

被害者と加害者が知り合いの場合、防備なしの状態ではハンマー一発で済むこともある。

「次を探そう。

この人も最初の犠牲者ではないはずだ」遠は頭蓋骨を収集し始めた。



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