国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0646話 ウラウラ

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正広区分局。

江遠は劉晟に従って入ると、一歩も足を動かさないまま無数の視線を集めていた。

その高身長と異質な存在感は明らかに目立つ特徴であり、劉晟と共にいることで分局内外の人員からほぼ全員が認識されていた。

「寧台江遠、凶焰滔滔(きょうえんとうとう)」

劉晟が広めたこの言葉は正広局内では既に騒然と伝わっていた。

しかし誰も疑うことはなかった。

神州大地は人材豊富で天才が絶えない。

特に京城の人々は多様な青年才俊を見慣れており、驚きを示す余裕さえある。

「破案というものは蓄積できないものだ。

例えば福尔摩スがこの無頭公案に遭遇しても、ただじっと待機するしかないだろう」

「証拠がないならコナンでも小学生のように俯くしかない」

「そもそも手掛かりもない。

寧台江遠……たぶん見学に来ただけかもしれない。

京城の人口密度と流動性は、一つの区が県を越えるほどだ」

「それだけじゃないはずだ。

何か言い訳があるだろう」

……

会議室。

劉晟の直属上司である刑事課長陶鹿は早くから到着し、江遠に何らかの説明があるのか興味津々だった。

要するに重大犯罪必破という点では県警と京城分局で若干異なる。

つまり大都市では発生率が高くどうしても解決できない事件があっても上層部の許容度は高いが、県警では発生率が低いため未解決だと見過ごせない。

もちろん業務責任者である刑事課長劉晟や陶鹿たちにとっては重大犯罪を解決できなかったことは辛い。

刑事捜査をプロジェクトと見立てれば最大のプロジェクトが完了しなかったわけだ。

陶鹿は江遠を見上げると、自分が手にしている新人警官よりも若いことに気づいた。

京城分局の新人は多くの場合修士課程卒業後入局するため年齢もそれなりに高い。

しかし陶鹿には余裕があった。

静かに茶を飲みながらじっくりと聞くだけだった。

江遠の捜査手法を聞きたいと思っていたのだ。

会議テーブル周囲の他の刑事課長たちも同様の考えで黙っていた。

すると江遠が口を開いた。

「法医植物学……」

「工具痕跡鑑定……」

「ウララララララ……」

「法医学物証学……」

陶鹿は頭が熱くなり、知識への扉を叩かれたような感覚に襲われた。

技術者が荒れ地を開拓し鍵を挿入するような気分だった。

江遠が一時間ほど話し終えると、会議室は静寂に包まれていた。

誰もが頭を使い忙しく思考しており、口を開く余裕さえなかったのである。



江遠が茶杯を手に取り、普通の茶葉を口に運ぶ。

単純な品種だが、職場では上等とされるものだ。

苦みは控えめで、ほのかな甘味があり、何より茉莉花茶ではない点が重要だった。

しばらく経て陶鹿が我に返り、目配せをした。

その合図を受けた部下たちが口を開く。

隣の三大隊の大队长は細目の男で、咳き込みながら言った。

「江法医のプランは技術中心だね。

この『法医学植物学』という分野については、俺も詳しくないんだ。

正確な場所を特定できるのか?」

江遠は社交性を欠く人物だが、最低限の対応はしていた。

現在の状況と無関係だと答えた。

「私は法医学植物学の専門家で、実験室での作業が主です。

人員や機材は全て揃っています。

ここで行うか持ち帰るかどちらでも構いません。

貴方たちの他の捜査を妨げることはありませんよ」

衣服に付着した花粉と胞子については、江遠はまだ確認できていなかった。

しかし彼が言う通り、支局の他の行動が証拠物に影響を与えるわけではなかった。

つまり両者は平行線だったのだ。

江遠が提示したのは新たな捜査手法であり、実現可能性も高いものだった。

ゲームに例えるなら、既存の装備を強化する『魔導具』のようなものだ。

少なくとも追加効果は期待できる。

リーダーとして、このような提案を嫌う者はいないだろう。

理論上の効果は不明だが、書類上では大幅な向上が見込まれた。

支局長の陶鹿は即座に返した。

「江法医が必要とする技術条件や機材については全力でサポートします。

具体的な実験計画は江法医にお任せします……我々はどう協力すればいいですか?」

「まずは法医学植物学の結論からご覧ください」と江遠が説明する。

「これにより、場所と人物の関係性を特定できます」

「まあ、範囲さえあれば良いさ」陶鹿は内心で考えた。

花の種類が多く、北京という広大な都市では、針を探すようなものだ。

彼は『花粉地図』の意味を理解していなかった。

江遠が教育する必要もなかった。

笑顔で卵のように卵を眺める母鶏のように、優しく見守っていた。

黄強民によれば、支局は金庫だ。

正広区分局だけでも年間22億円の予算があり、固定資産や知的財産も含めると桁違いだった。

万人規模の組織なら、ほんの少しの潤滑油で寧台県局が一生を過ごせるほどだ。

しかも彼らは未解決案件ばかりが積み上がり、実に理想的な協力相手だった。

陶鹿は江遠の表情さえ読み取れず、無理やり笑顔を作った。

「よし。

江法医には安心して任せます。

各部署から報告を聞きながら、江法医にも最新情報を伝えてください」

特に知る必要はないのだ。

陶鹿が百人規模の捜査隊を動かしても、二件の血痕しかない大都市で突破口を見つけるのは至難の業だった。



数名警官各自说明了搜查情况。

虽然从理论上讲并未找到线索或正确答案,但至少排除了一些可能性。

江遠は簡単にメモを取った。

会議終了後、劉晟と共に実験室に向かった。

道中、劉晟は少々照れくさそうに言った。

「実は食事の時間も近いので、まずはご飯を食べてからゆっくりこちらの設備に慣れてみませんか」

「法医学植物学には特別な機材は不要です。

適切な顕微鏡があれば十分です」江遠が言葉を続けた。

「花粉採取には集中が必要ですから、実験室環境が許せば私は外食しません」

劉晟が慌てて言った。

「そこまで頑張らなくてもいいんです」

江遠は手を振った。

法医学植物学はそもそも苦労の多い仕事ではあるものの、正広区分局の同僚たちに見せるのも悪くない。

22億円規模の予算を持つ部署であるからこそ尊重すべきだ。

白熱灯が照らす実験室には三列並んだテーブルがあり、その奥には七八組の長い引き出し棚が連なっていた。

配置方法や面積は寧台県とは異なるものの、京局の法医学実験室と比べても大きな違いはない。

局内に設置された実験室では解剖は行わず、主に顕微鏡でサンプルを観察するのが中心業務だった。

多くの案件において、捜査中に法医が複数回関わる場合も、標本検視がほとんどである。

被害者の家族が求める二次解剖や三次解剖は、比例的に非常に少ない。

それは法医学解剖自体の破壊性があるためだ。

最も価値のある証拠は理論上初回解剖で採取されるべきものであり、内臓や脳などは条状に切り分け石蠟に浸し、スライドプレッパーを使って切片化し保存する。

そのため現在の法医学実験室には、約20-30組のハンガー分の収納庫が並んでおり、そのほとんどが切片サンプルを収めたものだった。

専門捜査本部が過去の事件を遡及する際は、これらの収納庫からサンプルを取り出し検査を行う。

科学的にはこの方法の方が死体保存よりも効果的かつ経済的である。

しかし今回のケースでは遺体がないため切片もない。

江遠が必要とするのは顕微鏡と証拠、そして大量の時間だけだった。



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