国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0662話 豚の頭肉

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興合電子工場。

夏留成は隊列に並びながら、一歩ずつ前へ進んでいく。

灼熱の太陽が照りつけ、並ぶ人々の頭には日よけの物も一切ない。

密集した人間でさえも体を触れ合うほどではないが、蒸し暑さと苛立ちが耐え難い。

夏留成は作業着を完全に汗で透かしていた。

脱ぐ気はあるものの、中には薄手のシャツも着ていないため、数個のボタンを開け放ちながら熱を逃がす。

一方で持参したタオルで汗を拭きつつ、風通しを良くする。

「変な真似してないの?日よけの傘くらいくれないのか」女性管理職が隣の冷房室から近づいてくる。

夏留成は鼻を鳴らす。

「こんな暑さじゃ誰もそんな余裕はない。

少なくとも扇風機くらい置いておけばいいのに」

女管理職は強硬な態度ではなく、話題を変えた。

「部屋にはエアコンと冷たい飲み物があるよ。

来てくれるなら連れていくわ」

「行くわけない」夏留成が並んでいるのは退職の列だった。

前日から実家・方夏村からの電話で精神的に追い詰められ、ついに今日退職を決意した。

しかし現在の電子工場では退職者が増え、新規採用者は減っている。

若い人々は数日で辞めるのが普通で、何ヶ月も勤務できるのはベテランと呼ばれるほどのことだ。

離職者を減らすためには賃金や福利厚生の向上ではなく、あらゆる手段で障害を設ける。

例えば現在、灼熱の太陽下に長い列が並び、分刻みで倒れそうな人々が続出する。

耐えきれない者は辞職を諦めたり、そのまま帰宅したりする。

さらに女性管理職のような人物は退職希望者を誘惑し、冷房室へと誘う。

堪えられない人は列から離れ、無料のアイスコーヒーを飲みながらエアコンで涼むが、その場合再び辞職手続きが必要になるため、多くの人が諦める。

夏留成の決意は誰にも負けないほど固かった。

彼は殺人犯だったのだ。

一缶分の冷たい飲み物など些細なことだ。

遠方の叔父一家を殺害した際、得た金で何十倍もの可燃性ガスが買えたはずだった。

ただその金は全て使い果たしていた。

もし我慢して不動産購入に回せばよかったと後悔する。

現在彼のポケットには千数百円しか残っていない。

辞職すればある程度の賃金も得られるため、小さなアパートを借りてゲームで過ごすことも可能だ。

名前を変えれば数ヶ月は隠れていけるだろう。

警察が指紋採取に来た際、自分は無事だった。

当時彼はゴム手袋を着用していたため指紋は残らなかったと確信し、思い切って検査を受けた結果、誰も捕まらなかったのだ。

数日前まであの瞬間を懐かしく回想していたが、殺人という重罪に関わる話題は口外できない。

酒に酔い潰れるほど飲むと危うく本音を漏らすこともあり、それ以来ほとんどアルコールを摂らないようにしている。

たまに飲むならビールだけだ。



最残念なのは、夏留成はその結果として彼女と付き合うことにはならなかったということだ。

"酒を飲まない男が好き"という女性たちも、結局は約束を守ってきただけで、全員が趣味のない連中だった。

「あーっすか、コカコーラにしますわ」夏留成の後ろに並んでいた作業員がタオルを振り捨ててエアコン室へと入った。

その影響でさらに数人が諦めた。

夏留成は鼻をひねり、その男は工場側の組合員だと推測したが、特に気にせず黙っていた。

この工場には珍しいことなど山ほどあるからだ。

この一年で数回転換してきた彼は、もう慣れっこだった。

「えーと、次にどこに行こうかしら?」

その前の人たちが小声で話し始めた。

「聚鑫(じゅうしん)はどう? 一日28円って聞いたわ」

「聚鑫なんて行くもんじゃないわ。

防塵服を着るんだもの」

「28円なら、月に一万円くらい稼げるかもよ」

「あらあら、防塵服は本当に苦しいのよ。

暑いだけでなく、痒みをかきたい気分にもなれないし、トイレに行くのも面倒だし、水も飲めないわ。

しかもたくさん飲むと我慢しなくちゃならないの。

トイレに休暇を申請するって、そう簡単にはいかないのよ。

もっと悲しいのは、話せないことよ。

隣の人と会話をしようとしても気分が悪いのよ。

最後は全員黙り込んで、牢屋の中よりずっと暗いわ」

夏留成は耳を傾けた。

防塵服で顔が見えないなら、話さなくてもいいかもしれない。

そうすれば周囲から方言を聞かれる心配もない。

彼には偽造の身分証が二枚あった。

転職組の仲間たちが売ってくれたものだ。

完全なセットではないが、工場に入る程度は十分だった。

夏留成はそのことを候補案として考え、あるいは聚鑫工場の近くに住んでみることも決めていた。

今は貯金があるので我慢できるし、お金が底をついたら二ヶ月働いてから半年休むことにすれば、問題は解決するだろう。

そう思って夏留成は気分が晴れた。

行列にいるのも苦にならなくなった。

朝からずっと並んでいたが、ようやく午後になって動き始めた。

その頃には列の半分ほどが減っていた。

人事部の奴らは最後尾まで行って扉を開けた。

そして看板を立てて「明日は早く来てください」と書いた。

明日も同じ時間なら待たされるのは目に見えている。

衝突は避けられないものだ。

人事部員と警備員が一斉に出てきた。

こういうことは数日ごとに起こるので慣れていた。

夏留成は背が高いが、意図的にそちらを見ないようにしていた。

今は問題外だから、警察が来て調べてくるなら、拘留で済むとは限らないからだ。

ようやく順番が回ってきた。

少し話した後、夏留成は二週間分の給料を手に出て行った。

日没寸前だった。

彼は工場外で麺類を食べ、口を拭いてから自宅へと歩き出した。

通りにあった豚肉屋に自然と足が向いた。

近づいて「おじいちゃん、豚首肉二斤(りん)ください。

切らずに」

「切らないんですね? はいよ」店主が応えた。



夏留成「うむ」とため息をついた。

「これは供養に使うんだ」

「じゃあ〇〇円でどうでしょう」店主は商談術を駆使するように言った。

夏留成が礼を言い、猪頭肉を受け取ると、「叔さんのところへ。

叔さんは生前よく世話になったもんだが、残念だったよ」と続けた。

「ご愁傷様です」店主が声をかけた。

夏留成は頷いた。

「仕方ないさ、ある人が金に困ったとき、借りたけど貸してくれなかったから、部屋まで侵入されて……殺されちまったんだ。

あいつが借金していればよかったのに」

「今は返済しない奴が多いんだよ。

返せと要求しても、理由をつけてさらに借りるし、断ればまた同じ目に遭うかもしれない」

夏留成は顔を上げて目を見開いた。

「人は困ったときに助けた人がいるさ。

そのとき助けてくれたら、その後で返済できるはずだ。

返せないならともかく、命まで失わずに済んだのに」

「どんなことでも殺人まではいかないよ」店主は猪耳の半分を切りながら袋に詰め、「これはお礼だから無料だ」

夏留成の表情が和らいで受け取るとため息をついた。

「君はいい人だね。

追っ手が家まで来たら本当に危ないんだから」

「どの家庭にも苦労はあるさ。

俺も娘のために借金したことがある。

今は店をやっているけど、転居費だけで10万円かかるんだよ」店主はナイフ片手に猪頭肉と談話するように続けた。

夏留成は黙って頷き、立ち去った。

店主が安堵の息を吐くと同時にドアをロックし、「この辺りの人間はみんな神経質なんだ。

早く大金持ちを見つけて店を売ってしまいたい」

景林新村の下宿前。

牧志洋は木に背中を預けながらスマホを弄っていた。

彼は正庁局の警部と同乗した江遠積案班の刑事たちと共に来ていた。

黄強民が人質事件で積案班全体を売ったため、出張のような苦労は全て被害者側に回されるべきだ。

それに江遠積案班の刑事たちにとって、北京へ行くことと他の都市に行くことには違いなどない。

牧志洋は江遠とはよく一緒だが名前も肩書きもないため特別扱いはできない。

今回は都合良く大都市を選んだので、飛行機で行き来するのも悪くないと思ったのだった。

牧志洋が正庁局での初登場をここで迎えるとは思ってもみなかった。

瞬間のことだ。

夏留成が猪頭肉を持って警察二人組を見つけると同時に走り出した。

この動作は千回万回練習したように、あるいは脳内で繰り返し演じたように即座に発動した。

彼の最も高価な財産は全て身に着けている。

逃げれば隠遁生活も可能だ。

同時に警服を着た牧志洋と同僚刑事が呆然としている。

その瞬間、牧志洋は前へ二歩進みながら右手を後ろに引くようにし、右肩を右に向け、側面から夏留成を見詰める体勢を作りつつ、华为スマホを投げつけた。

同行の刑事がようやく動き出したその時、「ドン」という音と共に同僚は三等功章を地面に転がした。

次の瞬間、二人で跳ねるように飛び乗り、夏留成を押さえつける。

夏留成は一瞬硬直し、抵抗しながら体を起こそうと猪頭肉の袋を持ち上げ、「叔さん!叔さん!」

と叫んだ。



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