国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

文字の大きさ
615 / 776
0600

第0678話 気質

しおりを挟む
半吸いの煙草を陶鹿が花鉢に叩き込んだ。

大きな花鉢が揺れ、その上に載る海棠の枝葉は震えながらも、法律的に描写可能な柔らかな人体部位のように頬を染めている。

江遠が中華タバコの箱を手渡すと、陶鹿は一箱だけ受け取り自分で火をつけた。

息を吐きながら「娘がタバコを禁止しているのに、今日は本当に焦っているんだよ」と言った。

「本当に心配なら吸わせない方がいいんじゃないか」崔啓山も気遣うように言う。

韓旭は既に発見した六体の遺体を特定し、捜査的には完璧な結論が出たと判断していた。

ただし詳細はまだ不明だった。

梅鋼奏については別の事件として扱うべきだと誰かが提案する。

「まだ終わらせられないよ」陶鹿は首を横に振った。

「彼ほど怯えているはずだ。

心理的耐性があっても連続殺人という重荷、持ちこたえられるかどうか分からない。

それに我々は相談できる仲間がいるのに、彼だけが負担を抱え込んでいるんだ。

その状況下ではまず崩れるのは彼じゃないか」

「我々だって職業上は同じだよ」隣に黄鹤楼を咥えた警官が重々しく言った。

陶鹿が口から外した中華タバコを見やると、そこに蕭思の姿があった。

崔啓山は眉根を寄せたまま深く吸い込んで吐き出し、自分の顔を隠すようにしていた。

公共の喫煙場所である養花のベランダでは、隊長でもあらゆる人間がタバコを吸えるはずだ。

陶鹿がため息をついた。

「確かにね、二本の縄より一本の方が耐えられる場合もある」

喫煙区は誰もが黙り込んだ。

江遠がタバコ一箱を置くと、皆で濃い煙を吐き出し、彼の姿を隠すようにした。

「もしもし?」

陶鹿がスマホを持ちながら煙草を咥え、潜入者のように電話をかけた。

「はい?」

「劉晟が相手を見失った!」

ピーッと消える音と共に、皆がタバコの先端を海棠花に押し込んだ。

枝葉が激しく揺れ、赤々とした花弁は次の瞬間にも落ちそうな勢いだった。

しかし最後の一息まで消火されない限り、その花は倒れない。

見慣れた光景だからこそ頑丈なのだ。

「まず出動してから現場に連絡する」陶鹿が即断し、人員を呼び集めつつ上層部へ報告した。

梅鋼奏は絶対に逃げられない。

彼の行方を追う方法は監視カメラの密度と道路交通状況を活かした円形区域で密偵網を張ることだ。

陶鹿はそのような予備案を何度も練習し実施してきたため、任務分配には迷いなかった。

江遠はまだ北京のシステムに慣れていないが、柳景輝は長陽市で培った経験から見ればそれなりに知っていた。



陶鹿の電話が切れた直後、柳景輝は注意を向けた。

「梅鋼奏が逃亡する目的ではないかと懸念している」

「え? つまり彼が証拠隠滅に手を出しているという意味か?」

陶鹿は即座に再び電話を取り出した

「可能性として証拠処分に向かっているかもしれない。

最も危惧すべきは人間の証言が残っていることだ。

一刻も早く位置を特定する必要がある」

柳景輝の眉根が険しくなったが、追加の説明はしなかった。

命令調の口調にさらに緊迫感が増した

刑事として多くの悪質事件を見てきた者ほど、最悪の事態を考える必要はない

「我々も手伝うべきだ」江遠は自身の班を率いる立場で言った。

「僕のチームにはまだ一組分隊が残っている。

彼らを動かせば一定の効果はある」

しかし状況が急迫していたため、牧志洋を含む全員が拳銃を手に取る余裕はなかった。

牧志洋は透明な小盾を持ち、車に乗り込んだまま梅鋼奏の勤務先である小さな食堂へ向かった

柳景輝と江遠は別の車で移動中、牧志洋が自身の盾を練習している様子を見ながら言った。

「この男(梅鋼奏)と顔を合わせたら、他のことは一切考えずに彼の戦闘力を奪うことを最優先にしなければならない」

牧志洋は驚いて尋ねた「それでいいのか?」

「もしも無抵抗で捕まるなら慎重に対処すれば良い。

だが抵抗するようなら躊躇せず徹底的に叩き潰せ。

この男47歳だ。

体力は以前ほどではないだろうが、韓旭を教唆して6人殺害した経歴がある。

心の奥には情け容赦ない部分があるはずだ。

若い連中に逃げられるためには死力を尽くす必要がある。

手加減するな。

そうでないと僕と江遠は危険にさらされる」

「承知しました」牧志洋の表情が硬くなり、装備を再確認した

この車両の中で運転席に座っていた陸通達は元警察官出身で、袁家事件で江遠と出会い大規模な捜査に関わった人物だった。

しかし彼の戦闘能力は明らかに低く、3発弾丸を受けたら倒れてしまう程度だ

残りのメンバーでは牧志洋が唯一戦闘可能な存在で、柳景輝と江遠は頭脳派である。

47歳のシェフ相手でも彼らを切り刻む可能性が高い

牧志洋自身も心理的準備を整えつつ盾を叩いていた

道路を交差した後、牧志洋が再び装備チェックに入った

江遠のスマホグループチャットに住所が表示された

「これ……」

江遠が確認する前に陶鹿からの電話が入った

「情報はご覧になったか? 私が別途送信したものだ」

「見ました。

どこですか?」

江遠は推測しながら尋ねた

「梅鋼奏の小三に買ったマンションの住所です。

監視カメラで彼が通り過ぎる様子を撮影した」

陶鹿はため息をついた。

「大都市ではカメラの数が人間より多い。

梅鋼奏が千回万回通ったとしても、一つでも捕捉されれば無駄になる。

まさに今その状況だ」

牧志洋は疑問を口にした「47歳にもなって小三を持つか? 彼はシェフですよね? 非法資金で買った家ですか?」

江遠が免許開放の電話で、陶鹿が向こう側から聞いた。

「小三自身が購入したマンションで、彼女も働いており収入がある。

梅鋼奏との関係は別件だ」

牧志洋はさらに質問を続けた「韓旭という男とは何ですか? 彼の教唆容疑についてですが……」

柳景輝が車内で制止した「今はそれ以上聞くな。

我々の目的は彼(梅鋼奏)と対峙することだ」

車内に重い沈黙が広がった

牧志洋は窓越しに建物を凝視し、拳銃を握り締めた

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...