国民の監察医（こくみんのかんさつい）

0700

第0725話 人集め

雨。

大雨。

連日降り続く。

徐泰寧が車から降りると、数メートル先の雨粒を見つめながら首を横に振った。

「この辺りは小雨より豪雨が多いんだよ。

黄政委（こうせいみん）もそう思うだろう？」

黄強民が笑顔で迎えに来た。

寧台県でのあの屈辱と不安はどこにもないようだ。

徐泰寧が使用するのは正広局（しょうこうきょく）乃至京局の予算だったから、政委黄は内心喜んでいた。

他人の金を使うのは自分が出すよりずっと快適なものだ。

まあ健康的な競争関係なら問題ないさ。

白いシャツを着た徐泰寧が落ち着いて車から降りると、黄強民と笑顔で握手した後、「小雨は記憶に残らないものね。

豪雨の回数が少なかろうとも、印象に残るわ」と言った。

「徐課長（しゅかしょう）の文才は素晴らしいですね」

陶鹿（とうろく）も近づいて握手を交わし、軽い会話をする。

江遠（こうえん）と柳景輝（りゅうけいかず）らが続々と来て、歓迎式典は厳密ではないものの賑やかだった。

「貴方が京城で解決したいくつかの事件については私も聞いたことがあります。

省庁では専門の討議会を開いたのですが、貴方たちの案件に関する知識は浅いし、その程度の議論しかできませんでした」

徐泰寧が江遠を見ると自然に業務について話題を振った。

江遠は徐泰寧の話を続けながら、オフィスに入ったらようやく今回の事件の詳細を語り始めた。

徐泰寧は真剣に聞き入る。

これは現地の刑事からの報告だから、現場状況が最も正確に伝わるものだ。

今後の捜査会議で正広局が提示するような実質的な指示とは異なり、この段階では現場の声こそが重要だった。

もちろん徐泰寧は高見からの指針も欠かさないが、それは彼には不足していない分野だ。

最も重要なのは江遠の説明が一般の刑事よりずっと深い価値を持つことだ。

陶鹿らも既に事件を知っているはずだが、今ここで江遠が語る内容を熱心に聞き入っていた。

江遠は陶鹿らには詳細を報告しなかったかもしれないが、徐泰寧に対しては明らかに詳しく説明した。

捜査の費用だけでなく、警力や物資も大量に動員される。

数千人の警察が三日間全力で働けば、盗難などの小規模事件なら数千件解決できるかもしれない。

検挙一万人程度の話だ。

しかし一つの案件のために投入され、しかもその一部だけでもあるため、全員の真剣さが格段に増していた。

徐泰寧は江遠のデスク前に座り、上着のポケットから革製の古びた手帳を取り出し、細かくメモを始めた。

柳景輝（りゅうけいかず）の目が一瞬鋭くなった。

その手帳は山南省では有名だったのだ。



徐泰寧は、重大な案件を扱う際には必ずこの傷んだ革製ノートを使うという。

内側のカバーは交換可能だが外側の革表紙だけが変わらない。

彼はそこに人名・日付・場所を書き、何十年も前から思考図を描き始めた。

当時は全容疑者を特定する手段がなく、徐泰寧は山南省を回り時には他県にも赴く。

豪華な調子と高い解決率で大きな評判を得た。

「つまり関係者の情報はほぼ掌握しているが、その人物の生死さえ不明か？」

江遠が説明を終えると、徐泰寧はペンを机に二度叩き、簡潔にまとめた。

江遠は頷く。

「顔認証・指紋・DNA検索も無効です。

確定した関係者は30人以上で、死亡の張麗珍以外は過去一年間、交通機関や通信手段の使用記録もなく、家族や友人と連絡する痕跡もない。

目撃者もいない……」

「完全に行方不明か？」

徐泰寧が尋ねる。

江遠は微かに頷く。

現代社会では個人が行方不明になるのは極めて困難だ。

その資源を確保する時点で暴露されるからこそ、強力な組織だけが可能なのだ。

スパイ事件とはあまり一致せず、宗教という可能性が高い。

一般的な密室や暴力団は規律を守る存在ではない。

親や教師の言うことも聞かない彼らに命令を出すなど無理だ。

柳景輝を見やり陶鹿を見る徐泰寧は、「移動中もこの案件の捜査について考えていた。

生活物資から調べるのは不可能だろう。

種類が多すぎて追跡困難だし、北京や近郊の集団単位が多い。

調達や買い付けの記録を辿るのも難しく、一部機関は協力してくれないかもしれない。

尻込みすれば捜査は進まない」

陶鹿が提案した生活物資の検索を否定されることに不満はないようだった。

徐泰寧の見解では、新たな遺体を発見して特権を得るまでには至らないだろう。

もし複数の遺体が見つかったらほぼ解決するはずだ。

革製ノートを開いた彼は、「組織の行動パターンが統一的なら、最も目立つのは居住地ではないか」

柳景輝たちが徐泰寧を見やった。



徐泰寧は言った。

「彼らが居民区に住むことは不可能だし、少なくとも都市部には住んでいないはずだ。

なぜなら、人間の顔認識システムやマンションの監視カメラで発見される可能性があるからだ。

だから私は、彼らが最も可能性が高いのは、清霊山のような郊外の邸宅を再建して集団生活をしていると考えている。

そのような単独の邸宅を探し出すことで彼らを見つけられるかもしれない」

人々の目が輝き始めた瞬間、徐泰寧は冷水をかける。

「ここに二つの問題がある。

一つ目は、彼らが移住した場所が特定しづらいことだ。

北京周辺だけではなく、他の都市にも可能性がある……二つ目は、全員が死亡するという低確率の事象の場合、陽宅を探す方法が無効になる」

「こんなに多くの人々が北京を離れる場合、高速道路の監視カメラで撮影される確率が高い。

だから、北京内で死ぬ確率の方が高いと言える」

柳景輝は徐泰寧の言葉を補足した。

「全員が死亡するという低確率の事象については考慮しなくてもいいと思う。

組織が大部分を失っても崩壊しないのは稀だ。

逆に個人単位で数十人を殺すというのは至難の業だ」

殺人は非常に体力を使う行為であることは周知のことだ。

例えば鶏を殺す場合でも、被害者を安全に制圧し殺害するには複数人の協力が必要であり、豚を屠るような困難さがある。

相手が弱い子供のように見えても、鶏を殺すだけでもある程度の体力と技術が必要だ

この観点から三十数人を一気に殺すことはほぼ不可能な挑戦であり、その後の遺体処理もさらに困難になる

柳景輝の言う通り、一部の人間が他の一部を殺害する場合、組織は最初から崩壊してしまうだろう

徐泰寧は柳景輝の話を続けた。

「この二つの問題を回避したなら、私は建築物からの調査を提案したい。

範囲を設定し、その範囲内の全ての単独建物を調べ上げる……」

陶鹿が眉をひそめた。

「北京の面積は1万6千平方キロメートルを超える！」

「周辺地域も含める必要がある」徐泰寧は続けた。

「都市部は除外して、偏僻な場所だけに絞ろう」

「衛星写真を使う？」

「そうだ。

衛星とドローンで疑わしい建物を特定し、その上で人員が検査する」

「農家の自作住宅はどうか？」

「含めるべきだ。

特に貸家や売家で他の家から離れた建物は重点的に調べるべきだ」

陶鹿の眉がさらに跳ねた。

「この計画は人手は少ないかもしれないが、政治的な資源が必要になる。

京畿刑務所の公安部門にとっては人員を確保する方が容易だが……」

「私は局長に報告してみる」陶鹿は単独で決断できないと判断した

徐泰寧は続けた。

「この計画が承認された場合、同時に複数箇所から調査を開始すべきだ。

それ以外なら相手が情報を得て逃亡する」

同時に複数箇所から進めるためには人員が大幅に増える必要がある

陶鹿は頭を抱えた。

「今は人員を集めるだけで大変なんだ……」