国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

文字の大きさ
737 / 776
0800

第0818話 精密打撃

しおりを挟む
「江隊長、我々は既に17名の現地失踪者を特定しました。

男性で30代前半、身長約170センチメートルという条件です。

今から家宅捜査に出向くべきでしょうか?」

雷鑫が直截に尋ねた。

大隊長の肩書など構わずに。

「これらは我々の調査結果だ。

この17名は重点対象となる。

重大事件なら出動、小件は電話連絡という原則がある。

更なる詳細調査や再訪時には、警戒をかけた可能性がある。

そこで手元にある証拠がどれだけかを見極める必要がある」

「この種の案件では慎重に進めたい。

少なくとも何らかの根拠が必要だ。

的確に狙い撃ちする家宅捜査が理想だが、凶悪犯の場合、嫌疑者自身も警戒状態にあるかもしれない。

再訪時には突然逃亡する可能性もある」

柳景輝が笑みを浮かべた。

「貴方の条件は広すぎるようだ」

雷鑫が頬を膨らませた。

「見る目があるとは言い難い」

柳景輝が江遠を見つめた。

「被害者は6年前に死亡し遺体が発見された。

通常なら帰宅しない年には家族が通報するはずだが、2年も経過しているのはおかしい。

まずは1年前のデータで十分だろう」

彼は江遠を指した。

江遠が頷いた。

「37歳とするのが妥当だ。

心配なら上下一歳の幅を持たせればいい」

「1年前と言えば、被害者の年齢は36~38歳となる。

生理的年齢?少し厳しい設定ではないか?」

雷鑫が不安そうに尋ねた。

「確かに広くするべきかもしれない。

何しろ農家がトラクターを注文したのに届いたのはランボルギーニ仕様のトラクターのようなものだ。

不自然でもないが、驚きは隠せない」

牛峒警部補に目配りしながら江遠が笑った。

「17名全員調べればいい。

網を狭めすぎると下級職員も手が離れる」

柳景輝が笑みを浮かべたまま黙る。

柳景輝は江遠とは異なり、硬技術で押し通すタイプではない。

全省を巡査する際には補完調査のルートを歩くことが多かった。

特に以前は捜査時には他の要素も考慮しなければならなかった。

ある機関や地域、人物などは後回しにせざるを得ない場合もある。

その判断は現地の大隊長が行い説明する必要もない

この方面にも特に隠す必要はない。

かつて中国人は欧米が司法の公平さを体現していると信じていたが、自国の捜査が政治的影響を受けていることに劣等感を感じた時期もあった。

しかし現在では法律面前人人平等という原則が欧米で実践されているわけではないことを知り、その認識が変わった。

柳景輝の思考パターンに従えば、江遠の技術が信頼できる限り、捜査範囲を狭くすればするほど効率的だ。

特に軍や特殊な権力機関に関連する案件では尚更である。

例えば37歳という年齢線の場合、軍関係であれば対象者が少ないため調査が容易になる。

しかし30代前半という広範囲の年代を設定すれば捜査範囲が膨大になってしまう。

清河市警の支隊長陶鹿や戚昌業らが江遠に好意的である理由は、彼が画定する範囲が正確かつ狭いことに由来する。

これにより外部との摩擦が減少するためだ。

この点を区局の政委が理解するのは難しい。

会話の最中に新たなリストが印刷され、17人から4人に絞り込まれた。

そのうち一人の名前は太字で強調されていた。

雷鑫が舌を舐めながら言った。

「残る4人中、江隊長の言う通り37歳前後なら、当該期間内の失踪者はただ一人です」

このリストは清河市全域に限定されたもので、寧台県のような隣接地域は含まれていない。

現在の流動人口問題も課題だ。

多くの人が清河市で働いたり観光したりするため、関係者が所在区で行方不明を届け出ても失踪時の所在都市や経路が把握できないケースが多い。

現段階での捜査方針ではまず本市内の人口から調査を開始するため、この唯一の失踪者は目立つ存在となる。

「その四人について調べる。

私は自ら指揮して37歳の被害者の家に赴く」

雷鑫が即座に指示した。

「市郊外の農村地帯か? 江遠も同行してくれないか」

江遠が距離を確認し、約一時間の車程と判断した。

雷鑫は驚きながらもすぐに頷いた。

「その方が安心です。

人員を倍増させ、隣接警察署から二台借りた」

牛峒も躊躇なく参加を表明した。

法医の出動は通常通りだが、生存者への対応は稀なケースだ。

車内では柳景輝が江遠に尋ねた。

「年齢制限がここまで厳密なのか?」

江遠はうなずきながら答えた。

「ほぼその通りです」

「牛法医の誤判も関係あるのか?」

柳景輝は車内で牧志洋、王伝星と共にリラックスした口調で質問した。

江遠は続けた。

「人類学的解剖学は複雑ですが、他の骨格から一致する結論が出ました」

江遠はこの遺体の年齢判定に誤りがあったため、慎重に区別を試みた。

牛峒には「恥骨結合面の年齢判定問題」と説明したが、実際にはその他の骨格も用いて推定を行った。

頭蓋骨・歯列・胸骨・肋骨・脊椎骨・四肢骨に至るまで、指関節や足関節の骨までもが年齢判断に利用可能だ。

さらに細分化できる要素として、胸骨の凹凸や隆起、筋肉痕跡なども考慮した。

これらの骨格から江遠が導き出した遺体の年代はほぼ一致し、上下1歳程度の誤差範囲内と十分な余裕があった。

しかし牛峒との会話では恥骨結合面に限定したのは、人類学的に最も容易に判定できる部位だからだ。

他の部分を詳細に説明するより、問題点を直接指摘するのが効率的だった。

基礎的な教科書レベルの知識は省略し、専門技術の習得には短時間では不可能なためである。

江遠自身も、どの手法が説明が必要か、不要かという区別に慣れ始めていた。

柳景輝はその詳細を理解しなくとも、江遠の能力範囲を把握することで推理に役立つ程度の情報を得ていた。

40分の車中で、県道沿いにある二階建ての村役場が目に入った。

壁には様々な標語が描かれ、門前には花壇があり、2000年代初頭の地方自治体事務所を連想させる風景だった。

先着した刑事たちは既に現地責任者と村長を呼んでいた。

全員到着後、指示に従って行動を開始する。

江遠は雷鑫らと共に目的地に向かう。

牧志洋は防弾ベストを着用し、左手には透明の小盾を持ち、腰回りに重い装備を付けたまま江遠についていく。

同行する刑事が十数名おり、村役場職員を加えると相当な規模の隊列となった。

「失踪者の方徳禄は年齢一致し、最後確認された場所は清河市での仕事現場です。

妻とは離婚済みで、子供は母親と共に長陽市にいます」と雷鑫が簡潔に説明した。

「方徳禄の両親は既に死亡しており、通報者は兄の方徳福です。

彼は3歳年上で46歳です。

我々は現在その家へ向かっています」

柳景輝が歩きながら質問する「徳福と徳禄、被害者の兄弟姉妹は?」

雷鑫は道中資料を確認しながら答えた「三男の方徳寿もいます。

彼は35~6歳で、六年前には29歳でした。

結婚後清河市に店を開いており、村には住んでいません」

柳景輝が頷くと「具体的な住所は?」

と尋ねた。

「既に人員を派遣し確認中です」と雷鑫は慣れた口調で答えた。

彼はベテラン刑事らしくこの部分の手順に精通していた。

前方では村役場職員が近づこうとしたが、数名の刑事が後方から小走りで迂回するよう指示された。

大隊長と江遠が同行しているため、細部まで徹底した対応を心掛けた。

ドアが開いた。



方德福が46歳の男はドアを開けた瞬間、警察官の群れに眉をひそめた。

「前に来たじゃないか」

「方德福さんですか?」

雷鑫が近づいて尋ねる。

「はい。

」方德福が返し、「貴方は俺の弟を見つけましたか?」

雷鑫は答えずに続けた。

「貴方の弟の行方不明に関する質問があります」

「それ以前に全て聞きました……」

「いくつか細かい点を確認したいのです。

貴方が警察に届けた2週間前、何をしていましたか?」

「俺? 俺が何をしていたのかと? 方德福は答えずに反問した。

雷鑫は笑みを浮かべた。

長年刑事をしているからこそ、質問されても反問や繰り返しで応じる人には妙な親近感を感じていた。

タバコを取り出し方德福に渡すと、「焦らずゆっくり考えろ」と言いながら煙草を手渡した。

方德福は受け取ったが、慣れたように両手で挟んだものの、不意の震えで火口が揺らぎ始めた。

香烟が揺れ動く様子に方德福も慌てたが、その瞬間にはもうタバコは床に落ちていた。

周囲の刑事たちが軽蔑と諦観を交えた笑みを見せた。

柳景輝が江遠を見やり、再び群衆の中にいる刑事たちを見やるとため息をついた。

推理の敵は監視カメラだけではない。

心理的耐性に欠ける未熟な犯人もまた壁となるのだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...