国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

文字の大きさ
759 / 776
0800

第0840話 強情な死体

しおりを挟む
唐峰は江遠の返答を聞き、心臓が一拍子跳ねた。

試験終了後に答え合わせをしているような感覚だった。

隣の秀才が冷たく吐き捨てるように「違います」と言い放った瞬間のことだ。

「一体何を感じているんですか?」

唐峰は口を聞いても無駄だと悟りながら、つい尋ねた。

江遠は厳格な視線で死体を見下ろし、指先で表面に触れた。

特に陰囊(いんぞう)の部分を重点的に観察した後、首を横に振って言った。

「まずは切り開いてみよう」

「皮革様化」は法医解剖学用語だ。

死体の一部の皮膚が革のような外見になる現象のことである。

最も典型的な部位は陰囊(いんぞう)だ。

そこは薄い皮膚に覆われ、失水しやすいからこそ、黒ずんだ紫褐色に変色する。

手提げ鞄の革のように硬く見える。

しかし皮革様化には時間と条件が必要なのだ。

例えば南方で白人肌を保つ若者が意図的に青蔵高原へ向かう場合、紫外線や風雪による皮膚の変化は数日で顕著になる。

これが皮革様化と同じプロセスだ。

凍結死体の場合も同様に部分的な皮革様化が発生し、圧痕がより明確に現れる。

過去の老練な法医たちは判断力に欠ける場合、死体を冷凍させて再確認したという話を聞いたことがある。

眼前の死体にも複数の小さな傷跡が露わになっていた。

膝裏や脛(すね)の曲面部、腕部などだが、江遠はいずれも打撲や擦過創と判断した。

想像されるのは、立位で頭部に一撃を受けた被害者が転倒し、周囲の物体に軽い擦り傷を負った場面だ。

その後重体で倒れ込んだ際に骨折を伴う打撲が発生したと推測する。

生存していた場合や死亡後も一定期間経過すれば痕跡は消える可能性があるが、即死の場合は固定化される。

しかしこれらの傷跡だけでは事件解決には至らない。

江遠は身長差を利用して鋭く切開を敢行した。

中国伝統の「一字切法」(T字・Y字・倒Y字)に分類されるものだ。

(第四版 法医学病理学 赵子琴ほか 人民卫生出版社)

唐峰が手伝う。

解剖後の縫合は組織を交互に縫い合わせるため、再解剖時には必ず切開が必要となる。

凍結部分の影響で切り口から肉片が剥離するが、問題ない。

死体が数日間保存されていた以上、冷蔵庫内でも程度の高い腐敗が始まっており、繰り返し凍結解凍を繰り返すとさらに進行する。



死体の二次解剖が行われた後では、基本的に解剖学的価値はほとんど失われます。

三次や四次解剖を行う場合も、通常は家族の要請以外には要素確認を目的としたもので、本格的な検証は期待できません。

江遠は特に慎重に調べ上げました。

この解剖が死体の最終運命を決定するからです。

事件にとっても同様に重要な局面だったのです。

「この人はかなり太っていたようだ」江遠が変色した黄色い脂肪層を手で分けた時、鼻腔に酸っぱい臭いが漂いました。

家庭用油が悪化したり、高脂質の菓子が腐敗すると発生するような臭いです。

死体から感じられるこの臭いは尸臭よりも一歩上回りますが、当然ながら尸臭そのものは存在します。

唐峰はマスクを着けて「うん」と頷き、「体重は180ポンドくらいでしょう。

分身の痕跡がないので、殺害者は単独行動ではなかった可能性が高いですね」

「一人で致命傷を与えたが、遺体を放置する際には他人に手伝わせたかもしれない」江遠がため息をつきながら続けました。

「村医師という立場なら全村の人間が嫌疑対象になります。

ただ現在の状況では、予謀かどうかは不明です」

予期せぬ殺害の場合、通常は刃物や打撲による一撃で死亡させます。

しかし計画的な殺害であれば、確実に死を確認するため追加攻撃を行うことが多いものです。

棄尸という段階を経た場合、その点が不明確になります。

なぜなら犯人が近くにいる限り、死亡を確保できるからです。

また犯罪行為が未完の状態で注意力が散漫になる可能性もあるでしょう。

「そんなことは柳課長に任せておけばいい」江遠は腔内を観察し、顔面の擦り傷に拡大鏡を持って近づけました。

「これには断片のようなものが見当たらないので微量物証の検査も不可能です。

つまり死前にズボンを着ていたことは間違いない」

「ズボンやシャツに微量物証を調べるのは可能ですが、今は必要ないでしょう。

まず現場環境が複雑で芦原で長時間放置されたため、ズボンの物証は過剰です。

また第一現場の痕跡が衣服に残っていても判別不可能です」

埋葬された場合と異なり、野伏せ遺体の場合、地下的な安定した環境がないため死後状態が変化します。

微量物証の発見可能性も低くなります。

この点から考えると、殺害方法を教える場合、野伏せ班と深掘り埋葬班は異なる専門分野になるでしょう

江遠が二次解剖に一時間近く費やした後、開いた遺体を置いて隣の冷たい解剖台に座り、しばらく考え込んでから尋ねました「君はどう思う?」

唐峰は三十代前半で目ヂカラが新卒のような清純さがありました。

「私は何も思いつきません」

彼が何か見つけていたら、二次解剖までも待たなかったでしょう

江遠は法医の責任者に敬意を払い、確認した後頷きました「この死体について、前の死亡推定時刻は適切でないと感じています。

しかし正確な時刻を判断するのは難しいです!しっかり調べてみましょう」

江遠がそう言うと顔つきが真剣になりました

彼の死亡時刻判定能力(LV6)が再解剖後も正確な時刻を特定できなかったことは重大な問題です

一体何という頑固な死体なんだ…

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...