明ンク街13番地

きりしま つかさ

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第0014話「黒い霧」

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「おはようございます、到着です。

45ルーブル」

「え……え?」

「45ルーブルです」

「分かりました」

カレンが自身の小金庫を常に持ち歩くことは不可能だったが、普段は服のポケットに数百ルーブル分は入れておく習慣があった。

50面額のルーブル紙幣を渡すと

運転手が受け取りながら微笑んだ

「おつりありがとうございます」

「え?」

カレンは頷くしかなかった。

5ルーブルの小銭が戻ってこないことを諦めることにした。

降車後、タクシーが走り去った。

この運賃は本当に高かった。

50ルーブルは四口家族の一日の生活費に相当し、少なくとも朝昼晩三食の最低限の組み合わせを維持できる額だった。

クロウンダンスホールからミンクストリートまではそれほど遠くない距離だ。

この瞬間、カレンは大学時代にタクシーで街を走らせた際、メーター上の赤い数字が最初の金額から次々と跳ね上がる様子を思い出した。

インモレース家には霊柩車が駐車されていない。

叔父たちが帰還していない証拠だった。

「あー」

目の前のこの建物を「我が家」と呼ぶことに複雑な感情を抱いた。

「警察署へ報告します、事故です、異魔ではありません」

その灰色のドレスを着た女性の発したキーワードがカレンの頭の中で繰り返された。

起こった舞ホールでの事故に二人が駆けつけたということは、彼らには何らかの公式な立場があることを意味し、さらに「異魔」という言葉が絡んでくる。

この世界は表面上では普通に見える。

少なくとも新聞や本からは正常性を読み取れるはずだ。

しかし現実とはそうではない。

人間は利害回避本能を持つ生き物だ。

タクシーが停まる前にカレンの頭の中には、この家から抜け出し普通の人間としての生活を送りたいという願望しかなかった。

そのような生活を得るためには自身の努力が必要だった。

しかし今や、彼は気づいた。

この表面上に覆われた世界の下には確かに暗流が流れていることを。

家の祖父はカレンを殺すかどうかずっと迷っているようだ。

現在までの行動は「監禁」に留まっており、カレンがロジャ市から逃げない限り禁忌に触れる可能性はない。

一方外側では「異魔狩りの世界」とも言える状況だった。

「どうして君は異魔じゃないんだ!どうして君は異魔じゃないんだ!」

ホーフェン氏の病床での叫びが耳から離れなかった。

左手を握りしめる

カレンは「異魔」の詳細な定義を知らない。

自身が借りた体であるという事実だけが、彼の自信を奪っていた。

だからこそ外に出るべきか?

外側の未知の危険と比較すると、祖父の姿は急に和らいだように見えた。

最も殺すべきだったのはカレンが目覚めたばかりの頃だった。

しかし当時は祖父が手を下さなかった。

その日から時間と共に彼は迷い、そして慣れていくようだった。



カレンはふと、祖父の怒りや殺意が時間と共に薄れることを確信していた。

この家で住むほどに安全が増すことを理解していたのだ。

すると西側からディースの姿が現れた。

神父服を着た彼は、カレンの視線を受け止めながらゆっくりと近づいてくる。

その様子を見つめるうち、ディースの顔にも困惑の色が浮かび、カレンの前に足を止めた。

「祖父、お帰り」

「ああ」

カレンがドアを開け、二人で家の中に入った時、マリー叔母はすぐにキッチンへ向かい、ティーセットを用意し始めた。

叔父から電話があったらしい。

他の葬儀社の霊車も到着したため、彼は待たずに病院に向かったとのこと。

「カレン、お帰り」

「ああ」

マリー叔母がカレンの肩に軽く触れた瞬間、階段を上がってきたディースが質問するように言った。

マリー叔母は二階へ行き、ティーセットをテーブルに並べ始めた。

カレンは対面のソファに座り、グランドホテル舞踊クラブで発見した死体について祖父に報告し始めた。

舞台下に隠された遺体の詳細を語るうち、マリー叔母が茶菓子を運びながら口をつぐむ動作を見せた。

彼女は優れた化粧師として成長したが、その職業ゆえに死体への恐怖心を持たない。

蛇を飼う人間が蛇に怯えないのと同じ理屈だ。

しかし連続殺人鬼のような人物とは、いつか自分も標的にされるかもしれないという危惧感は拭い去れない。

カレンが遺体の詳細を説明し終えると、警察との会話内容にも触れた。

彼は最初は秘密にしようと思っていたが、タクシーから降りてきた男女を目撃したことで考えを変えたのだ。

「祖父よ、ご覧あれ。

あなたの孫は料理もできるし、心理療法も行い、警察の捜査を手伝う」

マリー叔母が驚きの声を上げた。

「カレン!どうやってそんなことを?」

**(此处原文可能有误,需确认具体语境后补充)**

「簡単に言うと、代入するんだよ」カレンは複雑なことを単純化し、叔母に説明するだけでなく祖父にも解りやすく伝えるように努めていた。

なぜなら、

ディスが叔母のように質問するわけにはいかないからだ。

「天ああ、私の孫は一体どうやってやったの?」

「犯人の視点に立って、残された手がかりと細部を基に、その行動理由を逆推測するんだ。

心理的な動機付けをね」

ディスは紅茶を口にした。

「あなたは簡単に犯人になりきれるのか?」

「……」カレン

この質問は「物以類聚人以群分」という言葉と結びつくように響いた。

すぐに説明し始めた。

「祖父、叔母さん。

一般的には自分が芸術家だと自覚している殺人犯ほど、その心理が読み取れるし代入もしやすいんだ。

自分は特別だと思い込む人々はこうなる傾向がある」

「例えば孤独を好むとか社交を嫌うとかね。

しかし十九歳以上のほとんどが社交を嫌い、残りの少数派でも選べば一人でいるのが好きな人が多い」

「多感で内面に哀愁を持ち、人や物事と共感しやすい傾向がある。

常に何かを吐露したくなる欲求があり、記録したり保存したいという衝動がある」

「しかし三十代前半で何も成していない人々は男女問わず、自分が天才作家だと誤解しているものだ。

越して派手に越して特別になりたいほど、逆に普通になる傾向がある」

「彼らの思考は容易に代入できる。

人間の檻を突破し殺戮で快楽を得るようになると、人間から獣へと変化する。

しかし野兽にはどれだけが本当に知性を持っているのか?」

カレンは一気に説明した後、紅茶を大口で飲んだ。

ディスは考えるように言った。

「新しい理論だね」

「だから叔母さん、私が今まで見た映画や小説の凄い悪役は皆私の目を欺いていたわけ?」

マリー・アントワネットが尋ねた

「全てに例外はあるさ。

叔母さん、フィクションではドラマと対立を強調するため、悪役はそういう描写になるんだよ」カレンは茶壺を持ち上がり祖父の紅茶を補充しながら続けた。

「真の知性者は殺戮を自制する」

マリー・アントワネットは胸を叩いた。

「そうだ、そうだ。

やっぱり善人は最も多くの賢者だわ」

電話が鳴り叔母が受話器に手を伸ばした。

「ええ、ええ、分かったわ、分かったわ、うん」

電話を切った後、マリー・アントワネットの顔は笑みで満ちていた。

しかし公公がまだそこにいるため、彼女は必死にその表情を抑えようとしたが、内面から湧き上がる喜びは完全に抑制できず、頬が引きつったように固まった。

「父さん、メイソンからまた病院からの電話があったわ。

あの救急搬送された傷者は回復せず死亡したの。

遺族は我々に葬儀を任せる許可を与えたわ」

「こんな時間?」

ディスが尋ねた

「まだ別の遺族が来るのを待っているんだ。

頭半分削られた男で、病院から妻に連絡したときも『今はヴェイン出張中』と確信しているらしい。

メイソンはここでマリーさんと待ち合わせつつこの一件も決めておきたいと考えていた。

人間が死んで直後というのは親族の頭脳が一種の麻痺状態になるもので、まるで糸引きの人形のように思考能力を失うように見える。

さらに死者を早く体面のある葬儀に見送って土に還らせるという習慣的な心理も働いていて、その時点でどの葬儀社が先に接触したかでほぼ勝負が決まってしまう。

ディスは頷き「よし、準備しておけ」と言った。

「はい、父」

マリーさんは地下室へ客の迎えの準備を始めた。

カルンはディスがソファに座っているのを見て一瞬迷ったものの去ろうとはしなかった。

「その光景を見たのか? 怖くないか?」

ディスが尋ねると

「さほどでもない。

最近は慣れた」

カルンが答えた。

「何か言いたいことがあるのか?」

「何もありません、祖父よ。

僕とお祖母様には話せないものなどあるでしょうか」

「ああ」

ディスは立ち上がった。

「私は書斎へ行くわ」

「分かりました、祖父」

カルンも立ち上がり、階段の先端からディスの姿が見えなくなるまで待った。

実は彼はディスに異魔について尋ねたいと思っていたし、あのタクシーに乗っていた男女のことにも触れようとしていた。

しかし考えてみれば時期尚早だった。

薄い紙のように透き通っていても重要な役割を果たしているのだ。

カルンは自分が直接訊くとディスが彼の死を装うための盾を自分で取り払ってしまうのではないかと思った。

それは地下室でモサン氏と「談心」したときよりも遥かに危険だった。

「にゃー」

カルンを見るとプーアルがソファの端に這い寄っていた。

最近は元気がない様子で病気らしい。

カルンが手を伸ばすとプーアルは抵抗せず、以前のようなプライドを見せることもなく逆らうこともなくただ頽然と受け入れるような態度だった。

カルンの記憶の中ではこの猫はいつも表情豊かだったはずだ。

「ぶぅ」

リビングの隅に大金毛が顔を地面につけて羨ましそうな目つきで見ていた。



フーフェン氏はまだ退院しておらず、インメルレース家に滞在していたが、家庭の大人と子供たちはペットに対してそれほど熱心でもなかった。

憎まれてもいなくとも、手をかけてやるという積極性も見られない。

カレンだけが毎日少しだけ時間を割いて近所を散歩したり、ぶらぶらしたりしていた。

カレンが大型ゴールデンレトリバーに手を振ると、その犬はたちまち立ち上がり、舌を出しながら喜々として寄ってきて、わざと頭をカレンの掌の下に押し付けた。

膝の上には猫が置かれ、隣には犬が近づいてきて、テーブルの上の紅茶の香りが漂う自宅の一軒家。

カレンはふと、こんな日も悪くないかもしれないと感じた。

自分が現実を変えられる能力を持つかどうかは分からないが、現実は優しいもので、少なくとも自分に快適な寝相を選ぶことを許してくれたのだ。

能力……

カレンは急に体を起こした。

膝の上に乗っていたポウール(※猫名)は不思議そうに顔を上げ、

「ボク」(※金毛犬)も舌を出しながら、わざと頭を掌の下に押し付けた。

ポウールが手を離すと、金毛はその隙をついて再び頭を押し付けてきた。

ジェフの夢、モーソン氏の涙、自分にもその能力があれば、舞台下の被害者に何か反応させられるだろうか?

もし自分が何と言えるなら、殺人犯は直ちに特定できるかもしれない。

法医解剖学界には「彼らは被害者を語らせることができる」という評価がずっとある。

しかし実際的に被害者が本当に話せるようになれば、

それはこの世のすべての殺人犯にとっての悪夢だ!

だが……

カレンは左手の掌を見つめた(※傷痕)。

彼は今日何度目か分からないほど、その傷跡を意識していた。

「警局、報告書、事故、異魔ではない……」

バカみたい。

ふんふん。

「カレン?」

「おばあちゃん?」

マリーおばあさんが地下室からまた上がってきた。

手には箱を持っていて、階段口を見つめながらカレンに渡した。

「これ?」

カレンが受け取って開けると、「モンロー」というブランドの腕時計だった。

高級品ではないが、それなりにお値段もするもので、二千ルピー(※当時の通貨単位)程度だ。

オフィス街で働く女性たちが好むタイプ。

「ありがとうございます」

カレンはマリーおばあさんが自分に贈り物をしたと思っていただけだったが、実際には修ス夫人(※火葬社の社長室)が誰かに頼んで送ってきたものだと告げられた。

「でも……」

マリーおばあさんは声を潜めて続けた。

「私と修ス夫人は仲良くしているわ。

彼女はメイソンさんを転んだふりして他の女性の窓を覗かせたと言っているのよ。

あれも友達への警告だったのかもしれないけど……」

「でも私はあなたに忠告するわ、修ス夫人は博愛家だから、あまり近づかない方がいいわね」

フロアの奥に置かれた電話機は、白と黒の格子模様のカバーがかけられていた。

その隣には革製の手帳が並べられ、表紙には「修ス火葬社」の金文字が燻色で書かれている。

「マリアおばさん……」

カレンは声を殺して呼びかけると、リビングルームから茶色の布地のカーテン越しに、白い顔が覗いてきた。

その目元にはいつも通りの笑みが浮かんでいるが、頬は薄く染まっている。

「おや、カレン君? どうしたの?」

マリアおばさんの声は優しいが、どこか不自然な響きがあった。

カレンは手帳を差し出すと、その指先にキスをした。

「叔母様、これは……」

「えっ? 何でしょう?」

マリアおばさんは慌てて手帳を受け取り、革の表面を撫でるように触れた。

その動作が一瞬だけ止まったように見えたのは、カレンの視線がそこに集中していたからかもしれない。

「叔母様、この手帳は……」

「あら、これは私の大事な記念品よ。

カレン君も気に入ってくれたわね? でもどうかしたのかしら?」

マリアおばさんの声調に変化があった。

最初の笑みが薄らいだ瞬間、カレンはその隙間に目を付けた。

「叔母様……」

「カレン君、何かあったの? 気味が悪いわよ」

マリアおばさんは手帳を胸元に抱きしめ、カレンの方へと近づいてきた。

その動きには明らかに不自然さがあった。

カレンは深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開いた。

「叔母様……」

「カレン君! どうしたの? 気味が悪いわよ!」

マリアおばさんの声は突然高くなり、リビングルーム全体を包み込んだ。

その拍子に、隣の部屋から物音が響いた。

「大丈夫です! 叔母様! 大丈夫です! ただ……」

カレンは慌てて言葉を切った。

次の瞬間、マリアおばさんの表情が変わった。

彼女の目元が険しくなり、頬の色が褪せたように白くなった。

「カレン君……」

その呼びかけに、カレンは一歩後退した。

マリアおばさんの視線が鋭く刺さってくるような気がして、背中が冷たくなった。

「叔母様……」

「カレン君! どうしたの? 気味が悪いわよ!」

マリアおばさんは再び叫んだ。

その声は今度こそ本気のものだった。

カレンは慌ててリビングルームを飛び出し、階段を駆け下りた。

後ろから追いかけてくる物音と、手帳が床に落ちる音が混ざって聞こえた。

「カレン君! どうしたの? 気味が悪いわよ!」

マリアおばさんの声は階段の途中まで続いていた。

カレンは外に出ると、深呼吸を繰り返した。

その頬にはまだ熱さが残っている。

彼女は手帳を胸元に抱きしめながら、次の瞬間、突然笑い出した。

「ふふふ……」

マリアおばさんの声調の変化に気づいたのは、カレンだけだった。



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