明ンク街13番地

きりしま つかさ

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第0032話「灯りが消えた」

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地下室、叔母の仕事部屋。

マリーは煙を口にくわえながらゆっくりと燃やしていた。

メイソンおじいさんが息子のレントンの首筋を掴んでいた。

レントンが泣きながら繰り返し言っていた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

普段は優しいメイソンおじいさんも今や険しい表情だった。

ついにその騒音に堪え切れなくなった叔母さんが口を開いた。

「シャワーを浴びてこい。

女の子が寝静かにしているから」

レントンは授業をサボってヴィーン・エコガールのデリスによるパレードに参加した。

彼女たちが発電所を襲撃し東部地区の大規模停電を引き起こしたため、その女の子の手術が乱れてしまった。

今や彼女はここに横たわっている。

実際にはレントンは真犯人ではない。

警察に連行しても笑い話にしかならないだろう。

人生は意外性で溢れている。

もしかしたらあの女の子の手術自体が成功しなかったのかもしれない?大きなリスクを伴う手術だったからこそ。

もしハンス病院のバックアップ発電機が正常稼働して電力を供給していたら、停電による影響は避けられたはずだ。

さらにレントンは発電所の外で看板を持って一緒にシュプレッヒャウトを叫んでいただけ。

あるいは「アイドル追っかけ」に参加しただけだった。

彼が内部に入り込んで破壊活動を行ったわけではない。

しかし、裁判官に言い訳できる理由でも自分自身に言い訳できない理由だ。

カレンは今日のことを全て話した。

隠すことはできなかった。

顔の傷があるからだけでなく、隠さないでこそ家族に葬儀費用を割引してもらうためには必要だったから。

彼はただ家族の一員として給与を受け取る立場であり、決定権はない。

事実を明かした後、メイソンおじいさんはレントンのズボンを引き下ろしベルトで尻を叩き始めた。

自分が今日の行動が自分より何歳も年上の女の子の死に繋がったことを知ると、打たれても叫ばず謝罪しないレントンはただ泣いただけだった。

一通り叩いた後、メイソンおじいさんはレントンを女の子の前に連れて行き「謝罪する」とさせた。

外見上それは滑稽な行為で意図的に演技のように見えるが、家族だけに向けられたものだ。

根本的にはインモアレス家の家風は良い。

レントンは一歩ずつ階段を登りミーナが迎えながら熱したタオルで顔を拭っていた。

「お姉ちゃん……ごめんなさい……」

「あー」

ミーナも弟の慰め方が分からない。

特にその女の子の遺体が下に横たわっていることを知っているから、どう声をかけようか分からなかった。

「費用は?」

メイソンおじいさんが妻に尋ねた。

「相手方はBプランを要求している」マリー叔母さんが答えた。

ローンはその車を見て以来「これは大金もうけだ」と言っていた。

普段ならBプランの仕事があると風に乗るように歩く叔母さんだが、今日は気乗りがしなかった。

マリー叔母さんは煙草を消し火にしながら続けた。

「ウィニーと相談したわ。

Bプラン基準で進めることにするけど、明日正式見積書を出す時は割引率を大きくする」



「えぇ」梅森叔父がうなずいた。

「それで?」

マリー姑母が髪をかき上げながらため息をついた。

「この一件は、儲けないで、もう少し損を出せばいいわね」

「分かりました」

梅森叔父の表情がようやく和らいだ。

儲けると気分が悪いので、多少損してもまあまあの心境になるのだ。

「じゃあ僕がその会社に電話するわ」

棺桶など特殊な要望がある場合は臨機応変に注文しなければならない。

インメレース家はよく使うものを備えておくが、全てを準備しておくわけにはいかない。

彼らはあくまで上流企業の消費者であって、卸売業者ではないからだ。

マリー姑母が首を横に振った。

「こんな時間だから明日にするわ」

そう言いながらマリー姑母は手で身振りをして旦那さんを追い払う。

彼女はもう見たくなかったのだ。

「ああ」梅森叔父が去っていった。

マリー姑母は自分で少女の遺体を清掃し始めた。

優しく丁寧に。

清掃が終わるとマリー姑母は下着を着せてから円卓を持ってきてベッドのそばに座り、頭部マッサージを始めた。

葬儀でのほとんど全ての儀式とプロセスは生きている人間のためにある。

マリー姑母が今行っているマッサージも例外ではない。

少女はもう死んでいるので感じることはできないはずだが、

しかしマッサージを受けているのは彼女であり、心身をほぐしているのはマリー姑母自身なのだ。

頭部のマッサージが終わると次に身体全体のケアが始まる。

全ての工程を終えるとマリー姑母は少女の防腐処置を始めた。

そうすれば葬儀当日には最も自然で美しい姿で故郷の人々と別れることができるだろう。

葬儀師の役割は死んだ人間が去る際に尊厳と格式を保つことだ。

もう一つの役割は、亡くなった人の親族がその姿をしっかりと記憶に留めることだ。

生きている人々が他人の顔を思い出すときには「写真」のように定格したイメージが浮かぶものだ。

なぜ最後の会面を見ないことが大きな後悔になるのか?

日常的に周囲の人々の顔を真剣に観察する機会は少ないからだ。

特に親しい人々ほどその傾向がある。

彼らはいつまでも続くと思っていたのだ。

突然の別れが訪れたとき、自分が頭の中に残している「写真」が既に陳腐で曖昧なものだったことに気づくのだ。

後悔するのは失ったことではなく、必要な時に記憶できなかった自分自身への怒りなのだ。

マリー姑母の仕事はそのような後悔をできるだけ減らすことだ。

彼女は休むつもりも休めない。

今夜残り時間を全て少女のために使うつもりだったし、

また長らくこんなに真剣で没頭した仕事をしていなかったのだ。

……

深夜3時、一度寝て目覚めたカレンが地下室へコーヒーを運んでくるとマリー姑母はそれを飲み干した。

甥の彼女は甘さを十分に入れていたので満足だった。

カレンも円卓を持ってきて座った。



冷たい鉄床に横たわる少女は、ピンク色の可愛らしいバレエ衣装を着ていた。

足には新品の白いバレエシューズが履かれていた。

「これは彼女の両親が残した物だ。

手術成功後のプレゼントとして渡す予定だったんだ」

「そうなのね」

マリア姑は少女の髪を整え始めた。

ヘアアイロンで慎重に伸ばし、傷つけないように気を配っている。

他の客にはガス噴灯を使って脱毛するほど荒々しい技術だが、今回はとても丁寧だ。

「綺麗でしょう?」

とマリア姑が尋ねる

カレンは頷いた。

「可愛い子ですね」

「彼女はバレエが好きで、練習も一生懸命だったって両親が言ってたわ」

「そうなのね。

大変そうだわ」

「そうよ。

大変だわ」

マリア姑はカレンを見上げて訊く。

「お顔の傷?」

「大丈夫よ」カレンは首を横に振った

「私が見落としてしまったんだわ。

まずそちらから処置すべきだったのに」

「構わないわ。

生活の傷は仕方ないものよ」

マリア姑は髪を整えながらその言葉を咀嚼していた。

「生活の傷……カレン、本当に十五歳なの?それとも大病で変わってしまったのかしら?」

「十六になる直前よ」

「誕生日はまだだけど近いわね。

きちんと祝ってあげたいわ」

「特別な日じゃないからいいわ」

「まあ、条件が許せばできるだけ非日常を楽しむべきでしょう。

そうでないと生活の傷に申し訳ないもの」

カレンは頷いた。

「分かりました、マリア姑」

今日の仕事は偶然だった。

もしもカレンではなくメイソン叔父さんがハンス病院に行ったとしても同じことだったろう

それが生活というものだ。

静かな川の底には鋭い岩があるようにね

「休むのよ?」

とマリア姑が訊く

「もう寝たわ」

「何か心配事があるのかしら?カレンが帰ってきた時から気付いていたわ。

レントンがミスをしたみたいで、叔父様は彼を叱っていたわ」

「知ってるわ」

二階で行われた喧嘩の音は三階に住むカレンにも聞こえていた

それでもカレンは言った。

「まあ、レントンも悪くないわ」

もし母親が護まない子供を庇うような人物だったら、カレンのこの発言で怒り狂っただろう。

彼女はミスをしたと告げたのに、さらに「実際には何も悪いことじゃない」と言い出したから

しかしマリア姑は頷いた。

「そうよ。

叩かれるべき」

叩くことでレントン自身が不満を晴らし、その監督者や保護者の気分も晴らすのだ

盲従は罪ではないかもしれないが、反省しない愚かな行為なら、それは知能の欠如と同義だ

「葬儀費用は割引するわ。

この仕事は儲けないけど」

「ありがとうマリア姑」

「私はレントンの母よ。

これは私の務めだからね。

もし可能なら、彼と叔父様がこの少女の両親に膝をついて謝罪したかったわ

「でも、それだけでは意味がないわ。

私たちの内疚が少し軽減されるだけで、被害者の家族には何の役にも立たないのよ」

「はい、そうね。

でも、あなたは大丈夫?」

「私は、死体や棺桶や花輪や黒縁の服に慣れているはずなのに……」

「どうしてだろう? 今回は特別なの? ルートン以外に理由があるのかしら? 医院の廊下で感じた自分の感覚が?」

カレンは、あの少女を手術室へ連れて行ったとき、彼女が恥ずかしそうに微笑んでいたことを思い出した。

そしてふと、今日は自分があまりにも感情的すぎるように思えた。

「どうせこの仕事は冷たい心を持たなければいけないの?」

「いいえ、そういう意味じゃないわ」

「でも画家も毎日絵を描き続けているのに、それで感性が麻痺するわけにはいかないでしょう。

自分に納得できる作品を作り続けることが大事なのよ」

髪型を整えたマリアは煙草を手に取り、カレンにタバコを渡そうとしたが彼女は首を振った。

「私たちだけが死体を見慣れているのよ。

生死そのものではないわ」

マリアは綺麗に化粧された少女の前に指を向けた。

「こんな可愛い子がここにいるんだから、起き上がって踊ってくれたらどれほどいいのに……」

カレンは黙っていた。

マリアはカレンの肩をさすりながら言った。

「気分転換が必要でしょう? あなたなら相談に乗ってくれるはずよ」

「分かりました、おばさん」

「夜食はどうかしら?」

「ええ、おばさん」

「そうね。

あたしが準備してくるわ。

あとで上がったときには電気を消してちょうだい」

マリアが去ると、カレンは椅子に座りながら綺麗な少女を見つめた。

やがて彼女は留声機の前に歩み寄りレコードをかけた。

軽快な旋律が工作室中に響き渡る。

「こんな可愛い子がここにいるんだから……」マリアの言葉がカレンの耳に残った。

「起き上がって踊ってくれたらどれほどいいのに……」

もし、あなたが踊りたいなら──

カレンは少女の前に左手を差し出した。



彼は初めて能動的に己の力を試みたが、まだそのコントロールを掌握していなかった。

使用する度に偶然や突然性ばかりが付きまとい、平穏な状態での実行は一度も経験したことなどなかった。

手を伸ばす瞬間、

カルンは奇妙な感覚を得た。

眼前の少女の心情を察知できることに気づき、

彼女の声を聴くようになり(言葉がなくても)、

冷たいはずの体から温度を感じ取るようになり、

これは錯覚ではなく、極限まで現実味のある幻覚だと確信した。

「私は運が良いんだよ」

死んだはずなのにディスの影響で蘇生したことを自嘲するカルンは続ける。

「君だけじゃない。

もっと不幸な状況だ」

少女に問いかける。

「私の感知は正しいのか? あなたが呼びかけているのか、それとも単なる自己都合なのか?」

廊下での二度の笑顔を思い出すように。

カルンは指先を少女の首筋に置く。

「最後に踊りたいなら叶えるよ」

目を閉じた瞬間、

再び開いた時、目の前に立つのは面おぼそな笑みを浮かべる少女だった。

カルンが気づかないのは、足元から黒い蔓のような紋様が広がり、工作室の床と一体化していることだ。

三階の窓辺で眠っていたプールは急に顔を上げた。

「ディス?」

だが猫の驚愕はさらに増す。

「違う! ディスじゃない!」

書斎で蠟燭に向かっていたディスが筆を止める。

揺らめく炎を見つめながら、彼は呟く。

「秩序?」

しかしすぐに訂正する。

「不、秩序だ」

---

カルンは後退せず、距離を変えずに自然に手を伸ばした。

少女は恥ずかしげに下唇を噛みながらも、自分の手をカルンの掌に乗せた。

軽さと冷たさはあるが、現実味に溢れる存在感があった。

カルンは彼女が遺体に戻ることを指示する。

浮遊した少女は平臥で落下し、遺体と一体化する。

鋼板の上で目を開いたのは、白や血色もなく暴走も見られない。

ただ透明な瞳と穏やかな表情だけだった。

「小坊主、本当に綺麗だね」

カルンが笑いながらミナの髪を撫でるように触れる瞬間まで、彼女は記憶していた。

手術室への通路で出会った唯一に残る印象的な人物のこと。



マリアおばさんが最近セットしてくれた髪型を思い出し、ためらいが生じた。

しかし少女は自ら頭をカレンの掌に近づけ「パパも私の頭をこんな風に触ってくれるのよ」と微笑んだ。

「そうなの?」

だが貴方のご両親はここにはいないわね、起き上がったまま座り直して。

これはカレンが意図的に隠すためではない。

少なくとも秘密にする理由ではなかったのだ。

彼女をベッドに起きさせ、再び横たわらせることで、二度目の喪失感を両親に強いるのが嫌だったからだ。

「『ロージェリ』、練習中によく使いますよ。

お兄ちゃん、踊りを見せてあげましょうか?」

「いいわね」

カレンは円凳に戻った。

新調の白い舞鞋とピンクのドレス、整ったメイクが映える可愛らしい少女が音楽に合わせて動き始めた。

彼女のダンスは完璧とは言えず、外行のカレンにもその幼さと不完全さが見て取れた。

しかし真剣そのもので、全身を揺らしながら踊り続ける姿は息を飲むほどだった。

これは亡き娘ではない。

だがまた一方では確かに彼女自身だ。

二つの存在が重なり合っているように見えた。

カレンは熱心に鑑賞し続けた。

少女は没頭して踊り続けていた。

時間は永遠のようになり、しかし残酷にもその永遠は短い瞬間の布石となるだけだった。

やっと曲が終わった。

ダンスも終わり、彼女は幕を下ろすようにベッドに戻った。

乱れた髪と汚れた白い靴、ほんの少しだけ皺のついたドレスが、先程の出来事を物語っていた。

カレンは拍手した。

そして立ち上がり、スタジオのドアへ向かう。

スイッチに触れた指を一瞬迷わせたが、結局「バチッ」と電気を消した。



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