明ンク街13番地

きりしま つかさ

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第0204話「偽りの楽園」

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第二百零四章 ブロックが落ちる音

下座に座るカルンは、上座の交渉テーブル中央にいるドリウスを見つめながら、彼が父であるバーン枢機卿の衣領を握り締めて「なぜ自分が秩序への忠誠心を疑うのか」と問い詰める姿や、体内空間の虫に苦しんで壁に這い上がる様子が脳裏に浮かんだ。

一瞬にしてカルンは、どちらが本物の彼なのか区別できなかった。

もしかしたら枢機卿会議の上層部にもその真偽を見極められない部分があったからこそ、意図的に薬を盛ったという出来事が起こったのかもしれない。

シティが受け取ったのは誤った位置情報だった。

その誤った情報を提供したのは誰か?

カルンは背中を少しだけ丸めて椅子に適度な姿勢で座り直し、ラッキーにも思考や決断を必要としなかった。

自分は第七騎士団のメンバーではないし、閉じ込められたのは他人だ。

だからこそ、緊張や悩みを捨ててこの対立を純粋に楽しむことができる。

これは演劇よりもずっと興味深い。

なぜなら演劇には台本があるが、現実は裸の本質そのものだからだ。

予想通り、短い沈黙の後交渉は再開した。

しかし今日は昨日ほど烈しい火薬味はない。

双方が一点ずつ丁寧に折衝し合っている。

昨日のような賑やかさは失われたものの、専門性は格段に向上していた。

彼らがプロフェッショナルであることを考えれば、昨日の強硬な態度で唾を飛ばし腕を振り上げていた理由が理解できないほどだ。

しかし結果的にベニスとヴァニーは苦しかった。

二人ともその厳粛で堅固な雰囲気が嫌だったため、すぐに眠り込んでしまった。

カルンは持参したノートを取り出し、時折書き込みを繰り返す。

だがこれは記録ではない。

書いた内容は後で見ることはないし、チェックアウト時に忘れてしまうかもしれないようなノートだ。

しかし逆にこの行為が雰囲気と没入感を強調している。

交渉が深まるにつれ時間も流れ続けた。

昼食時にはベニスとヴァニーが目覚め、トイレで食べ物を摂取した後また眠り込んでしまう。

午後の三時過ぎにカルンは明らかに腹減った。

胃の空虚ではなく、思考が散漫になり集中力が低下していることに気づいた。

これは交渉が本当に面白いからだ。

カルンは自分のコートを脱ぎ、ヴァニーの黒い風衣を着た。

中性的なデザインで、彼には不自然さを感じさせない。

立ち上がりトイレに向かうとすぐに足取りが重くなった。

この服はとても重かった。

トイレの前で内側ポケットから牛肉とオレンジジュースを取り出す。

牛肉は煮込み風味でヴィーンソースが濃厚だが、空腹時には不満も感じない。

「食料を持ってこなかったんだ。

こんな展開になるとは思っていなかった。

昼食会の準備は整っていたのに」レオンの声だった。

「くそ、あのパミレース連中は本当に厄介だ。

反撃してくるなんてあり得ない。

彼らを始末すべきだった」ラウルの言葉が響いた。



「今や否かの問題ではない。

彼らはそれほど重要ではなく、自分たちもその程度だと承知している。

だが現状では私の面子に関わる」

「シティ大司教と第七……」

「黙れ!神殿の大司教をあなた我らが議論できると思うのか?」

牛肉をかじっていたカルンは顔を洗いに来たレオンとローレを見た。

彼らもまたカルンを見ていた。

正確には、カルンの手にある大きな肉塊を目で追っている。

二人の男は同時に舌を出しつつ、昨晩の会議が終わってから朝起きるのが遅くなり、朝食すら食べずにいた。

昼の宴席でまとめて食べるつもりだったが、それが潰れてしまったのだ。

「分けろ、早く」

レオンは直ちにカルンの前に身を乗り出して催促した。

「そうだ、分けろ」

ローレも近づいてきた。

「それは食べた」カルンが言った。

「構わないわ」

レオンが答えた。

「私も構わない」

ローレが手を伸ばすと、

「だが私は構わない」

カルンは二歩後退って彼らから身を引いた。

「おい、そんなことできない!」

レオンがせかした。

「昨日お前のパンと牛乳食べたんだぞ。

友よ、こんなに冷酷な真似はできない」

「私のところにはある」

カルンは風衣のポケットを探り、包み込んだ焼き鳥とビニールで包まれたソーセージを取り出した。

「どれだけ?」

レオンが尋ねた。

「つまり、共有できる分か?」

「二人で食べられる」

ローレは即座に言った。

「じゃあここで食えない。

あの部屋の物置に行こう」

「そうだ」

通路奥には物置があった。

会議室用に整然とテーブル椅子が積まれており、そこまで広くない空間だ。

中央にテーブルを置き、カルンは風衣の中身をその上に並べた。

三人はそれぞれ椅子に座り、狼吞虎咽した。

レオンは鶏の足をかじりながら言った。

「あなたたちが神子と会議室に入った時、お前の隣の二人の肥満体型の風衣を見かけた。

私は心の中で笑っていた。

『あいつらは餓えさせられたんだろう』と思っていた。

昼に祝賀宴がある筈だったのに」

「誰知り合いだか知らないが、最後には私が馬鹿だったんだな」

ローレもすぐに言った。

「全てパミレース教の連中に責任がある。

今日は交渉が円満終了し、昼に祝賀会を開く日のはずだった。

この調子だと夜まで続くかもしれない」

レオンはテーブルに積まれた食べ物を見ながら言った。

「これだけでも三人で一食分だ」

カルンは頷いた。

「私の仲間のもう一人にも風衣がある。

これらは我々三者のものだ」

「そうだ、だからトイレ前では食べられない。

あの辺りには腹を空かせた連中が待機しているだろう。

あなたに近づいてくるのが気恥ずかしいからな」

やっと三人は満足した。

椅子に身を預けて大きく息を吐いた。

先ほどの食事中の会話でカルンはローレの祖父も司教だったことを知った。

そのため彼ら二人は外で時間をかけて散策しても構わない。

呼び出されたり、悪い印象を与えたりする心配はないのだ。



カレンは実際には大きな問題を抱えていなかった。

彼は警備員であり、誰かが突然やってきて彼に何か頼むこともないからだ。

しかしカレンは内心、早く交渉の様子を見届けたいと思っていた。

ただ、目の前で真面目な交渉団の補佐たちがサボタージュをしているのを眺めながら、自分は護衛として積極的すぎるように思えた。

それが不自然に感じられたのだ。

ローレイは腹に手を当てたまま、鶏の骨片で歯をほじりつつ長々とため息をついた。

「今年一年、神教の悪いニュースが本当に多いわねえ」

この光景カレンはよく知っていた。

食事を終えてから本題に入るのだ。

しかし彼ら二人の会話は他の人とは違う。

より多くの情報を共有できるからだ。

レオンも同調した。

「誰もが気づいているように、状況が変わっているんだ。

うちの教団にも問題がある。

最近ある述法裁判官が普通の少女の死体で怨念を集めて器霊を作ったという事件があったわねえ」

「そうよ、それが公に暴露されて私たちを恥ずかしくしたわ」

「あれはヴィコレーティが暴いたんだわ」

「本当に彼がやったと思ってる?あの男は祖父と同じく馬鹿なのよ!」

ローレイはヴィコレーティの頭を指しながら言った。

「彼ら一家全員、頭がおかしいの。

食べ方が醜いし、あの子はかつて私たちと仲良くしたいと言っていたわ。

でもみんな彼を無視したんだ。

一緒にいると自分たちが格下に見られるからね」

つまりヴィコレーティは公子貴族の世界で周囲から疎まれている存在だったのだ。

カレンも、その男が自分の前で祖父が枢機卿だと口にした時の笑みを思い出し、頭がおかしいと感じた。

さらに、彼の管轄地での会議時に祖父が「お祝い」に来ていたことから、ヴィコレーティの祖父も枢機卿同士の間で疎まれているのだと悟った。

「神々が目覚めるという噂は至る所で飛び交っているわねえ。

各教会がそれに合わせた動きをしているみたいだわ」

ローレイは唇を舐めながら続けた。

「正直に言って、私はそれを楽しみにしているのよ。

生きていて神々の来臨を目撃したいわね」

レオンはローレイを見やり、「その言葉は枢機卿様の前で言うなよ。

尻を叩かれるわよ」と言った。

「私は馬鹿じゃないわ。

でもなぜ……なぜ枢機卿たちがこの出来事に対して奇妙に反応しているのかしら?前の紀元では秩序神が多くの神々を鎮圧したんだもの。

みんなが来れば、私たちには何の心配もないはずよ」

レオンは頷いた。

「私も同じ疑問を持っているわ。

枢機卿たちがこの現象に対して持つ感情は私たちとは明らかに違うみたい。

最近神教がいくつかの勢力と協力を結び、少し過剰なほど慎重になっているのは、諸神の目覚めを前に準備しているように見えるわね」

「主に秩序神殿の動乱が外部に悪いイメージを広めたからだ。

彼らは不当な想像を膨らませ、不必要な思惑を持ち始めた」

ラウレがそう語った。

「ふーん、その件には秘められた事情があるんだよ」ライオンはラウレを見上げて得意げに笑みを浮かべた。

「教えてくれないかな? 教えてくれないかな?」

「知っているのはここまでだ。

祖父から『秘められた事情がある』とだけ言われただけだからな。

祖父も詳細は知らないのかもしれない」

「おじいちゃんが詳しく知らないほど深刻なことなのか」

「誰にも分からないさ」ライオンが答えた。

カルンがうなずいて同意した。

「時間も遅くなってきたから、会議室に戻ろうか」ラウレはテーブルに残った食べ物を全て包み、保管庫の隅に隠し、三人で会議室へと戻った。

会議室では交渉が進行中だった。

カルンの予想よりも早く進んでいたのは、信使空間が秩序神殿に対して開放される問題についてすでに話し合いが始まっていたからだ。

「これは我が方針だ。

パミレース教団に世俗や伝道に関して一定の自由を与えることは可能だが、信使空間を我が神殿に開放しない限り、この提携は笑い話になる」

ライオンの祖父が真剣な表情で言った。

「私の意味は、開放には同意する。

両方の転送法陣はそれぞれが管理・保守するべきだ。

むしろ互換性を認めることも可能だ」

「それは不可だ。

転送法陣は我が神教が掌握しなければならない。

この点に関しては交渉の余地はない。

譲歩することは絶対に許さない。

その旨、ここで明確にする必要があるのだ。

否とすれば、これまでの合意全てを無効化し、パミレース宣戦布告する」

「深呼吸してからゆっくり吐く」デリウスが息を吸い込み、吐き出す動作を繰り返した。

結局はうなずいてみせた。

「よし、この条項はそれで決まった。

次に進むか」

「承知した」

次の項目を議論するうち、時刻は九時になった。

ライオンとラウレが席を立つ際にカルンの位置を見やったが、カルンも立ち上がり、三人で前回の食事を全て消耗してしまった。

「この譲歩はあまりにも大きすぎる。

パミレース教団が主体となる枠組みを維持しているため、世俗では問題が発生しやすい。

期待通りに融合できない」

ラウレがうなずいた。

「沈んだ船は島に上陸せざるを得ないからだ」

ライオンがカルンを見やると、カルンは自身のキャラクターに沿ったように言った。

「私はむしろ直接戦争を始めるべきだと思う。

秩序を守るのは力によるものだから」

「私もそう思います」ため息まじりにローリーが言った。

「だからこそ、我が神教の過去と現在を比較してみると、今の上層部は明らかに気力が衰えているように見える。

彼らは忘れてしまったのか、この地位を得た経緯を」

「ただ考慮する点が多いだけだ」レオンが口を開いた。

「全てを武力を解決しようとするならいずれ自滅するだろう。

かつての光の神教もそうだった」

「考慮が多い?今や我が神教内部に問題山積みなのに、その間彼らは本当に問題解決に動いているのか?」

「ローリー、知っているか。

今は我が神教が棺桶の中の一具の死体のように朽ち果てているように見える。

だが蘇醒が必要だ。

蘇醒が必要なのだ!」

「蘇醒術でさえも、完全に腐り尽くした死体は呼び覚ますことはできない」

「そのような問題は我々が決められるものではない。

いずれお前の祖父の地位に就いたとき、お前自身の思い通りに進めればいい」

「お前の祖父?」

「私の祖父はまだ昇進できる立場だ」

「ふん」ローリーがレオンを見上げて白眼を向けた

カレンが口を開いた。

「実は問題は我が教だけにあるわけではない。

他の教会も同じような状況だ。

この世は腐ったもの同士の比較でしかないのだ」

「腐った世界?」

ローリーがその言葉を咀嚼し、カレンを見やった。

「お前の言う通りだ」

レオンが腕時計を見て催促した。

「帰ろう」

三人は再び会議室に戻り、午前0時に終了した。

両方の交渉代表は既に合意した条約初稿を互いに交換し、それを各自の教会トップに提出後、明日の会議が進むかどうか判断される

カレンがデリウスを部屋まで送り届けようとしたその時、耳元の青貝型イヤホンから隊長の声がした。

「エレベーターで待機」

カレンは指先で耳を示し、ヴァニーとヒーラーに先に乗り込ませた。

自分はエレベーターへ向かう

ドアが開き、ベルン枢機卿が降りてきた。

彼は改めて身分証明書をカレンに提示した。

確認後、カレンはベルン枢機卿をデリウスの部屋へ案内した

カレンは「父子」の会話がこんなものだと予想していた。

「死ね!一体何をしているんだ!!」

「ふーん、ただ父上の指示通りにパミレース教のために最大限利益を追求しているだけだ」

しかし実際にはベルン枢機卿はソファに座るデリウスを見ながら称賛した。

「素晴らしい。

本当に見事な成果だ、息子よ。

お父さんの誇りだ」

デリウスの目元に僅かに困惑が浮かんだ

おそらくカレンもローリーも同じ予想をしていたのだ

バーン枢相は自分の息子の前に歩み寄り、手を伸ばした。

頭を撫でようとしたが、長年会わなかった父子の関係は既に忘れ去られていた。

結局、バーン枢相はデリウスの肩を軽く叩いただけだった。

「本当にね、貴方の今日のパフォーマンスは完璧そのもの。

文句なしよ」

デリウスが明らかに緊張した表情を見せた時、カルンはそれが焦燥感であると悟った。

それは状況が彼のコントロール外に出ていることを示していた。

バーン枢相は窓際に向かい、外の夜景を眺めながら黙り込んだ。

やがてデリウスが堪らずに立ち上がり、父の背中を見上げて尋ねた。

「お前は私のせいで腹立ったのか?だからこそわざと褒めて回復したんだろ?」

「しーっ……」

バーン枢相は手で口を覆いながら、

「静か。

よく聞け」

カルンも真剣に耳を澄ませたが、この部屋には外界の音や気配が一切遮断されていた。

一体何を聞いているのか?

デリウスがカルンに代わって尋ねた。

「一体何を聞いているんだ!?」

バーン枢相は振り返り、窓際に立つ自分の影と重なるように笑みを浮かべた。

部屋の照明がその顔を照らし、窓ガラスには同じような影が映っていた。

窓の中のバーン枢相の笑顔は不気味に歪んでいた。

「聞け──石が落ちる音を」

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