明ンク街13番地

きりしま つかさ

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第0246話「闇月の女王」

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倒しでもカルンが最も硬直した態度で最も臆病な言葉を吐いたわけではない。

彼は約束を守ることに同意したものの、女性が簡単に去っていくとは想定していなかった。

無論、女性が秩序神教の人間を殺害した以上、その行方不明の状態であれば追及される運命であろうが、もし痕跡が残れば報復を受けるのは確実だった。

しかし、事態はカルンの予測を超え、女性がカルンからの返答を得た直後、彼女は急激に後退し白光となって遠くへ消えていった。

カルンは周囲に警戒しながらも手元の剣を握り締めることをやめなかった。

その速度から逆襲される可能性は十分にありえた。

アルフレッドも同様、カルンの前に立って全方位に注意を払っていた。

暫く経った後、

「アルフレッド……」

「お主……」

「彼女、本当に去ってしまったようだ」

「そうらしい」

「なぜこんなにも簡単に去るのか?」

カルンは自分がその場で殺害するならとんでもないと言わんばかりだった。

「おそらく肩に乗っているあのものに関係があるのかもしれない」

「あの白い毛並みのものか? お主が知っているか?」

「クラブで見たことある。

女の子が『おじさん』と呼んだやつだ」

カルンは女性が自分の方へ手を出す直前、その白い毛並みの特殊な反応を思い出し得た。

彼女は明らかに救出に向かったのだ。

つまりそのものにとって重要な存在だったということは、普通の物なら秩序神教が奪うはずだ。

そのため、そのもののためには自分たちを赦してやった……というのも成り立つかもしれない。

「乗車しよう」

「承知しました、お主」

カルンとアルフレッドが乗り込んだ車は走り出した時、二手目ポーンの運命は本当に幸運だった。

今日こそ盗まれそうになり、また潰れかけたが結局無事に残ったのだ。

車が動き始めた直後、黒い霧が窓際を掠め去り女性が去った方向へ追跡に向かった。

「お主!」

「大丈夫だ」カルンは即座に手を上げアルフレッドの動揺を鎮めた。

そして窓を開けて外から青貝を取り出した。

「隊長だ」

ヴァニーは電話で連絡できなかったが黒烏鴻を放ったため、この場に隊長が現れるのは当然のことだった。

しかし隊長の様子を見れば追跡に向かうようだ。

カルンはアルフレッドに「お前はヴァニーに知らせろ。

小隊員を集めてこい。

私は隊長を追いつけるかどうか試みる」などと指示した。

「承知しました、お主」

アルフレッドが車から降りた時、カルンは尋ねた。

「先ほどお主に約束した秩序神教への報告は?」

「いいえ、お主はなにも言っていなかった。

私は聞かなかった」

「私は言った」

「あ、……」アルフレッド。

「でも私は秩序神教には報告しなかった。

報告したのは光の残党だ。

なぜなら我々小隊の隊長は本物の光の残党だからだ。

お前が集めたのも光の残党小隊だからな」

「はい、お主、間違いありません!」



女性の速度は非常に速く、白い光のように都市上空を駆け抜けた。

本来の目的地は近隣の建物だったが、後方からの追跡を予感したため方向転換せざるを得なかった。

彼女は自分の住まいを発見されたくないという願望に駆られていた。

約15分間、女性は後方からの追跡から脱出しようと試みたが成功しなかった。

どのような手段も使おうとすれば逆に相手の距離を縮めてしまい、彼女は完全に翻弄されていた。

やがて女性は逃げ止まって、下級開発区域であるヨークシティ郊外の解体工場地帯に身を落とした。

この地域は既に住民が移転し、夜間には特に静かだった。

女性は肩に乗せた白い毛皮の生き物に手を伸ばしながら言った。

「リモール、俺と同行するんだよ。

男の口は信用ならないもんな」

リモールという名前の白い毛皮の生き物は申し訳なさそうに頭を垂れ、女性の首元に擦り寄った。

ニオの姿が女性の前に現れた。

彼の顔には銀色のマスクが被っていた。

「どうした?逃げないのか?」

「もう疲れたわ。

今すぐ後ろを向いて帰ればいいかもしれないけど、私はヨークシティから、そしてウィーンさえも離れるつもりよ」

女性は譲歩を示した。

ニオは首を横に振った。

「そんな理屈通じないわね。

人を殴りたいなら殴って、逃げたいなら逃げていいんだもの」

「殴る?」

女性がため息をついた。

「だからさ、私は彼ら二人を殺すべきだったのかもしれないわ」

「そうかもね。

でもあなたは殺していなかったから、私の要求は単純だよ。

帰ってきて謝れば、私は何も起こったことないとする」

「あなたの要求か?」

「そうだよ。

簡単でしょ?」

「ふーん、貴族教会が私のペットを捕まえたのは死に物活躍だったわ」

「一歩ずつね。

私はあなたがペットを救出した件は咎めないつもりだ。

ただ、私の部下を驚かせたんだもの。

ちょうど見ていたから、あなたが彼の顔を指して『殺す』と言った瞬間もね。

その言葉が気分悪かったわ」

「彼の約束はゴミだった?」

「ええ、でも彼は約束を守った。

私はそれ以外のことには関心ないんだ」

女性が周囲を見回しながら尋ねた。

「援軍を待っているのかしら?」

「援軍が必要なら追跡中に信号を出せばよかったのに、今はその必要はないわ」

「謝罪はしないわ」

「分かりました」ニオは両手を広げると、空中に二つの黒い炎が浮かび上がった。

「冗談はここまで。

始めてみましょう」

女性が指を伸ばすと、石碑の影が再び現れ、ニオに向かって直撃した。

しかしニオはその場で姿を消し、炎だけが視界を歪ませていた。

女性の背後には虚像が浮かび上がり、巨掌が防御に備えた。

同時に彼女の足元から黒い蔓が伸びて彼女を締め付けようとした。



女の目が鋭く光った。

下を見やると、無形の力が広がり藤蔓が瞬時に崩れ、二つの白い手が露わになった。

その手は純潔で精巧な造形を誇り、外敵の妨げを一瞬で貫き、女の足首に絡みつく。

「ドン!」

女は両手を広げて地面を押し下げた。

「バキ!」

地盤が陥没し、彼女の脚を掴んでいた手はたちまち消滅した。

「秩序の壁防御!」

外側からニオの声が響き、巨大な黒い石板が連続して現れた。

本来は防御術法だが逆用され、彼を保護しつつも囚う形となった。

女の拳を握り、前方の石壁に次々と衝撃を与える。

しかし石板は途絶えず再生し、彼女が打ち破るたび新たな障害が現れる。

肩に乗った白い生き物が声を上げると、女は斜め方向を見やり指先から純白の炎を放つ。

その炎は三重の石板を貫きニオの姿を露わにした。

彼の首元のネックレスが光を発し、液体のような水幕で炎を受け止め分散させる。

女の瞳孔が白く染まり両手を掲げると地面自体が燃え上がり、ニオが設置した術法と陣結界は全て消滅した。

しかし外敵の注意を引きたくない彼女は腕を下ろし炎の外漏りを制御する。

特に「秩序の神教」への警戒が必要だった。

「レーモル」

白い生き物が浮き上がり光を放ち、女の体に灰色の甲冑が形成された。

左手の手首から落ちたブレスレットは空中で溶け細身の剣となって彼女手中に収まる。

術法対決ではなく近接戦闘へと転じるためだ。

「ドン!」

女は瞬時にニオの前に移動し剣を突き出した。

護盾が現れたものの、その防御力は無意味で鋭い剣先は直ちに貫通した。

剣身を振ると護盾は崩壊する。

女の体勢を変えると距離を詰め、剣の長さを伸縮させニオの顔面へ突きつける。

彼が後退しつつも回避しようとするが、剣の機動性は途絶えず伸び続け胸元にまで達し内部から破壊を開始する。

女のかかとから黒い炎が立ち上り、角を持つ凶獣の影が牙を剥き出し彼女を飲み込もうとする。



女性は傷を変えることを選ばなかった。

代わりに後退し、凶獣の口が彼女を飲み込む直前、甲冑から放たれた光でその影を消滅させた。

ニオは膝をついていた。

右手で胸元を押さえつけているその場所からは血が滲み出ていた。

女性は細剣を振るい、笑みを浮かべながら再び近づく。

ニオの滴り落ちる血が赤い星芒となり、二つの布人形が現れた。

彼の血を吸収したことでその体も血色に染まった。

カレンがここにいれば「あのふたりだ」と気づいたかもしれない——

二つの赤い骸骨が現れ、鎌を持ち女性に向かって斬りつけた。

女性は身をかわし、細剣で一具の骸骨の胸を貫く。

引き抜いた瞬間、その穴からさらに大きな傷口を開けようとしたが、骸骨は攻撃を続けたままだった。

再び避けながらもう一具に斬りつけると、同じように巨きな口を作った。

ニオは手印を結び、自分の血で損壊した骸骨の動きを操る。

女性は二つの骸骨から追われて後退し始めたが、その時突然身を翻す。

甲冑が開いた瞬間、彼女は飛び出し、その体に密生する毛で自分自身を埋めながらも細剣を手にしたまま戦い続けた。

女性はニオの制御する傀儡へと最速で駆けつけた。

手には短刀が現れた。

危険を感じたニオは顔を上げ、その下の目が驚愕に揺らいだ。

防御壁が立ち上がったが、女性はそれを素早くかき分け、ついにニオの前に立った。

彼が起き上がり後退ろうとした瞬間、短刀はもう彼女の胸元に突き込まれていた——

「カタカタ……」

肋骨を直接切り裂く音だった。

内部器官への損傷も深刻なはずだ。

「アッ!!!」

ニオが悲鳴を上げる。

女性は短剣を握り、再び斜めに引き剥がそうとした——

しかしその瞬間、彼女の短剣は既に切り裂いた肋骨に絡みついていた。

強固な再生能力を持つ尼奥の体が、短剣をその傷口から這い上がらせようとしている。

「ふん、今度は私がやる」

女性はニオ体内に突き刺さった短剣を放し、脱出しようとしたが、彼は依然として彼女の肩を掴んでいた。



銀色の仮面が飛び離れた瞬間、ネオの顔が露わになる。

その瞳孔は青緑色に輝き、唇から二本の牙が覗く。

彼は女の首筋へと鋭く嚙みついた。

生死を分けた瞬間、女はようやく気づいた。

相手がずっとこの時を待っていたこと、自分が意図的に機会を作り続けていることに。

逆に言えば、自分自身がその準備を共犯者として進めてきたのだと。

白い影が女の体内から現れた。

禁じられた魂のようにネオへと突き進み、衝突する瞬間爆発した。

彼女は多くの聖器(セイキ)を持っていた。

それが強みであり、財産だった。

戦闘では聖器の質と量が優位性を決定する。

そのため教会のポイントショップは常に繁盛していた。

「バーン!」

恐ろしい気浪が広がり、ネオは女の首に牙を突き立てられなかった。

女は一命を取り留めたものの、肩から下は十本以上の皮膚が引きちぎられたように血槽(キメラ)を作っていた。

髪は乱れ、唇からは血が流れ、狼藉な姿だった。

ネオの二つの骨格(スカル)が動きを止めた後、灰色の甲冑(カーボンアーマー)は女に寄り添い、治療の光を巡らせていた。

しかし現在の回復は些かしかなかった。

特に、目の前の男と比べればなおさらだった。

胸元から抜いたナイフを地面に投げ捨てたネオが、傷口を発するように笑った。

「おやじめん、いつも俺の頭の中でうるさいんだぜ。

今こそ頑張ってくれよ」

その言葉の直後、彼の傷はさらに回復速度を増した。

「吸血鬼(シヴァ)?」

女はネオの正体を見抜いた。

傷の回復能力を持つ家系や教会団体は確かに存在するが、ここまで露骨に示すのは吸血鬼族だけだ。

首を捻りながら指で招くネオ。

「どうせならもう一度やってみようぜ。

前の任務では白い実験台にされたんだから」

「信仰(ヘイスト)の騎士団の吸血鬼? そんなもんはありえない!」

「どうにもならねえよ」

ネオが近づいてくると、女は細剣を握り冷ややかに言った。

「吸血鬼の血統だろうと、回復には限界がある。

お前の血はどれだけ流せるのか見てみよう」

灰色の甲冑から光が放たれ、女はネオへ向けて進撃した。

彼女の戦略は近距離での持久戦だった。

遠くない限りネオに隙を与えないように。

しかし中間地点でその目を見開いた。

ネオが腕を上げ口を開き「光の騎士(ライトナイト)守護!」

と唱えた瞬間、聖なる光が彼の全身を包み込んだ。

重装騎士(プレートアーマー)となり、手には大剣(グレートソード)が現れた。



カレンはいつか知っていた。

秩序術法を使う隊長が本物の隊長ではないということを。

隊長が光の力を発揮した時、その隊長こそが全力を尽くす時なのだ。

女の驚愕が防ぎようもなく双方の一撃を阻まぬまま、彼女の細剣はニオの光の大剣に至近距離で迎えられた。

大剣から放たれる聖なる輝きさえも遮断できず、たちまち曲がった。

「キンコン!」

光の大剣が女を斬り裂こうとするが、彼女の甲冑はその傷を受け止め、ニオはさらに勢いをつけて肩で受け流すようにして、騎士の鎧ごとその胸に思い切り突きつけた。

「バーン!」

女は遠く地面に投げ出された。

しかし立ち上がろうとする彼女の前にニオが再び現れた。

実際、女の戦闘経験は決して弱いものではなかった。

しかしニオの経験はそれよりさらに上だった。

そして最も重要なのは、彼が体内に宿る「その者」の光の教義を吸収し始めたということだ。

つまり他の部分も既に吸収済みかもしれない。

例えば……戦闘経験。

女は細剣を構え直し、力で伸ばしたそれをニオに向けて突き出した。

自身の隙を作るためだった。

しかしニオの光の騎士鎧が消滅し、無防備な体がその細剣に貫かれた。

彼は傷を顧みず距離を詰め、立ち上がろうとする女の足元に思い切り踏みつけた。

「バーン!」

女は重い音で地面に沈んだ。

ニオの光の大剣が首筋に横たわる。

「私は貴方を殺さない。

だが貴方が見たことを秩序神教に報告しないと約束してくれればいい」

「……」女。



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