明ンク街13番地

きりしま つかさ

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第0291話「闇月島の終焉」

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トーラ夫人は孫娘が手作りしたコーヒーを口に含み、うんと舌打ちした。

甘さが強すぎる。

次に孫娘の作ったケーキを一口齧ると眉をひそめた。

味もそれほどではなかった。

半生キッチンを領地とした老婆として、孫娘の腕前は見下すのが当然だ。

彼女の判官職とは無関係で、その程度のことは重んじていない。

しかし何も言わずに、ゆっくりと食べ続けた。

無論、孫娘に対して少々罪悪感を感じているのは、自分の息子が現在この有様だからだ。

孫娘の家柄はそれなりに良いとはいえ、自分自身が判官職まで上り詰めた者として、これまで女性判官が家庭や結婚で苦労したという話を聞いたことがない。

そのためトーラ夫人は、数年前にヨーク城からサンフー市へ異動を希望した孫娘の行動を黙認していた。

ケイシーはテーブルの向かいに座り、カップを手に取りながらぼんやりと目を泳がせていた。

呆けているのか?

彼女の夫は休職申請後、時々何日も家を空けることがある。

留守番用のメモで「散歩に行く」と書いておくだけで、どこに行ったか家族には教えてくれない。

あの日婆婆から真実を悟らなければ、カレンが自分の息子ではないと知らずにいたかもしれない。

夫が父愛を償うために出かけていると思っていたかもしれない。

今はそれすらない。

単純に自分が不遇だと感情の支えがあれば良かったのに。

視線を婆婆に向けた。

カレンが家に来た後、療養中の婆婆は郊外の温泉からこの家に戻ってきたのだ。

これで彼女の休暇期間と婆婆の滞在が完全に紐付けられた。

祖父ドロンは忙しく働いており、姑も滅多に来ないし、息子は暗月島に出張中。

父は行方不明だ。

この家には二人だけ。

婆媳間には対立はないが、明らかに距離がある。

その隔たりを解決する意思もない。

そのためケイシーは毎日芝居を演じているような気分だった。

「リチャードは今日帰ってくるわね」婆婆が言った。

「祖父によれば、午前中に帰還用の伝送法陣を開いたそうよ」

「うん」ケイシーは頷いた。

「今頃家に近づいているかもしれない」

「帰ってきたらいいわね」婆婆はコーヒーを口に含み、眉をひそめようとしたが堪えた。

「そうだわね」ケイシーも同意した。

「彼がいないと家が冷やかく感じるわ」

「冷やかさを感じるなら年老いた証拠よ」

「年老いた?」

「人間は歳を取ると寂しくなるのよ」婆婆はカップを置いた。

「歳を取れば、諦めることも見切りも増えていく。

気が乗らないし退屈で、孤独になるわ」

「そうなのか」

「これからは上向くでしょう」婆婆が言った。

「当然です、お婆ちゃん」カレンの存在を理解できずとも、ケイシーは反射的に同意した。



その時、窓から部屋に漂い込む黒い霧がソファの前に立ち止まり、エイセンの姿を現した。

トーリー夫人はエイセンを指差し笑った。

「あら、やっぱり心配していたんだわね。

息子が帰ってくると分かって、彼も帰ってきたみたいだ」

カイシーは夫を見つめながらため息をつきつつも、強がって笑みを作り「帰ってきたのよ」と言った。

自分の夫と話す時は優しい声で話さないと、その小さな鳥のように驚いて逃げてしまうかもしれないから。

「うん、帰ったわ」エイセン夫人は妻に頷き、トーリー夫人を見つめて「お母様はまだここに住んでいらっしやいますね」

「え? どうぞ構わないわよ」トーリー夫人は手を広げて笑った。

「カイシーが一人でいるのは寂しいから」

エイセンは口を開いた。

「カイシーはお母様と一つの部屋に住みたくないのよ」

「え? そんなことないわ! 絶対にないわ!」

カイシーは慌てて否定した

トーリー夫人は笑いながら「私は書斎へ行くわ」と言い、エイセンは母親と妻に頭を下げて自分の書斎に入った。

ドアを静かに閉めた後、カイシーが急いで説明するように婆婆に向かって「お母様! 彼の話を信じないでください」

トーリー夫人は手を上げて媳の言葉を遮り、小声で言った。

「あなたも気づいていないのかしら? エイセンは何か変になったわよ」

「え…そうだったのかな?」

「以前は仕事以外のことでは何も口に出さなかったのにね。

今は家のことまで話すようになった」

「そうだったわね…」

「私の息子は病気だわ。

でも、彼が回復する希望を見たの」

「もし本当にそのようなら嬉しいわ」

するとドアが開き、リチャードがスーツケースを押しながら玄関から出てきた。

「あらあら! お婆ちゃんは相変わらず元気ね!

この若い娘さんとは誰でしょう? あら、あなたは私の母なのね! なんて若いのにこんなに大きな息子を作ったのよ!」

リチャードが帰宅するとすぐに状態に入り、祖母と母親を抱きしめた。

カイシーが尋ねた。

「任務は順調だったわね?」

「ええ、とても順調で、すごく面白かったわ」

その時トーリー夫人はエイセンの書斎を見つめながら咳払いをしてから言った。

「カイシー、リチャードのために昼食を準備しようか。

それから彼と話しながら食べようよ」

カイシーは驚いていたが、普段お婆ちゃんがキッチンにいる時に誰かが付くのは嫌がるのに、すぐに立ち上がりトーリー夫人の後ろについてキッチンへ行った。

リチャードはソファに全身を投げ出し、足をテーブルに乗せて腕を開きながら伸びをした。

「ふう、やっぱり家で過ごすのが一番ね」

彼は自分がこの家の成年男性だと感じていた。

外での仕事から解放された後、家族の女性たちの世話を受けられるのは幸せだ。

リチャードは口角を上げて笑みを浮かべた。

「ほんとによかったわ」

その時書斎のドアが開いた。

リチャードは振り返り父親を見やった。

「えー…」と小さく声を出し、体を直して「父よ、帰ってきたわ」と言った

エイセンがリチャードに近づいてきた。

リチャードはふと似曾えある匂いを感じた。

前回の任務終了後、自宅に戻った時も自分は…

「ドン!」

と突然立ち上がり、父に向かって叫んだ。

「おやじ!おれがおれ様にプレゼント買ってきましたよ。

それでチームメイトから結構なポイントを借りてね」

ポケットから一連の記念品貝殻を取り出した。

「これはあなたの、これは母さんの、これは祖父の、これは叔母さんの、これは祖母の」

暗月島市場で1シルバーで一箱買うことができるような安価な貝殻を見た瞬間、エイセンの表情はさらに険しくなった。

自分が息子に「自分」から大量のポイントを借りさせ、輪廻神教の女神官様にお土産を買ったことを知っているからだ。

その結果、最安値の貝殻一連だけしか買ってこなかったのだ。

「おやじ!この色はいかがですか?青いこの一枚はあなたにぴったりですよ、はは」

リチャードが貝殻を持ち上げてエイセンの方へ差し出すと同時に、父の近づく気配を感じ取り、無意識に後退り始めた。

父子の心は繋がっている。

些細なことでも言葉を要さず理解できる瞬間だ。

自分が何も悪いことをしていないと思っていたが、前回もそうだったはずなのに…

自宅でスナック菓子を食べていた時、父が帰ってきて殴りつけてきたあの日も。

「おやじ!最近家でおかしなことないですか?」

リチャードは挨拶しながら後退り続け、エイセン氏はさらに進み詰めてくる。

二人はソファを囲むように広い円を作りながら移動し続ける。

ついにキッチン方向まで回った瞬間、リチャードは素早くキッチンへ駆け込みながら叫んだ。

「ばあちゃん!おかあさん!おれ死にたい!」

エイセン氏が腕を広げて重々しく言った。

「秩序—牢獄!」

「リチャード。

」その言葉と共に、リチャードの心の中に無数の悪態が駆け抜けた。

目の前には黒い立方体が現れ、彼の進路を塞ぎながら逆方向に押し戻す。

リチャードは即座に身を翻し、まだ脱いでいない神衣の袖から巻物を取り出し地面に落とし広げた。

「秩序守護バリア!」

息子として自衛のために父に向かって術法を使った瞬間、エイセン氏の掌には二本の黒い雷光が現れた。

一本はリチャードが投げ出した巻物を一瞬で灰燼にし、もう一本は彼が固めたバリアを貫いた。

リビングルームでは電気と風が乱れ、カーペットやソファに無数の傷跡が刻まれた。

リチャードは眼前が曖昧になり、父が目の前に立っているのに気づく。

右手で術法銃、左手で術法矢を構えようとした瞬間、両手がまったく動かなくなっていた。

下を見ると、両腕に黒い秩序の鎖が巻きついていた。

「なぜだ!」

次の瞬間、

リチャードは鎖で吊り上げられた。

「おやじ!なぜですか!」

すると、リチャードは再び空中に浮かべられていた。

「くっ…どうしてこんなことになるのかな私の愛する父よ。



リチャードがまた鎖で吊り上げられると、彼の声は震えていた。

「おやじ…どこを傷つけてるんですか?」



エイセン氏はその言葉を聞いて、自分の子供が最近自分に見せた嫌な振る舞いの数々を脳裏に浮かべ始めた。

思い出すほどに腹立たしくなり、最初は単なる怒りだったものが回想によって深く陥ちた。

「バカ野郎!」

リチャードは床に叩きつけられた。

その衝撃音が部屋中に響き渡る。

「咳…なぜこんなことをするんだよ?」

再び彼を掴み上げる手の力が強まる。

皮鞭の音がした。

「バカ野郎!」

リチャードは床に倒れ込んだ。

混乱しきった目で周囲を見回すと、自分が身に着けていた秩序鎖(じちゅうさ)が消えていたことに気づく。

息を吐きながらも、エイセン氏の手から逃れる術はない。

次々と皮鞭が降り注ぐ。

「リチャード!これ以上は!」

「おや、あなたは心配しているのか?でもこの子は父のために苦労しているんだよ。

神官としての資質を引き出すためには、我慢してやらなければならないのだ。

約クランド大区で行われる選抜試験に合格すれば、彼の未来は明るくなるだろう」

「でも…」

「エイセン氏も同じ気持ちだろ?子供が病気になったとき、親はどんな苦労をしても見過ごせないものさ」

「リチャード!やめて!」

皮鞭の音が連続する。

理チャールドの悲鳴が部屋中に響き渡る。

「エイセン氏、本当にこれでいいのか?」

「これが父としての愛情だよ」

「リチャード…もう声も出ないほどだわ」

「彼は神教の選抜試験に合格する可能性が高い。

約クランド大区から五名が推薦されるらしい。

その中で優秀な者だけが全国選抜に進むんだ。

エイセン氏もこの子の才能を認めているはずだろ?以前は怠けていたけど、今は頑張っている」

「でも…」

「彼が神官として成長すれば、家族の誇りになるだろう。

ただ、虚と実の違いは大きいものさ。

エイセン氏もそのことは承知しているはずだ」

「アイゼンは仕事で友達がいる?」

「えっと……あるんじゃないかな」

「お母さん」

「どうしたの?」

「リチャード、もう音がないわ」

「やめて!私の孫!!!」

目覚めたカルンはベッドに起き上がり、窓から差し込む朝の光を頬に感じながら背もたれに凭れた。

この感覚が好きだった。

元気な自分と朝日との調和は、今日という日に期待を抱かせる。

「ニャー」

プールが身を翻してまた寝返りをうつ。

ジェーン・フィネの追悼で夜更かししたため、今日は起きるのが遅いようだ。

カルンは首を傾けてプールの丸っこい顔を見やった。

性格を除けば可愛い猫だし、それさえ含めても可愛い猫なのだと。

シャワーを済ませて書斎に入ると、ケビンが言った言葉を再考した。

ループドアは凶悪な場所のはずだが、秩序神教が交渉条項に名前を入れたという点から、彼らも内部事情を把握しているとカルンは疑う。

もし自分が12人のリストに入れば、その前に秩序神教が何かしらの策を講じる可能性はあるだろう。

ループドアへの参加権を得てこそ、神々の真実に近づけるのだ。

光の神の滅亡も関連しているかもしれない。

カルンは笑みを浮かべた。

自分の魂や黒い鎖について完全に理解できなくても、その領域での自信は揺るがない。

「リチャードが来たわ」

「来たのか?」

カルンは驚いて訊ねた。

「車椅子で?」

「違うわ」

「まあラッキーね」

「担架に乗せてきたのよ」

前室に顔を出すと、担架の上で泣きじゃくっているリチャードが見えた。

彼が暗月島でどれほど楽しんでいたかを考えると、現在の惨状は当然だ。

カルンは彼のそばにしゃがみ込んで訊ねた。

「お父さんにやられたんだ?」

「うん」

「よく頑張ったわね、こんな状態でもここまで来られるなんて」

「いいえ、実はお婆ちゃんが来て食事に誘ってくれたのよ」

「今日は用事があるの」

「お婆ちゃんはあなたが葬儀社に住んでいると知っているわ。

『リチャードを呼べないなら棺桶を買ってきて霊柩車で帰らせよう』と言ったの」

「お婆ちゃんは優しい人だわ」

「本来は優しかったけど、昨日お父さんに殴られたとき、私は死んだふりをして彼女を驚かせたの。

そして私が演技だと気づいたとき」

「どうしたの?」

「その瞬間、手を緩めていたお父さんがまた殴り始めたのよ」

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