【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

兄の寵愛弟の思惑118

「長い夢を見ていたような気持ちでしたが、まさか十日間も眠っていたとは思いませんでした」

 ぐいっと手のひらで乱暴に涙をぬぐう兄上を眺めながら呑気にそう言うと、兄上は恨めしそうに私に視線を落とした。
 兄上の泣き顔も、こんな乱暴な仕草も見るのは初めてのことだ。
 兄上の心の余裕を私が奪った故のことなのは理解できるし、私が眠っている間ずっと心配していたであろう兄上にしてみれば、私のこの呑気さは本心から恨めしく思うのかもしれない。
 なにせ、いつ目覚めてもいいように兄上は私を自分の寝室に移し、執務もこの部屋でしていたそうだから。
 私が目覚めた時に聞いた紙をめくる様な音は、兄上がベッドの端に腰を下ろし書類を読んでいたせいだったのだ。
 
「デルロイはおおらかだな、何日も眠っていたと言われたら普通はもっと驚くものではないか?」

 おおらかという言葉は、兄上の最大限の譲歩かもしれない。
 本心は、心配を掛けておいて何を呑気なことをと言いたいのだろう。
 兄上があまり眠っていなかったのは、兄上の目の下のくまをみれば私が眠っていた間の兄上の睡眠時間を聞かなくても推測出来てしまう。

「十分驚いています。ですが、人は驚き過ぎると逆に冷静になるものなのかもしれません」

 頭痛がするとか胸が痛いとかの自覚症状があれば別なのかもしれないが、体が怠い以外なにも無いのだから慌てる気にもなれない。
 私よりも病人の様な兄上には申し訳ないと思う、それについて反省はしてももうこれはどうしようもないとも思う。

「それよりも、なぜこんなに眠り続けたのか理由が気になります。それは判明しているのでしょうか」
「治癒師は体の問題ではなく、精神の方だと言っていた。神官には精神攻撃を受けた後遺症だろうと言われ、目覚めぬかもしれぬと」
「目覚めぬかもしれない? それほど酷かったのでしょうか」

 眠る前体がとても怠かった覚えはあるけれど、精神攻撃魔法を受けたせいで目覚めなくなるとは思わなかった。

「ああ、あまりにも目覚めぬものだから占術師にも伺いをたてたところ、魂が浮遊していると言われてしまってな」
「魂が浮遊、あ……だから夢におじい様にお会いしたのでしょうか?」

 内容が思い出せないけれど、おじい様の声を聞いたのは今思い出した。

「考えたくはないが、おじい様がいらっしゃる場までデルロイが本当に行っていたのかもしれない。前回のこともあるしお前は本当に……」
「だとしたら、おじい様が私をこちらに戻してくださったのかもしれません」

 何も覚えていないのが残念だけれど、私の魂が体を離れふらふらと浮遊していたのなら、きっとおじい様が私の魂を体に戻してくださったのだと思う。
 おじい様は以前に私が行ったあの場所で私達を見守って下さっているのだから。見守る? なぜだろう、おじい様のことを考えるとなぜかとても寂しく感じてしまう。
 
「デルロイ、お前は何も考えていないのかもしれないが、おじい様がいらっしゃるところにお前がいたということは、死にかけたということなのだぞ!」
「それは……はい。でも今こうして元気に兄上の前におります」

 夢の記憶は無いのに、おじい様のことを思い出そうとすると寂しく悲しい気持ちが胸に満ちてくる。
 私は大事なことを忘れてしまった、何を? 分からない、でも忘れてはいけないことを私は忘れてしまった。

「おじい様と話した内容を、今回は何も覚えておりません。大事なことを聞いた気がするのに、どうして忘れてしまったのか、それが悔しい。兄上、私は忘れてはいけないことを忘れてしまった」
「……夢とはそういうものだ」
「そうですね。……でもとても悲しい。忘れたくなかった、そう思ってしまう」

 胸が苦しい、夢の中でもそうだった気がする。

「兄上、占術師は私の魂の事以外何も言っていませんでしたか?」
「デルロイのことは他には何も。魂が浮遊していても、体にそれが戻り目覚められれば心配ないと言われただけだ。後は……そうだな、婚約式の日まで少し忙しくなるから私達の呼びかけには応えられないと言っていた」
「忙しくなる? 兄上、占術師というのは王宮に暮らしているのではないのですか、どこか出かけることもある?」

 誰よりも長くこの国に暮らしているのだと、精霊かなにかのように言われている人なのに忙しいというのはどういうことなのだろう。

「その辺りは何とも言えない。とりあえずデルロイが目覚めたことを父上達に伝えてこよう。神官に本当に問題がないのかどうか診てもらわねばならないしな」
「お手数をお掛けします」

 そういえばいつも影の様に兄上の側にいる侍従がいない。
 私が眠っていたから人払いしていたのだろうか。

「手数などなんでもない、デルロイのためならなんの苦もない」
「ありがとうございます」

 礼を言うと兄上は私の頭を一度抱きしめてから、部屋を出て行った。
 
「私は何を忘れてしまったのだろう」

 おじい様の話、重要なことを聞いた気がするのに。
 どうして忘れてしまったのか。
 忘れてしまったことへの後悔を、私は後々することになるとはこの時は思いもしなかった。

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