【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

兄の寵愛弟の思惑132

 渋さの後にある甘みとは……。
 長くのばした白いひげと髪の大神官が、目の前で嬉し気に目を細め草茶を口にしているのを眺めながら、私には渋みの強い茶の甘みやらを探している。
 顔には出していないつもりだが、相手には私の気持ちが伝わっているのか面白がられているきがするのは、私の被害妄想だろうか。

「第二王子殿下、お元気になられたようで安心いたしました」
「ありがとう、油断から多方面に心配をかけることになり、反省している」
「そうですね、私の残り少ない命の火が弱るほどに心配いたしました。前王陛下の曾孫様の顔を私が見届け神の国に先に向かわれた前王陛下にお伝えすると約束しておりますのに、もう少しで約束を違えるところでした」

 実年齢よりだいぶ年上に見える彼は、亡くなったおじい様とは乳兄弟だった。曾孫の顔、つまり兄上や私達の子の顔を見るまでは生きるのだと、それだけを生きる理由にしている方だ。

「そうか、大神官なら曾孫のその先も見届けられそうだから、おじい様も安心だな」

 過去に何度この会話を繰り返したことだろうと思いながら、いつも通りの言葉を返す。

「なんと酷いことを仰る。まだ老体に鞭打ち働けと」

 深い皺が刻まれた顔を崩しながら、大神官は「第二王子殿下とサデウス嬢のお子であれば、どれだけ褒めたたえても言葉が足りないほどに愛らしいでしょうから、お伝えするのが楽しみですよ」と言い始める。
 ボナクララと私の子、想像するだけで可愛いに決まっていると思えるのは、私がそれだけボナクララを思っているからだと思う。
 ボナクララもエマニュエラもどちらも美しい顔立ちをしているが、エマニュエラの子を可愛いと思えるとは思えない。それが例え敬愛する兄上との間に生まれた子でも、心から愛せる自信はない。
 産まれてくる子供に罪が無いのは分かっている、それでも生まれてくる子は兄上ではなく本質がエマニュエラ似の子になる気がどうしてもしてしまうのだ。
 実母と関わったことが一度も無い筈のエマニュエラが、実母以上の利己的で残虐な性格に育ったことを考えると、優しいジョバンニ叔父上達に育てられてもあの性格に育ってしまったエマニュエラが子供の側にいて教育に口出せる環境になるのであれば、一体どんな子供に育つだろうと考えると、恐ろしさで背筋が寒くなってしまうのだ。

「どうかなさいましたか、先日の後遺症は見受けられないと神官から報告を受けていますが、何か問題でも」
「いいや、それはない。神官には世話になった。迅速に対応してもらったこと感謝する」

 見守りの聖具だけでなく、通常は何日もかかる聖なる護符を、目の下に濃いクマを作りながら大量に作成して来てくれたのだから、感謝するという言葉だけでは足りないと思うが、彼は物品は決して受け取らないのだ。

「あれは神に仕え、王家のために生きる者ですから、身を粉にして働くのは当然のことです。そんな当然の働きに対し殿下から感謝を頂けるのであればそれだけで存外の喜びでしょう」
「大袈裟だな」
「大袈裟なものですが、私はもうそれをしたくても叶わないのですよ。私は今でも悔やんでおります。ええ、命の火が尽きるその瞬間まで私は悔やみ続けるでしょう。私の力が足りず前王陛下を先に神の園に送ってしまったことを」

 そこまで聞いて、大神官の髪色が変わった時の話を以前父上から聞いたことがあるのを思い出した。
 大神官の髪は、以前はそれは見事な黒髪だった。
 それが一夜にして真っ白に変わってしまったのだ。
 それはおじい様が亡くなったのが理由だったのだという。
 大神官は亡くなったおじい様の後を追おうとして、父上がそれを止めた。
 兄上が生まれた時、おじい様が大神官に「この子が大人になり父親になる前に神の園に私が行くことになったら、お前が私の代わりに曾孫の顔を見て、どんなに愛らしい子が生まれたか私に教えて欲しい」と願った。その約束を違えたらきっと悲しむだろう。約束を果たしたくても病などで命を落とすことは勿論ある、けれど自死ではそもそも神の園には入ることが出来ない。
 神の園で乳兄弟から嬉しい話を聞くのを楽しみに待っているであろう人を悲しませないで欲しい。そういって説得し続けた父上の言葉に頷き、おじい様に神送りを行った時、大神官の髪色は黒から白に変わったのだという。

「それでもおじい様はあなたがこうして元気でいることが嬉しいと思っていることでしょう」
「殿下」
「おじい様は、兄上と私をとても愛してくださっていたと聞いています。ですからきっと、私達の子供の話を楽しみにしていることでしょう」
「早く私は陛下、前王陛下のもとに行きたいと願っているのに、酷いことを仰るものだ。惨めに一人生きている悲しさを日々感じて生きているというのに」

 じとりと睨むその目の奥に、深い悲しみを感じてしまうが、気づかぬ振りで笑いかける。

「あなたが長く生きるのを、おじい様が望んでいたとしても?」
「なぜ、そう思うのです。あなたが幼い頃に亡くなった方の思いを、なぜ知っているかのように」
「分かりますよ。おじい様が大神官に約束させた、私達の子の顔を見て教えて欲しいという約束、その約束に隠された思いが分かりませんか?」

 一番近くにいた人でも、分からないことはあるのだろう。

「どういうことでしょう」
「おじい様亡き後の父上を見守り、生まれたばかりの兄上の成長を見守って欲しい。それだけでなく、兄上が大人になり父になった姿も見届けて欲しい」
「それは」
「つまり、ずっとずっと大神官、あなたに元気でいて欲しいと、おじい様は言っているのですよ。自分がもし亡くなっても決して後追いすることなく、必ず神の園に来て約束を果たして欲しいと」

 おじい様は分かっていたのだろう、大神官が自分の死後生きる意味を無くしてしまうことを。
 そこまでの思いを、自分に向けていると分かっていたからこそ約束させたのだと思う。

「私が生きるために?」
「きっと、大神官がおじい様を思っていたように、おじい様も大神官を大切に思っていたのでしょう。だから願った、きっと来世でも近しい存在に生まれ変わるために」

 自死すると神の園には行けず、新しい命に生まれ変われない。
 亡骸を焼かれてしまう罪人と同じ、罪を背負うと言われているから、自死した者は神の園に行けず、来世も失うとシード神は教えている。
 だから、おじい様は大切な乳兄弟がそうならないように、約束をした。
 でも、おじい様はもう……。

 もう、なんだというのだろう。
 私は何か重要なことを忘れている?
 先日から、何度もこの思いに胸が痛くなるのに、何を忘れているのかどうしても思い出せない。

「陛下……私は、私は……」

 泣き崩れる大神官の前で、私は忘れてしまった何かを必死に思い出そうとしていた。

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