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傷付いているのは、未来の夫
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「少し話せませんか」
お義母様抜きの三人でお通夜のような夕餉を済ませた後、私は自室で手紙を書いていているとディーンがやって来ました。
この世界に通夜という概念はありませんが、他に思い浮かばない程気不味い時間でした。
「勿論いいわ、中にどうぞ。でもその格好、あなた別館に戻ったのでは無かったの? それともお義父様と何かお話していたのかしら?」
ディーンは夕餉に着ていた服のまま、着替えていませんでした。
すでに寝支度を始める様な時間に差し掛かっているのですから、くつろげる服に変えていてもおかしくないというのに彼は今まで何をしていたのでしょう。
「ええ少し父と話をしていて、まだ部屋には戻っていません」
「そうなの。タオお茶を」
「すぐ済むから必要ありませんよ」
「そう?」
「ただ、二人だけで話したい、駄目でしょうか」
「いいわ。あなた達は下がっていなさい。ディーン、どうぞ座って」
タオ達にそう言うと二人は部屋を出て行きましたが、ディーンは扉近くから動こうとしません。
「雨も降ってきたし別館に行くのは億劫ではない?」
仕方なく私から切り出すと、ディーンは俯いたまま首を横に振りました。
別館までの移動は馬車ですが、それでも雨の中の移動は面倒でしょう。
驚いたことにディーンの部屋は本館と呼ばれているこの屋敷の中には無く、お義母様を療養させる予定の離れとは別のディーンの亡くなった祖父母達が暮らしていたという別館にありました。
私はそこに入ったことはありません、離れの方が比較的本館に近く別館は敷地内の端の方にあるためです。
お義母様が幼いディーンを厭い虐げているのを知り、祖父母が自分達と暮らせるようにしたのが理由だと先程聞かされて、驚くやら呆れるやらでしたがその元凶はすでに離れに移されているのですから、ディーンも本館に部屋を移して良い筈です。
「そう? でも雨はかなり降っている様だけれど」
俯いたままのディーンの姿を見ているのが気不味く、私は彼に背を向けて窓辺に近づきました。
「ダニエラ」
「え?」
窓辺に立ち、ガラス越しに雨を眺めていた私は、背中に気配を感じ振り返ろうとした瞬間、抱きしめられて反射的に抵抗しようとしました。
「どうか、少しだけこのままでいさせて下さい」
「ディーン?」
「お願いだ、ほんの少しの間だけ」
どうしたの? そう尋ねようとしたものの、背中越しに聞こえたディーンの声は深く沈んでいる様に感じて口を閉じ様子を窺いました。
「嫌よ」
「……すまない」
「嫌なの、だから少しだけ力を緩めて」
謝りながら離れずにいるディーンの様子に、先程のお義母様の彼への暴言を思い出した私は、抱きしめる力を緩めたディーンの腕の中で体の向きを変えると、逞しい体を抱きしめました。
「ダニエラ?」
「初めてあなたが私に触れてくれるのだから、この方がいいわ。顔が見えないままなのは嫌」
「許してくれるの?」
「これ以上はまだ駄目よ。私は夫をちゃんと弔っていない未亡人で、あなたの義理の姉の立場ですからね」
「うん、ありがとう」
「辛い? それとも苦しい?」
仲が悪くても兄を失ったのですから、本当は悲しさを尋ねるべきなのでしょう。
でもディーンの感情はそれではない気がして、彼の顔を見上げて見当違いかもしれない言葉で尋ねました。
「辛いし苦しい。自分がいい年をしていながら愚かな子供で、馬鹿で」
「ディーン」
泣き出しそうな顔は、私よりも年上の癖に幼い子供のようで、私は胸が締め付けられるような思いがしました。
「兄が亡くなったからと、母に期待した訳ではない。そんな感情はとうの昔に消え去っていた。でも、未だに母の言動に振り回されてしまう。おかしいでしょう? 母が言う様に兄ではなく私が死ねばよかったのか? そうすればあの人は満足だったと?」
「いいえ、違うわ。あなたが死ねば良かったなんて、そんなことある筈がないわ」
やはりそうなのかと思いながら、私は広い背中を撫でました。
幼い子にするように、優しくポンポンと背中に手を当てながら私はディーンに微笑みました。
「子供はいつまでたっても親の前では子供のままよ。母親から心無い言葉を言われたら、傷付いて当たり前だわ」
「ダニエラ」
「私はディーンが死ねば良かったなんて思わないわ。ピーターが亡くなったのは不幸な出来事だけれど、だからと言ってあなたが死んで、ピーターが助かれば良かったなど思わないわ。そんなこと思う筈がないわ」
「ダニエラ、でも」
「ねえ、お義母様ではなく、私があなたに生きていて欲しいと思うのは嫌かしら?」
「嫌なんて思わない。あなたに望まれるなら本望だ」
くしゃりと、今にも泣き出しそうな顔でそれでも私に笑いかけるディーンは、ピーターとは似ていません。
ディーンはお義母様が嫌いな母方の祖母に顔が似ていた為、お義母様から疎まれていたそうですが、私はその人を知りません。
強いて言うならディーンの顔は、お義父様に口元が似ている気がします。
でも、目元はお義母様の方に似ています。
そう、私の目から見ればディーンの顔はお義父様、お義母様二人に似た顔なのです。
「悲しいなら泣いていいのよ。でも私以外の女の前では駄目よ」
自分の子を、自分に似た顔を厭っていたお義母様の気持ちはよくわかりません。
家柄に対するコンプレックスを拗らせたのでしょうが、そうだとしても子を蔑ろにしていい理由にはなりません。
「私を妻にするなら誓って」
「誓います。他の誰の前でも涙は見せない。生涯あなただけだ」
驚いた顔をした後でディーンはそう誓うと、自分の頬を私の額に擦り寄せました。
「愛してます。あなたにはその感情は無いと知っていますが、どうか私があなたを愛する事を許してください。私の手を拒まないで」
これはゲームの時に、ディーンがヒロインに告白する時の台詞です。
なぜこれが今出てくるのか分かりませんが、私に向けて用意されたものではない言葉で告白など、ディーンに罪はなくても認めたくありません。
「許さないわ」
「え」
「そんな自信のない告白など、私に言わないで。あなたは私を愛し守ると誓って求婚してくれたのに、その愛はそんなに自信のないものなの。ねえ、あなたのあの誓いはそんなに軽く自信がないものなの?」
「違うっ、私は本気で」
「なら言いなさい。私をずっと愛し続けると、私を生涯夢中にさせ続けてみせると。だから私も同じ愛を返せと」
愛される自信がないゲーム中のディーンは、主人公が本気でディーンを愛しても自分はロニーの代わりなのだと疑いヤンデレ化していきます。
ディーンは裏の攻略対象者ですから、攻略成功してもヤンデレでメリバの結果にしかなりませんが、ロニーの攻略に失敗し、ディーンの方も失敗するとゲームで一番悲惨なバッドエンドを迎えることになります。
「夢中になってくれますか」
「あなたが私をそうするのよ。私が欲しいならあなたは私を愛し私から愛される努力をし続けるの」
「努力します。一生、そしたら私を愛してくれますか」
ぎゅうぎゅうと私にしがみつき願うディーンは、なんだか可愛いけれど重いです。
ですが、思われるのは単純に嬉しいものです。
「ディーン、覚えておいて。あなたを喜ばせるのも泣かせるのも幸せにするのも、この私よ」
返事の代わりにそう言えば、ディーンは更に抱きしめる力を強めたのです。
お義母様抜きの三人でお通夜のような夕餉を済ませた後、私は自室で手紙を書いていているとディーンがやって来ました。
この世界に通夜という概念はありませんが、他に思い浮かばない程気不味い時間でした。
「勿論いいわ、中にどうぞ。でもその格好、あなた別館に戻ったのでは無かったの? それともお義父様と何かお話していたのかしら?」
ディーンは夕餉に着ていた服のまま、着替えていませんでした。
すでに寝支度を始める様な時間に差し掛かっているのですから、くつろげる服に変えていてもおかしくないというのに彼は今まで何をしていたのでしょう。
「ええ少し父と話をしていて、まだ部屋には戻っていません」
「そうなの。タオお茶を」
「すぐ済むから必要ありませんよ」
「そう?」
「ただ、二人だけで話したい、駄目でしょうか」
「いいわ。あなた達は下がっていなさい。ディーン、どうぞ座って」
タオ達にそう言うと二人は部屋を出て行きましたが、ディーンは扉近くから動こうとしません。
「雨も降ってきたし別館に行くのは億劫ではない?」
仕方なく私から切り出すと、ディーンは俯いたまま首を横に振りました。
別館までの移動は馬車ですが、それでも雨の中の移動は面倒でしょう。
驚いたことにディーンの部屋は本館と呼ばれているこの屋敷の中には無く、お義母様を療養させる予定の離れとは別のディーンの亡くなった祖父母達が暮らしていたという別館にありました。
私はそこに入ったことはありません、離れの方が比較的本館に近く別館は敷地内の端の方にあるためです。
お義母様が幼いディーンを厭い虐げているのを知り、祖父母が自分達と暮らせるようにしたのが理由だと先程聞かされて、驚くやら呆れるやらでしたがその元凶はすでに離れに移されているのですから、ディーンも本館に部屋を移して良い筈です。
「そう? でも雨はかなり降っている様だけれど」
俯いたままのディーンの姿を見ているのが気不味く、私は彼に背を向けて窓辺に近づきました。
「ダニエラ」
「え?」
窓辺に立ち、ガラス越しに雨を眺めていた私は、背中に気配を感じ振り返ろうとした瞬間、抱きしめられて反射的に抵抗しようとしました。
「どうか、少しだけこのままでいさせて下さい」
「ディーン?」
「お願いだ、ほんの少しの間だけ」
どうしたの? そう尋ねようとしたものの、背中越しに聞こえたディーンの声は深く沈んでいる様に感じて口を閉じ様子を窺いました。
「嫌よ」
「……すまない」
「嫌なの、だから少しだけ力を緩めて」
謝りながら離れずにいるディーンの様子に、先程のお義母様の彼への暴言を思い出した私は、抱きしめる力を緩めたディーンの腕の中で体の向きを変えると、逞しい体を抱きしめました。
「ダニエラ?」
「初めてあなたが私に触れてくれるのだから、この方がいいわ。顔が見えないままなのは嫌」
「許してくれるの?」
「これ以上はまだ駄目よ。私は夫をちゃんと弔っていない未亡人で、あなたの義理の姉の立場ですからね」
「うん、ありがとう」
「辛い? それとも苦しい?」
仲が悪くても兄を失ったのですから、本当は悲しさを尋ねるべきなのでしょう。
でもディーンの感情はそれではない気がして、彼の顔を見上げて見当違いかもしれない言葉で尋ねました。
「辛いし苦しい。自分がいい年をしていながら愚かな子供で、馬鹿で」
「ディーン」
泣き出しそうな顔は、私よりも年上の癖に幼い子供のようで、私は胸が締め付けられるような思いがしました。
「兄が亡くなったからと、母に期待した訳ではない。そんな感情はとうの昔に消え去っていた。でも、未だに母の言動に振り回されてしまう。おかしいでしょう? 母が言う様に兄ではなく私が死ねばよかったのか? そうすればあの人は満足だったと?」
「いいえ、違うわ。あなたが死ねば良かったなんて、そんなことある筈がないわ」
やはりそうなのかと思いながら、私は広い背中を撫でました。
幼い子にするように、優しくポンポンと背中に手を当てながら私はディーンに微笑みました。
「子供はいつまでたっても親の前では子供のままよ。母親から心無い言葉を言われたら、傷付いて当たり前だわ」
「ダニエラ」
「私はディーンが死ねば良かったなんて思わないわ。ピーターが亡くなったのは不幸な出来事だけれど、だからと言ってあなたが死んで、ピーターが助かれば良かったなど思わないわ。そんなこと思う筈がないわ」
「ダニエラ、でも」
「ねえ、お義母様ではなく、私があなたに生きていて欲しいと思うのは嫌かしら?」
「嫌なんて思わない。あなたに望まれるなら本望だ」
くしゃりと、今にも泣き出しそうな顔でそれでも私に笑いかけるディーンは、ピーターとは似ていません。
ディーンはお義母様が嫌いな母方の祖母に顔が似ていた為、お義母様から疎まれていたそうですが、私はその人を知りません。
強いて言うならディーンの顔は、お義父様に口元が似ている気がします。
でも、目元はお義母様の方に似ています。
そう、私の目から見ればディーンの顔はお義父様、お義母様二人に似た顔なのです。
「悲しいなら泣いていいのよ。でも私以外の女の前では駄目よ」
自分の子を、自分に似た顔を厭っていたお義母様の気持ちはよくわかりません。
家柄に対するコンプレックスを拗らせたのでしょうが、そうだとしても子を蔑ろにしていい理由にはなりません。
「私を妻にするなら誓って」
「誓います。他の誰の前でも涙は見せない。生涯あなただけだ」
驚いた顔をした後でディーンはそう誓うと、自分の頬を私の額に擦り寄せました。
「愛してます。あなたにはその感情は無いと知っていますが、どうか私があなたを愛する事を許してください。私の手を拒まないで」
これはゲームの時に、ディーンがヒロインに告白する時の台詞です。
なぜこれが今出てくるのか分かりませんが、私に向けて用意されたものではない言葉で告白など、ディーンに罪はなくても認めたくありません。
「許さないわ」
「え」
「そんな自信のない告白など、私に言わないで。あなたは私を愛し守ると誓って求婚してくれたのに、その愛はそんなに自信のないものなの。ねえ、あなたのあの誓いはそんなに軽く自信がないものなの?」
「違うっ、私は本気で」
「なら言いなさい。私をずっと愛し続けると、私を生涯夢中にさせ続けてみせると。だから私も同じ愛を返せと」
愛される自信がないゲーム中のディーンは、主人公が本気でディーンを愛しても自分はロニーの代わりなのだと疑いヤンデレ化していきます。
ディーンは裏の攻略対象者ですから、攻略成功してもヤンデレでメリバの結果にしかなりませんが、ロニーの攻略に失敗し、ディーンの方も失敗するとゲームで一番悲惨なバッドエンドを迎えることになります。
「夢中になってくれますか」
「あなたが私をそうするのよ。私が欲しいならあなたは私を愛し私から愛される努力をし続けるの」
「努力します。一生、そしたら私を愛してくれますか」
ぎゅうぎゅうと私にしがみつき願うディーンは、なんだか可愛いけれど重いです。
ですが、思われるのは単純に嬉しいものです。
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2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
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