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夫の弔いと泣く子供2
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「これより、ネルツ侯爵家の霊廟に棺を運びます。皆様最後のお別れを」
「お待ちくださいませ大神官様、夫は事故で顔に怪我をしております。皆様にその顔を見られるのは辛いでしょう」
神官長の声に、私は慌てて立ち上がりました。
王都の屋敷の神殿にいる神官が棺を固定する魔法をかけていましたが、それより徳のある大神官がいる場合その魔法は簡単に解除出来るのを忘れていました。
蓋を開けられてしまえば、夫と共に棺の中に眠る彼女の姿を晒すことになってしまいます。
そうなれば、醜聞どころの騒ぎではありません。
この場にはネルツ侯爵家の縁者、領地に住む裕福な平民達や近隣の貴族達が大勢いるのです。
「お義父様、ピーターと最後のお別れをされたいお気持ちは分かりますが、どうか彼の、彼の……」
私は慌てて大神官の動きを止めると、お義父様に懇願しながら泣き崩れました。
「そうか息子の怪我はそんなに酷かったのか」
「……はい」
本当に怪我が酷かったのは彼女の方ですが、そんな話は勿論せずに彼の怪我が酷かったのだと涙を流しながら訴えました。
「そうか。息子の顔を見て最後の別れが出来ぬのは確かに辛いが、あれはその様な傷の姿を皆に見せたいとは思わぬだろうから、私達が我慢しなくてはならぬな」
お義父様にとってピーターは可愛い息子ではなく、自分の跡を継がせるだけの駒です。
ですから、この様に言えば引き下がるだろうと思っての発言ですがあまりにもあっさりとしすぎていて、本当に駒でしかなかったのだろうと思惑通りとはいえ失望してしまいました。
「侯爵、よろしいのですか?」
「ああ。かまなわい。別れなど心の中でも十分に出来ますからな。皆も納得してくれるでしょう」
尤もらしい言葉を並べたお義父様は、大神官の頷きを見るとちらりと私の背後を見ました。
ハンカチで目元を拭いながら、私は背筋に冷たいものが流れました。
私の背後、といっても少し離れていますがそこでスンスンと鼻を鳴らしている者がいるのです。
「ダニエラ」
「はい、お義父様」
「別れはいいのだな」
「……はい。私の我儘で夫の傷を晒したくはございません。大神官様、どうぞこのまま夫が天の園へ向かえる様にお送りくださいませ」
「畏まりました」
涙ながらの私の訴えを受け入れ、大神官は石棺に最後の送りの言葉を述べました。
「今ここに、ピーター・ネルツは神の御許へと向かう。一同シード神への祈りを、ピーター・ネルツの安らかな眠りの為に祈りなさい」
声に合わせ皆が立ち上がり、外へと運ばれていく石棺に向かい黙祷します。
足音すら聞こえない場で、たった一人の嗚咽だけが響いていました。
ピーター。
政略で結んだ縁はここで終わってしまったわ。
いいえ、あなたは縁を結んだ等一度も考えたことすら無かったのでしょうね。
あなたにとって妻は、一緒の棺に眠る彼女だけだった。
あなたにとって子供は、この場で一人泣いているあの子だけだった。
私が産むかもしれなかった子供は、あなたにとっては不要なものでしかなかった。
政略で、父の命令で、だから私は妥協して良い妻であろうとだけ心がけていた。
未来の侯爵夫人として生きることだけ、それだけが私のピーターの妻としての役割だと割り切っていた。
それでも淋しい気持ちは存在して、だからあなたに寄り添い生きようと、あなたを夫として思おうと思っていたけれど、あなたはそうじゃなかった。
私を害して、子供を拒んで、そうして何も本心を語らないまま私と離縁しようとしていた。
五年の月日はなんだったのでしょうね。
夫婦として共に生きてきたと思っていたのは、私だけだったのよね。
これからも夫婦として、いつかは子供を産んで親となるのだとそう馬鹿みたいに信じていたのは、私だけだったのよね。
あなたを思ってはいなかったけれど、これは裏切りでしかないのよ。
だから、私はあなたが亡くなっても悲しくない。
過去になったと笑って、あなたが見下していた弟を私の新たな夫にするのわ。
「さようなら、ピーター。神の園であなたの本当の妻と一緒に安らかに眠って。私はディーンと共に生きるわ。彼に愛されて私は幸せになるのよ」
誰にも聞こえない様に、そっと私は呟いて石棺を見送りました。
その微かな声を隣に立つディーンが聞いていたとは知らず、私は一粒だけ本物の涙を流したのです。
「お待ちくださいませ大神官様、夫は事故で顔に怪我をしております。皆様にその顔を見られるのは辛いでしょう」
神官長の声に、私は慌てて立ち上がりました。
王都の屋敷の神殿にいる神官が棺を固定する魔法をかけていましたが、それより徳のある大神官がいる場合その魔法は簡単に解除出来るのを忘れていました。
蓋を開けられてしまえば、夫と共に棺の中に眠る彼女の姿を晒すことになってしまいます。
そうなれば、醜聞どころの騒ぎではありません。
この場にはネルツ侯爵家の縁者、領地に住む裕福な平民達や近隣の貴族達が大勢いるのです。
「お義父様、ピーターと最後のお別れをされたいお気持ちは分かりますが、どうか彼の、彼の……」
私は慌てて大神官の動きを止めると、お義父様に懇願しながら泣き崩れました。
「そうか息子の怪我はそんなに酷かったのか」
「……はい」
本当に怪我が酷かったのは彼女の方ですが、そんな話は勿論せずに彼の怪我が酷かったのだと涙を流しながら訴えました。
「そうか。息子の顔を見て最後の別れが出来ぬのは確かに辛いが、あれはその様な傷の姿を皆に見せたいとは思わぬだろうから、私達が我慢しなくてはならぬな」
お義父様にとってピーターは可愛い息子ではなく、自分の跡を継がせるだけの駒です。
ですから、この様に言えば引き下がるだろうと思っての発言ですがあまりにもあっさりとしすぎていて、本当に駒でしかなかったのだろうと思惑通りとはいえ失望してしまいました。
「侯爵、よろしいのですか?」
「ああ。かまなわい。別れなど心の中でも十分に出来ますからな。皆も納得してくれるでしょう」
尤もらしい言葉を並べたお義父様は、大神官の頷きを見るとちらりと私の背後を見ました。
ハンカチで目元を拭いながら、私は背筋に冷たいものが流れました。
私の背後、といっても少し離れていますがそこでスンスンと鼻を鳴らしている者がいるのです。
「ダニエラ」
「はい、お義父様」
「別れはいいのだな」
「……はい。私の我儘で夫の傷を晒したくはございません。大神官様、どうぞこのまま夫が天の園へ向かえる様にお送りくださいませ」
「畏まりました」
涙ながらの私の訴えを受け入れ、大神官は石棺に最後の送りの言葉を述べました。
「今ここに、ピーター・ネルツは神の御許へと向かう。一同シード神への祈りを、ピーター・ネルツの安らかな眠りの為に祈りなさい」
声に合わせ皆が立ち上がり、外へと運ばれていく石棺に向かい黙祷します。
足音すら聞こえない場で、たった一人の嗚咽だけが響いていました。
ピーター。
政略で結んだ縁はここで終わってしまったわ。
いいえ、あなたは縁を結んだ等一度も考えたことすら無かったのでしょうね。
あなたにとって妻は、一緒の棺に眠る彼女だけだった。
あなたにとって子供は、この場で一人泣いているあの子だけだった。
私が産むかもしれなかった子供は、あなたにとっては不要なものでしかなかった。
政略で、父の命令で、だから私は妥協して良い妻であろうとだけ心がけていた。
未来の侯爵夫人として生きることだけ、それだけが私のピーターの妻としての役割だと割り切っていた。
それでも淋しい気持ちは存在して、だからあなたに寄り添い生きようと、あなたを夫として思おうと思っていたけれど、あなたはそうじゃなかった。
私を害して、子供を拒んで、そうして何も本心を語らないまま私と離縁しようとしていた。
五年の月日はなんだったのでしょうね。
夫婦として共に生きてきたと思っていたのは、私だけだったのよね。
これからも夫婦として、いつかは子供を産んで親となるのだとそう馬鹿みたいに信じていたのは、私だけだったのよね。
あなたを思ってはいなかったけれど、これは裏切りでしかないのよ。
だから、私はあなたが亡くなっても悲しくない。
過去になったと笑って、あなたが見下していた弟を私の新たな夫にするのわ。
「さようなら、ピーター。神の園であなたの本当の妻と一緒に安らかに眠って。私はディーンと共に生きるわ。彼に愛されて私は幸せになるのよ」
誰にも聞こえない様に、そっと私は呟いて石棺を見送りました。
その微かな声を隣に立つディーンが聞いていたとは知らず、私は一粒だけ本物の涙を流したのです。
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