67 / 310
番外編
それはまるで夢か幻6(ディーン視点)
しおりを挟む
「侯爵家の令息とはいえ、君は家を継げない次男でしかないだろう。そんな君がウィンストン様のお近くに侍る資格があると思っているのですか」
「家を継げない者がウィンストン様のお名前を呼ぶ等、図々しい行いだと思わないのか」
授業が終わった後、魔法科の教師に呼び出された私は人気の無い廊下を歩いていた。
教室がある棟と違い教員専用棟は普段生徒が出入り出来ない為、それに続く渡り廊下も閑散としている。
教師に呼ばれでもしない限り近寄る事がない場所だというのに、態々私を追いかけて来てこういった因縁をつけるのは時間の無駄ではないのだろうか。
疑問に思いながらも相手をするのは、彼らがニール様の取り巻きだからだ。
「ニール様がそう仰ったのか」
立場もわきまえずに図々しくニール様の側にいる、それが彼らの見当違いだとは言えない。
最近の私はニール様が気まぐれの様に教えて下さる妹殿の話の虜になっているし、それが無くてもニール様に声を掛けて頂けるだけで心が浮かれてしまう。
でも、決して分別を忘れてニール様のご気分を害する様な行いはしていない筈だ。
ただ、珍しい魔物素材が手に入ると、すぐさまニール様へ献上したくなるだけだ。
ニール様から初めて声を掛けて頂いてから、一年と少し時が過ぎた。
その間、成績優秀者として試験では二位の座を守りながら魔法陣の修行をし、妹殿の為守り石を作り続けた。
その次に、冒険者としての魔物狩り。
これは金を稼ぐよりも、ニール様への献上品を得る方に目的が移っている。
冒険者として依頼を受け自分の能力を上げるのは大切だけれど、それ以上に妹殿の身を守るに役立ちそうな物、お忙しいニール様の疲労を軽減出来そうな素材を得るのが私の最優先になっていた。
ギルマスにそういった情報は常に教えてもらえるよう頼んであるから、最近は作成した魔法陣の実験を兼ねて一人で大物を狩りに行っている。
先日は、魔物使役の魔法陣を使って大魔女郎蜘蛛の大魔糸を確保出来たから、それを大量に献上した。
大魔糸は艶が美しくその上とても丈夫だ、その糸で織った布で仕立てた服は暑さ寒さを軽減するしとても軽い。
今回の品は、献上ではなくお礼だった。
大魔女郎蜘蛛はとても良質な糸を出す蜘蛛だが、狩るのはとても難しい魔物だし出現場所が限られていて狩りたいからと言って気軽に狩れるものでは無かった。
私には魔物使役の能力は無い。
だが魔法陣を使い魔物を使役獣として契約出来れば、契約後は能力がなくとも使役獣に与える魔力だけがあればいいのではないか、そう考えた私は仮説のもと魔物使役の魔法陣を新たに作成し、試験休みに冒険者ギルドに魔物使役の能力がある冒険者を募り、魔法陣の実験がてら魔物狩りに出掛けた。
魔物との契約は、低位の魔物と行った方が成功率は高くなる。
魔物使役の能力を使わず、魔法陣を使い魔物を使役獣として契約出来るかという実験を試みたのだ。
魔法陣というのは、自分に無い能力でも魔法陣を使いその能力と同等のことが出来る様にするためのものだ。
だとすれば、魔物使役の能力が無くても、魔物使役の魔法陣を作れば魔物と契約出来るのではないかと私は仮説を立て魔法陣を発明した。
実験を重ねる内に仮説は正しいと分かり、使役獣の契約は虫型の魔物が一番成功率が高いと分かった。
新しい魔法陣について、私は論文を作成し王宮の魔法陣研究所に提出してみようと考えていた。
低位の魔物でも、契約出来るようになれば良いと考えていたけれど、実験が成功したら、当然欲が出て来る。
上級魔物まで使役出来れば、私の論文は完璧なものになる。その欲求に抗えず、私は上級の魔物を使役したくなっていた。
出来れば虫型魔物の上位である、大魔女郎蜘蛛を使役出来るようになりたい。
あれが使役出来るようになれば、きっと今よりもニール様のお役に立てる筈だ。
何せ大魔女郎雲を使役出来れば、魔物が作る糸の中で最高級品とされる大魔糸を、ニール様へいつでも献上出来る様になるのだから。
ニール様や妹殿が、私が献上した大魔糸で織った布で服を作り着て下さるかもしれない。
それを想像しただけで、私の心は喜びで満たされたが、それだけが魔物を使役する目的では無かった。
使役契約というものは、主と使役獣の間を信頼で繋ぐことだ。
上位の魔物は、人と同じ様な知能を持つとも言われているから、使役契約はとても難しいが、契約出来ればそれは魔物からの十分な信頼を得たということだ。
両親とも兄ともまともに関われないだけでなく、級友達にも気後れして上手く付き合うことが出来ない。ニール様がなぜか私に興味を持って接して下さるのが奇跡だとしか言えない様な、こんな情けない私にも、例え魔物とはいえもしかしたら信頼できる仲間になって貰えるかもしれない。
そうすれば、私の唯一の仲間として傍にいてくれるかもしれない。
そんな希望を捨てきれず、上位の魔物を使役したい気持ちは日々強くなっていった。
私が魔物使役の魔法陣についての仮説をニール様に話したところ、大魔女郎蜘蛛が出るいい場所があると教えて下さった。
それは王宮の森や、王家の森等と呼ばれる、王家の管理する場所で一般冒険者は入ることは出来ない所だった。
ニール様は、王宮魔法師団が付き添いがあれば好きなだけ王宮の森で実験を行っていいという、信じられない贈り物を下さった。
おまえには金銭よりもこちらの方が嬉しいだろう? おまえの研究が面白いと特別許可が下りたのだ。
王宮魔法師団か特殊兵以外は入れない場所に、条件付とはいえ入る事が出来る。
ニール様が私の為に動いて下さった。
私のようなものに、ニール様が力を貸してくださった。
それがどれだけ嬉しかったか、言葉では言い表せない。
私は今まで以上に魔法陣の修行にのめり込んだ。
そして、試験休みを全部使って王家の森を攻略した。
付き添って下さる魔法師団の方々は日によって異なるもののどなたも親切で、私の実験を見守って下さった。
過保護に手を貸すことは無く、森を歩く間は魔法や魔法陣について有意義な話までしてくれる。
ニール様が私に用意して下さった場と人は、私にとって最高のものだったから、王家の森で使役した数十体の大魔女郎蜘蛛から得た大魔糸を、そのお礼に献上するのは当然だった。
大魔女郎蜘蛛の長の様な存在の蜘蛛には、自分で大魔糸を使わず全部ニール様へ献上すると言ったら呆れられてしまったが、それでも主が自分の崇める人に献上したいと言うならいくらでも大魔糸を出してやると約束してくれた。
ニール様は大量の糸を見るなり、これだけ集めるのは大変だったろう。
怪我をしなくて良かった、魔法陣の腕を上げたなと褒めて下さった。
そしてご褒美としてニール様は、妹殿の話をして下さった。
あの子はね、可愛らしいものが好きなんだ。ドレスは淡い色のものでレースをたっぷりと使ったものを好む。
でもね、自分の顔立ちはキツイと思い込んでいるから、自分からはそういった物を選ばない。
無理をして大人びた品のある物を選ぼうとするんだよ、勿論それもよく似合うんだけれどね、だけど愛らしいドレスを選べる時期は僅かだろう?
だから、ディーンが集めたこの大魔糸を使って、愛らしいドレスを仕立てようと思う。
この糸は細いけれど丈夫だから、妹が好きなレースを編むにも適していると思う。
きっと素晴らしいドレスが出来るだろう、きっと妹は大喜びするだろうね。
お兄様、素敵なドレスをありがとう。そう言って私に抱きついてくるだろう。
そう思わない? ディーン。
私が集めた大魔糸を使ったドレスを妹殿が嬉しそうに身に着けて、ニール様が微笑みながら見つめる。
想像しただけで、私は幸せな気持ちになった。
私はただ、お礼として糸を献上しただけだというのに、ニール様はそんな私をこんなにも幸せな気持ちにして下さるのだ。
ドレスが出来上がるのはいつ頃になるだろう、その話をニール様は教えて下さるだろうか。
いや、お忙しいニール様にそんなことを願うのは申し訳ない。
私はニール様と妹殿が喜んで下さるだろう、それだけで十分満足なのだから。
「……話を聞いているのか?」
ニール様と妹殿への思いで胸がいっぱいになっていた私は、急に現実に引き戻された。
そうだ、こんな夢想している場合では無かった。
私が図々しいと思われているという話だった。
「遠慮せず言ってくれ、ニール様が私が邪魔だと、図々しいとそう仰ったのか」
抑えようとしても殺気が漏れていく。
ニール様は私が邪魔なのだと、本当に彼らに仰ったのだろうか。
私が図々しくて嫌だと、そう仰ったのだろうか。
私の行いを、ニール様が厭っている。
そう考えるだけで、体が冷えていく気がした。
ニール様が私を不要と切り捨てたいのなら、私はすぐにニール様の前から消える。
不要と思われていると知りながら、無様にニール様のお近くに居続けたりする程厚顔では無いつもりだ。
「ウィンストン様が仰らなくても迷惑だと分かるだろう」
「君は、それすら分からない愚か者なのか?」
私の殺気に怯えながら、それでも気丈に私に忠告する。
そうだろうか、私はほんの僅かでもニール様のお役に立てていると考えていた。
だが、私の様な者のこういった考えこそが恥知らずだと言うのだろうか。
ニール様は、私の存在を厭ってはいない。それは私の勘違いなのだろうか。
ニール様は、私を不要だと思われているのであれば、きっと遠慮なしにそう教えて下さる筈だ。
だから、大丈夫だ。
私はまだ、ニール様に見捨てられてはいない。
そう思うのに、心の奥底から不安が押し寄せてくる。
幼い頃の記憶が蘇って、私は駄目な人間だと責め立ててくる。
お前は人の心が分からない愚鈍だ、何をやらせても駄目な間抜けだ。
馬のように鞭打たれ躾されなければ自分が駄目だと言う事も理解できない、出来損ないだ。
幼い頃から、母や兄から繰り返し言われ続けた言葉が頭の中でぐるぐると渦を巻く。
治療する薬も勿体ないとそのままにされた、背中の傷がズキズキと痛み始める。
醜く残った傷跡、イバンに何度も鞭打たれその痛みに泣き出すと服を脱がされ治療だと砂を塗り込まれた。
助けてと泣き叫んでも、良い子になるからと謝り続けても許されることはなく、そんな私の姿が惨めで面白いと兄は私を嘲笑った。
あの時の事を、私は何度も何度も繰り返し夢に見る。
苦しくて悲しくて辛くて、祖父母が私への仕打ちに気付くまで私はこの世には辛く悲しいものしか存在しないのだと思っていた。
祖父母に救われても、私の意識は変わらなかった。
自分は駄目な出来損ないで、誰からも愛されない。
役に立てないどころか、存在すら迷惑でしか無い。
ずっとずっとそう思っていた。
「私は確かに愚か者だけれど」
何も出来ない愚かな子供、だから私は母に愛されない。
母の期待する者になれないから、私は母から愛されないのだとそう考えていた。
努力し続ければ、いつか母に優しい言葉を掛けて貰える日が来るかもしれない。
その希望だけで私は努力し続けた。
だけどどれだけ努力しても、そんな日は来なかった。
「ニール様がもし私をお厭いなら、あの方は遠慮などせずにそう仰る筈だ。それが無いのだから、図々しいと言われようが私は自分の行動を変えるつもりはない。それともニール様はご自分の考えもまともに口に出来ない方だと侮辱したいのか」
ニール様が声を掛けて下さったあの日、私は生まれて初めて誰かに自分という存在を認めてもらえた気がした。
雲の上にいらっしゃる様な存在のニール様に、認めて貰えた。
それだけで私はこれから先生きていてもいいのだと、許された様に思えた。
ニール様の名前を呼んでいいと言われ、私の名を呼んでくださった。
おまえは面白いと言って下さった。
私が妹殿を、大切な存在と思うことを許して下さった。
ニール様を信じている。
見限られたとは思いたくないという気持ちは強い、見捨てられたくないという思いはもっと強い。
見捨てられたくない。
どうか、見捨てないで欲しい。
もしその日が来たとしても、ニール様は他人の口からでは無く自分で私にお前などいらない。そう告げて下さるだろう。
「何を言う、私達が侮辱するなど有り得ない。ウィンストン様はこの国の太陽となられてもおかしくない、尊い存在であらせられるのだっ。それを侮辱などっ」
国の太陽とは、国王陛下の事だ。
ニール様は確かに王弟殿下を父に持つ方だし、ニール様ご自身が王になられるだけの才能を持っていらっしゃると思う。
あの方は、聡明で冷静で平等で、時に冷酷だ。
私にとって、ニール様は国王陛下よりも尊い存在、いつの間にかそうなっていた。
唯一私を認めて下さった人。
愚かだと母に笑われ、蔑まれ続けていた私を面白いと言って、私の存在を許して下さった人。
私はニール様を信じる。
「ならばニール様の気持ちを勝手に語るな。私はニール様自身が私を不要と仰らない限り、ニール様を信じる」
そう宣言し、私は彼らを置いて教師用の棟へ足を進めたのだった。
※※※※※※※※※※
ディーン、ニールにのめり込み過ぎ(^_^;)
完全に依存してますね。
ディーンに声を掛けてきた取り巻き達は、ニールを崇拝しまくってます。
「家を継げない者がウィンストン様のお名前を呼ぶ等、図々しい行いだと思わないのか」
授業が終わった後、魔法科の教師に呼び出された私は人気の無い廊下を歩いていた。
教室がある棟と違い教員専用棟は普段生徒が出入り出来ない為、それに続く渡り廊下も閑散としている。
教師に呼ばれでもしない限り近寄る事がない場所だというのに、態々私を追いかけて来てこういった因縁をつけるのは時間の無駄ではないのだろうか。
疑問に思いながらも相手をするのは、彼らがニール様の取り巻きだからだ。
「ニール様がそう仰ったのか」
立場もわきまえずに図々しくニール様の側にいる、それが彼らの見当違いだとは言えない。
最近の私はニール様が気まぐれの様に教えて下さる妹殿の話の虜になっているし、それが無くてもニール様に声を掛けて頂けるだけで心が浮かれてしまう。
でも、決して分別を忘れてニール様のご気分を害する様な行いはしていない筈だ。
ただ、珍しい魔物素材が手に入ると、すぐさまニール様へ献上したくなるだけだ。
ニール様から初めて声を掛けて頂いてから、一年と少し時が過ぎた。
その間、成績優秀者として試験では二位の座を守りながら魔法陣の修行をし、妹殿の為守り石を作り続けた。
その次に、冒険者としての魔物狩り。
これは金を稼ぐよりも、ニール様への献上品を得る方に目的が移っている。
冒険者として依頼を受け自分の能力を上げるのは大切だけれど、それ以上に妹殿の身を守るに役立ちそうな物、お忙しいニール様の疲労を軽減出来そうな素材を得るのが私の最優先になっていた。
ギルマスにそういった情報は常に教えてもらえるよう頼んであるから、最近は作成した魔法陣の実験を兼ねて一人で大物を狩りに行っている。
先日は、魔物使役の魔法陣を使って大魔女郎蜘蛛の大魔糸を確保出来たから、それを大量に献上した。
大魔糸は艶が美しくその上とても丈夫だ、その糸で織った布で仕立てた服は暑さ寒さを軽減するしとても軽い。
今回の品は、献上ではなくお礼だった。
大魔女郎蜘蛛はとても良質な糸を出す蜘蛛だが、狩るのはとても難しい魔物だし出現場所が限られていて狩りたいからと言って気軽に狩れるものでは無かった。
私には魔物使役の能力は無い。
だが魔法陣を使い魔物を使役獣として契約出来れば、契約後は能力がなくとも使役獣に与える魔力だけがあればいいのではないか、そう考えた私は仮説のもと魔物使役の魔法陣を新たに作成し、試験休みに冒険者ギルドに魔物使役の能力がある冒険者を募り、魔法陣の実験がてら魔物狩りに出掛けた。
魔物との契約は、低位の魔物と行った方が成功率は高くなる。
魔物使役の能力を使わず、魔法陣を使い魔物を使役獣として契約出来るかという実験を試みたのだ。
魔法陣というのは、自分に無い能力でも魔法陣を使いその能力と同等のことが出来る様にするためのものだ。
だとすれば、魔物使役の能力が無くても、魔物使役の魔法陣を作れば魔物と契約出来るのではないかと私は仮説を立て魔法陣を発明した。
実験を重ねる内に仮説は正しいと分かり、使役獣の契約は虫型の魔物が一番成功率が高いと分かった。
新しい魔法陣について、私は論文を作成し王宮の魔法陣研究所に提出してみようと考えていた。
低位の魔物でも、契約出来るようになれば良いと考えていたけれど、実験が成功したら、当然欲が出て来る。
上級魔物まで使役出来れば、私の論文は完璧なものになる。その欲求に抗えず、私は上級の魔物を使役したくなっていた。
出来れば虫型魔物の上位である、大魔女郎蜘蛛を使役出来るようになりたい。
あれが使役出来るようになれば、きっと今よりもニール様のお役に立てる筈だ。
何せ大魔女郎雲を使役出来れば、魔物が作る糸の中で最高級品とされる大魔糸を、ニール様へいつでも献上出来る様になるのだから。
ニール様や妹殿が、私が献上した大魔糸で織った布で服を作り着て下さるかもしれない。
それを想像しただけで、私の心は喜びで満たされたが、それだけが魔物を使役する目的では無かった。
使役契約というものは、主と使役獣の間を信頼で繋ぐことだ。
上位の魔物は、人と同じ様な知能を持つとも言われているから、使役契約はとても難しいが、契約出来ればそれは魔物からの十分な信頼を得たということだ。
両親とも兄ともまともに関われないだけでなく、級友達にも気後れして上手く付き合うことが出来ない。ニール様がなぜか私に興味を持って接して下さるのが奇跡だとしか言えない様な、こんな情けない私にも、例え魔物とはいえもしかしたら信頼できる仲間になって貰えるかもしれない。
そうすれば、私の唯一の仲間として傍にいてくれるかもしれない。
そんな希望を捨てきれず、上位の魔物を使役したい気持ちは日々強くなっていった。
私が魔物使役の魔法陣についての仮説をニール様に話したところ、大魔女郎蜘蛛が出るいい場所があると教えて下さった。
それは王宮の森や、王家の森等と呼ばれる、王家の管理する場所で一般冒険者は入ることは出来ない所だった。
ニール様は、王宮魔法師団が付き添いがあれば好きなだけ王宮の森で実験を行っていいという、信じられない贈り物を下さった。
おまえには金銭よりもこちらの方が嬉しいだろう? おまえの研究が面白いと特別許可が下りたのだ。
王宮魔法師団か特殊兵以外は入れない場所に、条件付とはいえ入る事が出来る。
ニール様が私の為に動いて下さった。
私のようなものに、ニール様が力を貸してくださった。
それがどれだけ嬉しかったか、言葉では言い表せない。
私は今まで以上に魔法陣の修行にのめり込んだ。
そして、試験休みを全部使って王家の森を攻略した。
付き添って下さる魔法師団の方々は日によって異なるもののどなたも親切で、私の実験を見守って下さった。
過保護に手を貸すことは無く、森を歩く間は魔法や魔法陣について有意義な話までしてくれる。
ニール様が私に用意して下さった場と人は、私にとって最高のものだったから、王家の森で使役した数十体の大魔女郎蜘蛛から得た大魔糸を、そのお礼に献上するのは当然だった。
大魔女郎蜘蛛の長の様な存在の蜘蛛には、自分で大魔糸を使わず全部ニール様へ献上すると言ったら呆れられてしまったが、それでも主が自分の崇める人に献上したいと言うならいくらでも大魔糸を出してやると約束してくれた。
ニール様は大量の糸を見るなり、これだけ集めるのは大変だったろう。
怪我をしなくて良かった、魔法陣の腕を上げたなと褒めて下さった。
そしてご褒美としてニール様は、妹殿の話をして下さった。
あの子はね、可愛らしいものが好きなんだ。ドレスは淡い色のものでレースをたっぷりと使ったものを好む。
でもね、自分の顔立ちはキツイと思い込んでいるから、自分からはそういった物を選ばない。
無理をして大人びた品のある物を選ぼうとするんだよ、勿論それもよく似合うんだけれどね、だけど愛らしいドレスを選べる時期は僅かだろう?
だから、ディーンが集めたこの大魔糸を使って、愛らしいドレスを仕立てようと思う。
この糸は細いけれど丈夫だから、妹が好きなレースを編むにも適していると思う。
きっと素晴らしいドレスが出来るだろう、きっと妹は大喜びするだろうね。
お兄様、素敵なドレスをありがとう。そう言って私に抱きついてくるだろう。
そう思わない? ディーン。
私が集めた大魔糸を使ったドレスを妹殿が嬉しそうに身に着けて、ニール様が微笑みながら見つめる。
想像しただけで、私は幸せな気持ちになった。
私はただ、お礼として糸を献上しただけだというのに、ニール様はそんな私をこんなにも幸せな気持ちにして下さるのだ。
ドレスが出来上がるのはいつ頃になるだろう、その話をニール様は教えて下さるだろうか。
いや、お忙しいニール様にそんなことを願うのは申し訳ない。
私はニール様と妹殿が喜んで下さるだろう、それだけで十分満足なのだから。
「……話を聞いているのか?」
ニール様と妹殿への思いで胸がいっぱいになっていた私は、急に現実に引き戻された。
そうだ、こんな夢想している場合では無かった。
私が図々しいと思われているという話だった。
「遠慮せず言ってくれ、ニール様が私が邪魔だと、図々しいとそう仰ったのか」
抑えようとしても殺気が漏れていく。
ニール様は私が邪魔なのだと、本当に彼らに仰ったのだろうか。
私が図々しくて嫌だと、そう仰ったのだろうか。
私の行いを、ニール様が厭っている。
そう考えるだけで、体が冷えていく気がした。
ニール様が私を不要と切り捨てたいのなら、私はすぐにニール様の前から消える。
不要と思われていると知りながら、無様にニール様のお近くに居続けたりする程厚顔では無いつもりだ。
「ウィンストン様が仰らなくても迷惑だと分かるだろう」
「君は、それすら分からない愚か者なのか?」
私の殺気に怯えながら、それでも気丈に私に忠告する。
そうだろうか、私はほんの僅かでもニール様のお役に立てていると考えていた。
だが、私の様な者のこういった考えこそが恥知らずだと言うのだろうか。
ニール様は、私の存在を厭ってはいない。それは私の勘違いなのだろうか。
ニール様は、私を不要だと思われているのであれば、きっと遠慮なしにそう教えて下さる筈だ。
だから、大丈夫だ。
私はまだ、ニール様に見捨てられてはいない。
そう思うのに、心の奥底から不安が押し寄せてくる。
幼い頃の記憶が蘇って、私は駄目な人間だと責め立ててくる。
お前は人の心が分からない愚鈍だ、何をやらせても駄目な間抜けだ。
馬のように鞭打たれ躾されなければ自分が駄目だと言う事も理解できない、出来損ないだ。
幼い頃から、母や兄から繰り返し言われ続けた言葉が頭の中でぐるぐると渦を巻く。
治療する薬も勿体ないとそのままにされた、背中の傷がズキズキと痛み始める。
醜く残った傷跡、イバンに何度も鞭打たれその痛みに泣き出すと服を脱がされ治療だと砂を塗り込まれた。
助けてと泣き叫んでも、良い子になるからと謝り続けても許されることはなく、そんな私の姿が惨めで面白いと兄は私を嘲笑った。
あの時の事を、私は何度も何度も繰り返し夢に見る。
苦しくて悲しくて辛くて、祖父母が私への仕打ちに気付くまで私はこの世には辛く悲しいものしか存在しないのだと思っていた。
祖父母に救われても、私の意識は変わらなかった。
自分は駄目な出来損ないで、誰からも愛されない。
役に立てないどころか、存在すら迷惑でしか無い。
ずっとずっとそう思っていた。
「私は確かに愚か者だけれど」
何も出来ない愚かな子供、だから私は母に愛されない。
母の期待する者になれないから、私は母から愛されないのだとそう考えていた。
努力し続ければ、いつか母に優しい言葉を掛けて貰える日が来るかもしれない。
その希望だけで私は努力し続けた。
だけどどれだけ努力しても、そんな日は来なかった。
「ニール様がもし私をお厭いなら、あの方は遠慮などせずにそう仰る筈だ。それが無いのだから、図々しいと言われようが私は自分の行動を変えるつもりはない。それともニール様はご自分の考えもまともに口に出来ない方だと侮辱したいのか」
ニール様が声を掛けて下さったあの日、私は生まれて初めて誰かに自分という存在を認めてもらえた気がした。
雲の上にいらっしゃる様な存在のニール様に、認めて貰えた。
それだけで私はこれから先生きていてもいいのだと、許された様に思えた。
ニール様の名前を呼んでいいと言われ、私の名を呼んでくださった。
おまえは面白いと言って下さった。
私が妹殿を、大切な存在と思うことを許して下さった。
ニール様を信じている。
見限られたとは思いたくないという気持ちは強い、見捨てられたくないという思いはもっと強い。
見捨てられたくない。
どうか、見捨てないで欲しい。
もしその日が来たとしても、ニール様は他人の口からでは無く自分で私にお前などいらない。そう告げて下さるだろう。
「何を言う、私達が侮辱するなど有り得ない。ウィンストン様はこの国の太陽となられてもおかしくない、尊い存在であらせられるのだっ。それを侮辱などっ」
国の太陽とは、国王陛下の事だ。
ニール様は確かに王弟殿下を父に持つ方だし、ニール様ご自身が王になられるだけの才能を持っていらっしゃると思う。
あの方は、聡明で冷静で平等で、時に冷酷だ。
私にとって、ニール様は国王陛下よりも尊い存在、いつの間にかそうなっていた。
唯一私を認めて下さった人。
愚かだと母に笑われ、蔑まれ続けていた私を面白いと言って、私の存在を許して下さった人。
私はニール様を信じる。
「ならばニール様の気持ちを勝手に語るな。私はニール様自身が私を不要と仰らない限り、ニール様を信じる」
そう宣言し、私は彼らを置いて教師用の棟へ足を進めたのだった。
※※※※※※※※※※
ディーン、ニールにのめり込み過ぎ(^_^;)
完全に依存してますね。
ディーンに声を掛けてきた取り巻き達は、ニールを崇拝しまくってます。
104
あなたにおすすめの小説
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
転生したので前世の大切な人に会いに行きます!
本見りん
恋愛
魔法大国と呼ばれるレーベン王国。
家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。
……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。
自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。
……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。
『小説家になろう』様にも投稿しています。
『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』
でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。
魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。
iBuKi
恋愛
サフィリーン・ル・オルペウスである私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた既定路線。
クロード・レイ・インフェリア、大国インフェリア皇国の第一皇子といずれ婚約が結ばれること。
皇妃で将来の皇后でなんて、めっちゃくちゃ荷が重い。
こういう幼い頃に結ばれた物語にありがちなトラブル……ありそう。
私のこと気に入らないとか……ありそう?
ところが、完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど――
絆されていたのに。
ミイラ取りはミイラなの? 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。
――魅了魔法ですか…。
国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね?
いろいろ探ってましたけど、どうなったのでしょう。
――考えることに、何だか疲れちゃったサフィリーン。
第一皇子とその方が相思相愛なら、魅了でも何でもいいんじゃないんですか?
サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。
✂----------------------------
不定期更新です。
他サイトさまでも投稿しています。
10/09 あらすじを書き直し、付け足し?しました。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
【完結】あなたの『番』は埋葬されました。
月白ヤトヒコ
恋愛
道を歩いていたら、いきなり見知らぬ男にぐいっと強く腕を掴まれました。
「ああ、漸く見付けた。愛しい俺の番」
なにやら、どこぞの物語のようなことをのたまっています。正気で言っているのでしょうか?
「はあ? 勘違いではありませんか? 気のせいとか」
そうでなければ――――
「違うっ!? 俺が番を間違うワケがない! 君から漂って来るいい匂いがその証拠だっ!」
男は、わたしの言葉を強く否定します。
「匂い、ですか……それこそ、勘違いでは? ほら、誰かからの移り香という可能性もあります」
否定はしたのですが、男はわたしのことを『番』だと言って聞きません。
「番という素晴らしい存在を感知できない憐れな種族。しかし、俺の番となったからには、そのような憐れさとは無縁だ。これから、たっぷり愛し合おう」
「お断りします」
この男の愛など、わたしは必要としていません。
そう断っても、彼は聞いてくれません。
だから――――実験を、してみることにしました。
一月後。もう一度彼と会うと、彼はわたしのことを『番』だとは認識していないようでした。
「貴様っ、俺の番であることを偽っていたのかっ!?」
そう怒声を上げる彼へ、わたしは告げました。
「あなたの『番』は埋葬されました」、と。
設定はふわっと。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
転生皇女はフライパンで生き延びる
渡里あずま
恋愛
平民の母から生まれた皇女・クララベル。
使用人として生きてきた彼女だったが、蛮族との戦に勝利した辺境伯・ウィラードに下賜されることになった。
……だが、クララベルは五歳の時に思い出していた。
自分は家族に恵まれずに死んだ日本人で、ここはウィラードを主人公にした小説の世界だと。
そして自分は、父である皇帝の差し金でウィラードの弱みを握る為に殺され、小説冒頭で死体として登場するのだと。
「大丈夫。何回も、シミュレーションしてきたわ……絶対に、生き残る。そして本当に、辺境伯に嫁ぐわよ!」
※※※
死にかけて、辛い前世と殺されることを思い出した主人公が、生き延びて幸せになろうとする話。
※重複投稿作品※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる