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番外編
それはまるで夢か幻6(ディーン視点)
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「侯爵家の令息とはいえ、君は家を継げない次男でしかないだろう。そんな君がウィンストン様のお近くに侍る資格があると思っているのですか」
「家を継げない者がウィンストン様のお名前を呼ぶ等、図々しい行いだと思わないのか」
授業が終わった後、魔法科の教師に呼び出された私は人気の無い廊下を歩いていた。
教室がある棟と違い教員専用棟は普段生徒が出入り出来ない為、それに続く渡り廊下も閑散としている。
教師に呼ばれでもしない限り近寄る事がない場所だというのに、態々私を追いかけて来てこういった因縁をつけるのは時間の無駄ではないのだろうか。
疑問に思いながらも相手をするのは、彼らがニール様の取り巻きだからだ。
「ニール様がそう仰ったのか」
立場もわきまえずに図々しくニール様の側にいる、それが彼らの見当違いだとは言えない。
最近の私はニール様が気まぐれの様に教えて下さる妹殿の話の虜になっているし、それが無くてもニール様に声を掛けて頂けるだけで心が浮かれてしまう。
でも、決して分別を忘れてニール様のご気分を害する様な行いはしていない筈だ。
ただ、珍しい魔物素材が手に入ると、すぐさまニール様へ献上したくなるだけだ。
ニール様から初めて声を掛けて頂いてから、一年と少し時が過ぎた。
その間、成績優秀者として試験では二位の座を守りながら魔法陣の修行をし、妹殿の為守り石を作り続けた。
その次に、冒険者としての魔物狩り。
これは金を稼ぐよりも、ニール様への献上品を得る方に目的が移っている。
冒険者として依頼を受け自分の能力を上げるのは大切だけれど、それ以上に妹殿の身を守るに役立ちそうな物、お忙しいニール様の疲労を軽減出来そうな素材を得るのが私の最優先になっていた。
ギルマスにそういった情報は常に教えてもらえるよう頼んであるから、最近は作成した魔法陣の実験を兼ねて一人で大物を狩りに行っている。
先日は、魔物使役の魔法陣を使って大魔女郎蜘蛛の大魔糸を確保出来たから、それを大量に献上した。
大魔糸は艶が美しくその上とても丈夫だ、その糸で織った布で仕立てた服は暑さ寒さを軽減するしとても軽い。
今回の品は、献上ではなくお礼だった。
大魔女郎蜘蛛はとても良質な糸を出す蜘蛛だが、狩るのはとても難しい魔物だし出現場所が限られていて狩りたいからと言って気軽に狩れるものでは無かった。
私には魔物使役の能力は無い。
だが魔法陣を使い魔物を使役獣として契約出来れば、契約後は能力がなくとも使役獣に与える魔力だけがあればいいのではないか、そう考えた私は仮説のもと魔物使役の魔法陣を新たに作成し、試験休みに冒険者ギルドに魔物使役の能力がある冒険者を募り、魔法陣の実験がてら魔物狩りに出掛けた。
魔物との契約は、低位の魔物と行った方が成功率は高くなる。
魔物使役の能力を使わず、魔法陣を使い魔物を使役獣として契約出来るかという実験を試みたのだ。
魔法陣というのは、自分に無い能力でも魔法陣を使いその能力と同等のことが出来る様にするためのものだ。
だとすれば、魔物使役の能力が無くても、魔物使役の魔法陣を作れば魔物と契約出来るのではないかと私は仮説を立て魔法陣を発明した。
実験を重ねる内に仮説は正しいと分かり、使役獣の契約は虫型の魔物が一番成功率が高いと分かった。
新しい魔法陣について、私は論文を作成し王宮の魔法陣研究所に提出してみようと考えていた。
低位の魔物でも、契約出来るようになれば良いと考えていたけれど、実験が成功したら、当然欲が出て来る。
上級魔物まで使役出来れば、私の論文は完璧なものになる。その欲求に抗えず、私は上級の魔物を使役したくなっていた。
出来れば虫型魔物の上位である、大魔女郎蜘蛛を使役出来るようになりたい。
あれが使役出来るようになれば、きっと今よりもニール様のお役に立てる筈だ。
何せ大魔女郎雲を使役出来れば、魔物が作る糸の中で最高級品とされる大魔糸を、ニール様へいつでも献上出来る様になるのだから。
ニール様や妹殿が、私が献上した大魔糸で織った布で服を作り着て下さるかもしれない。
それを想像しただけで、私の心は喜びで満たされたが、それだけが魔物を使役する目的では無かった。
使役契約というものは、主と使役獣の間を信頼で繋ぐことだ。
上位の魔物は、人と同じ様な知能を持つとも言われているから、使役契約はとても難しいが、契約出来ればそれは魔物からの十分な信頼を得たということだ。
両親とも兄ともまともに関われないだけでなく、級友達にも気後れして上手く付き合うことが出来ない。ニール様がなぜか私に興味を持って接して下さるのが奇跡だとしか言えない様な、こんな情けない私にも、例え魔物とはいえもしかしたら信頼できる仲間になって貰えるかもしれない。
そうすれば、私の唯一の仲間として傍にいてくれるかもしれない。
そんな希望を捨てきれず、上位の魔物を使役したい気持ちは日々強くなっていった。
私が魔物使役の魔法陣についての仮説をニール様に話したところ、大魔女郎蜘蛛が出るいい場所があると教えて下さった。
それは王宮の森や、王家の森等と呼ばれる、王家の管理する場所で一般冒険者は入ることは出来ない所だった。
ニール様は、王宮魔法師団が付き添いがあれば好きなだけ王宮の森で実験を行っていいという、信じられない贈り物を下さった。
おまえには金銭よりもこちらの方が嬉しいだろう? おまえの研究が面白いと特別許可が下りたのだ。
王宮魔法師団か特殊兵以外は入れない場所に、条件付とはいえ入る事が出来る。
ニール様が私の為に動いて下さった。
私のようなものに、ニール様が力を貸してくださった。
それがどれだけ嬉しかったか、言葉では言い表せない。
私は今まで以上に魔法陣の修行にのめり込んだ。
そして、試験休みを全部使って王家の森を攻略した。
付き添って下さる魔法師団の方々は日によって異なるもののどなたも親切で、私の実験を見守って下さった。
過保護に手を貸すことは無く、森を歩く間は魔法や魔法陣について有意義な話までしてくれる。
ニール様が私に用意して下さった場と人は、私にとって最高のものだったから、王家の森で使役した数十体の大魔女郎蜘蛛から得た大魔糸を、そのお礼に献上するのは当然だった。
大魔女郎蜘蛛の長の様な存在の蜘蛛には、自分で大魔糸を使わず全部ニール様へ献上すると言ったら呆れられてしまったが、それでも主が自分の崇める人に献上したいと言うならいくらでも大魔糸を出してやると約束してくれた。
ニール様は大量の糸を見るなり、これだけ集めるのは大変だったろう。
怪我をしなくて良かった、魔法陣の腕を上げたなと褒めて下さった。
そしてご褒美としてニール様は、妹殿の話をして下さった。
あの子はね、可愛らしいものが好きなんだ。ドレスは淡い色のものでレースをたっぷりと使ったものを好む。
でもね、自分の顔立ちはキツイと思い込んでいるから、自分からはそういった物を選ばない。
無理をして大人びた品のある物を選ぼうとするんだよ、勿論それもよく似合うんだけれどね、だけど愛らしいドレスを選べる時期は僅かだろう?
だから、ディーンが集めたこの大魔糸を使って、愛らしいドレスを仕立てようと思う。
この糸は細いけれど丈夫だから、妹が好きなレースを編むにも適していると思う。
きっと素晴らしいドレスが出来るだろう、きっと妹は大喜びするだろうね。
お兄様、素敵なドレスをありがとう。そう言って私に抱きついてくるだろう。
そう思わない? ディーン。
私が集めた大魔糸を使ったドレスを妹殿が嬉しそうに身に着けて、ニール様が微笑みながら見つめる。
想像しただけで、私は幸せな気持ちになった。
私はただ、お礼として糸を献上しただけだというのに、ニール様はそんな私をこんなにも幸せな気持ちにして下さるのだ。
ドレスが出来上がるのはいつ頃になるだろう、その話をニール様は教えて下さるだろうか。
いや、お忙しいニール様にそんなことを願うのは申し訳ない。
私はニール様と妹殿が喜んで下さるだろう、それだけで十分満足なのだから。
「……話を聞いているのか?」
ニール様と妹殿への思いで胸がいっぱいになっていた私は、急に現実に引き戻された。
そうだ、こんな夢想している場合では無かった。
私が図々しいと思われているという話だった。
「遠慮せず言ってくれ、ニール様が私が邪魔だと、図々しいとそう仰ったのか」
抑えようとしても殺気が漏れていく。
ニール様は私が邪魔なのだと、本当に彼らに仰ったのだろうか。
私が図々しくて嫌だと、そう仰ったのだろうか。
私の行いを、ニール様が厭っている。
そう考えるだけで、体が冷えていく気がした。
ニール様が私を不要と切り捨てたいのなら、私はすぐにニール様の前から消える。
不要と思われていると知りながら、無様にニール様のお近くに居続けたりする程厚顔では無いつもりだ。
「ウィンストン様が仰らなくても迷惑だと分かるだろう」
「君は、それすら分からない愚か者なのか?」
私の殺気に怯えながら、それでも気丈に私に忠告する。
そうだろうか、私はほんの僅かでもニール様のお役に立てていると考えていた。
だが、私の様な者のこういった考えこそが恥知らずだと言うのだろうか。
ニール様は、私の存在を厭ってはいない。それは私の勘違いなのだろうか。
ニール様は、私を不要だと思われているのであれば、きっと遠慮なしにそう教えて下さる筈だ。
だから、大丈夫だ。
私はまだ、ニール様に見捨てられてはいない。
そう思うのに、心の奥底から不安が押し寄せてくる。
幼い頃の記憶が蘇って、私は駄目な人間だと責め立ててくる。
お前は人の心が分からない愚鈍だ、何をやらせても駄目な間抜けだ。
馬のように鞭打たれ躾されなければ自分が駄目だと言う事も理解できない、出来損ないだ。
幼い頃から、母や兄から繰り返し言われ続けた言葉が頭の中でぐるぐると渦を巻く。
治療する薬も勿体ないとそのままにされた、背中の傷がズキズキと痛み始める。
醜く残った傷跡、イバンに何度も鞭打たれその痛みに泣き出すと服を脱がされ治療だと砂を塗り込まれた。
助けてと泣き叫んでも、良い子になるからと謝り続けても許されることはなく、そんな私の姿が惨めで面白いと兄は私を嘲笑った。
あの時の事を、私は何度も何度も繰り返し夢に見る。
苦しくて悲しくて辛くて、祖父母が私への仕打ちに気付くまで私はこの世には辛く悲しいものしか存在しないのだと思っていた。
祖父母に救われても、私の意識は変わらなかった。
自分は駄目な出来損ないで、誰からも愛されない。
役に立てないどころか、存在すら迷惑でしか無い。
ずっとずっとそう思っていた。
「私は確かに愚か者だけれど」
何も出来ない愚かな子供、だから私は母に愛されない。
母の期待する者になれないから、私は母から愛されないのだとそう考えていた。
努力し続ければ、いつか母に優しい言葉を掛けて貰える日が来るかもしれない。
その希望だけで私は努力し続けた。
だけどどれだけ努力しても、そんな日は来なかった。
「ニール様がもし私をお厭いなら、あの方は遠慮などせずにそう仰る筈だ。それが無いのだから、図々しいと言われようが私は自分の行動を変えるつもりはない。それともニール様はご自分の考えもまともに口に出来ない方だと侮辱したいのか」
ニール様が声を掛けて下さったあの日、私は生まれて初めて誰かに自分という存在を認めてもらえた気がした。
雲の上にいらっしゃる様な存在のニール様に、認めて貰えた。
それだけで私はこれから先生きていてもいいのだと、許された様に思えた。
ニール様の名前を呼んでいいと言われ、私の名を呼んでくださった。
おまえは面白いと言って下さった。
私が妹殿を、大切な存在と思うことを許して下さった。
ニール様を信じている。
見限られたとは思いたくないという気持ちは強い、見捨てられたくないという思いはもっと強い。
見捨てられたくない。
どうか、見捨てないで欲しい。
もしその日が来たとしても、ニール様は他人の口からでは無く自分で私にお前などいらない。そう告げて下さるだろう。
「何を言う、私達が侮辱するなど有り得ない。ウィンストン様はこの国の太陽となられてもおかしくない、尊い存在であらせられるのだっ。それを侮辱などっ」
国の太陽とは、国王陛下の事だ。
ニール様は確かに王弟殿下を父に持つ方だし、ニール様ご自身が王になられるだけの才能を持っていらっしゃると思う。
あの方は、聡明で冷静で平等で、時に冷酷だ。
私にとって、ニール様は国王陛下よりも尊い存在、いつの間にかそうなっていた。
唯一私を認めて下さった人。
愚かだと母に笑われ、蔑まれ続けていた私を面白いと言って、私の存在を許して下さった人。
私はニール様を信じる。
「ならばニール様の気持ちを勝手に語るな。私はニール様自身が私を不要と仰らない限り、ニール様を信じる」
そう宣言し、私は彼らを置いて教師用の棟へ足を進めたのだった。
※※※※※※※※※※
ディーン、ニールにのめり込み過ぎ(^_^;)
完全に依存してますね。
ディーンに声を掛けてきた取り巻き達は、ニールを崇拝しまくってます。
「家を継げない者がウィンストン様のお名前を呼ぶ等、図々しい行いだと思わないのか」
授業が終わった後、魔法科の教師に呼び出された私は人気の無い廊下を歩いていた。
教室がある棟と違い教員専用棟は普段生徒が出入り出来ない為、それに続く渡り廊下も閑散としている。
教師に呼ばれでもしない限り近寄る事がない場所だというのに、態々私を追いかけて来てこういった因縁をつけるのは時間の無駄ではないのだろうか。
疑問に思いながらも相手をするのは、彼らがニール様の取り巻きだからだ。
「ニール様がそう仰ったのか」
立場もわきまえずに図々しくニール様の側にいる、それが彼らの見当違いだとは言えない。
最近の私はニール様が気まぐれの様に教えて下さる妹殿の話の虜になっているし、それが無くてもニール様に声を掛けて頂けるだけで心が浮かれてしまう。
でも、決して分別を忘れてニール様のご気分を害する様な行いはしていない筈だ。
ただ、珍しい魔物素材が手に入ると、すぐさまニール様へ献上したくなるだけだ。
ニール様から初めて声を掛けて頂いてから、一年と少し時が過ぎた。
その間、成績優秀者として試験では二位の座を守りながら魔法陣の修行をし、妹殿の為守り石を作り続けた。
その次に、冒険者としての魔物狩り。
これは金を稼ぐよりも、ニール様への献上品を得る方に目的が移っている。
冒険者として依頼を受け自分の能力を上げるのは大切だけれど、それ以上に妹殿の身を守るに役立ちそうな物、お忙しいニール様の疲労を軽減出来そうな素材を得るのが私の最優先になっていた。
ギルマスにそういった情報は常に教えてもらえるよう頼んであるから、最近は作成した魔法陣の実験を兼ねて一人で大物を狩りに行っている。
先日は、魔物使役の魔法陣を使って大魔女郎蜘蛛の大魔糸を確保出来たから、それを大量に献上した。
大魔糸は艶が美しくその上とても丈夫だ、その糸で織った布で仕立てた服は暑さ寒さを軽減するしとても軽い。
今回の品は、献上ではなくお礼だった。
大魔女郎蜘蛛はとても良質な糸を出す蜘蛛だが、狩るのはとても難しい魔物だし出現場所が限られていて狩りたいからと言って気軽に狩れるものでは無かった。
私には魔物使役の能力は無い。
だが魔法陣を使い魔物を使役獣として契約出来れば、契約後は能力がなくとも使役獣に与える魔力だけがあればいいのではないか、そう考えた私は仮説のもと魔物使役の魔法陣を新たに作成し、試験休みに冒険者ギルドに魔物使役の能力がある冒険者を募り、魔法陣の実験がてら魔物狩りに出掛けた。
魔物との契約は、低位の魔物と行った方が成功率は高くなる。
魔物使役の能力を使わず、魔法陣を使い魔物を使役獣として契約出来るかという実験を試みたのだ。
魔法陣というのは、自分に無い能力でも魔法陣を使いその能力と同等のことが出来る様にするためのものだ。
だとすれば、魔物使役の能力が無くても、魔物使役の魔法陣を作れば魔物と契約出来るのではないかと私は仮説を立て魔法陣を発明した。
実験を重ねる内に仮説は正しいと分かり、使役獣の契約は虫型の魔物が一番成功率が高いと分かった。
新しい魔法陣について、私は論文を作成し王宮の魔法陣研究所に提出してみようと考えていた。
低位の魔物でも、契約出来るようになれば良いと考えていたけれど、実験が成功したら、当然欲が出て来る。
上級魔物まで使役出来れば、私の論文は完璧なものになる。その欲求に抗えず、私は上級の魔物を使役したくなっていた。
出来れば虫型魔物の上位である、大魔女郎蜘蛛を使役出来るようになりたい。
あれが使役出来るようになれば、きっと今よりもニール様のお役に立てる筈だ。
何せ大魔女郎雲を使役出来れば、魔物が作る糸の中で最高級品とされる大魔糸を、ニール様へいつでも献上出来る様になるのだから。
ニール様や妹殿が、私が献上した大魔糸で織った布で服を作り着て下さるかもしれない。
それを想像しただけで、私の心は喜びで満たされたが、それだけが魔物を使役する目的では無かった。
使役契約というものは、主と使役獣の間を信頼で繋ぐことだ。
上位の魔物は、人と同じ様な知能を持つとも言われているから、使役契約はとても難しいが、契約出来ればそれは魔物からの十分な信頼を得たということだ。
両親とも兄ともまともに関われないだけでなく、級友達にも気後れして上手く付き合うことが出来ない。ニール様がなぜか私に興味を持って接して下さるのが奇跡だとしか言えない様な、こんな情けない私にも、例え魔物とはいえもしかしたら信頼できる仲間になって貰えるかもしれない。
そうすれば、私の唯一の仲間として傍にいてくれるかもしれない。
そんな希望を捨てきれず、上位の魔物を使役したい気持ちは日々強くなっていった。
私が魔物使役の魔法陣についての仮説をニール様に話したところ、大魔女郎蜘蛛が出るいい場所があると教えて下さった。
それは王宮の森や、王家の森等と呼ばれる、王家の管理する場所で一般冒険者は入ることは出来ない所だった。
ニール様は、王宮魔法師団が付き添いがあれば好きなだけ王宮の森で実験を行っていいという、信じられない贈り物を下さった。
おまえには金銭よりもこちらの方が嬉しいだろう? おまえの研究が面白いと特別許可が下りたのだ。
王宮魔法師団か特殊兵以外は入れない場所に、条件付とはいえ入る事が出来る。
ニール様が私の為に動いて下さった。
私のようなものに、ニール様が力を貸してくださった。
それがどれだけ嬉しかったか、言葉では言い表せない。
私は今まで以上に魔法陣の修行にのめり込んだ。
そして、試験休みを全部使って王家の森を攻略した。
付き添って下さる魔法師団の方々は日によって異なるもののどなたも親切で、私の実験を見守って下さった。
過保護に手を貸すことは無く、森を歩く間は魔法や魔法陣について有意義な話までしてくれる。
ニール様が私に用意して下さった場と人は、私にとって最高のものだったから、王家の森で使役した数十体の大魔女郎蜘蛛から得た大魔糸を、そのお礼に献上するのは当然だった。
大魔女郎蜘蛛の長の様な存在の蜘蛛には、自分で大魔糸を使わず全部ニール様へ献上すると言ったら呆れられてしまったが、それでも主が自分の崇める人に献上したいと言うならいくらでも大魔糸を出してやると約束してくれた。
ニール様は大量の糸を見るなり、これだけ集めるのは大変だったろう。
怪我をしなくて良かった、魔法陣の腕を上げたなと褒めて下さった。
そしてご褒美としてニール様は、妹殿の話をして下さった。
あの子はね、可愛らしいものが好きなんだ。ドレスは淡い色のものでレースをたっぷりと使ったものを好む。
でもね、自分の顔立ちはキツイと思い込んでいるから、自分からはそういった物を選ばない。
無理をして大人びた品のある物を選ぼうとするんだよ、勿論それもよく似合うんだけれどね、だけど愛らしいドレスを選べる時期は僅かだろう?
だから、ディーンが集めたこの大魔糸を使って、愛らしいドレスを仕立てようと思う。
この糸は細いけれど丈夫だから、妹が好きなレースを編むにも適していると思う。
きっと素晴らしいドレスが出来るだろう、きっと妹は大喜びするだろうね。
お兄様、素敵なドレスをありがとう。そう言って私に抱きついてくるだろう。
そう思わない? ディーン。
私が集めた大魔糸を使ったドレスを妹殿が嬉しそうに身に着けて、ニール様が微笑みながら見つめる。
想像しただけで、私は幸せな気持ちになった。
私はただ、お礼として糸を献上しただけだというのに、ニール様はそんな私をこんなにも幸せな気持ちにして下さるのだ。
ドレスが出来上がるのはいつ頃になるだろう、その話をニール様は教えて下さるだろうか。
いや、お忙しいニール様にそんなことを願うのは申し訳ない。
私はニール様と妹殿が喜んで下さるだろう、それだけで十分満足なのだから。
「……話を聞いているのか?」
ニール様と妹殿への思いで胸がいっぱいになっていた私は、急に現実に引き戻された。
そうだ、こんな夢想している場合では無かった。
私が図々しいと思われているという話だった。
「遠慮せず言ってくれ、ニール様が私が邪魔だと、図々しいとそう仰ったのか」
抑えようとしても殺気が漏れていく。
ニール様は私が邪魔なのだと、本当に彼らに仰ったのだろうか。
私が図々しくて嫌だと、そう仰ったのだろうか。
私の行いを、ニール様が厭っている。
そう考えるだけで、体が冷えていく気がした。
ニール様が私を不要と切り捨てたいのなら、私はすぐにニール様の前から消える。
不要と思われていると知りながら、無様にニール様のお近くに居続けたりする程厚顔では無いつもりだ。
「ウィンストン様が仰らなくても迷惑だと分かるだろう」
「君は、それすら分からない愚か者なのか?」
私の殺気に怯えながら、それでも気丈に私に忠告する。
そうだろうか、私はほんの僅かでもニール様のお役に立てていると考えていた。
だが、私の様な者のこういった考えこそが恥知らずだと言うのだろうか。
ニール様は、私の存在を厭ってはいない。それは私の勘違いなのだろうか。
ニール様は、私を不要だと思われているのであれば、きっと遠慮なしにそう教えて下さる筈だ。
だから、大丈夫だ。
私はまだ、ニール様に見捨てられてはいない。
そう思うのに、心の奥底から不安が押し寄せてくる。
幼い頃の記憶が蘇って、私は駄目な人間だと責め立ててくる。
お前は人の心が分からない愚鈍だ、何をやらせても駄目な間抜けだ。
馬のように鞭打たれ躾されなければ自分が駄目だと言う事も理解できない、出来損ないだ。
幼い頃から、母や兄から繰り返し言われ続けた言葉が頭の中でぐるぐると渦を巻く。
治療する薬も勿体ないとそのままにされた、背中の傷がズキズキと痛み始める。
醜く残った傷跡、イバンに何度も鞭打たれその痛みに泣き出すと服を脱がされ治療だと砂を塗り込まれた。
助けてと泣き叫んでも、良い子になるからと謝り続けても許されることはなく、そんな私の姿が惨めで面白いと兄は私を嘲笑った。
あの時の事を、私は何度も何度も繰り返し夢に見る。
苦しくて悲しくて辛くて、祖父母が私への仕打ちに気付くまで私はこの世には辛く悲しいものしか存在しないのだと思っていた。
祖父母に救われても、私の意識は変わらなかった。
自分は駄目な出来損ないで、誰からも愛されない。
役に立てないどころか、存在すら迷惑でしか無い。
ずっとずっとそう思っていた。
「私は確かに愚か者だけれど」
何も出来ない愚かな子供、だから私は母に愛されない。
母の期待する者になれないから、私は母から愛されないのだとそう考えていた。
努力し続ければ、いつか母に優しい言葉を掛けて貰える日が来るかもしれない。
その希望だけで私は努力し続けた。
だけどどれだけ努力しても、そんな日は来なかった。
「ニール様がもし私をお厭いなら、あの方は遠慮などせずにそう仰る筈だ。それが無いのだから、図々しいと言われようが私は自分の行動を変えるつもりはない。それともニール様はご自分の考えもまともに口に出来ない方だと侮辱したいのか」
ニール様が声を掛けて下さったあの日、私は生まれて初めて誰かに自分という存在を認めてもらえた気がした。
雲の上にいらっしゃる様な存在のニール様に、認めて貰えた。
それだけで私はこれから先生きていてもいいのだと、許された様に思えた。
ニール様の名前を呼んでいいと言われ、私の名を呼んでくださった。
おまえは面白いと言って下さった。
私が妹殿を、大切な存在と思うことを許して下さった。
ニール様を信じている。
見限られたとは思いたくないという気持ちは強い、見捨てられたくないという思いはもっと強い。
見捨てられたくない。
どうか、見捨てないで欲しい。
もしその日が来たとしても、ニール様は他人の口からでは無く自分で私にお前などいらない。そう告げて下さるだろう。
「何を言う、私達が侮辱するなど有り得ない。ウィンストン様はこの国の太陽となられてもおかしくない、尊い存在であらせられるのだっ。それを侮辱などっ」
国の太陽とは、国王陛下の事だ。
ニール様は確かに王弟殿下を父に持つ方だし、ニール様ご自身が王になられるだけの才能を持っていらっしゃると思う。
あの方は、聡明で冷静で平等で、時に冷酷だ。
私にとって、ニール様は国王陛下よりも尊い存在、いつの間にかそうなっていた。
唯一私を認めて下さった人。
愚かだと母に笑われ、蔑まれ続けていた私を面白いと言って、私の存在を許して下さった人。
私はニール様を信じる。
「ならばニール様の気持ちを勝手に語るな。私はニール様自身が私を不要と仰らない限り、ニール様を信じる」
そう宣言し、私は彼らを置いて教師用の棟へ足を進めたのだった。
※※※※※※※※※※
ディーン、ニールにのめり込み過ぎ(^_^;)
完全に依存してますね。
ディーンに声を掛けてきた取り巻き達は、ニールを崇拝しまくってます。
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お姉様からは用が済んだからと捨てられます。
「あなたの手柄は全部私が貰ってきたから、今回の婚約も私のもの。当然の流れよね。だから謝罪するつもりはないわよ」
「平民になっても公爵婦人になる私からは何の援助もしないけど、立派に生きて頂戴ね」
ですが、これでようやく理不尽な家からも解放されて自由になれました。
唯一の味方になってくれた執事の助言と支援によって、隣国の公爵家へ向かうことになりました。
ここから私の人生が大きく変わっていきます。
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