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番外編
ほのぼの日常編2 くもさんはともだち9(蜘蛛視点)
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「まさか、断るさ。ネルツ家は今マチルディーダとアデライザの女の子が二人だけだ。婿入りなら考える余地もあるが、嫡男の妻になんて冗談じゃない」
主は不愉快そうにそう言い捨てながら、マチルディーダの頭を撫でる。
手つきは優しいというのに、顔が怖いぞ主。と思うが賢く蜘蛛は黙っている。
「ロニーは養子にしないのか」
「本人がマチルディーダと兄妹にはなりたくないと望んだのだから、今更止めると言っても俺は知らない」
「……そうか」
お義父様、お義母様とマチルディーダを授かった時に呼ぶ事を許していたし、女の子が生まれたら子供の出生届と一緒にロニーの養子縁組の届を出す筈だった。
それは生まれたのが女の子だった場合、王太子殿下の息子と婚約させる約束がされていた為だった。
だが、マチルディーダは生まれた時にダニエラと共に死にかけて、マチル女神の名に縋る程だった。
マチルディーダの名前は、王家に歓迎されなかった。
マチルと名が付く者は、生まれた時に命の危険があった者というのがこの国の常識で、王妃になる可能性が高い者がマチル女神の名前を持つのは問題だとされたのだ。
「第一王子殿下が、ありがたくも拒否して下さったんだからマチルディーダも、アデライザもこれから生まれて来る子供も絶対に王家には嫁がせない。それは義父上の決定されているから安心なんだが」
「父上殿はあの時、激怒されていたからなあ」
第一王子が執着しているダニエラではなくその夫である主の顔に、マチルディーダはどちらかというと似ている。
それは生まれた時からで、誰の目から見てもマチルディーダは主似だと言われるほどだった。
大きな二重のつり目のダニエラとは違い、同じ二重でもマチルディーダもアデライザもどちらかと言えばタレ目でまだ幼いからなのか雰囲気も柔らかい。
ダニエラはそれが嬉しいらしく「私の目に似なくて本当に良かったわ。ディーンに似ていて嬉しいわ」と日頃から言っているほどだ。
だが、ダニエラが喜んでいるマチルディーダの顔が、ダニエラに似ていないというのが第一王子は気に入らなかったらしい。
「ダニエラに似ていない子等いらない」と第一王子殿下が言っていたと聞いた父上殿は、激怒してこれから先女の子が何人生まれようと王家には嫁がせないと宣言したのだ。
「辺境伯の性格も第一王子殿下に似ているから、気になるんだ」
「まさかダニエラに執着しているのではあるまいな」
「どちらか言えば義父上とニール兄上にらしいが、ダニエラはお二人に似ているからなあ」
王家といい、その血筋の者達のウィンストン公爵家への執着心は呪いか何かなのか?
若干うんざりしながら続きを聞いて行く。
「辺境伯は本当はダニエラと結婚したかったらしいんだ。だが、少し年が離れている上ダニエラは第一王子殿下の婚約者候補だったから婚約したいと言い出せずにいて、第一王子が他国の王女と結婚すると聞いて自分がと名乗り出ようとした矢先に義父上が俺の兄との婚約を決めてしまったから、諦めて辺境伯家の長女のところに婿入りしたそうなんだ」
「それは難儀な話だな」
「ああ。それで兄が亡くなったと聞いて、ダニエラを何とか辺境伯家に呼べないか考えていたらしい」
「婿入りしたならそれにも妻がいるだろう」
確か離縁も再婚も、シード神の教えでは良く無い事とされていたのでは無かったか?
蜘蛛にしてみたら、馬鹿々々しい教えでしかないが、確かそうだった筈だ。
「そうだな。だが、兄が亡くなった時水面下で動いていた家は多かったらしい」
「まあダニエラは良い人だからなあ」
「ああ、優しいし可愛いし、思いやりがあるし綺麗だし頭が良いし仕草が愛らしいし」
『母様、母様の主がなんだかおかしく……』
『気にするな。主は妻を心の底から大切に思っているだけだ』
他に言いようがない、主どれだけダニエラが好きなんだと思うが、これが主なんだから仕方ない。
「主、ダニエラがこの世で最高の女なのは十分蜘蛛は知っている。話の続きを聞かせてくれ」
「……あ、すまない。ついダニエラの素晴らしさを」
「主が幸せそうで何よりだ。それでダニエラを囲い込もうとしていた男が、今度はマチルディーダを息子の妻に望んでいると?」
「ああ、どうも義父上があちこちで孫娘二人の可愛さを話しているらしくて、マチルディーダを嫁入りさせたら辺境伯家に義父上とニール兄上が頻繁に来てくれる様になるんじゃないかとか、今迄よりやり取りを増やせるんじゃないかと考えているらしい」
なんでマチルディーダが嫁ぐだけで、父上殿達が辺境の地に頻繁に行く話が出て来るのか分からない。
「なんだか王家以外のところで、子供達の婚約者争いが始まっているみたいなんだ」
「アデライザはウィンストン公爵家に嫁ぐと決まっているから、マチルディーダを狙っているということか」
「いや、アデライザの話もまだ正式に決まっていないから、一応は二人だな」
「一応と言うなら、マチルディーダの相手はロニーなのではないのか」
何せ、マチルディーダが生まれてすぐに「自分を養子にする話は無くして下さい。生涯マチルディーダと共に生きたいです。夫なんて贅沢は言いません。従者として側に」なんて事を父上殿とニール様に願い出て、将来マチルディーダに選ばせると言わせてしまったのだ。
だから、今のところマチルディーダの婚約者候補の一人として、ロニーはネルツ家にいる。
対外的にはロニーはまだ平民のリチャードの実子のまま、将来子供達が嫁いだら養子に入る予定の子供となっているが、ロニーの態度は生意気にもマチルディーダの隣は自分以外許さないという不愉快極まりないものだから、蜘蛛はそれを許した父上殿達の気持ちが分からない。
だいたいダニエラを蔑ろにしていたリチャードにもロニーにも、ダニエラは優しすぎると蜘蛛は思う。
どの位心が広ければ、ダニエラの様に自分を害する手伝いを喜々としてしていた執事と、ダニエラを害し、子と愛人がいた事を隠していた夫を愛人と一緒に棺に入れ埋葬してやり、その二人が残した子を養育しようなんて決断を出来るのか、魔物の蜘蛛は非情だから分からないし、理解したくもない。
蜘蛛は主が害されたらその相手を死ぬ方がマシだと言う目に百回でも千回でも合わせるし、それはダニエラでも子供達でも同じだ。
ましてや自分自身、ダニエラは優しすぎて心配になる。
「ロニーは候補でしかない。私は認めていない。ダニエラが許すと言って義父上達がそれを認めたから、私は従っているに過ぎない」
「主はそうだろうな」
それが普通だと蜘蛛も思う。
「父上殿達は何故許したんだろうな」
「まだロニー自身は罪を犯したわけではないし、排除はいつでも出来るから。後は裏切らずマチルディーダを守ろうとする存在は必要だ、そうだ」
成程、マチルディーダがネルツ侯爵家の令嬢としての幸せを壊す様な真似はロニーもしないだろうと判断した故の決定と言う事か、。
まあ、マチルディーダと同じ学年に入学する為に、八歳近い年齢差を無理矢理二歳差にさせた程だものなあ。
それは良いのかと疑問に思ったが、第一王子の息子がマチルディーダの一つ上の学年に入る予定だから、入学を遅らせる家は多いという予想なのだそうだ。
ちなみにダニエラは、子供達全員を同じ学年に出来るならマチルディーダとアデライザの入学は今腹の中にいる子の入学に合わせたいと言って父上殿達を困らせていた。
ダニエラ曰く「マチルディーダが、第一王子殿下の息子に意地悪されるかもしれないと考えると辛い」らしい。
確かに、婚約話があったのに無かった事にされたのを王子の息子が知ったら、マチルディーダを軽く見る可能性はあるだろう。
マチルディーダを守る為にも、蜘蛛の子には極限まで小さくなれる様に修行させなければ。
「むにゅうう。とおさ……ま?」
「マチルディーダ、お目めが覚めたのかな」
「おかあさまぁは? おかあさまぁ」
「忘れてしまったのかな。お母様は屋敷にいるよ。ディーダは蜘蛛に会いに森に来たんだよ」
「マチルディーダ、目が覚めたか。また蜘蛛の背中を滑って遊ぶか」
寝起きでぐずっているマチルディーダの頬をちょいちょいと前足の先端で触れると、小さな手が蜘蛛の前足を掴んだ。
「くぅちゃん? おとおさまぁとくぅちゃんだぁ」
「ああ、蜘蛛だ。ディーダは良い子だな」
自分が誰に抱かれていたか思い出したのだろう。
マチルディーダは蜘蛛の前足を掴んだまま、主の胸元に顔を擦り付けた。
「ディーダ、喉は渇いてないかな」
「おお、何か飲むかすぐに用意しよう」
蜘蛛が空間収納から椅子とテーブルを取り出すと、主はマチルディーダを抱っこしたまま椅子に腰を下ろした。
主だけなら地面に座って貰うが、マチルディーダは幼いからなニール様に用意して貰ったのだ。
地面に直接置く事を想定して作られた物で、椅子の背もたれには蜘蛛の模様が入っている。
蜘蛛の大事な箪笥と同じ職人が作ったそうだ。
「おなかしゅいた?」
「そうだな、いつもならお茶の時間だからな。果汁と焼き菓子は持ってきたけれど食べるかな。蜘蛛がくれた果物もあるよ桃と苺だどちらがいいかな?」
主がマチルディーダのお茶の準備を始めるから、蜘蛛は果物をテーブルの上に出して手伝う。
「もも! ももたべりゅう。あれ? くもしゃん?」
主が器用にナイフで皮を剥き始めた桃を嬉しそうに見ていたマチルディーダは、蜘蛛の子に漸く気が付いた様だった。
「マチルディーダ、さっき使役獣の契約をしたのは覚えているか?」
「けいやく……おともだちになった?」
「そうだ。マチルディーダは賢いな。ちゃんと覚えていたか」
「おともだち、ですか?」
蜘蛛の子は『使役とは友達?』と内心首を傾げているが、幼いマチルディーダにはその理解でもいいと思う。
「くもしゃんも、ももどーぞぉ」
「母様、それはあの」
「迷宮の最奥で育てた金の桃だ。癒しの苺もある」
「金の桃……ですか」
「さあ、マチルディーダ食べていいよ」
「はぁい。くもしゃんもももたべよ。くぅちゃんももありがとぉ。ディーダねぇ、ももだぁいしゅきぃ」
主が綺麗に皮を剥いて食べやすい大きさに切った金の桃を、蜘蛛が出した皿の上に並べるとマチルディーダは嬉しそうにフォークで刺して蜘蛛の子に差し出した。
「食べていいのですか」
戸惑う蜘蛛の子に、マチルディーダは満面の笑みで頷く。
自分が食べるよりも先に、蜘蛛の子に食べさせようとしている姿は本当に愛らしい。
優しいところはダニエラに似たんだろうな。
「金の桃、食べると魔力が回復し少し魔力量が増えるんでしたよね」
「そうだ。子供達は魔力がいくら増えても良いし、妊娠中のダニエラには適した果物だ。アデライザの時はそうでも無かったが今回は少し体力が落ちている様に見えるからな」
さすがにほぼ年子の様に子供を授かっているのだから、あの細い体には大きな負担になっているのだろう。
「ディーダ、蜘蛛はいいから食べなさい」
「はぁい。くぅちゃん、くもさんのおなまえはなあに? あのね、ディーダはマチュリディーダってなまえなの」
マチルディーダはやはり自分の名前を言うのが苦手らしい。
蜘蛛の子の名前は無いからなあ。
「この子は生まれたばかりだから、名前はない。マチルディーダがつけてくれるか」
「お名前にゃいの? うんとねえ、くぅちゃんよりちいちゃいから、ちぃちゃん?」
フォークに刺した桃を片手に持ったまま悩んでいる、マチルディーダは何て言うかダニエラの娘だなと分かる様な名づけをしてきた。
蜘蛛のくぅちゃんは、名前ではなく愛称だと言っていた。
名前は主であるディーンがつけるべきだから、自分は付けられないけれど親しみを込めて蜘蛛じゃない呼び方をしたいと言ったのはいいが、それがくぅちゃんだった時は若干力が抜けたものだ。
だがマチルディーダはその上を行く。
蜘蛛より小さいから、ちぃちゃん。
今は小さくともすぐに大きくなる子に、ちぃちゃん。
「ディーダ、良い名前を思いついたね」
マチルディーダを抱っこしている主は、満足そうに頷きながらマチルディーダの小さな頭を撫でている。
ダニエラが頻繁に子供を抱きしめたり、頭を撫でたりしているからなのか、主も同じ様にすることが増えた。
この名前に疑問を持たない主は、ニール様が言うところの『親ばか』なのだろう。
「えへへ。ちぃちゃん、かあいいね」
主に褒められて嬉しそうにしているマチルディーダを見たら、もう少し考えてやってくれとはとても言えない。
いや、三歳の子供が考えたんだから十分立派な名前だと言えなくもない。
『母様、これは決定でしょうか』
『どうしても嫌なのでなければ、受け入れてやれ』
『あんなに嬉しそうなのに、小さいなんて意味の名前は嫌だなんて言えません』
不満を隠せない口調で、子は嘆いているが名前を貰った事は嬉しいのだろう。
蜘蛛の場合、くぅちゃんがすでに定着してしまったから愛称では無く、これが名前だ。
しかし、今後使役獣が増えるのであれば名前の付け方も教えてやらねばならぬだろうなあ。
「名前ありがとうございます。主様」
「それはねぇ、おとおさまぁなのよ。ディーダ違うの、ディーダとちぃちゃんはおともだちぃなのよぉ」
「蜘蛛、マチルディーダの名前を呼ぶのは使役獣として問題はないよな」
「ないな。ちぃ、ディーダ様と呼ぶようにすればいい」
「はい、母様。ディーダ様、今日から私の名前はちぃです。どうぞ末永くよろしくお願い致します」
ちぃは、素直に名前を受け入れた。
名前が付くだけで、魔物は能力が上がるから主から名付けられたのはありがたい話だ。
それにしも、名づけの仕方まで母に似る事はないんじゃないか、マチルディーダ。
仲良く桃を分け合って食べているマチルディーダとちぃを見ながら、蜘蛛はそんな事を思うのだった。
※※※※※※
名付けのセンスが微妙な母と子でした。
ディーンはずっと蜘蛛呼びです。
魔物に呆れられる王家の血。
婚約について、マチルディーダはネルツ家の跡継ぎなので我慢していますが、アデライザは陛下が何か言い出す前にとウィンストン公爵家と仮の縁組を立てています。
ロニーは、ダニエラが庇うので、仕方なく何かやらかしたら即処分の予定でネルツ家に置いていますが、本来であれば養子にならないと言った段階でリチャードと共に屋敷から追い出したいダニエラ父&兄です。
「本当にダニエラは馬鹿だな、人がよすぎる(こんなに心が広いなんて天使か何かなのか?)」と言いながら許可を出した二人です。
主は不愉快そうにそう言い捨てながら、マチルディーダの頭を撫でる。
手つきは優しいというのに、顔が怖いぞ主。と思うが賢く蜘蛛は黙っている。
「ロニーは養子にしないのか」
「本人がマチルディーダと兄妹にはなりたくないと望んだのだから、今更止めると言っても俺は知らない」
「……そうか」
お義父様、お義母様とマチルディーダを授かった時に呼ぶ事を許していたし、女の子が生まれたら子供の出生届と一緒にロニーの養子縁組の届を出す筈だった。
それは生まれたのが女の子だった場合、王太子殿下の息子と婚約させる約束がされていた為だった。
だが、マチルディーダは生まれた時にダニエラと共に死にかけて、マチル女神の名に縋る程だった。
マチルディーダの名前は、王家に歓迎されなかった。
マチルと名が付く者は、生まれた時に命の危険があった者というのがこの国の常識で、王妃になる可能性が高い者がマチル女神の名前を持つのは問題だとされたのだ。
「第一王子殿下が、ありがたくも拒否して下さったんだからマチルディーダも、アデライザもこれから生まれて来る子供も絶対に王家には嫁がせない。それは義父上の決定されているから安心なんだが」
「父上殿はあの時、激怒されていたからなあ」
第一王子が執着しているダニエラではなくその夫である主の顔に、マチルディーダはどちらかというと似ている。
それは生まれた時からで、誰の目から見てもマチルディーダは主似だと言われるほどだった。
大きな二重のつり目のダニエラとは違い、同じ二重でもマチルディーダもアデライザもどちらかと言えばタレ目でまだ幼いからなのか雰囲気も柔らかい。
ダニエラはそれが嬉しいらしく「私の目に似なくて本当に良かったわ。ディーンに似ていて嬉しいわ」と日頃から言っているほどだ。
だが、ダニエラが喜んでいるマチルディーダの顔が、ダニエラに似ていないというのが第一王子は気に入らなかったらしい。
「ダニエラに似ていない子等いらない」と第一王子殿下が言っていたと聞いた父上殿は、激怒してこれから先女の子が何人生まれようと王家には嫁がせないと宣言したのだ。
「辺境伯の性格も第一王子殿下に似ているから、気になるんだ」
「まさかダニエラに執着しているのではあるまいな」
「どちらか言えば義父上とニール兄上にらしいが、ダニエラはお二人に似ているからなあ」
王家といい、その血筋の者達のウィンストン公爵家への執着心は呪いか何かなのか?
若干うんざりしながら続きを聞いて行く。
「辺境伯は本当はダニエラと結婚したかったらしいんだ。だが、少し年が離れている上ダニエラは第一王子殿下の婚約者候補だったから婚約したいと言い出せずにいて、第一王子が他国の王女と結婚すると聞いて自分がと名乗り出ようとした矢先に義父上が俺の兄との婚約を決めてしまったから、諦めて辺境伯家の長女のところに婿入りしたそうなんだ」
「それは難儀な話だな」
「ああ。それで兄が亡くなったと聞いて、ダニエラを何とか辺境伯家に呼べないか考えていたらしい」
「婿入りしたならそれにも妻がいるだろう」
確か離縁も再婚も、シード神の教えでは良く無い事とされていたのでは無かったか?
蜘蛛にしてみたら、馬鹿々々しい教えでしかないが、確かそうだった筈だ。
「そうだな。だが、兄が亡くなった時水面下で動いていた家は多かったらしい」
「まあダニエラは良い人だからなあ」
「ああ、優しいし可愛いし、思いやりがあるし綺麗だし頭が良いし仕草が愛らしいし」
『母様、母様の主がなんだかおかしく……』
『気にするな。主は妻を心の底から大切に思っているだけだ』
他に言いようがない、主どれだけダニエラが好きなんだと思うが、これが主なんだから仕方ない。
「主、ダニエラがこの世で最高の女なのは十分蜘蛛は知っている。話の続きを聞かせてくれ」
「……あ、すまない。ついダニエラの素晴らしさを」
「主が幸せそうで何よりだ。それでダニエラを囲い込もうとしていた男が、今度はマチルディーダを息子の妻に望んでいると?」
「ああ、どうも義父上があちこちで孫娘二人の可愛さを話しているらしくて、マチルディーダを嫁入りさせたら辺境伯家に義父上とニール兄上が頻繁に来てくれる様になるんじゃないかとか、今迄よりやり取りを増やせるんじゃないかと考えているらしい」
なんでマチルディーダが嫁ぐだけで、父上殿達が辺境の地に頻繁に行く話が出て来るのか分からない。
「なんだか王家以外のところで、子供達の婚約者争いが始まっているみたいなんだ」
「アデライザはウィンストン公爵家に嫁ぐと決まっているから、マチルディーダを狙っているということか」
「いや、アデライザの話もまだ正式に決まっていないから、一応は二人だな」
「一応と言うなら、マチルディーダの相手はロニーなのではないのか」
何せ、マチルディーダが生まれてすぐに「自分を養子にする話は無くして下さい。生涯マチルディーダと共に生きたいです。夫なんて贅沢は言いません。従者として側に」なんて事を父上殿とニール様に願い出て、将来マチルディーダに選ばせると言わせてしまったのだ。
だから、今のところマチルディーダの婚約者候補の一人として、ロニーはネルツ家にいる。
対外的にはロニーはまだ平民のリチャードの実子のまま、将来子供達が嫁いだら養子に入る予定の子供となっているが、ロニーの態度は生意気にもマチルディーダの隣は自分以外許さないという不愉快極まりないものだから、蜘蛛はそれを許した父上殿達の気持ちが分からない。
だいたいダニエラを蔑ろにしていたリチャードにもロニーにも、ダニエラは優しすぎると蜘蛛は思う。
どの位心が広ければ、ダニエラの様に自分を害する手伝いを喜々としてしていた執事と、ダニエラを害し、子と愛人がいた事を隠していた夫を愛人と一緒に棺に入れ埋葬してやり、その二人が残した子を養育しようなんて決断を出来るのか、魔物の蜘蛛は非情だから分からないし、理解したくもない。
蜘蛛は主が害されたらその相手を死ぬ方がマシだと言う目に百回でも千回でも合わせるし、それはダニエラでも子供達でも同じだ。
ましてや自分自身、ダニエラは優しすぎて心配になる。
「ロニーは候補でしかない。私は認めていない。ダニエラが許すと言って義父上達がそれを認めたから、私は従っているに過ぎない」
「主はそうだろうな」
それが普通だと蜘蛛も思う。
「父上殿達は何故許したんだろうな」
「まだロニー自身は罪を犯したわけではないし、排除はいつでも出来るから。後は裏切らずマチルディーダを守ろうとする存在は必要だ、そうだ」
成程、マチルディーダがネルツ侯爵家の令嬢としての幸せを壊す様な真似はロニーもしないだろうと判断した故の決定と言う事か、。
まあ、マチルディーダと同じ学年に入学する為に、八歳近い年齢差を無理矢理二歳差にさせた程だものなあ。
それは良いのかと疑問に思ったが、第一王子の息子がマチルディーダの一つ上の学年に入る予定だから、入学を遅らせる家は多いという予想なのだそうだ。
ちなみにダニエラは、子供達全員を同じ学年に出来るならマチルディーダとアデライザの入学は今腹の中にいる子の入学に合わせたいと言って父上殿達を困らせていた。
ダニエラ曰く「マチルディーダが、第一王子殿下の息子に意地悪されるかもしれないと考えると辛い」らしい。
確かに、婚約話があったのに無かった事にされたのを王子の息子が知ったら、マチルディーダを軽く見る可能性はあるだろう。
マチルディーダを守る為にも、蜘蛛の子には極限まで小さくなれる様に修行させなければ。
「むにゅうう。とおさ……ま?」
「マチルディーダ、お目めが覚めたのかな」
「おかあさまぁは? おかあさまぁ」
「忘れてしまったのかな。お母様は屋敷にいるよ。ディーダは蜘蛛に会いに森に来たんだよ」
「マチルディーダ、目が覚めたか。また蜘蛛の背中を滑って遊ぶか」
寝起きでぐずっているマチルディーダの頬をちょいちょいと前足の先端で触れると、小さな手が蜘蛛の前足を掴んだ。
「くぅちゃん? おとおさまぁとくぅちゃんだぁ」
「ああ、蜘蛛だ。ディーダは良い子だな」
自分が誰に抱かれていたか思い出したのだろう。
マチルディーダは蜘蛛の前足を掴んだまま、主の胸元に顔を擦り付けた。
「ディーダ、喉は渇いてないかな」
「おお、何か飲むかすぐに用意しよう」
蜘蛛が空間収納から椅子とテーブルを取り出すと、主はマチルディーダを抱っこしたまま椅子に腰を下ろした。
主だけなら地面に座って貰うが、マチルディーダは幼いからなニール様に用意して貰ったのだ。
地面に直接置く事を想定して作られた物で、椅子の背もたれには蜘蛛の模様が入っている。
蜘蛛の大事な箪笥と同じ職人が作ったそうだ。
「おなかしゅいた?」
「そうだな、いつもならお茶の時間だからな。果汁と焼き菓子は持ってきたけれど食べるかな。蜘蛛がくれた果物もあるよ桃と苺だどちらがいいかな?」
主がマチルディーダのお茶の準備を始めるから、蜘蛛は果物をテーブルの上に出して手伝う。
「もも! ももたべりゅう。あれ? くもしゃん?」
主が器用にナイフで皮を剥き始めた桃を嬉しそうに見ていたマチルディーダは、蜘蛛の子に漸く気が付いた様だった。
「マチルディーダ、さっき使役獣の契約をしたのは覚えているか?」
「けいやく……おともだちになった?」
「そうだ。マチルディーダは賢いな。ちゃんと覚えていたか」
「おともだち、ですか?」
蜘蛛の子は『使役とは友達?』と内心首を傾げているが、幼いマチルディーダにはその理解でもいいと思う。
「くもしゃんも、ももどーぞぉ」
「母様、それはあの」
「迷宮の最奥で育てた金の桃だ。癒しの苺もある」
「金の桃……ですか」
「さあ、マチルディーダ食べていいよ」
「はぁい。くもしゃんもももたべよ。くぅちゃんももありがとぉ。ディーダねぇ、ももだぁいしゅきぃ」
主が綺麗に皮を剥いて食べやすい大きさに切った金の桃を、蜘蛛が出した皿の上に並べるとマチルディーダは嬉しそうにフォークで刺して蜘蛛の子に差し出した。
「食べていいのですか」
戸惑う蜘蛛の子に、マチルディーダは満面の笑みで頷く。
自分が食べるよりも先に、蜘蛛の子に食べさせようとしている姿は本当に愛らしい。
優しいところはダニエラに似たんだろうな。
「金の桃、食べると魔力が回復し少し魔力量が増えるんでしたよね」
「そうだ。子供達は魔力がいくら増えても良いし、妊娠中のダニエラには適した果物だ。アデライザの時はそうでも無かったが今回は少し体力が落ちている様に見えるからな」
さすがにほぼ年子の様に子供を授かっているのだから、あの細い体には大きな負担になっているのだろう。
「ディーダ、蜘蛛はいいから食べなさい」
「はぁい。くぅちゃん、くもさんのおなまえはなあに? あのね、ディーダはマチュリディーダってなまえなの」
マチルディーダはやはり自分の名前を言うのが苦手らしい。
蜘蛛の子の名前は無いからなあ。
「この子は生まれたばかりだから、名前はない。マチルディーダがつけてくれるか」
「お名前にゃいの? うんとねえ、くぅちゃんよりちいちゃいから、ちぃちゃん?」
フォークに刺した桃を片手に持ったまま悩んでいる、マチルディーダは何て言うかダニエラの娘だなと分かる様な名づけをしてきた。
蜘蛛のくぅちゃんは、名前ではなく愛称だと言っていた。
名前は主であるディーンがつけるべきだから、自分は付けられないけれど親しみを込めて蜘蛛じゃない呼び方をしたいと言ったのはいいが、それがくぅちゃんだった時は若干力が抜けたものだ。
だがマチルディーダはその上を行く。
蜘蛛より小さいから、ちぃちゃん。
今は小さくともすぐに大きくなる子に、ちぃちゃん。
「ディーダ、良い名前を思いついたね」
マチルディーダを抱っこしている主は、満足そうに頷きながらマチルディーダの小さな頭を撫でている。
ダニエラが頻繁に子供を抱きしめたり、頭を撫でたりしているからなのか、主も同じ様にすることが増えた。
この名前に疑問を持たない主は、ニール様が言うところの『親ばか』なのだろう。
「えへへ。ちぃちゃん、かあいいね」
主に褒められて嬉しそうにしているマチルディーダを見たら、もう少し考えてやってくれとはとても言えない。
いや、三歳の子供が考えたんだから十分立派な名前だと言えなくもない。
『母様、これは決定でしょうか』
『どうしても嫌なのでなければ、受け入れてやれ』
『あんなに嬉しそうなのに、小さいなんて意味の名前は嫌だなんて言えません』
不満を隠せない口調で、子は嘆いているが名前を貰った事は嬉しいのだろう。
蜘蛛の場合、くぅちゃんがすでに定着してしまったから愛称では無く、これが名前だ。
しかし、今後使役獣が増えるのであれば名前の付け方も教えてやらねばならぬだろうなあ。
「名前ありがとうございます。主様」
「それはねぇ、おとおさまぁなのよ。ディーダ違うの、ディーダとちぃちゃんはおともだちぃなのよぉ」
「蜘蛛、マチルディーダの名前を呼ぶのは使役獣として問題はないよな」
「ないな。ちぃ、ディーダ様と呼ぶようにすればいい」
「はい、母様。ディーダ様、今日から私の名前はちぃです。どうぞ末永くよろしくお願い致します」
ちぃは、素直に名前を受け入れた。
名前が付くだけで、魔物は能力が上がるから主から名付けられたのはありがたい話だ。
それにしも、名づけの仕方まで母に似る事はないんじゃないか、マチルディーダ。
仲良く桃を分け合って食べているマチルディーダとちぃを見ながら、蜘蛛はそんな事を思うのだった。
※※※※※※
名付けのセンスが微妙な母と子でした。
ディーンはずっと蜘蛛呼びです。
魔物に呆れられる王家の血。
婚約について、マチルディーダはネルツ家の跡継ぎなので我慢していますが、アデライザは陛下が何か言い出す前にとウィンストン公爵家と仮の縁組を立てています。
ロニーは、ダニエラが庇うので、仕方なく何かやらかしたら即処分の予定でネルツ家に置いていますが、本来であれば養子にならないと言った段階でリチャードと共に屋敷から追い出したいダニエラ父&兄です。
「本当にダニエラは馬鹿だな、人がよすぎる(こんなに心が広いなんて天使か何かなのか?)」と言いながら許可を出した二人です。
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