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愚かな息子と強かな母、そしてその夫6(ゾルティーア侯爵視点)
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「これは、母上の手だな」
「はい。王妃様から頂いた受領書でございます」
王妃様とは不仲の王太子殿下、それだけが私が縋れる希望だった。
だから私の、侯爵家の切り札を王太子殿下に差し出した。
「受領書」
恐ろしい何かを見る様に、王太子殿下は珍しく嫌悪と恐怖を混ぜた様な表情で紙の束を見続けている。
一枚、二枚、三枚。
紙の束を見続けて、すべて見終えた王太子殿下は最後数年年を取ったかの様に見えた。
「これは誠なのだな。十年、最初の承諾書の紙の劣化具合は簡単に偽証出来るものではないのは分かる。分かるが」
「私は偉大なる陛下の忠実なる臣下です。どんな栄辱も陛下のお心一つと理解して、それを誉として生きるのが私の忠誠の証にございます」
陛下に私は忠誠を捧げている。
幼い頃に私が生涯仕える方と父に言われてから、それからずっと私は王家と陛下に忠誠を捧げてきた。
勿論陛下がご成婚時にはその忠誠の対象に王妃様、当時は王太子妃殿下だったが、彼女にも捧げていた。
だが、それは息子の死と共に消えてしまった。
「ですが、私の忠誠は王妃様にはございません。それはその受領書を見ていただければ理由は分かるでしょう。王妃様は私の大切な子供を死に追いやり、寵愛するフィリップ殿下を我が娘の婚約者にし、そしてその様に我が侯爵家からの金銭を納める様強いたのです。娘の命を守る代償として」
「命を守る代償。そんな恥知らずな」
「婚約者として娘が初めて登城した日、私は王妃様に言われました。『王宮という場所は幼いあの子には辛い場所よ。あの子の命もあの子の兄の様に儚くなるかもしれない。それを王宮で守れるのは私だけよ』と」
青い顔で王妃様を見るしか出来なかった私と妻は、その後信じられない言葉を聞いた。
「王妃様は続けて仰りました『でも私が守ろうという気持ちになるには必要なものがあるの。それをあなたが差し出せるかで、可愛い娘の将来が決まるのよ』そう仰って王妃様は私の俸禄をこれからすべて差し出す様にと、そしてフィリップ殿下と親交を深めるためには定期的な茶会が必要になるから、その茶会に掛かる経費とそれに対して王妃様への慰労の金を差し出す様にと、そう仰ったのです」
侯爵家の領地運営を支えるのは、私の俸禄ではなく領地からの税収と鉱山からの収入だった。
他の貴族なら俸禄は重要な収入だっただろう。
我が侯爵家も、大きな鉱山を持たなければそうなっていただろうが、幸いなことに過去王家から功績臣下した方が結婚の際の財産として侯爵家に贈ってくれた鉱山が侯爵家を支えて下さっていたのだ。
「フィリップが婚約した際、王家から侯爵家には支度金を年毎に費用を出しているだろう」
「それも王妃様の懐に」
「なんという事だ。ありえない、そんな事ありえないだろう」
現実を拒否するように、王太子殿下は呻いて頭を掻きむしった。
誇り高い王家の人間なら、こんなことは受け入れられないだろう。
王太子殿下の拒否反応は、私の中の忠誠心を満たしてくれた。
擦り切れて無くなってしまいそうな忠誠心を、辛うじて保とうとして下さったのだ。
「侯爵の俸禄を、フローリアの命を保証する代償に受領すると書いてある。なぜ母上はこんな恥知らずなことを」
「私は俸禄を差し出すことで、その他の金銭も、フローリアを守る為ならいくらでも差し出すと王妃様へ答えました。そして、その上で確証が欲しいと。本当にフローリアを守って下さるという確証がなければ何も差し出せないと言えば、王妃様は快くその書を用意してくださいました」
私が、侯爵家が何も出来ない。無力な存在だと確信したのか、王妃様は笑顔で受領書を毎回毎回、十年間もその書を自ら記してくれていたのだ。
「はい。王妃様から頂いた受領書でございます」
王妃様とは不仲の王太子殿下、それだけが私が縋れる希望だった。
だから私の、侯爵家の切り札を王太子殿下に差し出した。
「受領書」
恐ろしい何かを見る様に、王太子殿下は珍しく嫌悪と恐怖を混ぜた様な表情で紙の束を見続けている。
一枚、二枚、三枚。
紙の束を見続けて、すべて見終えた王太子殿下は最後数年年を取ったかの様に見えた。
「これは誠なのだな。十年、最初の承諾書の紙の劣化具合は簡単に偽証出来るものではないのは分かる。分かるが」
「私は偉大なる陛下の忠実なる臣下です。どんな栄辱も陛下のお心一つと理解して、それを誉として生きるのが私の忠誠の証にございます」
陛下に私は忠誠を捧げている。
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勿論陛下がご成婚時にはその忠誠の対象に王妃様、当時は王太子妃殿下だったが、彼女にも捧げていた。
だが、それは息子の死と共に消えてしまった。
「ですが、私の忠誠は王妃様にはございません。それはその受領書を見ていただければ理由は分かるでしょう。王妃様は私の大切な子供を死に追いやり、寵愛するフィリップ殿下を我が娘の婚約者にし、そしてその様に我が侯爵家からの金銭を納める様強いたのです。娘の命を守る代償として」
「命を守る代償。そんな恥知らずな」
「婚約者として娘が初めて登城した日、私は王妃様に言われました。『王宮という場所は幼いあの子には辛い場所よ。あの子の命もあの子の兄の様に儚くなるかもしれない。それを王宮で守れるのは私だけよ』と」
青い顔で王妃様を見るしか出来なかった私と妻は、その後信じられない言葉を聞いた。
「王妃様は続けて仰りました『でも私が守ろうという気持ちになるには必要なものがあるの。それをあなたが差し出せるかで、可愛い娘の将来が決まるのよ』そう仰って王妃様は私の俸禄をこれからすべて差し出す様にと、そしてフィリップ殿下と親交を深めるためには定期的な茶会が必要になるから、その茶会に掛かる経費とそれに対して王妃様への慰労の金を差し出す様にと、そう仰ったのです」
侯爵家の領地運営を支えるのは、私の俸禄ではなく領地からの税収と鉱山からの収入だった。
他の貴族なら俸禄は重要な収入だっただろう。
我が侯爵家も、大きな鉱山を持たなければそうなっていただろうが、幸いなことに過去王家から功績臣下した方が結婚の際の財産として侯爵家に贈ってくれた鉱山が侯爵家を支えて下さっていたのだ。
「フィリップが婚約した際、王家から侯爵家には支度金を年毎に費用を出しているだろう」
「それも王妃様の懐に」
「なんという事だ。ありえない、そんな事ありえないだろう」
現実を拒否するように、王太子殿下は呻いて頭を掻きむしった。
誇り高い王家の人間なら、こんなことは受け入れられないだろう。
王太子殿下の拒否反応は、私の中の忠誠心を満たしてくれた。
擦り切れて無くなってしまいそうな忠誠心を、辛うじて保とうとして下さったのだ。
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「私は俸禄を差し出すことで、その他の金銭も、フローリアを守る為ならいくらでも差し出すと王妃様へ答えました。そして、その上で確証が欲しいと。本当にフローリアを守って下さるという確証がなければ何も差し出せないと言えば、王妃様は快くその書を用意してくださいました」
私が、侯爵家が何も出来ない。無力な存在だと確信したのか、王妃様は笑顔で受領書を毎回毎回、十年間もその書を自ら記してくれていたのだ。
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