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「ライアン様のお屋敷から遠回りさせてしまって申し訳ございません」
馬車に乗り込むとすぐに、私は向かい合わせに座っているライアン様へ頭を下げた。
婚約者だからという理由でライアン様は、わざわざ私を迎えに来てくれたのだ。
お父様はいつものように不在で、お母様は形だけ程度に顔を見せてすぐに屋敷の中に入ってしまった。
私を見送るのは弟と使用人達だけだったけれど、弟の目的は私ではなくライアン様なのは誰の目からも明らかだったと思う。
弟はお父様の跡を継ぎ伯爵家の当主となるのを誇りに思っているけれど、お父様の関心は弟にはない。彼は彼なりにお父様の気を引きたがっているのは知っている。
お父様に自分の価値を認めて貰いたい、その為にも侯爵家の嫡男のライアン様に少しでも印象を良くしておきたい、そんなところなのだろう。
これから屋敷を離れる姉ではなく、弟はライアン様だけに話し掛けていた。
その話の内容は弟の自慢話ばかりで、ライアン様は苦笑して流すばかりだったけれど。
遠回りさせ迎えに来ていただいたというのに、お母様の失礼な態度と弟の情けない会話に付き合わせてしまったのだから、いくら謝罪しても足りないと思う。
「いいや、私も寮に入るしそのついでだからね。気にしないで」
失礼な私の家族の対応等気にした様子もなく、ライアン様は優しい。
思えばライアン様は最初から優しかった、いつも地味なドレスを着て顔を長い前髪で隠した少女との婚約を嫌がる様子も無くいつも優しく接してくれていた。
それがライアン様の優しさから来るものなのか、同情から来るものなのか分からないけれど、私はライアン様の婚約者でいられることが嬉しかった。
「申し訳ないと思っています、でも侍女はおりますが私一人では心細かったのでライアン様と一緒に入寮出来るのはとても嬉しいです」
変わろうと決めたから、思っていることも隠さずに言うようにしようと決心した。
お母様の前では私は何も自分から言うことはしなかったし、何かお母様に言われても肯定以外の言葉は口にしてこなかった。
お母様の言葉を否定して良いことなど一つも無いと、知っていたからだ。
でもこれからは変わろうと、そう決めた。
「……そう言って貰えると嬉しいよ。もしかしたら出過ぎた真似をしたかなと考えていたから」
「そんなことありません。とても緊張しておりましたからライアン様が迎えに来て下さるとお手紙頂いた時、本当に嬉しくてすぐにお返事しましたの。でも、後からご迷惑なんじゃないかって心配になってしまって」
ライアン様が私の家に来てから学園に向うには、かなり遠回りしないといけなくなる。
私は外出を殆どしないけれどジゼルに学園とライアン様の家の場所を地図で教えて貰っていたから、それは確かだ。
「少し出発の時間は早くなっただけだから、気にしなくていいよ」
「……ありがとうございます」
ライアン様はいつも優しい。
だけど、親しさは感じられない。
学校を卒業したらすぐに結婚すると決まっていても、こんな私達が結婚して上手くいく自信はない。
出来るなら親しくなりたい。
物語に出てくる恋人の様な関係は難しくても、お互いを大切に出来る関係になりたい。
その為にも、私は変わらなくては。
「あの、ライアン様」
「何か?」
「私、ご相談したいことがございます。どうか正直なお気持ちをお聞かせいただけますか」
心臓がぎゅうと掴まれた様な息苦しさを感じながら、勇気を出して口を開く。
私は変わる。
私は自分の未来のために変わるんだ。
「私の気持ち?」
「はい、お恥ずかしい話ですが、私の前髪をこうして額を出した姿はおかしいとお思いになりますか」
恥ずかしさで泣きたくなりながら、私は長く鬱陶しい前髪を左手で片側に寄せ額が見えるようにしながらライアン様へ問いかけた。
右手はハンカチに包んだお守りを握りしめている。
これは私が勇気を出す為のお守りだ。
「リナリア? え、どうしたの」
「……おかしいと思われ、やっぱり思われます……か」
驚いたような声を上げた後、私から顔を背け右手で自分の顔を覆ってしまったライアン様の様子に、私は今すぐ馬車を飛び降りたい様な衝動にかられた。
ジゼルはおかしくないと言ってくれたけれど、ライアン様には見るに堪えない顔だったのだ。
やっぱり私は醜いんだ。
「そ、そんなことない。急だから驚いただけだ」
「気を遣わないで下さいませ」
「気を遣ったわけじゃない、本心だよ」
泣きたくなりながらライアン様に気を遣わせてしまったと落ち込む気持ちを堪えてそう言えば、ライアン様は私の言葉を否定する。
否定しながら手を外しこちらを見るものの、それでも視線は少し逸らされている気がする。
そんなに私の顔は見るに堪えないものなのだろうか、婚約者に視線を逸らされる程醜いんだろうか。
「本心を言えば、顔は見えていた方が良いと思うよ。でも急にどうしたの?」
ライアン様へ見苦しいものを見せてしまったと後悔していたら、そう聞かれてしまった。
疑問に思うのは当然だろう、今までライアン様に顔を見せたのは一度だけなんだから。
「学園に入ると、あの、ライアン様とお会いする機会が増えると思いますし、その時婚約者の私が長い前髪で顔を隠していたのではおかしいかと、あの」
婚約者として相応しくないと周囲に思われるのが嫌、そんな理由を告げるのは辛いけれどこの際正直に話してしまうべきだと勇気を出して必死に言葉を絞り出す。
「私の為?」
「いえ、自分の為です。ライアン様の隣にみすぼらしい自分がいるのは辛いと思いますから、でもライアン様が見るに堪えない顔だと思われるのでしたら今のまま……」
不思議そうに尋ねられて、気持ちがどんどん萎んでいってしまう。
所詮醜い顔なのだから、隠しても隠さなくても同じだとそう思われたのかもしれない。
だとしたら、私がしたことは。
自信が無くなり俯いた私は、いつの間にか右手に持っていたハンカチを落としていた事に気が付いていなかった。
馬車に乗り込むとすぐに、私は向かい合わせに座っているライアン様へ頭を下げた。
婚約者だからという理由でライアン様は、わざわざ私を迎えに来てくれたのだ。
お父様はいつものように不在で、お母様は形だけ程度に顔を見せてすぐに屋敷の中に入ってしまった。
私を見送るのは弟と使用人達だけだったけれど、弟の目的は私ではなくライアン様なのは誰の目からも明らかだったと思う。
弟はお父様の跡を継ぎ伯爵家の当主となるのを誇りに思っているけれど、お父様の関心は弟にはない。彼は彼なりにお父様の気を引きたがっているのは知っている。
お父様に自分の価値を認めて貰いたい、その為にも侯爵家の嫡男のライアン様に少しでも印象を良くしておきたい、そんなところなのだろう。
これから屋敷を離れる姉ではなく、弟はライアン様だけに話し掛けていた。
その話の内容は弟の自慢話ばかりで、ライアン様は苦笑して流すばかりだったけれど。
遠回りさせ迎えに来ていただいたというのに、お母様の失礼な態度と弟の情けない会話に付き合わせてしまったのだから、いくら謝罪しても足りないと思う。
「いいや、私も寮に入るしそのついでだからね。気にしないで」
失礼な私の家族の対応等気にした様子もなく、ライアン様は優しい。
思えばライアン様は最初から優しかった、いつも地味なドレスを着て顔を長い前髪で隠した少女との婚約を嫌がる様子も無くいつも優しく接してくれていた。
それがライアン様の優しさから来るものなのか、同情から来るものなのか分からないけれど、私はライアン様の婚約者でいられることが嬉しかった。
「申し訳ないと思っています、でも侍女はおりますが私一人では心細かったのでライアン様と一緒に入寮出来るのはとても嬉しいです」
変わろうと決めたから、思っていることも隠さずに言うようにしようと決心した。
お母様の前では私は何も自分から言うことはしなかったし、何かお母様に言われても肯定以外の言葉は口にしてこなかった。
お母様の言葉を否定して良いことなど一つも無いと、知っていたからだ。
でもこれからは変わろうと、そう決めた。
「……そう言って貰えると嬉しいよ。もしかしたら出過ぎた真似をしたかなと考えていたから」
「そんなことありません。とても緊張しておりましたからライアン様が迎えに来て下さるとお手紙頂いた時、本当に嬉しくてすぐにお返事しましたの。でも、後からご迷惑なんじゃないかって心配になってしまって」
ライアン様が私の家に来てから学園に向うには、かなり遠回りしないといけなくなる。
私は外出を殆どしないけれどジゼルに学園とライアン様の家の場所を地図で教えて貰っていたから、それは確かだ。
「少し出発の時間は早くなっただけだから、気にしなくていいよ」
「……ありがとうございます」
ライアン様はいつも優しい。
だけど、親しさは感じられない。
学校を卒業したらすぐに結婚すると決まっていても、こんな私達が結婚して上手くいく自信はない。
出来るなら親しくなりたい。
物語に出てくる恋人の様な関係は難しくても、お互いを大切に出来る関係になりたい。
その為にも、私は変わらなくては。
「あの、ライアン様」
「何か?」
「私、ご相談したいことがございます。どうか正直なお気持ちをお聞かせいただけますか」
心臓がぎゅうと掴まれた様な息苦しさを感じながら、勇気を出して口を開く。
私は変わる。
私は自分の未来のために変わるんだ。
「私の気持ち?」
「はい、お恥ずかしい話ですが、私の前髪をこうして額を出した姿はおかしいとお思いになりますか」
恥ずかしさで泣きたくなりながら、私は長く鬱陶しい前髪を左手で片側に寄せ額が見えるようにしながらライアン様へ問いかけた。
右手はハンカチに包んだお守りを握りしめている。
これは私が勇気を出す為のお守りだ。
「リナリア? え、どうしたの」
「……おかしいと思われ、やっぱり思われます……か」
驚いたような声を上げた後、私から顔を背け右手で自分の顔を覆ってしまったライアン様の様子に、私は今すぐ馬車を飛び降りたい様な衝動にかられた。
ジゼルはおかしくないと言ってくれたけれど、ライアン様には見るに堪えない顔だったのだ。
やっぱり私は醜いんだ。
「そ、そんなことない。急だから驚いただけだ」
「気を遣わないで下さいませ」
「気を遣ったわけじゃない、本心だよ」
泣きたくなりながらライアン様に気を遣わせてしまったと落ち込む気持ちを堪えてそう言えば、ライアン様は私の言葉を否定する。
否定しながら手を外しこちらを見るものの、それでも視線は少し逸らされている気がする。
そんなに私の顔は見るに堪えないものなのだろうか、婚約者に視線を逸らされる程醜いんだろうか。
「本心を言えば、顔は見えていた方が良いと思うよ。でも急にどうしたの?」
ライアン様へ見苦しいものを見せてしまったと後悔していたら、そう聞かれてしまった。
疑問に思うのは当然だろう、今までライアン様に顔を見せたのは一度だけなんだから。
「学園に入ると、あの、ライアン様とお会いする機会が増えると思いますし、その時婚約者の私が長い前髪で顔を隠していたのではおかしいかと、あの」
婚約者として相応しくないと周囲に思われるのが嫌、そんな理由を告げるのは辛いけれどこの際正直に話してしまうべきだと勇気を出して必死に言葉を絞り出す。
「私の為?」
「いえ、自分の為です。ライアン様の隣にみすぼらしい自分がいるのは辛いと思いますから、でもライアン様が見るに堪えない顔だと思われるのでしたら今のまま……」
不思議そうに尋ねられて、気持ちがどんどん萎んでいってしまう。
所詮醜い顔なのだから、隠しても隠さなくても同じだとそう思われたのかもしれない。
だとしたら、私がしたことは。
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