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26(ライアン視点)
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リナリアと一緒に演奏しながら、私は父が教えてくれたリナリアの両親について考えていた。
入学式があったあの日、父上が語ったリナリアの両親についての話は、リナリアに大きな衝撃を与える内容だったけれど手紙に記されていた内容は更なる衝撃を私に与えるものだった。
リナリアの母は、リナリアの父と無理矢理に婚約しただけでなく、自分が組み合わせが気に入らないからという理由で同級生の婚約を解消させようとしたり、曰く付きの男性と婚約を結び直させようとしていたのだ。
リナリアの母は常識が通じない人として有名で、人の常識から遠いところにいる女性という意味で妖精姫と呼ばれていた。
その原因の一つが、彼女の我儘を元王女だった祖母(リナリアには曾祖母)がなんでも叶えてしまうだった。
その妖精姫の最大の我儘である、リナリアの父との婚約を知った貴族達は、自分達の婚約に口出しされては大変だとばかりに、当時リナリアの両親の同級生達やそれに近い年齢の者達中心に先を争う様に仮婚姻の手続きを進めた。
リナリアの父とトレーシーは学校内でも仲の良い恋人として有名だったというのに、妖精姫から無理矢理に婚約を一方的に結ばれてしまったという話が広まったのだから彼らの行動はある意味当然の事だった。
そして貴族達が恐れた通り、妖精姫は自分の取り巻き達にも望み通りの婚約を結ばせてあげようと動き、不幸な事に幾人かの婚約を結んでしまったのだ。
これは妖精姫の悪夢として当時社交界を騒がせていたらしい。
幸いだったのは、リナリアの父親以外は恋人だったものを別れさせたり、誰かの婚約を邪魔しようとしても成功していなかったことだ。
だがこんな話、リナリアに聞かせられるわけがない。
「大変結構です。ライアン、リナリア二人共良く練習しましたね。特にリナリア、最後の難しいところをとても上手に演奏していましたよ」
「ありがとうございます」
教師の声に思考が止まり、演奏中だと忘れていたと気が付いたけれど素知らぬ振りでリナリアに視線向けた。
褒められて照れた様子のリナリアは、何ていうか可愛らしい。
少し彼女と話せば、リナリアは素直で優しい性格だと理解されるのか、この教師はリナリアを気に入っている様だった。
私は周囲に見せつけるようにリナリアに微笑み、そっと背中に手を当てる。
私の行動に目の前の者達は驚いた様子を見せたが、シシリーは満足そうに小さく頷いてみせた。
「席に戻ってよろしい。では次は誰に演奏してもらおうかな……」
教師が次の演者を選ぶ間に、リナリアと席に戻る。
「緊張しました」
「そう見えなかったよ。とても上手に演奏していた」
「ライアン様が奏でた横笛の音が良かったから、私は安心してリュートを演奏出来ただけです」
「それは私の方だよ」
小さな声で話しながら、ゆったりとした足取りで席に戻る。
音楽室は特に席を決められていないから、私とリナリアは隣同士の席に座っていた。
「リナリアのリュートは素敵な音を奏でるのね。私授業中だというのにうっとりと聴き入ってしまったわ」
「ありがとうシシリー、そんな風に褒めて頂けるのは嬉しいわ。でもきっとライアン様が一緒に演奏してくださったからよ」
リナリアと通路を挟んで隣に座っているシシリーは、次の演奏者の邪魔にならない程度の声でリナリアと話をしている。
そう言えばシシリーはリュートが好きで自分もかなり練習をしていたが、上達しないのだと嘆いていた。
自分は下手でも好きな分音に厳しいシシリーが手放し出褒めるのだから、余程リナリアの演奏を気に入ったのだろう。
「ですって、良かったわねライアン様。リナリアに頼られているわね」
「夫なのだから当たり前だ」
声は小さくても周囲の席に座る者達には聞こえているのだから、しっかりと夫婦なんだと主張する。
さっきの渡り廊下の令嬢達の様にリナリアを傷付ける愚か者はいないとは思うけれど、政略ではなく思い合っての仮婚姻だとはっきり分からせるのは大事だった。
「ふふ」
シシリーは私の意図を理解しているのか、小さく笑った後口を閉じた。
リナリアは恥ずかしそうにしながら、チラチラとこちらを見ているから安心させるように微笑みかける。
微笑みながら、考えるのはさっきの令嬢達だった。
婚約者がいるからと断っているというのに何度も婚約の申し込みをしてきた令嬢がいるから、モーラがリナリアの嫌がらせに指示したとも言い切れないが、わざわざモーラの名前を出していたのが気に掛かる。
本人が何かをしてくるのでは無く、周囲が悪意を見せた方がリナリアは余計に傷付くだろう。
モーラはリナリアを嫌う理由があるから、ある意味諦められるかもしれないが、それ以外の人間に嫌われるのは母親の件があっても簡単には受け入れられないだろう。
もしモーラがそれを狙って仕掛けているのなら、彼女には細心の注意を払わなければならない。
だがどうやって彼女の本心を探ればいいのだろう、新しい演者の演奏を聴きながら私は考えていた。
入学式があったあの日、父上が語ったリナリアの両親についての話は、リナリアに大きな衝撃を与える内容だったけれど手紙に記されていた内容は更なる衝撃を私に与えるものだった。
リナリアの母は、リナリアの父と無理矢理に婚約しただけでなく、自分が組み合わせが気に入らないからという理由で同級生の婚約を解消させようとしたり、曰く付きの男性と婚約を結び直させようとしていたのだ。
リナリアの母は常識が通じない人として有名で、人の常識から遠いところにいる女性という意味で妖精姫と呼ばれていた。
その原因の一つが、彼女の我儘を元王女だった祖母(リナリアには曾祖母)がなんでも叶えてしまうだった。
その妖精姫の最大の我儘である、リナリアの父との婚約を知った貴族達は、自分達の婚約に口出しされては大変だとばかりに、当時リナリアの両親の同級生達やそれに近い年齢の者達中心に先を争う様に仮婚姻の手続きを進めた。
リナリアの父とトレーシーは学校内でも仲の良い恋人として有名だったというのに、妖精姫から無理矢理に婚約を一方的に結ばれてしまったという話が広まったのだから彼らの行動はある意味当然の事だった。
そして貴族達が恐れた通り、妖精姫は自分の取り巻き達にも望み通りの婚約を結ばせてあげようと動き、不幸な事に幾人かの婚約を結んでしまったのだ。
これは妖精姫の悪夢として当時社交界を騒がせていたらしい。
幸いだったのは、リナリアの父親以外は恋人だったものを別れさせたり、誰かの婚約を邪魔しようとしても成功していなかったことだ。
だがこんな話、リナリアに聞かせられるわけがない。
「大変結構です。ライアン、リナリア二人共良く練習しましたね。特にリナリア、最後の難しいところをとても上手に演奏していましたよ」
「ありがとうございます」
教師の声に思考が止まり、演奏中だと忘れていたと気が付いたけれど素知らぬ振りでリナリアに視線向けた。
褒められて照れた様子のリナリアは、何ていうか可愛らしい。
少し彼女と話せば、リナリアは素直で優しい性格だと理解されるのか、この教師はリナリアを気に入っている様だった。
私は周囲に見せつけるようにリナリアに微笑み、そっと背中に手を当てる。
私の行動に目の前の者達は驚いた様子を見せたが、シシリーは満足そうに小さく頷いてみせた。
「席に戻ってよろしい。では次は誰に演奏してもらおうかな……」
教師が次の演者を選ぶ間に、リナリアと席に戻る。
「緊張しました」
「そう見えなかったよ。とても上手に演奏していた」
「ライアン様が奏でた横笛の音が良かったから、私は安心してリュートを演奏出来ただけです」
「それは私の方だよ」
小さな声で話しながら、ゆったりとした足取りで席に戻る。
音楽室は特に席を決められていないから、私とリナリアは隣同士の席に座っていた。
「リナリアのリュートは素敵な音を奏でるのね。私授業中だというのにうっとりと聴き入ってしまったわ」
「ありがとうシシリー、そんな風に褒めて頂けるのは嬉しいわ。でもきっとライアン様が一緒に演奏してくださったからよ」
リナリアと通路を挟んで隣に座っているシシリーは、次の演奏者の邪魔にならない程度の声でリナリアと話をしている。
そう言えばシシリーはリュートが好きで自分もかなり練習をしていたが、上達しないのだと嘆いていた。
自分は下手でも好きな分音に厳しいシシリーが手放し出褒めるのだから、余程リナリアの演奏を気に入ったのだろう。
「ですって、良かったわねライアン様。リナリアに頼られているわね」
「夫なのだから当たり前だ」
声は小さくても周囲の席に座る者達には聞こえているのだから、しっかりと夫婦なんだと主張する。
さっきの渡り廊下の令嬢達の様にリナリアを傷付ける愚か者はいないとは思うけれど、政略ではなく思い合っての仮婚姻だとはっきり分からせるのは大事だった。
「ふふ」
シシリーは私の意図を理解しているのか、小さく笑った後口を閉じた。
リナリアは恥ずかしそうにしながら、チラチラとこちらを見ているから安心させるように微笑みかける。
微笑みながら、考えるのはさっきの令嬢達だった。
婚約者がいるからと断っているというのに何度も婚約の申し込みをしてきた令嬢がいるから、モーラがリナリアの嫌がらせに指示したとも言い切れないが、わざわざモーラの名前を出していたのが気に掛かる。
本人が何かをしてくるのでは無く、周囲が悪意を見せた方がリナリアは余計に傷付くだろう。
モーラはリナリアを嫌う理由があるから、ある意味諦められるかもしれないが、それ以外の人間に嫌われるのは母親の件があっても簡単には受け入れられないだろう。
もしモーラがそれを狙って仕掛けているのなら、彼女には細心の注意を払わなければならない。
だがどうやって彼女の本心を探ればいいのだろう、新しい演者の演奏を聴きながら私は考えていた。
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