2 / 24
第1章 偽王太子断罪編
第2話
しおりを挟む
出口の扉の前から聞こえた声の主は、この国の王太子エドワルドであった。
「王太子殿下がもう1人? どういうことですか?」
誰かが疑問を投げかけ、会場中が困惑に包まれた。エドワルドは疑問には答えず、手で制するとフィルミナの前までつかつかと歩いていく。
「フィルミナ大事はないか?」
「問題ございません。殿下がご無事で安堵いたしました」
淑女の礼をとるフィルミナにエドワルドはふわりと優しい笑みを浮かべる。そしてフィルミナの前に掌を差し出す。
フィルミナは顔を上げると、差し出されたエドワルドの掌に自分の手を重ねる。エドワルドはフィルミナの手をとり、自らの腕に絡めエスコートする。
「(微笑まれた殿下の瞳も美しいですわね。まるでアメジストのよう)」
「本音が素直に出る君は可愛いね」
王太子殿下と婚約者の公爵令嬢。見つめ合う2人の姿は1枚の絵画のように美しく、会場の誰もがほおとため息をもらす。甘いやり取りは口から砂糖が出そうだが……。
エドワルドはもう1人のエドワルドに向き合い、まっすぐに相手の瞳を見据える。
「さて、私を騙る偽物……いやトームスと呼ぶべきか?」
もう1人のエドワルド、いやトームスはビクッと体を震わす。言葉を紡ごうとするが、エドワルドの強い視線に射抜かれたのか声を出すことができない。
「まずは私とすり替わろうとしたのはなぜか? 問わせてもらおうか?」
トームスは観念したようにがっくりとうなだれると真相を語りだした。
話は半日前にさかのぼる。
トームスは貧民街の孤児院で育った。16歳で孤児院を出た後は日雇いの仕事をして、生活費を稼いでいたのだ。だが、定職にはつけず生活が貧しいため、仲間と組んでときおり貴族のふところから財布を盗んだりして、日々を過ごしていた。
ある日、街道に止まっていた馬車に貴族令嬢が1人でいるところを見つけ、身につけている宝石を盗んでやろうと考えつき、実行にうつした。
仲間に御者を押さえつけておくように言うと、自分は馬車に乗り込み令嬢を押さえつけようとする。
令嬢はトームスを見ると、大きな紫の瞳を見開き「王太子……殿下……」とつぶやく。
その言葉にトームスの手が止まる。
「王太子殿下だと?」
「そのお姿はまさしく王太子殿下。なぜそのような身なりでこのようなところにおられますの? 確か殿下は明日まで地方へ視察のはずではないのですか?」
「王太子ってエドワルド殿下か? 俺は王太子とそっくりってことか?」
「え? 貴方は王太子殿下ではありませんの?」
令嬢は完全にトームスを王太子と間違えているようである。トームスの頭にある企みが浮かぶ。
(この貴族の女が王太子と間違うってことは、俺が王太子のフリをしても分からないんじゃないか?)
幸い王太子は明日まで地方へ視察に出かけており帰ってこない。その間だけ王太子のフリをして王城で金目の物を集める。夜のうちにこっそり逃げ出して隣国に行く。そんな浅知恵ともいえる計画がトームスの頭の中で組みあがる。
トームスは元貴族の子息で多少の教養があった。短い時間であれば、王太子のフリくらいはできる。貴族の馬車に乗っていけば、王城に入るのは容易い。
元貴族でありながら王太子の顔を知らなかったのは、幼いころに両親が亡くなり、家は叔父に乗っ取られ、貧民街の孤児院に放り込まれたからだ。
「いや、私は王太子エドワルドだ。早めに地方の視察から戻ったので、忍びで貧民街の視察をしていたのだ」
貴族令嬢は花が咲くような笑顔を浮かべた。そして馬車の中ではあるが腰を浮かせ淑女の礼をとる。
「やはり王太子殿下でしたのね。わたくしはガードナー伯爵家の長女エレナと申します」
世間知らずの伯爵令嬢エレナはあっさりと騙されてしまった。エレナは今まで王太子と実際に話をする機会がなかったのである。
「ではエレナ。すまぬが私を王城まで送ってはくれぬか?」
この国の王太子がエレナの目の前におり、話かけてくれた。すっかり舞い上がったエレナは顔を輝かせる。
「はい。もちろんですわ。あの……王太子殿下。その……」
エレナは歯切れ悪く顔をうつむかせ、手をもじもじと動かす。トームスは訝し気にエレナを見ると、頬が赤く染まっている。
(なるほど。この女、王太子が好きなんだな。利用しやすいかもしれないな)
トームスはニヤリと笑うとエレナの手をとる。
「この礼はしよう。望みがあれば言ってみるがよい」
エレナは顔をあげ、王太子と思い込んでいるトームスを見る。赤く染まっていた頬は、さらに赤みが増して爆発してしまいそうだ。
「そ……それでは……あの……王太子殿下には婚約者のフィルミナ様がいらっしゃるのは存じておりますが……その……今夜の王宮舞踏会で……」
そこでエレナは一旦言葉を切ると、深呼吸する。
「わたくしのエスコートをしてくださいませんか?」
「王宮舞踏会のエスコートか。承知した? え? 王宮舞踏会ぃぃぃぃぃ! しかも今夜だってぇぇぇぇぇ!」
とっさに返事をしてしまったトームスは絶叫する。
「やはり、ダメでしょうか?」
エレナはしゅんとうなだれてしまった。落ちぶれても元貴族のトームスは「女性には優しく」と父に言われて育ったのだ。その精神は忘れていない。
「ダ……ダメではないぞ。うむ。王宮舞踏会でエスコートだな。王族に二言はない」
「本当ですか? うれしゅうございます、殿下。どうぞよろしくお願い申し上げます」
成り行きとはいえ、そのままトームスはエレナに連行される形で王城へと行くはめになってしまった。
エレナは王宮舞踏会に行く途中だったので、トームスは何の準備もできなかったが、なんとかなるだろうと腹をくくる。すべては金のためだ。
ちなみに御者には眠ってもらい、仲間に御者の代わりをしてもらうことにした。
王城ではエレナと同じように、早めに帰国できたのでついでに貧民街の視察で目立たぬ身なりをしていたと嘘をついた。王城の使用人たちはトームスの言葉を信じて、丁重に身なりを整えてくれたのだ。
どうやらこの国の王太子が度々変装をしてお忍びで城下に行っているという噂は本当だったようだ。
「王太子殿下がもう1人? どういうことですか?」
誰かが疑問を投げかけ、会場中が困惑に包まれた。エドワルドは疑問には答えず、手で制するとフィルミナの前までつかつかと歩いていく。
「フィルミナ大事はないか?」
「問題ございません。殿下がご無事で安堵いたしました」
淑女の礼をとるフィルミナにエドワルドはふわりと優しい笑みを浮かべる。そしてフィルミナの前に掌を差し出す。
フィルミナは顔を上げると、差し出されたエドワルドの掌に自分の手を重ねる。エドワルドはフィルミナの手をとり、自らの腕に絡めエスコートする。
「(微笑まれた殿下の瞳も美しいですわね。まるでアメジストのよう)」
「本音が素直に出る君は可愛いね」
王太子殿下と婚約者の公爵令嬢。見つめ合う2人の姿は1枚の絵画のように美しく、会場の誰もがほおとため息をもらす。甘いやり取りは口から砂糖が出そうだが……。
エドワルドはもう1人のエドワルドに向き合い、まっすぐに相手の瞳を見据える。
「さて、私を騙る偽物……いやトームスと呼ぶべきか?」
もう1人のエドワルド、いやトームスはビクッと体を震わす。言葉を紡ごうとするが、エドワルドの強い視線に射抜かれたのか声を出すことができない。
「まずは私とすり替わろうとしたのはなぜか? 問わせてもらおうか?」
トームスは観念したようにがっくりとうなだれると真相を語りだした。
話は半日前にさかのぼる。
トームスは貧民街の孤児院で育った。16歳で孤児院を出た後は日雇いの仕事をして、生活費を稼いでいたのだ。だが、定職にはつけず生活が貧しいため、仲間と組んでときおり貴族のふところから財布を盗んだりして、日々を過ごしていた。
ある日、街道に止まっていた馬車に貴族令嬢が1人でいるところを見つけ、身につけている宝石を盗んでやろうと考えつき、実行にうつした。
仲間に御者を押さえつけておくように言うと、自分は馬車に乗り込み令嬢を押さえつけようとする。
令嬢はトームスを見ると、大きな紫の瞳を見開き「王太子……殿下……」とつぶやく。
その言葉にトームスの手が止まる。
「王太子殿下だと?」
「そのお姿はまさしく王太子殿下。なぜそのような身なりでこのようなところにおられますの? 確か殿下は明日まで地方へ視察のはずではないのですか?」
「王太子ってエドワルド殿下か? 俺は王太子とそっくりってことか?」
「え? 貴方は王太子殿下ではありませんの?」
令嬢は完全にトームスを王太子と間違えているようである。トームスの頭にある企みが浮かぶ。
(この貴族の女が王太子と間違うってことは、俺が王太子のフリをしても分からないんじゃないか?)
幸い王太子は明日まで地方へ視察に出かけており帰ってこない。その間だけ王太子のフリをして王城で金目の物を集める。夜のうちにこっそり逃げ出して隣国に行く。そんな浅知恵ともいえる計画がトームスの頭の中で組みあがる。
トームスは元貴族の子息で多少の教養があった。短い時間であれば、王太子のフリくらいはできる。貴族の馬車に乗っていけば、王城に入るのは容易い。
元貴族でありながら王太子の顔を知らなかったのは、幼いころに両親が亡くなり、家は叔父に乗っ取られ、貧民街の孤児院に放り込まれたからだ。
「いや、私は王太子エドワルドだ。早めに地方の視察から戻ったので、忍びで貧民街の視察をしていたのだ」
貴族令嬢は花が咲くような笑顔を浮かべた。そして馬車の中ではあるが腰を浮かせ淑女の礼をとる。
「やはり王太子殿下でしたのね。わたくしはガードナー伯爵家の長女エレナと申します」
世間知らずの伯爵令嬢エレナはあっさりと騙されてしまった。エレナは今まで王太子と実際に話をする機会がなかったのである。
「ではエレナ。すまぬが私を王城まで送ってはくれぬか?」
この国の王太子がエレナの目の前におり、話かけてくれた。すっかり舞い上がったエレナは顔を輝かせる。
「はい。もちろんですわ。あの……王太子殿下。その……」
エレナは歯切れ悪く顔をうつむかせ、手をもじもじと動かす。トームスは訝し気にエレナを見ると、頬が赤く染まっている。
(なるほど。この女、王太子が好きなんだな。利用しやすいかもしれないな)
トームスはニヤリと笑うとエレナの手をとる。
「この礼はしよう。望みがあれば言ってみるがよい」
エレナは顔をあげ、王太子と思い込んでいるトームスを見る。赤く染まっていた頬は、さらに赤みが増して爆発してしまいそうだ。
「そ……それでは……あの……王太子殿下には婚約者のフィルミナ様がいらっしゃるのは存じておりますが……その……今夜の王宮舞踏会で……」
そこでエレナは一旦言葉を切ると、深呼吸する。
「わたくしのエスコートをしてくださいませんか?」
「王宮舞踏会のエスコートか。承知した? え? 王宮舞踏会ぃぃぃぃぃ! しかも今夜だってぇぇぇぇぇ!」
とっさに返事をしてしまったトームスは絶叫する。
「やはり、ダメでしょうか?」
エレナはしゅんとうなだれてしまった。落ちぶれても元貴族のトームスは「女性には優しく」と父に言われて育ったのだ。その精神は忘れていない。
「ダ……ダメではないぞ。うむ。王宮舞踏会でエスコートだな。王族に二言はない」
「本当ですか? うれしゅうございます、殿下。どうぞよろしくお願い申し上げます」
成り行きとはいえ、そのままトームスはエレナに連行される形で王城へと行くはめになってしまった。
エレナは王宮舞踏会に行く途中だったので、トームスは何の準備もできなかったが、なんとかなるだろうと腹をくくる。すべては金のためだ。
ちなみに御者には眠ってもらい、仲間に御者の代わりをしてもらうことにした。
王城ではエレナと同じように、早めに帰国できたのでついでに貧民街の視察で目立たぬ身なりをしていたと嘘をついた。王城の使用人たちはトームスの言葉を信じて、丁重に身なりを整えてくれたのだ。
どうやらこの国の王太子が度々変装をしてお忍びで城下に行っているという噂は本当だったようだ。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる