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第2章 学園編
第8話
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翌日、フィルミナにパンケーキがどれほど美味しかったか、それはもう詳しく聴かされたトームスは泣きそうになった。
「スポンジは柔らかくて、生クリームはふわっとして口の中でとろけるようでした。イチゴは瑞々しく甘くて(食べられなくて気の毒でしたわね)」
「うん。美味しかったんだ。良かったね。それいじめだよな?」
涙がほろりと零れ落ちそうだ。トームスはフィルミナに泣き顔を見せたくない一心で必死に耐えた。
「まあ、そうがっがりするな。来週また同じ店を予約してもらうようにエレナ嬢にお願いしてある」
エドワルドがエレナに確認するように顔を向けると、エレナは笑顔で頷く。
「しっかり予約いたしました。安心してくださいませ」
トームスは底辺まで沈んで泣きそうだった気持ちが浮上した。羽が生えて天まで上ってしまいそうになる。
「本当か! 今度は殿下のおごりなんだよな?」
「もちろんだ。満足するまで食べるといい」
「というわけでこれを来週までに読んでくださいね」
フィルミナに1冊の本を渡される。タイトルは『美しいつむじの見分け方』だった。盛り上がっていたトームスの気持ちがまた下がる。
「来週はつむじについて考察しますの。クラスの皆さんのつむじもよく見ておいてくださいね(拒否権はありませんわよ)」
「……普通、貴族の令嬢の話題ってドレスとか宝石とかそんな話題じゃないのか? てか、まだこの本持ってたんだな」
忘れもしない。子供の頃、トームスがフィルミナに池に投げ飛ばされた時に読んでいた本だ。
「ドレスや宝石は身につけれればなんでも良いのです。わたくしは一度手に入れた本は手離さない主義です」
フィルミナの屋敷、ヴィルシュタイン公爵家にはフィルミナ専用の書斎が3部屋あるのだ。本の重みで床が抜けそうなのを心配しているフィルミナの父ヴィルシュタイン公爵は、近々フィルミナ専用に離れを建設しようと計画しているという噂を聞いた。
トームスは渋々、本を受けとる。パンケーキのためだ。頑張って読破するしかない。
「分かった。読んでおく」
「トームス。おまえ昨日アンジェリカ嬢に何かしたか?」
授業が終わって、エドワルドとトームスは仕事のために王宮の王太子執務室に戻ったのだが、入室した途端にエドワルドに壁ドンされた。
「殿下。俺、そういう趣味はないんですけど」
「私はフィルミナ一筋だ! 仮にそういう趣味だとしても自分と同じ顔の人間は選ばん!」
「そうですか? ナルシストって言われても頷けますけど」
エドワルドは王子の見本のような美しい姿をしている。同じ姿のトームスもだが、王族で洗練された所作と貴族の生まれでも庶民の中で育った者の所作ではどこか違う。
「昨日はアンジェリカ嬢にひたすらお礼を言われて……途中で泣きそうだったからハンカチを貸したな」
エドワルドは壁についた手を放し、自分の額にあてると、はぁとため息を吐いた。
「それのせいか」
「何かあったのか?」
エドワルドは内ポケットからハンカチを取り出すと、トームスの目の前に差し出す。
「アンジェリカ嬢に貸したハンカチか? あれ? でもなんか微妙に違うな。刺繍がしてある」
トームスがアンジェリカに貸したのは白いハンカチなのだが、片隅に紫の糸でスミレの刺繍が施されている。
「わざわざ刺繍して返してくれたのか。なかなか上手いな」
「フィルミナの刺繍の腕前の方が上だ。見るが良い」
エドワルドはもう1枚ハンカチを内ポケットから出す。そのハンカチは全面に芸術的ともいえる天使の姿が刺繍されていた。天使の姿はエドワルドに似ている。
「おお! これ全部刺繍なのか! すごいな、これ! あいつのことだからつむじの刺繍でもするのかと思ってた」
婚約者の刺繍を褒められて、得意げなエドワルドだったが、はっと我にかえる。
「そうではなくてだな! 貴族の女性が刺繍をしたハンカチを贈ることは家族か夫または婚約者にしか許されていないのだ!」
「そうなのか? 貴族になったばかりだから知らなかったんじゃないのか?」
エドワルドはトームスにアンジェリカのハンカチを押し付けると執務机に向かう。
「それはおまえのハンカチだからな。おまえが持っておけ」
「婚約者でもないのに持っていていいのかな」
エドワルドは執務机につくと溜まっている書類に手をつけ始める。トームスも別の書類の山に目を通し、優先順位をつけて並べかえていく。エドワルドが仕事しやすいようにしているのだ。実に優秀な侍従である。
「ではアンジェリカ嬢と婚約するか?」
「いやだね。あのお嬢様はたぶん腹黒令嬢だぞ。殿下も気をつけた方がいいぞ」
書類にサインをしながら「ほお」と感心したようにエドワルドが言う。
「フィルミナも同じようなことを言っていたな。つむじが曲がっているとか」
「あいつ、なんでつむじで人を判断するんだろう?」
「フィルミナの観察眼はたいしたものだぞ」
「判断基準がおかしいだろう!?」
「スポンジは柔らかくて、生クリームはふわっとして口の中でとろけるようでした。イチゴは瑞々しく甘くて(食べられなくて気の毒でしたわね)」
「うん。美味しかったんだ。良かったね。それいじめだよな?」
涙がほろりと零れ落ちそうだ。トームスはフィルミナに泣き顔を見せたくない一心で必死に耐えた。
「まあ、そうがっがりするな。来週また同じ店を予約してもらうようにエレナ嬢にお願いしてある」
エドワルドがエレナに確認するように顔を向けると、エレナは笑顔で頷く。
「しっかり予約いたしました。安心してくださいませ」
トームスは底辺まで沈んで泣きそうだった気持ちが浮上した。羽が生えて天まで上ってしまいそうになる。
「本当か! 今度は殿下のおごりなんだよな?」
「もちろんだ。満足するまで食べるといい」
「というわけでこれを来週までに読んでくださいね」
フィルミナに1冊の本を渡される。タイトルは『美しいつむじの見分け方』だった。盛り上がっていたトームスの気持ちがまた下がる。
「来週はつむじについて考察しますの。クラスの皆さんのつむじもよく見ておいてくださいね(拒否権はありませんわよ)」
「……普通、貴族の令嬢の話題ってドレスとか宝石とかそんな話題じゃないのか? てか、まだこの本持ってたんだな」
忘れもしない。子供の頃、トームスがフィルミナに池に投げ飛ばされた時に読んでいた本だ。
「ドレスや宝石は身につけれればなんでも良いのです。わたくしは一度手に入れた本は手離さない主義です」
フィルミナの屋敷、ヴィルシュタイン公爵家にはフィルミナ専用の書斎が3部屋あるのだ。本の重みで床が抜けそうなのを心配しているフィルミナの父ヴィルシュタイン公爵は、近々フィルミナ専用に離れを建設しようと計画しているという噂を聞いた。
トームスは渋々、本を受けとる。パンケーキのためだ。頑張って読破するしかない。
「分かった。読んでおく」
「トームス。おまえ昨日アンジェリカ嬢に何かしたか?」
授業が終わって、エドワルドとトームスは仕事のために王宮の王太子執務室に戻ったのだが、入室した途端にエドワルドに壁ドンされた。
「殿下。俺、そういう趣味はないんですけど」
「私はフィルミナ一筋だ! 仮にそういう趣味だとしても自分と同じ顔の人間は選ばん!」
「そうですか? ナルシストって言われても頷けますけど」
エドワルドは王子の見本のような美しい姿をしている。同じ姿のトームスもだが、王族で洗練された所作と貴族の生まれでも庶民の中で育った者の所作ではどこか違う。
「昨日はアンジェリカ嬢にひたすらお礼を言われて……途中で泣きそうだったからハンカチを貸したな」
エドワルドは壁についた手を放し、自分の額にあてると、はぁとため息を吐いた。
「それのせいか」
「何かあったのか?」
エドワルドは内ポケットからハンカチを取り出すと、トームスの目の前に差し出す。
「アンジェリカ嬢に貸したハンカチか? あれ? でもなんか微妙に違うな。刺繍がしてある」
トームスがアンジェリカに貸したのは白いハンカチなのだが、片隅に紫の糸でスミレの刺繍が施されている。
「わざわざ刺繍して返してくれたのか。なかなか上手いな」
「フィルミナの刺繍の腕前の方が上だ。見るが良い」
エドワルドはもう1枚ハンカチを内ポケットから出す。そのハンカチは全面に芸術的ともいえる天使の姿が刺繍されていた。天使の姿はエドワルドに似ている。
「おお! これ全部刺繍なのか! すごいな、これ! あいつのことだからつむじの刺繍でもするのかと思ってた」
婚約者の刺繍を褒められて、得意げなエドワルドだったが、はっと我にかえる。
「そうではなくてだな! 貴族の女性が刺繍をしたハンカチを贈ることは家族か夫または婚約者にしか許されていないのだ!」
「そうなのか? 貴族になったばかりだから知らなかったんじゃないのか?」
エドワルドはトームスにアンジェリカのハンカチを押し付けると執務机に向かう。
「それはおまえのハンカチだからな。おまえが持っておけ」
「婚約者でもないのに持っていていいのかな」
エドワルドは執務机につくと溜まっている書類に手をつけ始める。トームスも別の書類の山に目を通し、優先順位をつけて並べかえていく。エドワルドが仕事しやすいようにしているのだ。実に優秀な侍従である。
「ではアンジェリカ嬢と婚約するか?」
「いやだね。あのお嬢様はたぶん腹黒令嬢だぞ。殿下も気をつけた方がいいぞ」
書類にサインをしながら「ほお」と感心したようにエドワルドが言う。
「フィルミナも同じようなことを言っていたな。つむじが曲がっているとか」
「あいつ、なんでつむじで人を判断するんだろう?」
「フィルミナの観察眼はたいしたものだぞ」
「判断基準がおかしいだろう!?」
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