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第2章 学園編
第12話
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貴族の義務の一つに慈善事業がある。トームスはエドワルドに「貴族になったのだから、慈善活動くらいしておけ」と言われたので、自分を保護してくれた孤児院も兼ねた教会に毎月訪問に行っている。
「トームス。いえマルク子爵。今月も多くの寄付をありがとうございます」
孤児院の院長兼教会のクルス牧師がトームスに礼をする。貧しかったが、善良なクルス牧師はトームスを始め多くの孤児を愛情をこめて育ててくれた。
「昔どおりトームスでいいよ。牧師様は俺の父親同然なんだし。ところでシスターマリアは元気か?」
「元気だよ。今は子供たちと出かけている。もうすぐ帰ってくるから……」
待っていたらどうかな? とクルス牧師が言い終わる前にドアが乱暴にバンっと開いて、シスター姿の年配女性が飛び込んでくる。
「トームス! 来ていたのかい? 久しぶりだね」
トームスの母親代わりだったシスターマリアだった。トームスの背中をバシバシと叩くと豪快に笑う。女性の力とはいえ、ちょっと痛い。
「ちょうどいい。今から昼ごはんを作るから食べていきな。作っている間、子供たちの相手をしていておくれ」
「あ。はい」
シスターマリアの迫力に負けたトームスは素直に頷く。豪快なシスターマリアは悪いことをすれば、子供だろうと容赦がない。トームスも子供の頃から悪いことをする度にぶっ飛ばされた。
「……相変わらず元気で安心したよ」
昼ごはんができるまで、子供たちに本を読んでやっていた。トームスはわりと面倒見がいいので子供たちに懐かれている。
「トームス兄ちゃん、今度はこれを読んでよ」
「おう。いいぞ」
タイトルを見ると『子供版・美しいつむじの見分け方』だった。
「…………お前ら。この本どうしたんだ?」
「このまえ、お姫様みたいなきれいなプラチナブロンドのお姉ちゃんが持ってきてくれたんだよ」
「バカ。お姫様みたいじゃなくて、貴族なんだから本物のお姫様だよ」
「『きっと将来役に立つわ』って言ってたよ」
子供たちが口々にわいわい話す。該当する人物は1人しかいない。
(……フィルミナのやつ。子供たちをどこに導くつもりだ?)
子供たちがつむじに悟りを得たらどうするんだ? 今度会ったら問いただそうと思ったところで、シスターマリアの「ごはんだよ!」という呼び声が聴こえた。
「トームス、貴族の生活はどうだい? もう慣れたのかい?」
「会うたびに同じこと聴くな。かなり慣れたよ」
シスターマリアの料理は絶品だ。貧しいながらも工夫して美味しいごはんを作ってくれた。「これぞ、おふくろの味」と頷きながら料理を食べる。
「貴族の生活はマナーとかしきたりとか厳しいって聴くからね。おまえが阿呆なことしてないか心配でね」
「……シスター。俺、ここに来るまでは一応貴族の教育を受けてたんだけど」
シスターマリアはふんと鼻をならす。
「どうだかね。おまえは頭が回るけど、時々間抜けだからね」
「どういう意味だよ」
まあまあとクルス牧師が二人の間に入る。
「トームスとヴィルシュタイン公爵家のおかげでこの教会は持ち直したからね。感謝しているよ」
「ヴィルシュタイン公爵? あそこもここに寄付しているのか?」
クルス牧師はお茶を飲みながら頷く。
「ヴィルシュタイン公爵閣下はおまえを探してこの教会に来たんだよ。残念ながらおまえがここを出た後だったが。友人の息子を育ててくれてありがとうとそれ以来寄付をしてくれているんだよ」
「そうだったのか」
トームスは父の姿を想い出す。穏やかでのんびりとした優しい父だった。あの父と切れ者のヴィルシュタイン公爵とどういう接点があったのか謎だが、いつか聞いてみようと思った。
孤児院での楽しいひとときはあっという間だった。
「また来月来るよ。牧師様。シスター」
「しっかりおやり!」
馬車に乗る前にシスターマリアは背中を叩いて送りだしてくれた。
「頑張るんだぞ。トームス」
クルス牧師は優しく笑って見送ってくれた。
「トームス兄ちゃん! あの本の代わりを今度持ってきてくれよ」
子供たちがぶんぶん手を振ってくれる。あの本とは『子供版・美しいつむじの見分け方』だ。代わりの絵本を今度いっぱい持ってくるからと約束して子供たちから取り上げたのだ。子供たちの未来をおかしな方向にいかせるわけにはいかない。
「トームス。孤児院はどうだった?」
御者をしてくれているジンが話しかける。トームスと一緒に王城へ忍びこんだ仲間だ。あの後、彼の身柄はトームスに渡された。ジンは現在マルク子爵家で従僕見習いとして働いている。
今日は一応目立たない馬車で来たので、街並みを見ながら行きたいとトームスはジンと御者台に座っている。
「ああ。楽しかったよ。みんな元気で……」
言いかけて見慣れた姿が裏通りに入っていくのを目の端に止めた。
「ジン。止めてくれ」
ジンは馬の手綱をひくと訝し気な顔をする。
「どうかしたのか?」
「いや。見知ったやつが裏通りに入っていたんだ。ちょっと見てくるから、待っててくれ」
トームスは馬車を降りると、裏通りに入っていった。
「トームス。いえマルク子爵。今月も多くの寄付をありがとうございます」
孤児院の院長兼教会のクルス牧師がトームスに礼をする。貧しかったが、善良なクルス牧師はトームスを始め多くの孤児を愛情をこめて育ててくれた。
「昔どおりトームスでいいよ。牧師様は俺の父親同然なんだし。ところでシスターマリアは元気か?」
「元気だよ。今は子供たちと出かけている。もうすぐ帰ってくるから……」
待っていたらどうかな? とクルス牧師が言い終わる前にドアが乱暴にバンっと開いて、シスター姿の年配女性が飛び込んでくる。
「トームス! 来ていたのかい? 久しぶりだね」
トームスの母親代わりだったシスターマリアだった。トームスの背中をバシバシと叩くと豪快に笑う。女性の力とはいえ、ちょっと痛い。
「ちょうどいい。今から昼ごはんを作るから食べていきな。作っている間、子供たちの相手をしていておくれ」
「あ。はい」
シスターマリアの迫力に負けたトームスは素直に頷く。豪快なシスターマリアは悪いことをすれば、子供だろうと容赦がない。トームスも子供の頃から悪いことをする度にぶっ飛ばされた。
「……相変わらず元気で安心したよ」
昼ごはんができるまで、子供たちに本を読んでやっていた。トームスはわりと面倒見がいいので子供たちに懐かれている。
「トームス兄ちゃん、今度はこれを読んでよ」
「おう。いいぞ」
タイトルを見ると『子供版・美しいつむじの見分け方』だった。
「…………お前ら。この本どうしたんだ?」
「このまえ、お姫様みたいなきれいなプラチナブロンドのお姉ちゃんが持ってきてくれたんだよ」
「バカ。お姫様みたいじゃなくて、貴族なんだから本物のお姫様だよ」
「『きっと将来役に立つわ』って言ってたよ」
子供たちが口々にわいわい話す。該当する人物は1人しかいない。
(……フィルミナのやつ。子供たちをどこに導くつもりだ?)
子供たちがつむじに悟りを得たらどうするんだ? 今度会ったら問いただそうと思ったところで、シスターマリアの「ごはんだよ!」という呼び声が聴こえた。
「トームス、貴族の生活はどうだい? もう慣れたのかい?」
「会うたびに同じこと聴くな。かなり慣れたよ」
シスターマリアの料理は絶品だ。貧しいながらも工夫して美味しいごはんを作ってくれた。「これぞ、おふくろの味」と頷きながら料理を食べる。
「貴族の生活はマナーとかしきたりとか厳しいって聴くからね。おまえが阿呆なことしてないか心配でね」
「……シスター。俺、ここに来るまでは一応貴族の教育を受けてたんだけど」
シスターマリアはふんと鼻をならす。
「どうだかね。おまえは頭が回るけど、時々間抜けだからね」
「どういう意味だよ」
まあまあとクルス牧師が二人の間に入る。
「トームスとヴィルシュタイン公爵家のおかげでこの教会は持ち直したからね。感謝しているよ」
「ヴィルシュタイン公爵? あそこもここに寄付しているのか?」
クルス牧師はお茶を飲みながら頷く。
「ヴィルシュタイン公爵閣下はおまえを探してこの教会に来たんだよ。残念ながらおまえがここを出た後だったが。友人の息子を育ててくれてありがとうとそれ以来寄付をしてくれているんだよ」
「そうだったのか」
トームスは父の姿を想い出す。穏やかでのんびりとした優しい父だった。あの父と切れ者のヴィルシュタイン公爵とどういう接点があったのか謎だが、いつか聞いてみようと思った。
孤児院での楽しいひとときはあっという間だった。
「また来月来るよ。牧師様。シスター」
「しっかりおやり!」
馬車に乗る前にシスターマリアは背中を叩いて送りだしてくれた。
「頑張るんだぞ。トームス」
クルス牧師は優しく笑って見送ってくれた。
「トームス兄ちゃん! あの本の代わりを今度持ってきてくれよ」
子供たちがぶんぶん手を振ってくれる。あの本とは『子供版・美しいつむじの見分け方』だ。代わりの絵本を今度いっぱい持ってくるからと約束して子供たちから取り上げたのだ。子供たちの未来をおかしな方向にいかせるわけにはいかない。
「トームス。孤児院はどうだった?」
御者をしてくれているジンが話しかける。トームスと一緒に王城へ忍びこんだ仲間だ。あの後、彼の身柄はトームスに渡された。ジンは現在マルク子爵家で従僕見習いとして働いている。
今日は一応目立たない馬車で来たので、街並みを見ながら行きたいとトームスはジンと御者台に座っている。
「ああ。楽しかったよ。みんな元気で……」
言いかけて見慣れた姿が裏通りに入っていくのを目の端に止めた。
「ジン。止めてくれ」
ジンは馬の手綱をひくと訝し気な顔をする。
「どうかしたのか?」
「いや。見知ったやつが裏通りに入っていたんだ。ちょっと見てくるから、待っててくれ」
トームスは馬車を降りると、裏通りに入っていった。
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