神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです

珂里

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試練の時 2 〜フレイ〜

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天気の良い昼下がり。男3人で立ち話をしていれば、城で働いている侍女や使用人達に少なからず注目を浴びてしまう。

カール隊長とダナン副隊長は独身でそこそこカッコイイので、城で働く者達に人気がある。

そこへ、一際注目を浴びる人物が稽古場の方から歩いて来た。

サラサラと輝く金髪が、陽の光をうけて更に輝きを増している。
周囲からの熱い視線を全く無視して、睫毛が長く魅力的な青い目は真っ直ぐ前だけを向いていた。


「リスター」

私の呼ぶ声に気づき視線をこちらに移すと、表情を変えること無く歩み寄って来る。

「なんですか?」

私の目の前まで来たリスターは、少し私を見下ろしながら言った。

リスターはグングンと背が伸び、今では背を抜かされてしまっている。

14歳でこの身長……私も背は高い部類に入るのだけれど。リスターはもう少し伸びるかもしれない。

声変わりもして、外見はすっかり大人の男の仲間入りをしている私の弟は、2年前、アヤナがいなくなってしまった日から、一切の表情を無くしていた。

アヤナがいた頃の表情豊かなリスターは姿を消し、その面影はどこにも無い。

リスターの見事なまでの無表情は、アヤナが側にいなくなってしまったリスターの哀しみ具合をそのまま物語っていて、見守る私達家族もとても辛かった。

「だから、なんですか?」

ジッと見つめる私に気づいて、リスターが再度言う。

「いや、大きくなったなと思ってね。」

「いつまでも子供扱いしないで下さい。」

用はそれだけですか?と、踵を返そうとするリスターを、私は慌てて止めた。

「もう家に帰るのかい?私も今日は早く終わったから、一緒に帰ろうよ。」

私は城での仕事が忙しく、リスターは騎士団での訓練に明け暮れていたので、最近まともに話した記憶が無いのだ。

たまには兄弟でゆっくり話しがしたい。

そう私が言うと、リスターは少し目を伏せて首を横に振る。

「今日はこれからアヤナの家へ行きます。叔母上が伏せってしまったようなので……。」

「叔母上が?」

昨日、アヤナが帰って来れないと連絡を受けたからだろうか。


幼少期に体の弱かったという叔母上は、アヤナがいなくなるとすっかり気落ちしてしまい、病に伏せる事が多くなった。

それに伴い、屋敷に籠る事が多くなる。

リスターと母上は、そんな叔母上を心配し、よく会いに行っていた。

アヤナ以外誰に対しても関心がないリスターだが、叔父上と叔母上の事は気にかけていて、アヤナがいなくなってからも屋敷を訪れているのだ。

「私も一緒に行くよ。」

私の申し出にリスターが頷く。

カール隊長とダナン副隊長とはここで別れて、リスターと馬車に乗り込んだ。

久しぶりにじっくり見る我が弟の顔は、心なしか疲れて見える。

「昨日は眠れなかったのかい?」

「…………」

「悪かったね。リスターと叔母上には期待させるだけさせといて……。」

「謝らないでください。兄上のせいではないのですから。」

「でも…」

窓の外を見ていたリスターが、私に目を向けて軽く睨み、まだ謝ろうとする私を制した。

リスターは私より背が高い上に毎日鍛えているから体格もしっかりしている。

私もほどほどに鍛えてはいるが、毎日机にかじりついて働いている私とは雲泥の差があるだろう。

そんなリスターに制されてしまえば、大人しく従うしかなかった。

「アヤナを守るために強くなりたい」と、意気込んで騎士団に通い出した幼い頃のリスターを思い出す。

あの頃のリスターはとてもキラキラとしていた。アヤナといつも一緒にいて、笑い合って、本当に幸せそうだったのに。

今でもリスターは騎士になるべく訓練している。まだ成人前で正式に騎士団には入団出来ていないが、幼い頃から共に訓練してきた騎士達には、既に仲間として迎え入れられていた。

今は試練の時だと、表情を無くしても頑張り続けるリスターの心中を思い、私は胸が痛んだ。



そして、ベッドの上で体を起こし、力無く微笑む叔母上に会って、私の胸は更に痛む事になる。

久しぶりに会った叔母上はすっかり痩せてしまい、気力も体力も無いというような状態だった。
叔母上が弱く微笑む度に、変な焦燥感に駆られる。

早くこの状況をなんとかしなければ。
早くしなければ、みんな手遅れになる。


そんな事を考えながら立ち尽くす私の横で、リスターは慣れた手つきで叔母上に水を飲ませたり、背中にクッションを当てがったりしていた。

叔母上のリクエストに応えて、図書室から本を何冊か取りに行くリスターの後に付いて、私も慌てて部屋を出る。

正直、部屋に残っても叔母上と上手く話せる自信が全くない。胸が締めつけられてしまって、ろくに話せないだろうから。



図書室に入り、私はキョロキョロと辺りを見渡した。
うちには書斎に大きな本棚はあっても、ここまでちゃんとした図書室は無い。

叔母上が本好きな為に叔父上が作らせたとか。

何度か屋敷には訪れていたけど、この図書室に入るのは初めてだ。

リスターはというと、勝手知ったるように本棚間を歩み進め、叔母上から頼まれた本を探している。

リスターはアヤナに字を教える為に、よく図書室を利用していたらしい。


「よく場所を把握しているね。」

「アヤナといつも来てましたから。アヤナと一緒じゃないのは今日が初めてです。」

私を見る事なく本を探していたリスターの足が止まった。
本棚にある手の先には絵本の背表紙が見える。

「アヤナはこの絵本が好きで、2人で何回も読んでいました。」

リスターは絵本を手に取り、懐かしむようにパラパラとめくった。
と、めくる手が突然止まり、リスターが目を瞠っている。

固まって動かなくなったリスターを不思議に思い、私は絵本の開かれたままのページを覗き見た。

そこには、そのページに挟まっていただろう2通の手紙がある。

『リスターへ』

『お父様、お母様へ』

封筒に書かれていた幼さの残る可愛らしい字。


それは、誰からの手紙だと問わなくても分かるものだった。
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