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魔王の前座
しおりを挟むダンジョンの奥に俺たちはいる。この扉の向こうに魔王がいる。世界の平和を邪魔する者。人類の敵。魔王を倒せば聖剣も手に入る。勇者の俺は、グッと拳に力が入る。
「そんなに緊張しないで。私たちがいるんだから」
「君を死なせはしないよ」
「うむ」
精霊使いのエルフのお姉さん。賢者のインテリおじさん。剣聖の堅物おじさん。それぞれ温かい言葉を掛けてくれる。
良かったこのパーティーで。俺は胸を撫でおろす。
「勇者ばかりが死ぬパーティーと聞いて、最初は不安だったんです」
「まあ、誰がそんなことを?」
エルフのお姉さんが俺のつぶやきに、ブルーの綺麗な眼を大きくして聞いてくる。
「噂でちらっと」
「ふーん」
「俺たちに嫉妬している奴らが流した噂だな」
「うむ」
噂というか、ほんとは司教も国王も言ってたけどね。だから俺をこのパーティーに補充させるのは最初は反対だったみたいだ。
だけどこの三人は圧倒的に強い。それぞれ名のあるローブ、杖、大剣を携えている。装備も最強だ。
この三人がいるパーティーじゃなきゃここまで来れない。
俺が入って間も無いのに、ずっと同じパーティーだったようなチームワークだ。ダンジョン内のAランクの魔物も苦にすることなく、魔王の座の前まで来た。
でもどうしてだろうか。他の勇者の才能がある者は、このパーティーに入ったら死んでしまう。魔王戦で死んでしまう。もう俺以外の勇者はいないのではというくらい、全滅だ。
そりゃ魔王との戦いなんだから勇者が死ぬことだってあり得るけど、この三人は必ず生き残る。そして、新たに勇者の才能がある者を補充して、また魔王戦に挑む。その繰り返しだ。
「俺、足手まといにならないように頑張ります!」
三人がニコッと笑う。そして魔王へと続く扉を力いっぱい開く。
魔王の座には魔王はいなかった。
代わりに、スタンドマイクがひとつ置かれていた。その前にはパイプ椅子が四つ。
ん? 何これ?
頭いっぱいの、はてなマークをよそに、エルフお姉さん達はパイプ椅子に座っていく。
え? 座るの? 余りに当然のようにみんな座るので俺も思わず座ってしまう。
あのー、と声を掛けたら、三人に「しっ」と、指で黙らされた。
間もなくして、二匹のリザードマンがやって来た。スタンドマイクの前で立ち止まる。蝶ネクタイを着けている。
「魔王様あるある!!」
おもむろにリザードマン二匹が同時に喋り出した。
「魔王様、無駄に体を大きくしがち」
「巨体だよねー」
「そんなんで速く動けるのかと」
「動いちゃうんだよねー」
「さすが魔王様!!」
えっ? 何これ。
二匹のリザードマンは唐突に、あるあるネタをやり始めた。
「魔王様、勇者に世界の半分をやろうとしがち」
「ふとっぱらだよねー」
「会ったばっかりの他人なのにねー」
「さすが魔王様!!」
何? これ何?
三人は前のめりで、笑顔でネタを聞いている。俺の動揺なんて眼中にない。
だんだんムカついてきた。その最後の同時に言う、さすが魔王様は、決め台詞なのか?
「魔王様、夜に行動しがち」
「昼間は何してんだろうねー」
「バカ言え、ひそかに特訓してんだよ」
「さすが魔王様!!」
キャハハッ、じゃねーよエルフ女。笑いの沸点低すぎだろ。手を叩くな手を。
「魔王様、勇者の攻撃を剣で反射しがち」
「すごい剣捌きと」
「動体視力」
「さすが魔王様!!」
ははっ、じゃねーよ剣聖。お前堅物じゃなかったのかよ。てか、お前の剣はどうした。あーしっかり鞘に収めてるのね。
「魔王様、勇者達のステータスに応じて魔物の配置をしがち」
「いきなり強い魔物や自分が行ったりしないよねー」
「優しいよねー」
「さすが魔王様!!」
おい賢者、腕を組んで感心してる場合じゃねーから。なにが、確かに、だ。お前賢者だろ。愚か者に職を変えろ。
「続きましてー」
続くのかよ!
「勇者あるある!!」
なにチラッと、みんなこっち見てんだよ。
「他人の家のタンスを漁りがち」
「何してんだろうねー」
「大きな金貨探してるのかな」
ちいさなメダルだよ。おい、エルフ女! 泥棒? てつぶやくのやめろ!
「同じ村人に何度も話しがち」
「ボケてるのかな」
「かわいそうに若いのに」
同情された。魔物に。おい剣聖、ポンポン、と肩を叩くな。慰めるな。
「便利なアイテムを温存しがち」
「宝の持ち腐れかな」
「猫に小判」
うるせーよ。おい賢者、腕を組んで、ふふって頷くな。仕方ないだろ。賢者の石とか有能なんだから。特にお前は石以下だ。
「カジノで遊びがち」
「空を飛んではしゃぎがち」
「移動魔法で天井に頭ぶつけがち」
うわっ立て続けに来た。てか、これただの悪口だよな。おい、みんな笑いすぎだっつーの。おいリザードマン、さすが勇者様はないのかよ!
二匹のリザードマンは、一通りネタを見せ終わると、俺たちに一礼して去っていった。俺以外のパーティーメンバーからの拍手に包まれて。
え、倒さないの?
俺の疑問をよそに、リザードマンと入れ違いに魔王がやって来た。
天井に頭ぶつけるほどの巨体で。
キャハッ、ははっ、ふふっとメンバーからこぼれ笑いが聞こえる。
魔王の座にすわり、魔王はしゃべり出した。
「勇者よ、世界の半分をお前にやろう。わしの仲間にならないか?」
笑うのを必死にガマンしてるメンバー。エルフ女の顔面は吹き出す直前だ。
「て、天丼だ。魔王あるあるの」
剣聖は、崩壊しそうな顔で言う。
「天丼というのは、お笑い用語で、同じボケを何度も繰り返したり被せることだ」
賢者が笑いを堪えながら、いちいち説明してくれる。
賢者の頭は無駄な知識で詰まってるな。何の賢者だよ。
呆れた俺は無視して魔王に叫ぶ。
「お前の仲間になんかならない! 俺たちはお前を倒して、世界を救うんだ!」
言えた! かっこいい、勇者っぽいセリフが言えた!
俺は思わず、仲間のほうを振り向く。何て顔をしてるんだお前たちは!
「後悔するがよい! 虫けらどもが!」
魔王が立ち上がった。天井に頭がめり込んでいる。魔王の座の分、段差があるからね。
俺は瞬時にみんなに指示を出す。
「剣聖は俺と一緒に攻撃だ。賢者は回復魔法を常時かけてくれ。精霊使いは」
エルフ女は腰が砕けていた。完全にツボにハマってしまったようだ。
「ご、ごめん。いひっ、だ、大丈夫。ふひっ、わ、私は? 何すればいい?」
帰れば? という言葉を俺は必死に飲み込む。落ち着け。俺たちは仲間だ。みんなで魔王を倒すんだ。
「精霊を顕現させて俺たちのサポートをしてくれ!」
「わ、わかったわ!」
大丈夫か? 俺の心配をよそに、エルフ女は目を閉じて大きく深呼吸をした。
お、いけるか!
見開いた時、天井に頭をめり込んだまま、手足をパタパタさせている魔王の姿が視界に入ったようだ。
「にゃ、にゃんじ、もりのしゅごしん、しぇいれいよ、いまこそ、ふひ、けいやくのもと、はしぇまいりたまへ! へっ」
(訳。汝、森の守護神、精霊よ。今こそ契約の下、馳せ参り給え!)
出るわけねーだろ!
何を言ってるんだお前は。精霊も森の奥で泣いてるよ。嘆いてるよ! 契約破棄だよ!
って、アホに期待してる間に、剣聖ふっ飛ばされてるし、やべーなこれは。
「おい、みんな離れてくれ、魔法で攻撃をしかける!」
雷魔法、火魔法、氷魔法。全て、魔王に剣で反射させられる!
やべっ、仲間に当たる! 俺は必死にフォローに回った。
みんなうずくまっている。
「おい! 大丈夫か!?」
「勇者の攻撃を」「剣で」「反射しがち」
三人はそれぞれ言いながら、キャハッ、ははっ、ふふっと笑う。
あ?
「天丼、天丼」「魔王あるある」
笑い転げながら互いにつぶやいている。
俺の中でプツリと何かが切れる音がした。
あーなるほど。全て分かった。
なぜ今まで勇者だけが死んでいったのか。
ゲラ(すぐに笑う奴。笑い上戸)なのだ。
こいつらは、とんでもないゲラなのだ。
今までの勇者は、こいつらが笑い転げてる間に、たったひとりで魔王と戦っていたのだ。
そしてその間に、こいつらは逃げて生き延びていたのだ。
「ね、ねえ勇者、ちょっと私たち、わ、笑いすぎて戦えないから、あと、よろしく」
笑いすぎて、戦えない?
戦えない、笑いすぎて?
俺は生まれて初めて細胞ひとつひとつに怒りが行き渡っていくのを感じた。
俺の血は滾り、目の前が真っ白になった。
そして、尋常じゃない力が漲って来た。ゆっくりと拡がった視界には、剣を持つ俺の手を中心に、全体が黄金に包まれていくのを感じた。
何でもできる気がした。
ダンジョンから一人の男が出てくる。体中は返り血で真っ赤だけど、顔はものすごく爽やかで晴れやかだ。
手には、聖剣。引いてる荷台には、名のあるローブ、杖、大剣。沢山の財宝を積んでいる。
はぁ、と男はひとつため息を吐き、天を仰いで、ツッコミを入れた。
「勇者、辞めさせてもらうわ!」
チャンチャン♪
それからこの男が、魔王として君臨するのは、また別の話である。
チャンチャンチャン♪
~完~
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