トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

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第1話 整備士追放

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「……なんだって?」

 ロルフは思わず、持っていた整備道具から手を離した。
 カラン、と乾いた音が、工房に響く。

「聞こえなかったかよ。お前はクビだって言ったんだ、ロルフ。」

 振り返ると、このギルドの剣士、アドノスが半笑いで立っていた。
 その背後には、魔法使いのメディナと、弓使いのローザの姿も見える。

 三人はこのギルドに所属する中で、最も実力のあるパーティーだ。

「……あー……、言っている意味が、分からないんだが……」

 その三人を前に、ロルフは困惑しながら立ち上がった。
 もちろん、こんなことを言われれば誰でも戸惑いはするだろう。だが、そもそも、このギルド『ルーンブレード』のギルドマスターは自分なのだ。

「俺らのギルドに、お前は必要無いって言ったんだよ。」

 アドノスはゆっくりと剣を抜き、切っ先をロルフに向けた。
 思わず息を飲む。

「そうよ、もう整備士ギルドなんて言われるのはゴメンなの。」

 後ろに立っていたメディナが、冷たい視線を添えて、それに続いた。

 整備士ギルド……というのは、このギルドの蔑称のようなものだ。
 当然といえば当然だが、冒険者ギルドのギルドマスターは、冒険者もしくは元冒険者であることが多い。
 そのため、冒険者ではない者――『戦えない人間』がギルドマスターをやっているというのは、それだけで少し頼りなく見えてしまうのだ。

 つまるところ、それを馬鹿にした呼び名だが、そんな呼び方に反して、このギルドの功績は決して悪くはない。
 単なる僻みの一つと、無視していたのだが……。

「お前たちは、確かにこのギルド最強のパーティーだ。それは認めている。だがな、それだけでは……」
「ふふ、それだけで?」

 ローザは言葉を遮るように、持っていた紙の束を足元に落とした。
 それは地面に当たった衝撃で床中に散らばり、ロルフの足元にも届いた。

「……!」

 その書類は、ギルドメンバーの署名だった。
 内容は、『ギルドマスターをアドノスにするよう求める』、というもの。
 そしてその数は、ざっと見ただけでも、ギルドメンバーの半数を超えていた。

 思わず、表情が固まる。

「これでわかりました? 誰も、貴方なんか必要としてないんです。」
「前のギルドマスターと違って、アンタにはなーんの功績もないしね。」

 ローザとメディナは、蔑むように笑いながら、こちらを見下ろしていた。

 ――そう、このギルドも、以前は冒険者がギルドマスターだった。
 昔、ある冒険者パーティーに専属の整備士になってほしいと頼まれ、そのメンバーで立ち上げたのが、このギルドだったのだ。

 その後ギルドは大きく成長したが、訳あって当時のパーティーだった三人はギルドを離れなければならなくなり、俺がギルドマスターを引き継ぐことになった。

 当然、そのことを快く思っていないメンバーがいることは知っていた。
 だから、こういう時が来ることを、想像していなかったわけではない。

 ロルフは大きく息を吐いた。

「……わかった。アドノス、お前を新しいギルドマスターにすることについては、認めようと思う。ただ、色々と引継ぎや、武器の整備について伝えないといけないこともある。すぐに俺が抜けるというわけには――」
「いいや! わかってねぇなぁ!!」

 アドノスは手に持った剣を、ロルフの体すれすれに叩きつけた。
 切っ先が床にめり込み、火花が散る。

「俺たちはな、もう我慢ならねぇんだよ。クエストのたびにいちいち武器に文句付けてきたり、ギルドの金を何本も同じ武器につぎ込んだり、倒したモンスターの特徴を細かく聞いてきたり! その仕事してます感、ウザいんだよ。何の役にも立たねぇクセによぉ!!」

 思わず、呼吸が止まる。

 剣を振るわれたことに驚いたのではない。
 『何の役にも立たない』――その言葉が、胸に深く、突き刺さっていた。


 冒険者ではない自分が、ギルドマスターになる。
 そのことに一番問題を感じていたのは、自分自身だ。

 しかしそれ以上に、自分たちの出発点でもあるこのギルドを、より良くしたいという気持ちがあった。
 それが自分にできる最善のことだと、唯一の罪滅ぼしであると、そう信じて、今までギルドのために尽くしてきたつもりだった。

 それは、独りよがりだったのだろうか。


「貴方はただ、この書類にサインして、出て行ってくれるだけでいいんです。」
「あとは私たちがぜーんぶイイ感じにするから、心配しなくていいよ~」

 ローザが笑顔で書類を、メディナがペンを差し出す。
 それは、ギルドマスター移譲の書類だった。

 目の前の景色が、ぐらりとゆがんで見える。

「さぁ、とっとと出て行けよ、無能。」

 アドノスに背中を蹴られ、署名が散らばった地面に倒れ伏せる。
 三人の笑い声が反響して、まるで世界中から笑われているようだった。


+++


 ギルドを追い出された後、ロルフは、あてもなく街を歩いていた。

 武器の仕入れ、整備、分配、クエストの情報収集、人員の管理……今まで一日中ギルドの事ばかりやっていたから、突然それらが無くなり、何をしたらいいのか分からなくなっていたのだ。

 家はあるので、帰る場所が無い……というわけではないが、こんな時に一人でいても気が滅入るだけだ。
 かといって、外にやることがあるわけでもなかった。
 三十にもなって、趣味の一つも無いとは、我ながらげんなりする。

「……さて、どうするかな……」

 ロルフは大きくため息をついて、顔を上げた。
 何か一つでも、興味を持てるものがあればよかったのだが――

「うう、今度こそ……がんばらなきゃ……」

 その時、小ぶりなエルフの少女が一人、目の前を横切った。
 ロルフの視線は、その少女に、強力にひきつけられた。

 いや、正確に言うと、先に目についたのは少女のほうではない。
 彼女が胸元に置き、両手で握りしめている、短剣のほうだ。

 鞘は半分以上欠けており、そこからのぞく刃は錆びだらけ。おまけに柄に巻かれた皮はカビているように見える。

 あまりに、そう、あまりに整備されていない。
 心の奥で、何かがうずいた。

「すまない、ちょっといいか?」
「ひゃいっ?!」

 気が付くと、自分はその少女に声をかけていた。
 少女は驚いて、猫のように飛び上がった。

 驚かせて申し訳ないとは思ったのだが、先に口をついて出てきたのは、別の言葉だった。


「――その武器を、少し見せてくれないか。」
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