トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

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第48話 刺激的な日常②

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「シ、シロちゃんが……」
「風邪ーーっ?!」

 エトとリーシャは目を見開き、リンゴ用の木箱に入れられたシロと、静電気で髪が逆立ってしまったロルフを、交互に見た。

「ああ……どうも、そうらしい。」

 どうにかその髪を元に戻そうと、頭上で両手をいくらか動かしてみるが、あまり効果はない。
 やがては諦め、両手を下ろし、溜息をついた。

「キュッシュ!」
「おお、また光ったのだ。」

 シロのくしゃみと共に、木箱の中が薄青く光る。
 スゥはその前にしゃがみこんで、中の様子をじっと見ていた。

 蓋をしていないその木箱の中には、半分ほど藁を敷き詰め、その上から布をかぶせて即席のベッドのようにしてある。
 半分は寒くないようにするためだが、もう半分は、この電撃を通さないためだ。

「か、風邪はまだ分かるとして……この雷みたいなのは何よ。」
「まさか竜って、風邪をひくと雷が出るんですか……?」

 スゥ以外の二人はそこそこの距離を取って、箱を覗き込んではこちらに視線を送り、動揺を訴えてくる。
 まあ、どちらかといえば、こちらの方が正しい反応だろう。

 実際、自分もこれには驚いている。
 命の危険があるほどのものでは無いにせよ、一抱えほどの小さな竜が、大人一人まともに動けなくなるほどの電撃を出したのだ。

 魔物の知識にはそれなりの自信があるロルフだったが、こんな現象は見たことも聞いたこともない。
 だが同時に、心当たりがないわけでもなかった。

「いや……流石に、これが竜種の特性だとは考えにくい。となると……」
「と、なると……?」

 エトが、ごくりと唾を飲み込む。
 ロルフは一度シロに視線を落とし、すぐに顔を上げた。

「おそらくこれは……魔法の、暴発だ。」

 そう言うのと同時に、シロの雷が鳴る。
 三人はびくりと体を強張らせた後、互いに顔を見合わせた。

「魔法の……」
「暴発……」
「なのだ?」

 そのどこへともなく投げかけられた問いに、ロルフは難しい顔で頷いた。


 魔法の暴発とは、その名の通り、意図せず魔法を発動させてしまうことを言う。
 その危険性は今更説明するまでもないが、魔導士が一番最初に習う内容と言えば、その重大さが分かるだろう。

 そもそも魔法とは、魔力を意志の力で自然現象に変換する技術だ。才能の差はあれど、本来は杖や呪文がなくとも使うことはできる。
 にもかかわらず杖と呪文を用いる方式が主流なのは、この方式が暴発を防ぐのに最も有効だからだ。

 魔導士の杖は一定量の魔力を通す素材で作られており、これを介すことで、精神状態に左右されない安定した魔力を扱うことができる。
 さらに、『杖を構え、呪文を唱えることで、魔法を使う』と常に意識して魔法を使うことで、瞬時にイメージを引き出すことができる上、それ以外の状況でうっかり魔法が発動するのを防ぐことができるのだ。

 もし素手無詠唱で攻撃魔法が使えてしまうと、風邪で朦朧としている意識のままに、寝ているベッドを吹っ飛ばしかねない。

 つまり、シロはそういう状態なのだ。


 これに対して、エトとスゥは、よくわからないといった様子で首を傾げていたが、やはりそこは魔導士、リーシャの表情だけは違った。

「待ってよ……。ってことは……シロは、雷魔法を使えるってこと……?」

 その発言に、二人もはっとなって、ロルフに顔を向けた。
 三人の視線を受け止め、ゆっくりと首を縦に振る。

「ああ。俺も驚いてるが、この状況はそうとしか説明できない。」
「……」

 それを聞くと、リーシャは黙り込んでしまった。口元に手を置き、一人で何かを考えているようだ。

 驚くのも無理はない。
 魔法が使える動物というのは、ものすごく珍しいからだ。
 しかもそのほとんどは大型の竜種であり、討伐依頼が出されればSランクがつくような強力な魔物ばかりときている。

 もっとも、本当にシロが封印されていた黒竜であれば、Sランクの竜種なわけで、ある意味妥当なのだが――この件については、未だ皆が半信半疑だ。

 これを聞いて、今度はスゥとエトが勢いよく身を乗り出してきた。

「凄いのだ! シロ助は超レアなドラゴンだったってことなのだ?!」
「それって、シロちゃんは、魔法で戦ったりもできるんですか?!」

 二人とも、両手を握りしめ、目をキラキラと輝かせている。
 シロに特殊な力があると分かって、テンションが上がってしまっているようだだ。

 ロルフは両手を前に出して、落ち着けと示した。
 その気持ちも分からなくはないが、それよりも先に伝えるべきことがあるのだ。

 しかし、それを先に口にしたのは、リーシャだった。

「魔力は……大丈夫なの?」

 その言葉に、騒いでいた二人は、ぴたりと口を止めた。
 リーシャの不安そうな声色に気づいたからだろう。

 そしてそれが、まさに目下最大の問題だった。

「……いいや。このままだとシロは、魔力を使い果たしてしまうかもしれない。そうなると、最悪命の危険もある。」

 魔物は、魔力を生命活動にも利用している。
 魔力の枯渇は、文字通り死活問題だ。

 三人の表情が、緊張に固まる。
 しんと静まり返った部屋に、シロの弱々しい鳴き声が、微かに響いた。

「――が、手の打ちようがないわけじゃない。」

 期待の視線が、一点に集まる。
 ロルフはちらりと木箱の中のシロを見て、ゆっくりと腕を組み、目を閉じた。
 瞼の裏に、一人の女性の姿が浮かんでくる。

『もし面白い生き物を見つけたら、ぜひとも私のところに持ってきておくれよ?』

 その不敵な笑みを思い出すと、自然に眉間にしわが寄る。
 できることなら、あいつにはまだ、シロを見せたくなかったのだが――。

 ロルフは一度頭を振って、観念したように口を開いた。

「……治せそうな奴に一人、心当たりがある。」
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