トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

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第49話 マナの森①

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 ロルフ一行は、王都から少し離れた位置にある森、通称『マナの森』を、馬車で移動していた。
 例にもれず、魔物が出た時に護衛をする代わりに、近い経路を通る馬車に乗せてもらっているのだ。

 近場とはいえ、歩いていけば日が暮れかねない距離なので、すぐに馬車が捕まったのは幸運だった。


「すみませんね、急なお願いをしてしまって。」

 荷台から前方に乗り出して、馬車の主に頭を下げると、彼は走る馬車の先頭に視線を前に置いたまま、軽く首を振った。

「こちらこそ、ありがたいですよ。最近この辺り、魔物の被害が多いですから。」
「はは、この森は年中魔物が多いですからね。」

 左右にそびえる巨大な木々と、その間から覗く暗がりに一度目をやって、ロルフは苦笑した。

 王都の付近は冒険者が活動しやすいため、魔物が少なくなる傾向があるのだが、この森は少し特殊だ。
 通常の場所より魔力が濃いらしく、その影響で植物の生育が早いのだ。このため視野も足場も悪く、狩場としての人気が非常に低い。
 結果として住み着く魔物の数が多く、王都の周囲としては比較的危険な場所となっている。

「ああ、それもあるんですが……最近、妙な魔物が出るって噂なんです。」
「妙な魔物?」

 今の言葉もそのことだと思ったのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。
 馬車の主はちらりとこちらを見て、わざとらしく目を見開いた。

「なんでも、黒くて大きな魔物で、魔法を使うとか。」
「なんと、それは一大事だ。」

 それに負けじと、わざとらしく驚いて見せる。
 一拍を置いて、二人でふふ、と笑った。

 まあ、黒い魔物はともかく、魔法を使ったというのは何かの見間違いだろう。
 そんな強力な魔物が王都の近くにいたら、今頃大騒ぎになっている。 

「まあ、私共も全部は信じてはいませんが……警戒するに越したことはないでしょう?」
「違いない。そのおかげで、私たちも乗せてもらえているんですから。」

 また二人で軽く笑ってから、一礼して、ロルフは荷台のほうを向いた。

 この馬車の荷台には雨除けがついているが、前方と後方は見ることができるようになっている。
 そこにはいくつかの積み荷と一緒に、エト、リーシャ、スゥの三人が座っていた。


「ねぇねぇリーシャ、風邪はヒールじゃ治らないのか?」

 馬車に揺られながら、スゥは対面に座るリーシャに視線を送った。
 その両手には、シロの木箱が抱えられている。

 木箱には呼吸が苦しくないよう隙間を開けて蓋をし、その上から風呂敷に包んであるのだが、時折青白い光が内側を照らしているのが見える。
 結構な重さがあるはずだが、馬車に直接置くと揺れて可愛そうだと言って、スゥはずっとそれを手放さなかった。

「……そんな便利なものじゃ無いわ。回復魔法は、本人の生命力を使って傷を治すの。私ができるのは、切ってすぐの傷を塞ぐ程度よ。」

 リーシャは伏し目がちにそういって、小さく頭を振った。
 ぶっきらぼうな言葉にも聞こえるが、その視線はずっと木箱に注がれている。その言葉は自分に向けてのものでもあるのだろう。

「それだって、十分すごいよ。回復魔法って、すっごく勉強しなきゃ使えないもん。」

 外を見て森の暗がりを警戒していたエトが、スゥとリーシャの間にひょこっと顔を出した。

「え、そうなのだ? 魔法って、ほとんど才能だと思ってたのだ。」
「えっとね、攻撃魔法はそうらしいんだけど……治療系の魔法はちょっと違うの。体の仕組みとか、魔力の働きとか、色々知ってないといけないんだよ。」

 ほう、とロルフは眉を上げた。
 スゥは半分くらいしか理解してなさそうな顔をしているが、エトの言っていることはとても正確だ。


 魔力を現象に変換して放つ攻撃魔法と比べると、回復魔法は繊細な魔法だ。術式自体はそれほど複雑ではないのだが、『対象』と『その状態』を正確に認識し続けなければ、発動すらできない。
 このため、前者には魔力と才能が、後者には集中力と知識が重要とされている。

 そして、この本質的な違いから、これらの魔法はノウハウの共有ができない。つまり、攻撃魔法が使えるからと言って、回復魔法の習得が容易になることはないのだ。
 この両方を実践レベルにまで磨き上げるには、才能と努力、その両方が必要不可欠なのである。

 要するに、リーシャは努力家というわけだ。

 エトの言葉を聞いて、リーシャは少し恥ずかしそうに、視線を外に向けた。
 あまりに分かりやすい反応なので、つい笑ってしまいそうになるが、魔導士でないエトが魔法について知っているのは少し意外だった。

「よく知ってるんだな。エトも魔法を習ってたことがあるのか?」
「えへへ、村にいた時、すっごく上手な友達がいたんです。それで色々教えてくれて……私には適性がなくて、全く使えなかったんですけど。」

 少し寂しそうに笑いながら、エトはそう答えた。

 エルフは、比較的魔法適性が出やすい種族だ。
 だからといって、魔法が使えないものが蔑まれている……というわけではないはずだが、この反応からすると、エトも本当は魔導士になりたかったのかもしれない。
 性格的にも、回復魔法を使うエトというのは、想像しやすいものだ。

「リーシャが使えるのにエトが使えないのは、なんかフシギなのだ~。」
「ちょっとスゥ、それどういう意味よ?」

 きっと睨むリーシャに、にゃははと笑って誤魔化すスゥ。
 遠からぬことを考えていたわけなので、思わずつられて笑いそうになるが、それは全力で飲み込んだ。

 雰囲気が明るくなったのは良いが、怒りの矛先は回避せねば。


「冒険者さんたち、そろそろ着きますよ。」

 そうして少し談笑していると、どうやら目的地に着いたらしい。
 前方に目をやると、蛇行した道の先、大きな木々の間に、建物の屋根が見える。

 そこには、盾に王冠が描かれた、見事なエンブレムが掲げられていた。
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