トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

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第60話 帰り道

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「本来なら、私が看護する側なのですが……。ごめんなさい、スゥさん、リーシャさん。」
「にゃはは、マイアは軽いから、こんなのお安い御用なのだ。」

 落ち込み気味のマイアを背負って、意気揚々と森を歩くスゥ。
 その隣で、ヒールをかけ終わったリーシャが、ふぅ、と息をついた。

「……リーシャでいいわ。私も、マイアって呼んでいい?」
「あ、スゥもスゥでいいのだ!」

 そう言って微笑む二人に、思わず顔が綻ぶ。
 隣を歩いていたエトも、にこりと笑って、頷いた。

「……わかりました。リーシャ、スゥ。よろしくお願いするのです。」

 マイアは少し頬を赤くして、小さく頭を下げた。


 魔法を使う魔物をどうにか討伐した後、四人はすぐにその場を離れ、ギルドハウスへ向かっていた。
 皆の怪我はリーシャが治したものの、マイアは魔力切れで魔法が使えず、エトも体力の消耗が激しい。この状態で魔物に遭遇するのは危険なので、一時撤退することにしたのだ。

 マイアは動けなくなってしまったし、マナの花の蜜の採取量も十分とは言えないので、もしこれが護衛クエストなら失敗だったかも知れない。
 とはいえ、戦った敵のことを考えれば、最小限の被害と言えた。

「まあ、全員この程度の怪我で済んだのは、マイアのおかげよ。」
「そうなのだ~! 魔法を消しちゃうなんて、凄かったのだ!」
「そ、そんなこと、ないのですよ。リーシャの認識阻害魔法も、スゥの斧の威力も、お見事でした。あんな魔物を、背後から一撃なんて……」

 マイアは首を横に振りながら、最後の一撃のことを思い返していた。

 認識阻害魔法は、存在の輪郭をぼかし、知覚させにくくする特殊魔法だ。
 だが、姿が消えるわけではないので、相手に気づかれてから使うことはほとんどない。主に索敵や、偵察に使われるものだ。
 一方で、知覚全般に作用するために、音や匂いも隠せるという強みがある。リーシャはその性質を利用して、スゥごと死角に移動したのだ。
 そこから放たれた巨大な斧の一撃は、おぼろげな視界から見ても、油断した魔物を仕留めるのには十分すぎる威力だった。

 お互いのことを信頼した、強力な連携。
 その一員であったことを思うと、マイアは今でも、胸が熱くなるように感じた。

「それは、エトとマイアがおもいっきり気を引いてくれたからよ。スゥは繊細な動きが苦手だし、我ながら心臓に悪い作戦だったわ……」
「いやぁ、スゥはあんな奇襲っぽいことしたことないから、ドキドキしたのだ~」
「ふふ。強いのですね、このギルドは。」

 そんなふうに話す三人を、エトは少し後ろを歩きながら、楽しそうに見ていた。
 自分の友達同士が仲良くしているというのは、嬉しいのはもちろんだけど、なんだかくすぐったい感じもした。

 最初は、何を話せばいいかもわからなくて、とんでもない戦いにも巻き込んじゃって、どうなることかと思ったけれど。
 結果的には、全員無事で、魔物も倒せて、こんなにも打ち解けてくれた。
 だから、本当に、良かったなって――

『本当に?』

 突然、ぎちり、とエトの胸が軋んだ。

 本当に、これで、良かった?
 自分は、何を守れた?

 無意識のうちに、自分の両手に目を落とす。
 リーシャのような多彩な魔法も、スゥのような一撃必殺の火力も、マイアのような特別な力も、そこにない。

 いざというとき、誰かを守れる力が、この手には、ない。

 空気が重く、暗く、纏わりつくように感じる。
 背筋を悪寒が駆けあがる。

 もし。
 もしずっと、このまま、だったら。

 いつか、大切な人が――


「……エト? 気分でも、悪いのですか?」

 その声にはっと我に返ると、三人とも、不思議そうにこちらを振り返っていた。気づかないうちに、足を止めてしまっていたらしい。
 スゥの背から、マイアが心配そうに顔を覗かせている。

 エトは急いで頭を振って、妙な想像を振り払った。

「う、ううん! 大丈夫だよ、マイアちゃん。」
「なら、いいのですけど……」

 そう言って、いつものように笑う。

 そう、きっと、大丈夫。
 エトは自分に言い聞かせるように、心の中でそう繰り返した。


 エトが三人の元に駆け寄ると、ふいにスゥが首を傾げた。

「そういえば、エトだけずっとちゃん付けなのだ。呼び捨てにはしないのだ?」
「言われてみれば、そうね。ちょっとエトも呼び捨てにしてみなさいよ。」
「え、ええっ?!」

 心なしか、ちらりと目の合ったマイアも、期待の眼差しを向けているように見える。

「あ、あの……リーシャ、スゥ、元気……? その、マイアも……」
「…………」

 少しの空白を挟んで、リーシャとスゥは思わず噴き出した。

「に、似合わないのだ……! うひゃひゃ」
「え、エトは、そのままが良さそうね……くふっ、元気って……」
「ちょ、ちょっと、二人とも、酷いよぉー!」
「……ぽふっ」
「あ、マイアちゃんも! 今! 笑ったでしょー?!」

 四人は笑いながら、ギルドハウスへの道を歩いて行った。


+++


「……おーい、おいおいおい……」

 木の上から飛び降りた黒い影が、魔物の死体の上に、どちゃりと着地する。
 一度、二度、それを踏みにじってから、その男は気だるそうに舌打ちした。

「どーなってんだよ、これ……。はぁ……ダルい……」

 そのまま男は、だらりと上半身を前に垂らすと、片手で頭を搔きむしりながら、もう片手の爪を噛み始めた。

「え? これって俺のせい? 違うよな。来た時もうこれだったもんな。俺が殺したわけじゃなくね? 無いよ。無い。じゃ、誰の責任なんだよ。いい加減にしろよ、お前……」

 ブツブツと呟きながら、男はふらりと頭を回すと、突如、死体の傷口に手を突き刺した。
 めんどくさそうに腕を掻きまわし、何かを手に握ると、それを引き抜く。顔に黒ずんだ血しぶきが跳ねるが、気にする素振りもない。
 取り出したものを確認して、男はにい、と笑った。

「あった、あった。……最悪、これでいいだろ。いいよな?」

 そう誰に向けてでもなく呟いて、血まみれのそれを、乱暴にズボンのポケットに押し込む。
 そして、真っ直ぐに立ち、首をぐるりと回すと、大きくため息をついた。

「はぁ……ダルい。マジで。」

 最後にもう一度死体の頭を蹴りつけ、男は霧の奥へと消えていった。
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