トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

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第65話 恒例の歓迎会②

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「あー……つまり、体にいいと思って、その薬草やらなんやらを入れたわけだな……」
「はい……すみません……」

 ロルフの指さす、様々な植物や粉末や何かのビンをちらりと見て、マイアはしゅんと頭を下げた。

 なるほど、つまりこれは、料理の形をした滋養強壮薬というわけか……。

 再び、卓上のプリン――の、ようなもの――に視線を戻し、ロルフは思わず苦笑した。
 流石は元クインシールド……と、いうべきかは迷うところだが、事実、目を覚ましたロルフの体調はすこぶるよくなっていた。
 薬としては、良い出来なのだ。薬としては。

 そんなわけで、別室で伸びているエトたちに関しては、問題はないのだろうが――

「……まあ、失敗は誰にでもあるというか、なんというか……」
「はい……」

 ことマイアに関しては、それはもう見事な落ち込みようで、折れ曲がった耳はもはや頬につきそうなほどだった。
 何とか励ましてやりたいところだが、自分もまたマイアの手料理で倒れた一人であるわけで、言葉選びがとても難しい。

 そんなわけで、しばらくうーんと唸っていると、マイアがふいに口を開いた。

「私は……お役に、立てるのでしょうか。」
「……ん?」

 ぽつりと出たその言葉に、思わず聞き返すが、マイアは依然うつむたいままだった。

「おいおい、大げさだなぁ。別にお手伝いさんとして来てもらった訳じゃないんだし、そもそも料理なら、エトとリーシャが――」
「いえ……それだけのことでは、ないのです。」

 ロルフはふと、マイアと二人で話すのが、初めてだということに気づいた。
 開きかけた口を止め、ロルフはマイアの次の言葉を待った。

 少しの沈黙を挟んで、マイアは再び、ゆっくりと口を開いた。

「……私は、確かに、エトと、リーシャと、スゥと……みんなと、戦いたいと思いました。……でも、今でも。……こうやって、トワイライトの一員にして頂いた、今でも――」

 両手の拳を、静かにぎゅっと握る。

「みんなの役に立てる自信が、ないのです。」
「……」

 ロルフは目を閉じ、腕を組んで、その話を聞いていた。

 なるほど。
 落ち込んでいた理由は、料理のことだけでは無かったのか。

 エト達の連携を見たのであれば、自分が足を引っ張ると考えるのも無理はない。
 そもそも、マイアは治癒術師。戦闘に自信を持てというのも、おかしな話だ。
 不得意な料理をしたのも、少しでも役に立たなければという、焦りの気持ちがあったのかもしれない。

 組んだ腕をほどき、ロルフは自分の手を見た。

 しかし、役に立てる自信がない、か……

 思わず、小さく笑みが漏れる。
 マイアほどの才能を持っていても、そう思ってしまうものなんだな。

 ロルフは膝を軽く叩くと、立ち上がった。

「よし。マイアの目は、魔力が見えるんだよな。」
「……? はい、そうですが……」
「その力で、俺の体を見てほしいんだ。」
「??」

 マイアは不思議そうに首を傾けたが、ロルフはそれでも、催促するように頷いた。
 納得の行かない表情のまま、マイアは『目』を開いた。

「……え。」

 ――そこには、何も、映らなかった。

 もちろん、通常の視力が失われるわけではないので、正確には『何も追加情報がなかった』と表現するべきかもしれないが――とにかくロルフの体には、魔力の一切が見えなかったのだ。

「ど、どうして……?!」
「うん、その様子だと、ちゃんと見えるみたいだな。いや、ちゃんと見えない、が正しいか?」

 手とこちらを交互に見比べるマイアに、ロルフはあえて冗談めいた言い方をした。

「俺は、無魔力症でね。生まれつき、一切の魔力がないんだ。」
「――?!」

 マイアは思わず、開いた口を手で覆った。

 種族差、個人差はあれど、人は基本的に大なり小なり魔力が通っている。
 冒険者は、それを利用して身体能力を強化したり、魔法を使ったりするのだ。

 だから、魔力が無いというのは、それだけで様々な適性が無いというのと同じ。
 治癒術師であるマイアは、当然その症状を知っていた。

 心無い人たちに、『無能症』と呼ばれ、蔑まれていることも。

「そんなわけでな。俺も、自分が役に立つのか自問自答することは、何度もあったよ。お前の気持ちも、分かるつもりだ。」
「そ、そんな……私……」

 動揺するマイアと対照的に、ロルフは落ち着いた笑いを見せた。

「とはいえ――すまないが、俺もその不安を消せる、特効薬みたいな言葉は知らないんだ。こればっかりは、頑張れとしか言えなくてな。」
「……」
「でもな、マイア。」

 ロルフは隣に腰掛けると、マイアの目を見て、力強く頷いた。
 その目は、とても暖かくて、優しい色をしていた。

「その気持ちは、前に進もうとする心の、ほんの一部だ。お前は、何も間違ってないぞ。」
「……!」

 胸の中の不安が、不思議と熱を帯びてゆくように感じる。
 エトが、みんなが、マスターを信頼している理由が――少しだけ、分かったような気がした。

「それに、マイアがそう真剣に考えてくれたことが、俺は嬉しい。エトも、リーシャも、スゥも、きっとそう思うはず――」

「もちろん、そうにきまってるのだっ!」
「あ……っ、あわっ! スゥちゃ……っ」
「ば、バカ、急に動いた……らぁっ!」

「!」

 突然、隣の部屋の扉が開き、三人が重なるようにしてなだれ込んできたので、ロルフもマイアも驚いて立ち上がった。

「おいおい、なんだお前ら、起きてたのか?」
「あ、あはは……その、ちょっと前に……」
「わっ、私は……なんか大事そうな話をしてたから、その、タイミングを計ってただけで……」
「みんなマイアの事が気になって、ずっと話を聞いてたのだ!」

 重なったまま、エトは指先を合わせて気まずそうに目を逸らし、リーシャは手を組んでそっぽを向き、スゥは元気よく手を上げて事情を暴露した。
 しかし程なくして、そこからぴょいとスゥが離れると、残ったエトとリーシャは飛びつくようにロルフに詰め寄った。

「っていうか、無魔力症ってなによ! 聞きてないんだけど!」
「そ、そうですよっ! ロルフさん、魔力使えなかったんですか?!」
「あ、ああ……まあ付与魔法は魔力なくても使えるし、わざわざ言うことでもないかと思って……」
「言うことですよっ!!」「言うことよっ!!」
「す、すまん。」

 二人の圧に押され、両手を上げて謝罪するロルフを見て、マイアは思わず、くすっと笑った。
 その声にはっとして、みんな口を止め、マイアの方を見た。

「ありがとうございます、マスター。それに、みんなも。」

「……ああ。改めて、『トワイライト』へようこそ。マイア。」

 窓から差し込むオレンジ色の光が、みんなの笑顔を暖かく照らしていた。
 それはなんだか、とても幸せな光景に見えて。
 マイアも自然と、柔らかい笑顔になっていた。

「……あ! そうだ、歓迎会!」
「キューイ!」

 ぽん、と手を叩くエトの腕の中に、どこからか飛んできたシロが、すっぽりと滑り込む。

「あれ、シロ助、どこいってたのだ?」
「食べ物の話したら出てくるんだから、調子いいヤツねぇ。」
「いや、これで意外と、ちゃんと祝いに来たのかもしれないぞ?」
「ふふ、すっかりギルドのマスコットなのですね。」
「キュ~~イ」

 そうです、と言わんばかりに首を伸ばすシロに、皆で苦笑する。

 そんなこんなで始まった歓迎会は、夜まで大いに盛り上がったのだった。
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