トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

文字の大きさ
70 / 122

第70話 濃霧を漂う者⑤

しおりを挟む
 ――森に霧がかかる、少し前。

 ロルフは少し離れた位置から、スゥとマイアが蜂の魔物を討伐する様子を観察していた。

 前後衛、二人一組に分けての戦闘。
 定石で考えれば、戦闘に不慣れなマイアは、最も守護に長けたエトと組ませるべきだ。
 あえてそうしなかったのは――エトとリーシャなら見ずとも安心、というのもあるが――スゥの盾役としての適性と、マイアの思考の柔軟性を確認したかったからだ。

「マイア、次はどっちなのだ!」
「最初に右、次に左です。その後、一度戻ってください、スゥ。」
「にゃっはー、了解なのだ!!」

 マイアの指示に従って、撃ち落とされた魔物を次々と仕留めていくスゥ。
 しかし、マイアから離れすぎない絶妙な距離を、常に保っている。

「ふむ……」

 ロルフは、一人静かに唸った。

 結果は、予想以上。
 スゥは意欲的に攻めつつも、守りを意識できており、ことマイアに至っては、既に司令塔として機能している。

 考えてみれば、医療現場ほど素早い現状把握と的確な指示が必要な環境はない。
 マイアはそれを戦闘に転用しているのだ。
 それだって簡単なことではないはずだが、出来てしまっているものはしょうがない。素直なスゥの性質とも相まって、それは強力な相乗効果を発揮していた。

「これなら、四人での行動でも、相当な数の戦略パターンを組めるな……」

 ロルフは満足げに頷くと、二人に向かって歩き出した。

 適性は十分に見れたし、戦果としても上々。
 ここらで一度、合流して――

「おっと――待ってくださいよ?」
「?!」

 突然、背後からの声。
 驚いて振り向くと、そこには見覚えのある長身の男が一人、立っていた。

「お前は……どうして、ここに……?」
「はは、嫌だなぁ。そんなの決まってるじゃないですか。」

 こちらが何かいう前に、男は音もなく近づくと、手を突き出してきた。

「一緒に、来てくださいよ。ねぇ?」

 ――チリン……。


「……ところで、マスターは、どこにいったんでしょう。」
「んー? エトとリーシャのトコに、行ってるんじゃ、ないのだー?」

 不器用に魔石を取り出しながら、スゥがそう答える。
 マイアは周囲をもう一度見回って、小さく頷いた。

「確かに、二組一度には……見れませんからね。」

 そう翻した足元に、薄く霧が流れ込んだ。


+++


 宙に離れては、角度を変えて襲い掛かる爪を、ただひたすらに迎え撃つ。

 何度も見るうちに、その軌道の法則性や、攻撃の癖がわかってくる。
 しかし、集中力も体力も、その慣れを上回る勢いで削られていく。

「――っ!」

 いなし損ねた爪の一片が、顔をかすめる。
 頬に、血の滴る感覚。

「エト、大丈夫?!」
「……うん、この程度、どうってことないよ……!」

 肩で血をぬぐい、双剣を構え直す。
 しかし、その瞬間、視界から亡霊の姿が消えた。

 ――チリン。

 次に視界にとらえたのは、魔法を発動しているリーシャの、すぐ右隣。
 今までの移動より、明らかに早い。まさか、ここにきて、まだ力を隠していたのだろうか。

 リーシャを、守らなければ。
 最悪、自分の身を盾にしてでも――!

「にゃっはー!!」

 回転するように飛び込んできた巨大な斧が、その爪を叩き折った。
 キラキラと宙を舞うその破片越しに、エトはその姿を見た。

「――スゥちゃん!」
「……間に、合った、わね……」

 リーシャは魔法を解除すると同時に、膝をついた。
 エトは慌てて、その体を抱きとめる。

「って、ことは……」
「エト、その位置を、動かないで。」

 その声を追うように、複数の矢が走る。
 襲い掛かる準備をしていた亡霊は、それを躱すために上空へ逃げた。

「マイアちゃん……!」

 マイアは弓を構えながら、素早い身のこなしで、二人の傍に滑り込んだ。

「……良く、気づいてくれたわ。マイア。」
「リーシャの広域魔法があっての事です。流石、なのですよ。」

 エトの助力で、どうにか立ち上がったリーシャは、マイアと笑顔を交わした。

 リーシャが地上スレスレに放ったのは、威力度外視の、超広範囲な風魔法。
 それをマイアの目で感知し、発生源を辿り、合流する。

『魔力の消費が激しい上、リーシャからマイアに対してしか使えない。まず使うことはないと思うが、今回の相手は魔物の群れだ。音も光も使わずに、確実に合流したいケースがあるかもしれないからな。』

 それが、ロルフからの提案。
 まさか、こんな状況で使うとは、本人も思ってもみなかっただろう。

 そうした四人が息をつく暇もなく、二体の亡霊が横並びに現れる。

「どえええ?! よく見たら、二匹いるのだ?!」
「……なんとなく、予想はしてたわ。そっちにも居たのね。」
「はい。こちらは一体、氷の針を飛ばす遠距離攻撃が主体のようです。」
「こっちも一体、氷の爪での近接攻撃主体よ。タイプが違うわね。」
「れ、冷静だね、二人とも……あはは。」

 リーシャとマイアは背を合わせ、杖と弓を構えた。
 その一歩手前で、エトとスゥは左右に立ち、双剣と戦斧を構える。

「まあ、向こうは二匹で、こっちは四人だから……こっちのが強いのだ!」
「いや、あのね、比率は変わってない――」 

 そう言いかけて、リーシャは口を止め、代わりにふっと笑った。

「いいえ、そうね。私たちのほうが――強いわ。」

 武器を構えて立つ四人は、それぞれの心の底から湧き上がる力を、確かに感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。

シトラス=ライス
ファンタジー
 万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。  十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。 そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。  おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。  夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。 彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、 「獲物、来ましたね……?」  下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】  アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。  *前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。 また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

処理中です...