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第92話 雨中の災い④
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霊杖『ミストルティン』。
それは王国にあって、最高峰とされる武器の一つだ。
それは、マーガレットの愛用していた――
より正確に言えば、マーガレットしか使いこなせなかった武器である。
魔導士にとっての杖は、水道の蛇口に例えられることが多い。
小さな蛇口は、少ない水でも勢いよく飛ばすことができるが、威力は出ない。
大きな蛇口は、威力が高いが、勢いをつけるには大量の水が要る。
その流れで例えるのなら、『ミストルティン』は、世界最大の蛇口だ。
それはもはや魔力を収束するという一般的な役割を持ち合わせておらず、普通の魔導士が扱おうものなら、瞬く間に全魔力を放出して倒れてしまうことだろう。
では、マーガレットに莫大な魔力があるのか。
それも違う。
彼女は魔力を蓄積し、それを一瞬だけ放出することで、その特大の蛇口をあたかも大砲の筒の様に扱うことができるのだ。
その規格外の出力は、魔法としての限界を超えた破壊を可能とする。
仕組みは単純だが、大きな魔力を短い時間で放出するのは至難の業。
その卓越した魔力制御技術こそが、『賢者』と言われる所以なのだ。
「ほあぁ……危ないのだ……避けるのだぁ……」
「……」
ロルフは、ベッドでうなされているスゥを見て、ふうと肩を落とした。
窓の外に目をやると、ちょうど稲光が走るのが見えた。
雨も風も、いっそう激しさを増しているようにすら感じる。
「先生が居れば、大丈夫だとは、思うが……」
誰に対してでもなく、そう呟く。
改めて確認したところ、先生がユーリから受けた依頼は、『付近の封印の見回りをして、異常があれば報告してほしい』というだけの、シンプルなものだったそうだ。
見回りの時期をずらすこと自体はさほど珍しくもないし、その封印の近くに先生がいるなら、依頼したくなるのも頷ける。
ただ、ユーリから直接という点が、どうにも引っかかるのだ。
それは直近に、『封印に問題が発生する可能性のある、何かしらの出来事が起こった』ということではないのだろうか。
だとするなら、今のこの状況は、偶然か。
もし、そうでないとしたら――
「そ、それは危険なのだぁ……」
「……」
スゥのうめき声で我に返り、ロルフは頭を左右に振った。
いけない。
こうやってただ待っていると、良くない想像ばかりが膨らんでしまう。
自分の悪い癖だ。
ロルフは深く息を吐き、再びスゥの方へ顔を向けた。
「うう……この世ならざる味がするのだぁ……」
「……しかし、一体何の夢を見てるんだ……?」
+++
「ま、こんなもんさね。」
マーガレットは杖をくるくると回し、地面に突き立てた。
一拍置いて、大きな蜘蛛の体は巣から落下し、地面に振動が走った。
その胴体には巨大な穴が穿たれており、先ほどまで俊敏に動き回っていた八本の脚は、それぞれギチギチと痙攣するのみだった。
「凄い……一撃で……」
「こんな魔法、初めて見たのです……」
エトもマイアも、その綺麗な円形の傷跡を、唖然として見つめていた。
しかし、リーシャの驚きは、その二人の比ではなかった。
こんなの、凄いなんてものじゃない。
風の魔法は、速度や距離に優れている反面、炎や雷に比べて威力が劣る。これは、魔法の基礎ルールのようなものだ。
その風で、こんな鎧みたいな体を貫通するなんて、とても考えられない。
シスターは、本当に、ものすごく強い、魔導士なのだ。
「どうだいリーシャ、感想は――」
そういって振り返ったマーガレットは、ぎょっとして固まった。
リーシャの両目から、大粒の涙が零れ落ちていたからだ。
「どう……してっ。」
そんなに、強いのに。
どうして、魔法を見せてくれなかったの。
どうして、魔法を教えてくれなかったの。
私には、才能がなかったの?
それとも、私のことなんか、どうでもよかったの?
どうして、どうして、今になって――。
驚きや、憧れや、悔しさや、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、リーシャは自分でも何がなんだか、わからなくなっていた。
「ど、どうしたんだい、急に――」
先ほどまでの自信に満ちた姿はどこへやら、マーガレットはおろおろと取り乱していた。
その、次の瞬間だった。
「――! リーシャ!!」
「?!」
そう叫ぶと、マーガレットはリーシャを突き飛ばした。
同時に、茂みから飛来した白い塊がマーガレットにぶつかり、背後に突き飛ばした。
「えっ……、マーガレットさん!?」
マーガレットの体は背後の木に突き当り、そのまま大きな幹に貼り付けられた。
白い塊は、粘着質な糸の塊だった。
全員、攻撃の方向へ意識を向ける。
そこには、蜘蛛の死骸。そして、そのさらに奥の暗がりに光る、赤い眼。
「別の……蜘蛛……!?」
「げほっ……油断したね……一匹じゃなかったのかい……」
シスターの体は、杖を持ったまま、がっちり木に固定されてしまっていた。
リーシャは即座にナイフを取り出し、どうにか切り離そうとしたが、糸は固く何重にもなっており、思うように取り除けない。
リーシャは、焦っていた。
今の戦力じゃ、この魔物を倒すのは難しい。
しかも今度は、シスターを守りながら戦わなければならないのだ。
討伐も、撤退も、難易度が跳ね上がっている。
「……アンタたちは逃げな。こいつは……アタシが何とかするよ。」
「――っ!」
そのマーガレットの言葉を聞き、リーシャはナイフから手を離した。
そして、杖を構えると、マーガレットの前に立ちふさがった。
「! リーシャ、アンタじゃ無理だよ、わかってるだろう?!」
「わかってない!!」
リーシャは掌で涙を拭い、振り払った。
「私には、あんたみたいな魔法は無理よ……でも……っ」
杖を両手で持ち、真正面に突き出す。
「見捨てられるもんか、バカシスターッ!!」
「……!」
混乱していたリーシャの頭は、いつの間にかいつもの落ち着きを取り戻していた。
リーシャは短く深呼吸すると、目を見開いた。
「お願い、エト、マイア……!」
呼びかけられた二人は、魔物から目を離さないまま、しかし力強く頷いた。
「私に――力を貸して!!」
それは王国にあって、最高峰とされる武器の一つだ。
それは、マーガレットの愛用していた――
より正確に言えば、マーガレットしか使いこなせなかった武器である。
魔導士にとっての杖は、水道の蛇口に例えられることが多い。
小さな蛇口は、少ない水でも勢いよく飛ばすことができるが、威力は出ない。
大きな蛇口は、威力が高いが、勢いをつけるには大量の水が要る。
その流れで例えるのなら、『ミストルティン』は、世界最大の蛇口だ。
それはもはや魔力を収束するという一般的な役割を持ち合わせておらず、普通の魔導士が扱おうものなら、瞬く間に全魔力を放出して倒れてしまうことだろう。
では、マーガレットに莫大な魔力があるのか。
それも違う。
彼女は魔力を蓄積し、それを一瞬だけ放出することで、その特大の蛇口をあたかも大砲の筒の様に扱うことができるのだ。
その規格外の出力は、魔法としての限界を超えた破壊を可能とする。
仕組みは単純だが、大きな魔力を短い時間で放出するのは至難の業。
その卓越した魔力制御技術こそが、『賢者』と言われる所以なのだ。
「ほあぁ……危ないのだ……避けるのだぁ……」
「……」
ロルフは、ベッドでうなされているスゥを見て、ふうと肩を落とした。
窓の外に目をやると、ちょうど稲光が走るのが見えた。
雨も風も、いっそう激しさを増しているようにすら感じる。
「先生が居れば、大丈夫だとは、思うが……」
誰に対してでもなく、そう呟く。
改めて確認したところ、先生がユーリから受けた依頼は、『付近の封印の見回りをして、異常があれば報告してほしい』というだけの、シンプルなものだったそうだ。
見回りの時期をずらすこと自体はさほど珍しくもないし、その封印の近くに先生がいるなら、依頼したくなるのも頷ける。
ただ、ユーリから直接という点が、どうにも引っかかるのだ。
それは直近に、『封印に問題が発生する可能性のある、何かしらの出来事が起こった』ということではないのだろうか。
だとするなら、今のこの状況は、偶然か。
もし、そうでないとしたら――
「そ、それは危険なのだぁ……」
「……」
スゥのうめき声で我に返り、ロルフは頭を左右に振った。
いけない。
こうやってただ待っていると、良くない想像ばかりが膨らんでしまう。
自分の悪い癖だ。
ロルフは深く息を吐き、再びスゥの方へ顔を向けた。
「うう……この世ならざる味がするのだぁ……」
「……しかし、一体何の夢を見てるんだ……?」
+++
「ま、こんなもんさね。」
マーガレットは杖をくるくると回し、地面に突き立てた。
一拍置いて、大きな蜘蛛の体は巣から落下し、地面に振動が走った。
その胴体には巨大な穴が穿たれており、先ほどまで俊敏に動き回っていた八本の脚は、それぞれギチギチと痙攣するのみだった。
「凄い……一撃で……」
「こんな魔法、初めて見たのです……」
エトもマイアも、その綺麗な円形の傷跡を、唖然として見つめていた。
しかし、リーシャの驚きは、その二人の比ではなかった。
こんなの、凄いなんてものじゃない。
風の魔法は、速度や距離に優れている反面、炎や雷に比べて威力が劣る。これは、魔法の基礎ルールのようなものだ。
その風で、こんな鎧みたいな体を貫通するなんて、とても考えられない。
シスターは、本当に、ものすごく強い、魔導士なのだ。
「どうだいリーシャ、感想は――」
そういって振り返ったマーガレットは、ぎょっとして固まった。
リーシャの両目から、大粒の涙が零れ落ちていたからだ。
「どう……してっ。」
そんなに、強いのに。
どうして、魔法を見せてくれなかったの。
どうして、魔法を教えてくれなかったの。
私には、才能がなかったの?
それとも、私のことなんか、どうでもよかったの?
どうして、どうして、今になって――。
驚きや、憧れや、悔しさや、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、リーシャは自分でも何がなんだか、わからなくなっていた。
「ど、どうしたんだい、急に――」
先ほどまでの自信に満ちた姿はどこへやら、マーガレットはおろおろと取り乱していた。
その、次の瞬間だった。
「――! リーシャ!!」
「?!」
そう叫ぶと、マーガレットはリーシャを突き飛ばした。
同時に、茂みから飛来した白い塊がマーガレットにぶつかり、背後に突き飛ばした。
「えっ……、マーガレットさん!?」
マーガレットの体は背後の木に突き当り、そのまま大きな幹に貼り付けられた。
白い塊は、粘着質な糸の塊だった。
全員、攻撃の方向へ意識を向ける。
そこには、蜘蛛の死骸。そして、そのさらに奥の暗がりに光る、赤い眼。
「別の……蜘蛛……!?」
「げほっ……油断したね……一匹じゃなかったのかい……」
シスターの体は、杖を持ったまま、がっちり木に固定されてしまっていた。
リーシャは即座にナイフを取り出し、どうにか切り離そうとしたが、糸は固く何重にもなっており、思うように取り除けない。
リーシャは、焦っていた。
今の戦力じゃ、この魔物を倒すのは難しい。
しかも今度は、シスターを守りながら戦わなければならないのだ。
討伐も、撤退も、難易度が跳ね上がっている。
「……アンタたちは逃げな。こいつは……アタシが何とかするよ。」
「――っ!」
そのマーガレットの言葉を聞き、リーシャはナイフから手を離した。
そして、杖を構えると、マーガレットの前に立ちふさがった。
「! リーシャ、アンタじゃ無理だよ、わかってるだろう?!」
「わかってない!!」
リーシャは掌で涙を拭い、振り払った。
「私には、あんたみたいな魔法は無理よ……でも……っ」
杖を両手で持ち、真正面に突き出す。
「見捨てられるもんか、バカシスターッ!!」
「……!」
混乱していたリーシャの頭は、いつの間にかいつもの落ち着きを取り戻していた。
リーシャは短く深呼吸すると、目を見開いた。
「お願い、エト、マイア……!」
呼びかけられた二人は、魔物から目を離さないまま、しかし力強く頷いた。
「私に――力を貸して!!」
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