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第107話 止まらぬ異変
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「今週だけで、封印が破壊されたことによる魔物の被害が、四件も報告されています。どれもマーガレット氏やキングハルバード側で早急に処理できたため、大きな混乱はありませんでしたが……これは……」
「ああ。やはり、紛失した『封印の所在の資料』が、悪用されていると見て間違いないな。」
エリカの報告に、最奥に座るユーリが言葉をかぶせる。
席についていた残りの二人、アインとレイナの表情が曇る。
「……その資料、紛失した時期はわかりますか?」
「それが……実は資料の整理の日が近かったので、ギルド協会がネズミの魔物に襲われる前日までは、あることが確認できていたんです。ですから……」
「ふぅん。すると、前日の深夜に盗んだか、魔物の討伐後のどさくさに紛れて盗んだか、あるいは――」
「あの騒動が、そもそも資料を盗むためのものだったか……だな。」
レイナが人差し指をくるくる回しながら言葉を並べると、そこにユーリが続いた。
それを聞いて、エリカは思わず立ち上がった。
「そんな……! 魔物を王都に誘導したっていうんですか?! どうやって……?!」
「それはわからん。ただ、もしそれが可能だとすると……一つ、説明できるようになる事件がある。」
「……! 『ギルド暴動』……。しかし、それでは……」
エリカはその続きを言う代わりに、力なく、席に座った。
その様子を見て、ユーリは視線をレイナに移した。
「例の盗賊団からの情報は、どうだ?」
「いや、ダメだね。生きてこそいるけど、人格が完全に崩壊してしまってる。まともに口が利ける状態じゃないよ。」
「……そうか。」
患者の様子を思い出し、レイナは顔をゆがめた。
入れ替わるように、アインが口を開く。
「密偵の方は、どうです? そちらで何か挙がれば、強硬手段という手もあるでしょう。」
「それが……」
ユーリの前に、エリカが苦々しい口調で割って入った。
「ライゼンさんと、連絡が取れなくなっています。『直接潜入を試みる』という書面を、最後に……」
「……」
レイナとアインの視線が、ユーリに向けられる。
「聞いての通り、事態は最悪に近い。だから――」
ユーリは顔の前で組んでいた手を解き、三人の顔を見ながら、小さく頷いた。
そして席を立ち、扉へと歩き出した。
「俺が、直接出向く。」
+++
「決めたのだ! この子の名前は、『トワトワ』なのだ!!」
天気の良い昼下がり、馬車に揺られながらのんびりしていると、スゥが突然そう叫んだ。
見ると、両手に例の魔剣を持っている。
「名前……その武器の、か?」
「そうなのだ! トワイライトから取ったのだ。」
スゥはふふんと胸を張った。よほどその命名に自信があるのだろう。
「なーんか静かだと思ってたら、武器の名前なんて考えてたのね?」
「なるほど。戦斧が二本あることを、語感の繰り返しで表現しているのですね。」
「えっ、そ、そうなのかな……?」
「キュイ!」
三人ともそこそこ興味があるようで、そこそこ盛り上がっている。
シロもエトのマントから顔を出して、一鳴きした。
「にゃはは、シロ助もいいねって言ってるのだ!」
その様子を、ロルフは少し意外そうに見ていた。
ロルフにとって武器は『状況によって使い分けるもの』であるので、名前を付けて愛でるという発想自体、あまりなかったのだ。
確かに魔剣を扱うなら、魔法発動の感覚をぶらさないよう、同じ武器を使い続けるのが効率的ではあるが――
『よし、気に入ったッ! 今日からこの大剣は、俺様専用だ!!』
……!
ロルフの脳裏に、最初に武器を渡したときの、アドノスの姿が浮かんだ。
そういえば、他の冒険者に同じ武器を貸し出したとき、ずいぶん怒っていたっけな……。
戦斧を失くしたときのスゥの姿が、ぼんやりとそれに重なる。
次の町で新しい武器を買う提案を、スゥは頑として受け入れなかった。
効率を求めることだけが、正しいことではないのかもしれない。
「……少し、考え直すべきなのかも、しれないな……」
ロルフは一人空を見上げて目を細め、苦々しく呟いた。
「えっ」
「んっ?」
ふと視線を戻すと、スゥたちが顔を青くして、こちらを凝視していた。
「こ、これ、そんなにマズイ名前だったのだ……?」
「ロルフさんが深刻そうな顔を……!」
「ま、まさか、呪いの言葉なの……?!」
「あるいは、曰くつきの武器の名前という可能性も……」
「キュイ?」
「……誤解だ!」
馬車の上は、すぐに笑いで満ちた。
青空の下、皆をのせたそれは、順調に目的地へと進んでいった。
「ああ。やはり、紛失した『封印の所在の資料』が、悪用されていると見て間違いないな。」
エリカの報告に、最奥に座るユーリが言葉をかぶせる。
席についていた残りの二人、アインとレイナの表情が曇る。
「……その資料、紛失した時期はわかりますか?」
「それが……実は資料の整理の日が近かったので、ギルド協会がネズミの魔物に襲われる前日までは、あることが確認できていたんです。ですから……」
「ふぅん。すると、前日の深夜に盗んだか、魔物の討伐後のどさくさに紛れて盗んだか、あるいは――」
「あの騒動が、そもそも資料を盗むためのものだったか……だな。」
レイナが人差し指をくるくる回しながら言葉を並べると、そこにユーリが続いた。
それを聞いて、エリカは思わず立ち上がった。
「そんな……! 魔物を王都に誘導したっていうんですか?! どうやって……?!」
「それはわからん。ただ、もしそれが可能だとすると……一つ、説明できるようになる事件がある。」
「……! 『ギルド暴動』……。しかし、それでは……」
エリカはその続きを言う代わりに、力なく、席に座った。
その様子を見て、ユーリは視線をレイナに移した。
「例の盗賊団からの情報は、どうだ?」
「いや、ダメだね。生きてこそいるけど、人格が完全に崩壊してしまってる。まともに口が利ける状態じゃないよ。」
「……そうか。」
患者の様子を思い出し、レイナは顔をゆがめた。
入れ替わるように、アインが口を開く。
「密偵の方は、どうです? そちらで何か挙がれば、強硬手段という手もあるでしょう。」
「それが……」
ユーリの前に、エリカが苦々しい口調で割って入った。
「ライゼンさんと、連絡が取れなくなっています。『直接潜入を試みる』という書面を、最後に……」
「……」
レイナとアインの視線が、ユーリに向けられる。
「聞いての通り、事態は最悪に近い。だから――」
ユーリは顔の前で組んでいた手を解き、三人の顔を見ながら、小さく頷いた。
そして席を立ち、扉へと歩き出した。
「俺が、直接出向く。」
+++
「決めたのだ! この子の名前は、『トワトワ』なのだ!!」
天気の良い昼下がり、馬車に揺られながらのんびりしていると、スゥが突然そう叫んだ。
見ると、両手に例の魔剣を持っている。
「名前……その武器の、か?」
「そうなのだ! トワイライトから取ったのだ。」
スゥはふふんと胸を張った。よほどその命名に自信があるのだろう。
「なーんか静かだと思ってたら、武器の名前なんて考えてたのね?」
「なるほど。戦斧が二本あることを、語感の繰り返しで表現しているのですね。」
「えっ、そ、そうなのかな……?」
「キュイ!」
三人ともそこそこ興味があるようで、そこそこ盛り上がっている。
シロもエトのマントから顔を出して、一鳴きした。
「にゃはは、シロ助もいいねって言ってるのだ!」
その様子を、ロルフは少し意外そうに見ていた。
ロルフにとって武器は『状況によって使い分けるもの』であるので、名前を付けて愛でるという発想自体、あまりなかったのだ。
確かに魔剣を扱うなら、魔法発動の感覚をぶらさないよう、同じ武器を使い続けるのが効率的ではあるが――
『よし、気に入ったッ! 今日からこの大剣は、俺様専用だ!!』
……!
ロルフの脳裏に、最初に武器を渡したときの、アドノスの姿が浮かんだ。
そういえば、他の冒険者に同じ武器を貸し出したとき、ずいぶん怒っていたっけな……。
戦斧を失くしたときのスゥの姿が、ぼんやりとそれに重なる。
次の町で新しい武器を買う提案を、スゥは頑として受け入れなかった。
効率を求めることだけが、正しいことではないのかもしれない。
「……少し、考え直すべきなのかも、しれないな……」
ロルフは一人空を見上げて目を細め、苦々しく呟いた。
「えっ」
「んっ?」
ふと視線を戻すと、スゥたちが顔を青くして、こちらを凝視していた。
「こ、これ、そんなにマズイ名前だったのだ……?」
「ロルフさんが深刻そうな顔を……!」
「ま、まさか、呪いの言葉なの……?!」
「あるいは、曰くつきの武器の名前という可能性も……」
「キュイ?」
「……誤解だ!」
馬車の上は、すぐに笑いで満ちた。
青空の下、皆をのせたそれは、順調に目的地へと進んでいった。
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