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第112話 悪夢の飛来②
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外に出ると、『それ』は思っていたより大きいことが分かった。
目に映る影の大きさは、変わっていない。つまり、予想していたよりも上空を飛行していたのだ。
「……っ」
前方にいるマイアは、それを見上げながら、手にした弓を固く握った。
マイアの弓は、ショートボウ――中距離用の武器だ。
これは四人での連携を考えたとき、遠くの敵を狙う必要がないためだ。つまり、現在の状況にはまるで適していない。
さらに言えば、上方は風や重力の影響を受けやすく、威力も飛距離も余分に削られる。
いかにマイアの的中率が高くとも、この状況では、そもそも矢が届かないのだ。
「……レンさん。ここに、他の弓は……?」
「え……っ、それは……その。」
隣にいるレンに声を掛けると、彼は少し慌てた後、気まずそうに目を逸らした。
「無い、と……思います。基本的には、治療のための施設ですから……」
「……」
想定通りの返答に、ロルフは顔をしかめた。
ここは治療専門のギルド。使い手がいないのだから、武器がある道理もない。
加えて、遠距離に適した弓など、そもそも需要が少ないのだ。
改めて、上空を優雅に飛行する、その魔物を見上げる。
見た目は巨大な蛾そのものであり、攻撃力も防御力も俊敏性も、さほど高くは見えない。
攻撃さえ届けば、倒せる可能性は十分にある。
距離減衰の少ない遠距離魔法なら、容易に対処できただろうが、この広域魔法がそれを許さない。
魔力を持つ魔導士は全員、眠ってしまうのだから。
なぜ街の近くに、こんな魔物が――と、歯噛みせずにはいられなかった。
「……方法は、あります。」
そんな中、マイアは目を細め、静かに口を開いた。
「私の『目』を使って、限界まで矢を誘導します。」
「な……っ?!」
それは、以前マイアに伝えた、『賢者の目』の応用方法の一つ。
魔力は、意志の力で現象に変換できる。
その魔力の流れを見ることができるということは、目に映る全ての領域で、魔法を展開できるということでもある。
もちろん、空気中の微かな魔力では、大した現象は起こせない。しかし、射られた矢の向きを少し変える程度のことは可能だ。
それを利用して、矢の軌道をコントロールするのである。
だが、これはあくまで、敵が中距離にいる場合だ。
もしそれを、遠距離の敵に矢を届かせるために使うのだとすれば――
「だ、ダメだよ! そんなのッ!」
ロルフが何か言うより先に、レンが前に出て、叫んだ。
「その『目』を無理に使ったら、魔力が逆流して……二度と力が……いや、それより……っ!」
レンは両目を見開いて、叩きつけるように両手を広げた。
「最悪、目が見えなくなるんだよ?!」
「……っ」
ロルフは思わず、二人から目をそらした。
レンが言ったことは、概ね正しい。
通常の魔法もそうだが、許容量を超えて魔力を使った場合、超過分は使用者に跳ね返る。
その影響は状況によってまちまちだが――初期のリーシャの杖が、そうであったように――それはしばしば『暴発』といった、破壊的な形で現れる。
それが体の中でも繊細な『目』で起こればどうなるか、想像に難くない。
「無理だよ……僕らには、どうしようもないんだ。こんなの……」
「……レン。」
「それに……そんなことしたって、仮に当たったって! 倒せるとは限らないじゃないか!!」
「レン。」
こちらを向いたマイアの顔を見て、レンも、そしてロルフも、言葉を失った。
「……それでも。私はもう、後悔をしたくないのです。」
それは、とても寂しそうな、消え入りそうな、淡い笑顔だった。
マイアは再び魔物に向き直ると、弓を掲げた。
そして、背から矢を一本取ると、ゆっくりと弦にかけた。
「ま、まて、マイア――」
ロルフは辛うじて声を絞り出し、力なく手を伸ばした。
しかし、それはすぐに、別の手に追い越された。
「……!」
うつむいたレンの手が、マイアの弓を掴んでいた。
マイアが顔を向けると、レンは静かに首を振った。
「レン……」
「違うよ……マイアさん。もう、止めない。」
「え……?」
レンはそのまま弓を引き下げると、顔を上げ、こちらを見た。
「ロルフさん、僕に……力を、貸してください。」
その瞳には、強い意志が宿っていた。
目に映る影の大きさは、変わっていない。つまり、予想していたよりも上空を飛行していたのだ。
「……っ」
前方にいるマイアは、それを見上げながら、手にした弓を固く握った。
マイアの弓は、ショートボウ――中距離用の武器だ。
これは四人での連携を考えたとき、遠くの敵を狙う必要がないためだ。つまり、現在の状況にはまるで適していない。
さらに言えば、上方は風や重力の影響を受けやすく、威力も飛距離も余分に削られる。
いかにマイアの的中率が高くとも、この状況では、そもそも矢が届かないのだ。
「……レンさん。ここに、他の弓は……?」
「え……っ、それは……その。」
隣にいるレンに声を掛けると、彼は少し慌てた後、気まずそうに目を逸らした。
「無い、と……思います。基本的には、治療のための施設ですから……」
「……」
想定通りの返答に、ロルフは顔をしかめた。
ここは治療専門のギルド。使い手がいないのだから、武器がある道理もない。
加えて、遠距離に適した弓など、そもそも需要が少ないのだ。
改めて、上空を優雅に飛行する、その魔物を見上げる。
見た目は巨大な蛾そのものであり、攻撃力も防御力も俊敏性も、さほど高くは見えない。
攻撃さえ届けば、倒せる可能性は十分にある。
距離減衰の少ない遠距離魔法なら、容易に対処できただろうが、この広域魔法がそれを許さない。
魔力を持つ魔導士は全員、眠ってしまうのだから。
なぜ街の近くに、こんな魔物が――と、歯噛みせずにはいられなかった。
「……方法は、あります。」
そんな中、マイアは目を細め、静かに口を開いた。
「私の『目』を使って、限界まで矢を誘導します。」
「な……っ?!」
それは、以前マイアに伝えた、『賢者の目』の応用方法の一つ。
魔力は、意志の力で現象に変換できる。
その魔力の流れを見ることができるということは、目に映る全ての領域で、魔法を展開できるということでもある。
もちろん、空気中の微かな魔力では、大した現象は起こせない。しかし、射られた矢の向きを少し変える程度のことは可能だ。
それを利用して、矢の軌道をコントロールするのである。
だが、これはあくまで、敵が中距離にいる場合だ。
もしそれを、遠距離の敵に矢を届かせるために使うのだとすれば――
「だ、ダメだよ! そんなのッ!」
ロルフが何か言うより先に、レンが前に出て、叫んだ。
「その『目』を無理に使ったら、魔力が逆流して……二度と力が……いや、それより……っ!」
レンは両目を見開いて、叩きつけるように両手を広げた。
「最悪、目が見えなくなるんだよ?!」
「……っ」
ロルフは思わず、二人から目をそらした。
レンが言ったことは、概ね正しい。
通常の魔法もそうだが、許容量を超えて魔力を使った場合、超過分は使用者に跳ね返る。
その影響は状況によってまちまちだが――初期のリーシャの杖が、そうであったように――それはしばしば『暴発』といった、破壊的な形で現れる。
それが体の中でも繊細な『目』で起こればどうなるか、想像に難くない。
「無理だよ……僕らには、どうしようもないんだ。こんなの……」
「……レン。」
「それに……そんなことしたって、仮に当たったって! 倒せるとは限らないじゃないか!!」
「レン。」
こちらを向いたマイアの顔を見て、レンも、そしてロルフも、言葉を失った。
「……それでも。私はもう、後悔をしたくないのです。」
それは、とても寂しそうな、消え入りそうな、淡い笑顔だった。
マイアは再び魔物に向き直ると、弓を掲げた。
そして、背から矢を一本取ると、ゆっくりと弦にかけた。
「ま、まて、マイア――」
ロルフは辛うじて声を絞り出し、力なく手を伸ばした。
しかし、それはすぐに、別の手に追い越された。
「……!」
うつむいたレンの手が、マイアの弓を掴んでいた。
マイアが顔を向けると、レンは静かに首を振った。
「レン……」
「違うよ……マイアさん。もう、止めない。」
「え……?」
レンはそのまま弓を引き下げると、顔を上げ、こちらを見た。
「ロルフさん、僕に……力を、貸してください。」
その瞳には、強い意志が宿っていた。
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