トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

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第113話 悪夢の飛来③

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「これは……」

 二人はレンに連れられ、最初に連れてこられた倉庫にいた。
 様々な物が乱雑に置かれている中から、レンが取り出したそれを見て、ロルフは息をのんだ。

「……クロスボウか。いや、杖のような特徴もあるな……」

 クロスボウとは、矢を置く台と弓を十字に組み合わせた、遠距離武器だ。
 あらかじめ弦を引いて金具で留めておくことで、引き金を引くだけで矢を発射できるのが最大の特徴で、弓と違って標準を合わせる際に力む必要がない。そのため多くの場合、より精密な射撃が可能になる。

 しかし、この武器を冒険者の間で見かけることは少ない。
 弓の方が単純な構造のため、値段が安く、また故障が少ないからだ。

 戦闘の面で見ても、弓は矢を引き絞りながら照準を合わせ、指を離すという2ステップで攻撃ができるのに対し、クロスボウは弦を引く、矢を置く、照準を合わせて引き金を引くという3ステップが必要になる。
 複数の魔物を相手取ることが珍しくない冒険者にとって、連射性の悪さは致命的だ。

 そういった理由で珍しい武器ではあるのだが、ロルフが唸った理由は、クロスボウとして見てもなお珍しい見た目をしていたためだ。

「えっと……この武器には、周囲のマナを吸収・蓄積し……矢の発射と同時に魔法ではじき出すことで、飛距離と威力を上げる機構が備わっています。」
「魔法で、矢を? そんな機構、初めて聞いたが……」
「そ、その……これは、僕が設計したものなんです。」
「! レンが……?」
「何……!」

 マイアもロルフも、驚いてレンのほうを見て、すぐにまたその武器に目を落とした。

 よく見れば、持ち手には魔導回路が付与され、弓の部分も羽のように展開する仕掛けが施されている。つまり、これは単純にクロスボウというよりは、弓と杖を組み合わせた武器なのだ。
 しかし、原理は単純でも、それを一つの武器の形に仕上げるのは簡単なことではない。その見事な技量に、ロルフは思わず息をのんだ。

 しかし当のレンは、自信がなさげにうつむくと、かぶりをふった。

「ただ……凄く不安定というか、飛距離と威力はあるんですが……思い通りの場所に当てることは、ほとんど出来なくて……」

 その様子を見ながら、なるほど、と頷く。
 最初に『弓がないか』と聞いたとき、この武器のことを話さなかったのは、それが理由というわけか。

 多くの場合、手持ちのクロスボウというのは、弓よりも射程が短い。
 それを更に魔法で後押しするというのだから、矢の設置や機構に僅かなズレがあるだけでも、大きく的から外れてしまうことが考えられる。
 つまりこれは、威力があるが調整が難しい、ピーキーな武器だというわけだ。

 そして同時に、レンの考えについても、大まかには理解した。
 もしこの武器を完璧に調整し、『賢者の目』を持つマイアが使ったなら――

「だ、だから……『名匠』の二つ名を持つ、ロルフさんの整備の力をお借りしたんです!」
「よし、わかっ……、ん?」

 聞き覚えのない言葉に、ロルフは思わず会話を切った。

「……マスター、そんな風に呼ばれてたのですか?」
「い、いや、初耳なんだが……」
「えっ? 『どんな武器も無駄に完璧に整備する、ルーンブレードのギルドマスター』って……武器を扱う人たちの間では、そこそこ有名でしたけど……」
「ああ……じゃあ、俺か……」
「それは、マスターですね。」

 ルーンブレードは前のギルドだから、『元』ギルドマスターなのだが。
 いつの間にか、そんな二つ名がついていたのか……。

 レンとマイアの視線に気づき、ロルフはこほんと咳払いした。
 そして武器の置かれた台に向き直り、そこへ両手をついた。

「二つ名はともかく、話は分かった。早速整備に取り掛かろう。レンは隣について、機構の説明を頼む。マイアは直前まで休んで、体力と魔力を温存してくれ。」
「はい!」
「……了解なのです。」

 幸い魔物は低速だが、時間とともに距離が離れることを考えれば、それほど猶予はない。
 マイアの魔力も、この魔法を打ち消し続けるために、少しずつ消費されて行っているはずだ。

 この絶望的な状況にあって、唯一見えた希望。
 マイアと、そしてレンの、二人の才能。

「名匠……か。」

 ロルフは小さくそう呟いて、自嘲気味に笑った。

「俺にできるのは……いつだって、これだけだ。」

 そうして手早く腕をまくり、長い息を吐くと、武器の整備に取り掛かった。
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