トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

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第114話 悪夢の飛来④

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「……みんな……」

 ロルフとレンが倉庫で整備をしている間、マイアは一人、三人が寝かされているベッドの傍に座っていた。エトのベッドには、シロも丸くなって眠っている。

 三人とも額に汗を浮かべており、あまり安眠できているようには見えない。
 もしかすると、三人とも自分のように、何かしらの悪夢を見ているのかもしれない。

 そう考えると、胸がきりりと痛んだ。

「……」

 そっと、エトの頬に触れる。
 手のひらに、熱と湿度が伝わってくる。微かに、瞼が動いたような気がした。

 でも、やはり、目を覚ますことはない。

 今まで自分は、エトに――この三人に、引っ張られてきたのだと思う。
 だから今、心細くて、不安で、胸が張り裂けそうなのだろう。

 もう片方の手で、自分の片目を覆う。

 今も、この眠りの魔法を打ち消し続けている、この『目』の力。
 この力を使えば、わずかな時間なら、皆を目覚めさせることができるかもしれない。

 『がんばれ』って、『負けるな』って言ってもらえれば、どれだけ勇気が湧くだろう。
 一言でも会話を交わせれば、どれほどの迷いを断ち切れるだろう。

 だけど、それで魔力を失えば、誰も救えない。

「……わかって、いるのですよ。皆が……何を言うかなんて。」

 マイアは無理に笑顔を作り、そっと手を離した。

 次の瞬間、扉が開いて、服や頬を黒く汚したレンが飛び込んできた。

「マイアさん!」
「! レン……整備は?」
「今、ロルフさんが、最後の調整をしてて……マイアさんにも、外に出てるようにって……!」
「……わかったのです。」

 マイアは頷いて立ち上がると、もう一度三人へ、顔を向けた。
 そうして一度だけ頷くと、研究室を後にした。

 外に向かう廊下を走り切り、入口の扉に手を掛けたところで、ふいにレンが足を止めた。

「……? レン、どうしたのです?」
「ロルフさん……本当に、凄い人だね。なんていうか……こんな状況なのに、僕、ちょっとワクワクしてるんだ。」

 その言葉を聞いて、マイアはふふ、と笑った。

「あっ、ごめんなさい! 不謹慎だよね、これから魔物と戦うっていうのに……」
「いいえ、わかるのですよ。マスターは、そういう人なのです。」

 それは、魔法とか、能力とかではなく。
 きっとマスターには、『才能』を引き出す『才能』がある。

 レンもきっと、自分のそれに、気づかされたに違いない。
 私自身も、そうだったのだから。

「……ワイバーン。」
「え?」
「あ、あの武器……そう、名前を付けたんだ。マイアさんには……知っててほしくて。」

 恥ずかしそうに顔を伏せるレンに、マイアは再び微笑んだ。

飛竜ワイバーン……良い名です。とても。」

 マイアは入口の扉に、自分の手を重ねた。
 そしてお互いに頷きあうと、二人で扉を押し開けた。


+++


「よし、準備は整ったな。」
「はい。マスター。」

 三人は、拠点から少し街寄りの、小高い丘の上に移動していた。
 クロスボウは地面に固定された台の上に置かれており、マイアはうつ伏せになる形でそれを構えている。
 その様子を、レンも固唾をのんで見守っていた。

 視界の右側を、大型の魔物が優雅に飛行している。
 魔力を持つもの全てを眠らせながら、ゆっくりと街へと侵攻する、巨大な悪夢。

「機翼展開……マナチャージ、開始。」

 弓の部分が展開し、周囲のマナを蓄積し始める。
 武器の全体に施された魔導回路が、微かに青白く輝き始めた。

 沈みかけた夕日が、周囲を紫色に照らしている。
 それを背に、黒い影となった魔物は、少しずつ、少しずつ、視界の中央へと流れていった。

「……今っ!」

 ロルフとレンが見守るなか、マイアは両目を見開き、『目』を起動させた。
 周囲のマナを操作して、目標への魔力のレールを構築する。

「う……っ」
「マイア!」
「マイアさん!」

 可能な限り近づいた立地とて、魔物までの距離は相当なもの。
 両目は今までに感じたことがないほどに熱を帯び、急激に魔力を使ったことによる反動で、視界が歪む。

「問題……ないのです……!」

 苦しい。痛い。辛い。

 それでも、目は閉じない。
 照準は外さない。

『冒険者になって、怪我する前に――』

 ああ、いつの間にか。
 これは、ちゃんと、私の『夢』になっていた。

「私が……、守る……!!」

 魔力のレールが、魔物のすぐそばに到達する。
 それと同時に、マイアは引き金を引いた。

 風の魔法が弾け、凄まじい衝撃とともに、矢が空を穿つ。

 しかし、その直後。
 音に気付いたのか、或いは魔力反応を感知したのか、蛾の魔物は急激に上昇し始めた。

「! 気づかれた……?!」
「逃がさ……ないっ!」

 『目』の力を限界まで使って、矢の方向を上方へ変更する。

 出し惜しみなんて、もう、しない。
 これは、マスターの、レンの、私の才能ちから

 皆を救うための、強い意志の力。

「貫いて――ワイバーン。」


 魔力を使い果たして、意識を失うマイア。

 そこへ駆け寄る、ロルフとレン。

 日の沈みゆく紫色の空を背景に、大きな影が一つ、地面へと落ちていった。
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