トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

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第118話 お屋敷での怪異①

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「――こちらをどうぞ。」
「あ、ありがとうございます……」

 目の前に置かれた紅茶入りのティーカップを目の端で見て、エトはぎこちなく笑った。
 リーシャもマイアも――テーブルの真ん中に置かれたお菓子に目を奪われているスゥ以外は――同じように困惑の表情を浮かべている。

「お口に合うと良いのですけど。」

 そういって、テーブルの前に座った少女――カレンは、慣れた手つきでカップを口元に運んだ。

 四人は現在、赤い絨毯の敷かれた豪邸の一部屋で、謎の接待を受けている。
 どうしてこんなことになったのか。
 その理由は、少し前に遡る。


「シロは売り物では無いのだ!おととい来やがれなのだ!!」

 スゥはここぞとばかりにばん! と手を張って、「竜を買い取りたい」というカレンに声を上げた。
 その表情はどこか得意げだ。

 おお、とエトたちも感心するが、対するカレンはというと、ただ目を閉じ深く頷くだけだった。

「そちらの主張はわかりましたわ。では、こちらの提案に移らせていただきますわね。」
「へ?」

 思わぬ返答に、スゥはぽかんと口を開けた。

「自己紹介が遅れましたわ。わたくしの名はカレン……商団ギルド『白銀の翼』のギルドマスター代理をしておりますわ!」
「ぎ、ギルドマスター、代理……?!」

 エトは思わず、目を丸くした。
 商団ギルドは商人の集団であり、クエストで生計を立てている冒険者ギルドとは大きく異なる。なので細かな業務内容は知るところではないのだが、自分とさして年も変わらないような少女がギルドの代表をしているというのは、衝撃だったのだ。

 ちなみに後で聞いた話だが、『代理』というのは、本来のギルドマスターである祖父が腰を痛めてしまったため、治るまで業務を引き受けているということらしい。
 単なる身内びいきともとれるが、カレンの手腕をみるかぎり、それだけが理由でないことは明らかだった。

 ともかく、そうして驚いている間にも、カレンはすらすらとシロを買い取りたい理由について説明を進めていた。

「――というわけで、商人は縁起を担ぐものなのですわ。清廉潔白を意味する、『白き竜』を擁する商会……このフレーズだけで、売り上げアップは間違いないのですわ!」
「な、なるほど……?」

 圧に押されながら、エトは曖昧に相槌を打った。
 商売のことはよくわからないが、簡単にまとめると、商会のシンボルとしてシロを掲げたいということらしい。

「ま、待つのだ。どんな理由があっても、シロをお金なんかで渡すわけには……」
「!――お金、なんか?」

 最初と比べるとずいぶんと弱々しくなった声で、スゥが反論する。
 しかし、その言葉に、僅かにカレンの声色が変わった。

「では、あなた方は……竜を育てるのに、その『お金』がいくら掛かるのか、把握されていますの?」
「え……」

 思わず顔を見合わせる四人をよそに、カレンはそのまま続けた。

「確かに、今は小さな竜ですわ。でも、大きくなれば扉を通ることも難しいでしょうから、家を改修するか、専用の建物を建てる必要がありますわ。病気になれば専門家に診てもらう必要がありますし、当然、餌代だってケタが変わってきましてよ。」
「そ、それは……」
「わたくしたちのギルドなら、その存在感を利益にすることができますわ。つまり、無理のない飼育が可能ということです。」

 スゥがもごもごと言い淀んでいると、エリカは語気を緩めていった。

「……お金は、皆が幸せになるために使うものですわ。必要以上に崇めるのも問題ですけれど、見下すのもよくありません。」
「うっ……」

 ギルドマスターの――あるいは商人の、というべきか――彼女の言葉には、言いようのない『重さ』があった。

「こ、これはスゥの手には余るのだ……リーシャ、あとはお願いなのだ……」
「えっ、わ、私?!」

 すっかり自信を喪失してしまったスゥは、ささっとリーシャの後ろに隠れた。
 カレンの前に押し出されたリーシャは、やや動揺しながらも、口を開いた。

「ええと……なんていうか……ほら、シロがそっちの環境を気に入るか、わからないじゃない。それはお金だけじゃ、信用出来ないわ。」
「おお!そうだそうだ!なのだ!」
「キュイ?」

 リーシャの後ろで、スゥが野次を飛ばす。
 自分のことだとわかるのだろうか、シロも首を出して、一鳴きした。

「なるほど。たしかに、そのとおりですわ。」
「で、でしょう? だから――」
「でしたら。」

 カレンは腕を組み、ゆっくりと深く頷いたかと思うと、リーシャの言葉を遮り、両手を皆の前に差し出した。

「皆さまを、わたくしのお家にご招待しますわ!」


 ――それからは、あれよあれよという間に馬車に乗せられ、豪華な屋敷をひとしきり案内され、お茶とお菓子でもてなされている、今に至るというわけだ。

「キュ~~イ!」

 そのテーブルの上を、シロがくるりと飛び回る。
 普段人見知りなシロだが、部屋の中の人が少ないからか、それとも十分に広いからなのか、今はエトの服から出て自由にしている。

 それはつまり、シロがこの家を気に入らないわけではない、ということを、意味していた。

「あ、あの、カレンさん。」
「あら、お茶はお口に合いませんでした? エトさん。」
「あ、そうじゃなくて……ちょっと、その、お手洗いに……」
「ああ、でしたら――」

 両開きの扉を後ろ手で閉めると、その長い廊下を歩き始める。
 使用人をつけましょうか、と言われたが、エトは断った。そんなことをされては落ち着かないし、何より、一人になりたかったからだ。

 つい先ほどまで、「どうやって断るか」を考えていた。
 きっと他の皆も、同じように考えていると思う。

 でも今は、少し違う。
 シロの様子を見れば、この家が気に入っていないということはない。
 家に迎えたい理由から考えても、シロがぞんざいに扱われることはないだろう。

 それなら、本当にシロのためを考えれば、どうするのが正解だろう。

 ここでギルドのシンボルとして飼育されるのは、剣に入れて振り回されるより、よほど幸せではないのだろうか。
 それでも一緒にいたい、というのは――ただの、私のわがままではないだろうか。

「……シロちゃん。」

 思わず立ち止まり、その名前を口にする。

 ギルドハウスの地下に封印されていた、黒竜という名前の魔物。ギルドに『トワイライト』という名前がつく前から一緒にいた、ペットというより、友達みたいな存在。
 リーシャと一緒に遺跡に行ったこと。スゥの悪戯に怒って追いかけまわしていたこと。体調を崩して治療に向かった先で、マイアと再会したこと。

 いろいろな思い出が、次々に浮かんできて――

「キュイ!」
「……え?」

 その肩にシロが飛びついてきたのは、次の瞬間だった。
 一瞬、自分の妄想か何かかと思ったが、シロは一度頬ずりをするとエトの肌をちろりと舐めた。

「シロちゃん、どうしてここに……?」
「キューイ。」

 エトがその体を触ろうと手を伸ばすと、シロはすぐにまた飛び上がって、体の周りを一度回ると、少しだけ開いていた隣の部屋に入っていってしまった。
 それを見て、エトはしばらくぽかんとしていたが、すぐにはっと我に返った。

「えっ、ちょ、ちょっと! ダメだよシロちゃん、勝手に入ったら……!」

 エトはその扉をさらにもう少し押し開き、控えめに顔を差し込んだ。
 その部屋は広く、しかし窓がないために薄暗かった。中央は大きく開けているが、壁際には家具や食器、絵画に彫刻など、様々なものが雑多に置かれている。たぶん倉庫のような場所なのだろう。

「シロちゃん……?」

 おずおずと中に入り、目を細めて、ゆっくりと辺りを見回す。
 ふと、その部屋の奥に、ひときわ大きな彫刻のようなものがあることに気づいた。

「――?!」

 エトは思わず両手で口元を抑え、後ずさった。
 『それ』に、見覚えがあったからだ。

「どうして…………?!」

 シロはそんなエトの肩にとまると、小さく一鳴きした。
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